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110.告白
しおりを挟むミリアとの数度目の食事を終えたころ、エラルドは慢心していた。
今思えば滑稽だが、何度も一緒に出掛けているうちに、ミリアに好かれていると勝手に思い込んでいたのだ。
無意識下、なんていえば聞こえはいいが、単なる慢心だろう。
脳裏のヨアンが馬鹿にした顔をして「モテないよね?」とエラルドを嘲笑っている。
(カッコ悪ぃ……)
先日、約束していた食事を断られたのだが、その理由がお見合いだと聞いてエラルドは酷く動揺していた。
「父から一度帰って来いと言われていたのですが、マイナさまが大事な時期ですし、領地まで帰る時間はないと断っていたら、見合いをしろと言われまして。もうお相手の方の了承を得てしまっているようで……申し訳ありませんが、明日の食事をお断りしてもよろしいでしょうか?」
全くよろしくないが、気にしていないという顔をして頷いた。
うまくいくといいね、ぐらいのことを言って。
そんなことを不用意に口にしてしまうぐらい動揺していたというのに。
そうして、暇になってしまった休みをミリアのことだけを考えて過ごしたあと、帰って来たミリアに「どうだった?」なんて平静を装って聞いてみたところ、眉を下げて首を振るではないか。
それを見たエラルドの心は跳ねた。
瞬時に、イケると思ってしまった。
勢いで「じゃあ、俺と付き合わない?」なんて言葉を軽々しく口にしてしまうぐらいには。
あのときの、表情が抜け落ちたミリアの顔が忘れられない。
うまくいくといいね、なんて言ったその口で、今度は軽々しく付き合おうなどと言ったのだ。最悪だろう。
しかもこのときのエラルドは「俺にお見合いを止めて欲しかったのかな?」なんていう自意識過剰なことを考えていたのだ。
そんな気持ちでいたからこその「じゃあ、俺と付き合わない?」だったのだが、もちろん断られた。
振られて当然である。
「私が振られたので、気遣って下さっているのだとは思いますが……」
「そんなんじゃないけど」
気遣いやら同情なんて気持ちではなかったのに。
ミリアといると楽しいからだと、どうしても素直には言えなかった。
「お相手の方も、どうやらお好きな方がいらしたようでして」
「好きな人……」
ミリアは『お相手の方も』と言った。
エラルドの背を、冷たいものが流れていく。
「はい」
頬を染めるミリアの顔は、恋する乙女そのものだった。
もちろんそれがエラルドに向いていないことなど痛いほどわかる。
「そう……なんか、ごめんね」
殊更ヘラヘラする以外、エラルドにできることはなかった。
まるで本当に、同情で付き合おうと言ったかのように見せてしまった。
「それに、私は結婚する気がないんです。持参金も用意できない身ですし、外聞も悪いですから」
ミリアがブーケトスを受けたときの、あの表情を少しでも思い出すべきだった。
彼女は全く喜んでいなかったではないか。
(外聞が悪いか……そうだよな。貴族令嬢として結婚せず、平民の俺なんかと結婚したら貴賤結婚だもんな。許されるはずもないか)
素直に、ミリアを思う気持ちだけは本当だと伝えられたらまだよかったのだが。
このときのエラルドは、軽薄さを滲ませたまま会話を終えてしまった。
あのときの自分を殴りたい。
せっかく癒えた顔の傷が、再び開くぐらい殴ってやりたい。
(恥ずかしくて死にそうだ)
穴があったら入りたいし、ミリアに会ったらどんな顔をすればいいのかわからない。
告白すらできず、一番格好悪いことをしてしまった。
ミリアに好きな人がいると聞いて傷付いたくせに、まるで傷付いていないような顔をして。
(ミリアに好きな人がいること気付かなかったなんて)
人の機微に聡いと思ってきたエラルドからすると大変なダメージであった。
ヴィヴィアン殿下の戴冠式はもうすぐそこまで迫っており、マイナのお腹が目立ち始め、レイは父親になる自覚と、マイナの成長ぶりに揺れている。
(レイさまをお守りする身なんだから、しっかりしなくては……女に振られたぐらいでこんな……)
「くっ……」
「やっぱり変だぞ。どうした?」
レイに紅茶を出すと、眉を寄せて聞かれた。
「申し訳ありません、私情を持ち込むなどもってのほか。気を引き締めます」
「うん……まぁ、今は私しかいないから、この紅茶を飲む間ぐらいなら聞くけど?」
「いえ、女に振られただけなんで」
「ミリアか?」
「はい。ご存知でしたか」
「知ってたというか、見てればわかるけどな」
隠しても仕方がない。
レイは過剰なぐらい屋敷内のことに気を配っているから。
「好きな人がいて、結婚は考えていないらしいです」
「そうだろうな、相手は既婚者だから」
「えっ!?」
「ここだけの話だぞ?」
エラルドは頷く。
「シモンだ」
「シモンさん……」
これにはエラルドも驚いた。
敵うはずもない。
「それじゃあ、いくら頑張っても俺には無理そうっすね」
「そうか? 私はむしろ一度で諦めるなんて、お前らしくないと思うが?」
「しつこい男なんて嫌われるだけですから」
「しつこいねぇ……しつこいなんて思われるほど、自分の気持ちは伝えたのか?」
「いえ」
「原因はそこだと思うけどな。さて、話は終わりだ」
カップをソーサーに戻したレイさまは書類を読み始めてしまった。
(もう一度、今度はちゃんと気持ちを伝えてみようか?)
この晩、エラルドはミリアを捕まえると、勇気を出して本当の気持ちを伝えた。
「ミリアといると楽しいんだ。付き合おうって言ったのは、同情なんかじゃない」
好きなんだ、そう続ける前に、ミリアに頭を下げられてしまった。
「お気持ちは……大変嬉しいのですが……申し訳ありません」
もう一度、今度はもっとしっかりと振られてしまった。
(俺って、ヨアンが言う通りモテないのか!?)
ミリアが何度も頭を下げながら遠ざかっていくのを、呆然と眺めるエラルドであった。
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