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109.厨房
しおりを挟むマイナの成長が著しい。
レイにも、マイナが妊娠しているという自覚は存分にあるのだが、親になった感覚は正直に言えばまだとても薄い。
マイナが日々慈愛に満ちていくのに対し、レイは自分の感覚の薄さが少々気がかりだった。
思わず父に疑問を投げかけてしまうぐらいには。
「いつ親としての自覚が芽生えましたか?」
「……」
押し黙る父はレイを見つめていたので、無視はしていないようだ。
考えたこともなかったのだろうか。
バアルの作ってくれた弁当を二人で広げるのがすっかり習慣になってしまい、嫌でも会話は増えた。
考えてみればこの数か月の間、とても親子らしく過ごしている。
「私は……親になれているのか?」
「…………なるほど、父上にもそういった感情がおありで」
驚いたことに、父は親としての自信がないようだ。
若干下がり気味になった眉が可笑しい。
そんな凡人らしい感覚があったとは。
思わず笑うと、口を尖らせた父が不服そうに口を開いた。
「私は親らしいことをお前にしてやれたことはない」
「そんなことありませんよ」
爵位を早めに継がせてもらったのも、レイが王太子にならずに済むようにという配慮であったのだから、十分親としての愛情を感じることができる。
父に振り回されることを苦々しく思うことはあっても、憎らしいわけではないし、嫌いなわけでもない。
ただ似ていることを自覚するのが怖かっただけだ。
(マイナを領地に連れて行く計画を諦めていないところだけはいただけないけどね)
「今日は和食じゃない」
父はしょんぼりしながら弁当を食べている。
「でもバアルの得意料理ばかりじゃないですか」
「ベントウは和食がいい」
それならそうとバアルに伝えればいいのに、王都のタウンハウスはレイとマイナが仕切るべきと考え、バアルに対して何かを命じることはない。
(変なところで思慮深いんだよなぁ)
「確かに、おにぎりは美味しいですよね」
(仕方がない。バアルには私から弁当は和食にと伝えよう)
バアルも飽きないようにメニューを色々考えてくれるのだから、気の毒ではある。
「マイナちゃんのそぼろベントウ……」
レイが伝えるだろうと踏んでのリクエスト!!
さすがに父はちゃっかりしていた!!
ただでは転ばない!!
「それは無理です」
「もう安定期」
「まだもう少し安静にさせたいんです」
「過保護」
「父上に言われたくないです」
「そぼろ……」
「バアルに頼みますよ」
「……」
「そんな顔してもダメですからね!!」
口を尖らせたままの父が、不意にエラルドを見て口を開いた。
「どうした?」
父がエラルドに話しかけるなんて珍しい。
思わず父とエラルドを交互に見てしまった。
父の侍従のヨーナスも不思議そうに二人を見ている。
「申し訳ありません」
「何か悩みがあるのか?」
確かにおかしい。
マイナの成長ぶりに焦りを感じていたため、エラルドの様子を見逃していた。
普段のレイならば見逃すことはなかっただろう。
そのぐらい様子はおかしかった。
「いえ、本当に大丈夫です」
エラルドの目は泳いでいた。
父はそんなエラルドに目を眇めている。
「さて、仕事に戻りましょうか」
話したくないと思っているものを無理に口を割らせることもないだろう。
レイは弁当を畳み、執務机に座った。
エラルドも仕事にとりかかっている。
父は騎士団に赴き、戴冠式の警備について話し合うらしい。
すぐに立ち上がると、侍従と護衛と共に部屋をあとにした。
この時間、ヴィヴィアン殿下はアレクサンドラ王女と会食しており、宰相と幾人かの護衛たちが付いている。
(ミケロがヴィヴィアン殿下の傍を離れないから、ヴィヴィアン殿下はまず大丈夫だとは思うが、バルバリデ王国はどの程度の騎士を王女に付けているのだろう?)
考えることは多く、仕事をしているうちに焦燥は消えていった。
父親と母親の違いもあるだろう。
徐々に親になっていくしかない。
父が未だに親になれているのだろうかと不安に思うぐらいなのだ。
レイが未熟なのは仕方がないことなのかもしれない。
(それにしても……)
横に置いた二人分の弁当の包みを眺め、そっと溜息を吐いた。
(私もそろそろマイナの弁当が食べたいなぁ……)
バアルの料理は美味しい。
十分満足だ。
ただ、マイナが作った料理は違う意味でレイの心を満たしてくれる。
(父がマイナを領地に連れて行きたくなる気持ちは痛いほどわかる)
集中力が欠けているように見えるエラルドに紅茶を頼み、もう一度弁当を見た。
(冷えない厨房に造りかえるか?)
食べ物が傷まないよう、厨房は風通しのいい涼しい場所にある。
穏やかな気候のときはいいが、今のように少々寒い時期はとても冷える。
マイナの料理に飢えたレイは無謀な改築計画を練り始めていた。
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