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107.アーモンドドラジェ
しおりを挟む「大丈夫か?」
レイが小声で聞いてくれた。
マイナは小さく頷く。
数日遅れていた月の障りは、そのまま二週間経っても訪れず、いよいよ医者を呼んでみれば、見事懐妊していた。
そして一ヶ月後の兄の結婚式では絶賛つわり中という、なんとも間の悪いことだったが、いざとなれば頑張れるものである。
(食事を抜いたから吐かずには済みそう)
幸せそうに微笑むヘンリエッタは優しい顔をしていた。
元々美しい人ではあったが、ようやく心からの笑顔を見せているように見えた。
菫色の美しい髪が白いウェディングドレスに映える。
兄の体が大きすぎて、より彼女の細さが際立っていた。
マイナは胸元や腰回りを締め付け過ぎない、ふわっとしたドレスで参列した。
義母が急遽、お針子を呼び、そのように仕立て直してくれたため、楽に過ごせている。
ありがたいことである。
式の間は心配性のレイに腰を抱かれ、定期的に体調を聞かれているのだが。
(やっぱりもっと早く言えばよかったなぁ)
母から指摘されてから二週間ほど経ってからレイには伝えたのだが。
そのときのレイの悲壮な顔が忘れられない。
月の触りについては気になってはいたものの、プレッシャーを与えかねないので、レイから言うのは気が引けたとのこと。
「喜ばせてしまったあと、間違っていたら、がっかりさせてしまうと思って……」
「そんなことで私はがっかりなどしないよ。大丈夫。マイナを責めているわけではないよ。私がもっと気を配るべきだっと、少し自己嫌悪に陥っているだけだから」
眉を下げて言われたが、レイはすぐにマイナの懐妊をとても喜んでくれた。
意外にもレイから行動を制限されることは少なかったけれど、厨房への立ち入りだけは禁じられてしまった。
夢中になると立ちっぱなしになる上に、そんなマイナを使用人たちが咎めるのは難しいからだそうだ。
皆、マイナに甘いという理由もあるらしい。
潤んだ瞳でお願いと言われたら断れる人はいないとまでレイが言うので、大袈裟だなぁと笑ってしまった。
けれども、体を冷やしてはいけないので、いつも換気している厨房には確かに入らないほうがいいだろう。
(バアルがアーモンドドラジェを作っていたから見たかったけれど、仕方がないわね)
バアルは兄とヘンリエッタの幸せを祈って作ってくれた。
結婚式の定番のお菓子だ。
見たくないはずがない。
いずれまた、そのチャンスはあるだろう。
「こちらは奥さまへ」と手渡されたアーモンドドラジェは、白とピンクだった。
齧ればローストしたアーモンドとシュガーのコーティングが美味しい、優しいお菓子だった。
式はヘンリエッタのことを考えて身内しかおらず、実に和やかな雰囲気のまま終わった。
この世界にもブーケトスというものがあり、手にしたのはミリアだった。
使用人側の席にいたミリアはキョトンとしており、隣にいたニコがミリアの肩を抱いて喜んでいた。
遠くからそれを眺めてほっこりしながら、レイの手を握る。
幸せそうな兄とヘンリエッタを見ていたら涙が溢れそうになってしまった。
兄はもちろんだが、ヘンリエッタの幸せを願わずにいられない。
「レイさま」
「ん?」
「わたくしたちも、家族みんなで幸せになりましょうね?」
「うん。そうだね」
母が兄をからかう声が聞こえる。
兄がデレデレと締まりのない顔をしていたせいだろう。
長年の恋が実ってよかった。
父はマイナが結婚したときでさえ表情を崩さなかったというのに感無量という顔をしていた。
もしかすると、結婚に関してはマイナより兄のことを心配していたのかもしれない。
教会のステンドグラスから差し込む虹色の光がレイの髪をキラキラと照らしていた。
それがとても美しくて。
皆の声が優しさに満ちていて、いよいよ涙が溢れてしまった。
マイナの涙を拭うレイの指先が遠ざかっていく。
同時に腰を引かれ、レイの胸に優しく包まれた。
(お兄さまとヘンリエッタさまが幸せになりますように……この子も、どうか無事に生まれてくれますように)
お腹に手を当て、無意識に祈るマイナであった。
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