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111.戴冠式

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 マイナは戴冠式を迎えるまでの間、起きたり眠ったりの生活を繰り返していた。
 このままではいけないと思いながらも、うつらうつらしてしまう。
 レイにはそのぐらいでいいよと言われていたが、なんとも不甲斐ないことだった。

 体はままならなくとも、公爵夫人という身分のおかけで支度は着々と整っていった。
 義母が居てくれたことはとても心強く、装いの全てをお任せすることができた。

 そうして参列した戴冠式は、見事であった。
 厳かでありながら華やかに設えられた神殿で、王冠を被り堂々と立つヴィヴィアン陛下の姿に、涙がこみあげてくる。
 子を宿してから涙もろくていけない。
 視界の端で、エレオノーラのはちきれんばかりのお腹が気になっていた。

 粛々と、滞りなく式は進んでゆく。
 レイや義父や父や宰相、重鎮貴族たちの尽力がうかがえた。

(この短期間によくここまで……)

 零れそうになる涙を必死にこらえねばならなかった。
 隣に立つレイの目も、潤んでいるような気がする。

 解放された城の前のバルコニーに立ち、陛下は笑顔で手を振っていた。
 決して傍を離れないミケロの姿は目立っていたが、陛下が死にかけた経緯からも当然だろう。
 二度と主を失いたくないという強い意思を感じた。


「マイナさま……」

「エレオノーラさま!!」

 手を取り合い、互いに目を潤ませながらそっと抱きしめ合った。
 互いのお腹が触れ、なんともいえない幸福な気持ちになる。

「すばらしいお式でした」

「ええ。本当に」

 新しい陛下への歓声が鳴りやまない中、控えの間に揃って向かった。
 エレオノーラの隣には、義母の弟であるグートハイル侯爵がいた。
 義母そっくりとは言い難く、どことなく近寄り難さのある男性である。

「叔父上、あちらの席が暖かいかと」

「あぁ、そうだな」

 どうやら男性陣はマイナとエレオノーラを冷えない場所に座らせたいようだ。
 レイの過保護ぶりを笑われるかと思ったが、エレオノーラは「さすがタルコット公爵」と感心したように呟いていた。

(エレオノーラさまのヤンデレ発言が懐かしいわ)

 それほど月日は経っていないのに、遠い日のできごとのように感じる。
 参列していた貴族達は口々に王となったヴィヴィアンを讃えていた。
 レイとグートハイル侯爵はマイナとエレオノーラを椅子に座らせると、少しだけ傍を離れて貴族たちと談笑を始めた。


「そういえば婦人会が再び発足したようですよ」

「まぁ……」

 あんなもの消えておけばいいのに。
 そう思った矢先、エレオノーラが小声で教えてくれた。

「今度は本来の意味に戻そうという動きがあったようです。私にも声がかかりました。メンバーを拝見しましたが、確かに前の婦人会とは違うようです。べイエレン公爵夫人のお名前もございました」

(マジか!!)

 叫ばなかった自分を褒めたい。

(お母さま、何をやっているの!?)

 うつらうつらとマイナが寝てる間に、この世界も発展していたらしい。
 そんなマイナの焦燥は続く。

「若くして嫁ぐ方や、格差婚をなさる方、それから、あまり体が自由にならない懐妊中のご婦人や、産後のご婦人などを訪問し、ケアをなさるようですわ」

(そこまでやるの!?)

「わたくしはそれにマイナさまもお誘いしたいと思っておりますの」

「そう……ですね。お誘いはとても嬉しいのですが、わたくしにそんな大役が務まりますかしら?」

「もちろんです。マイナさまはお料理がお得意とお聞きしておりますし、皆でクッキーを焼くなど、そんな催しがあってもよいのではないかと。僭越ながらわたくしは刺繍が得意でございますから、赤子の涎掛けに皆で刺繍してはどうかと、孤独になりがちなご婦人方の交流という意味で提案させていただきました」

 さすがエレオノーラである。
 早かった。
 すでに提案までしていた。

「う、うん。お料理なら少しは……」

 動揺が口に出る。
 うっかり砕けた口調で口を滑らせたマイナを見逃すエレオノーラではなかった。

「ではその旨、婦人会長さまにお伝えしますわ」

 逃がさないという顔をしてエレオノーラが笑う。
 美女の巧みな話術にコロンコロンと転がされるマイナである。

「婦人会長さまって」

「ヘンリエッタさまです」

(そっちかー!!)

 母ではなかった。
 だが、ヘンリエッタであった。
 結局は身内である。

 しかし、なんともヘンリエッタらしいではないか。
 降嫁してなお、女性を救う活動をするとは。

 公務に追われていたヘンリエッタが、べイエレン公爵家に嫁いでゆっくりするのはいいが、暇を持て余してしまうのではないかと心配していたのだが。
 杞憂だったようだ。

(直に声がかからないあたりがなんとも……なんともよ、お義姉さま!!)

 身内で固まり過ぎても新しい人は入りにくいだろう。
 メンバーが多くなったところでエレオノーラを誘えば、自然とマイナに声がかかるという寸法だろう。

「どうでしょう、マイナさま。妊婦に優しいお菓子などを考案されてみては?」

 さらりと難しい宿題をマイナに投げつけ、微笑むエレオノーラは魔女のようである。

「ぜ、善処いたします」

 コクコクと頷きながらも、ただ料理が趣味なだけで、妊婦に優しいお菓子なんか作れるだろうかと、頭を悩ませるマイナであった。



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