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106.タコス
しおりを挟む祖父との再会から一か月が経った。
マイナは相変わらずの生活を送りつつ、タコス作りに夢中になっていた。
祖父と会ったあの日、レイが連れて行ってくれた屋台で食べた味が忘れられないのだ。
トルティーヤはあっさりとバアルが再現してくれた。感謝してもしきれない。
粉物は得意なんです、なんて言いながらだ。
カッコいい。
最初はサルサソース作りに夢中になったが、今はタコスにかけるライムに似た柑橘を集めるのに夢中である。
スパイスで味付けして炒めた牛肉に、水にさらした玉ねぎとトマトとレタス、そこにパクチーっぽい香りの野菜をパラッとしてサルサソースとチーズをかけて食べる。
そこにライムを絞ることができれば最高だろう。
パクチーっぽい香りのする野菜も見つけることができたのだから、ライムだってあるはずなのに、ありそうでない。
レモンでもいいが、ライムの香りを再現したい。
(どこかに生息していないだろうか、ライムよ……)
そんなとき、実家の父から手紙が届いた。
話があるから来いという内容の手紙がきたので、ニコとヨアンを伴ってべイエレン公爵家を訪れた。
父が好きそうな味なので、タコスを持参してみた。
案の定、すごい量をもりもり食べている。
「お母さまがいらっしゃるの珍しいですね」
今日は茶会がないらしい。
「わたくしだって、いつも茶会に出席しているわけではないのよ」
「まさか今日も採寸という罠では!?」
「人聞きの悪い。ドレスはリュシエンヌさまが作ってくださっているのでしょう?」
「そうですね。ありがたいことに」
義母は色とりどりの可愛らしいドレスをマイナに作ってくれる。
娘がいなかったから楽しいと言っていた。
戴冠式用だけでなく、身内だけで開かれる兄の結婚式用のドレスも仕立ててもらった。
準備は万端である。
「このソースはもっと辛くてもいいな」
「お父さまは、そうおっしゃると思いました。これ以上辛いと、わたくしは口が痛くなりますから嫌です」
「そうか」
「それよりお父さま、まだ召し上がりますの? 晩餐が入らなくなりますよ?」
「これはおやつだろ?」
「これのどこがおやつですって!?」
ピシャリと言い放つ母の笑顔が怖い。
叱られている父に威厳はない。
「だってー」と言わんばかりの顔をしている。
(それにしても、お父さまが持つとタコスちっさいな?)
ぺろりと最後のタコスを食べ終えた父は、手を振って使用人たちを下げた。
話があるのは本当だったようだ。
「バルバリデの王子に会ったと聞いた」
「お祖父さまのことですね?」
その話が聞きたかったのかと、納得しながらマイナは頷いた。
父が情報をどこで仕入れているかなど、詮索しても無駄なことはわかっている。
「十歳だそうだな?」
「ええ。威厳や口調がそのままで驚きました。怪我を負わせてしまったことは申し訳ないのですが、前世ではお妙さんと共に長生きしたようです」
「そうか。一緒に亡くなっていたのではなかったのか……気持ちは軽くなったか?」
「はい、とても。何よりまた会えるのだと思うと心が躍りますね」
「そうか。よかったな」
レイには祖父との会話の内容を全て話してある。
祖父とお妙さんが命を落としてなかったことが救いだった。
胸がいっぱいのマイナを、レイは優しく受け止めてくれた。
「記憶の混乱や、齟齬は生じていないか?」
「そうですね、おそらくは大丈夫かと」
第六感が鋭かった幼少期と比べると、今は第六感が戻ってきたわりには、ぼんやりしているという悩みはあるものの、心も体も健康そのものである。
頷いたマイナに、父は安心したという顔をした。
幼いマイナには抱えきれなかった、祖父と母親の代わりともいえる女性の死が、未遂であったことは現世の両親にとっても救いだろう。
両親が揃って穏やかな顔をしていることがとても嬉しかった。
「長い間、ご心配をおかけしました」
深く頭を下げたマイナに、立ち上がった母が寄り添うように肩を抱いてくれた。
母の顔を見上げ、その瞳が潤んでいることに胸が締め付けられるようだ。
貴婦人は、どれほどのことがあっても滅多に涙を見せない。
「マイナ」
「はい」
「あなた、まだ自覚はないようだけれど、おそらく子が宿っていますわ」
「それは」
(なぜわかるの!? どこから情報が!? ニコなの!? でもあの子は私がいいと言わない限りは、たとえ相手がお母さまであっても漏らさないはず……)
もしやという思いはある。
まったく変化がない食欲に首を傾げながらだが。
たった数日、月の障りが遅れたに過ぎないから騒がなかったのだ。
もし違ったとき、ぬか喜びさせてしまうのが嫌だから。
「あら、わかっていてそのような辛い食べ物を? 自覚をもちなさい」
「申し訳ありません」
即座に謝った。
母は怖いので反論などもってのほかである。
怒られて口をへの字にしたマイナを見た父は、口を開けて笑っていた。
(お父さまも叱られろ! お父さまも叱られろ!)
呪いを発動したら「あなたも調子のって食べ尽くすなど、卑しいにもほどがあります」と即座に叱られていた。
(お父さま、ざまぁ!!)
心の中でせせら笑っていたら父に睨まれた。
緩いくせに鋭い父である。
相変わらず実家は油断できないと、気を引き締めるマイナであった。
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