【完結】なんちゃって幼妻は夫の溺愛に気付かない?

咲楽えび@改名しました(旧 佐倉えび)

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113.ケンちゃん

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「名前はケンちゃんがいいです」

 マイナは神妙な顔をして呟くと、小さく頷いた。
 レイに否はない。

「ケン・タルコットか。うん、いいね」

「いいの!?」

「いいよ?」

「ケンちゃんですよ? あまり無い名前かと」

「確かにあまりないかもしれないけど、マイナのことだから何か意味があるんでしょ?」

「はい。健康に育つようにという願いをこめて。前世の文字ですが……日本の名前であれば、こういう字がいいなぁと」

 マイナはサイドチェストから紙を出して、絵のような文字を書いた。
 レイには読めないが「ケン」と発音するらしい。

「この世界ではまず、無事に大きくなることが肝心ですから」

「そうだね……」

 幼い子どもが病で亡くなることは多い。
 べツォ国にとっても大切な息子だ。
 大きくなるまで気は抜けないだろう。

 陛下への連絡は早馬を走らせた。
 今頃はマイナが無事であったことや、子どもが男児であったことに安堵されていることだろう。

 マイナの祖父にも手紙を出し、母子共に健康であることや名前を伝えなければ。

(忙しくなるな……)

 ニコとゾラにも揃って懐妊の兆しがある。
 ちょうどよいタイミングで、カールが卒業を迎えたので、今後はケンの警備をカールに任せることにした。

 レイの乳母だった人物は高齢なため、すでに職を辞している。そのため、ベイエレン公爵家から乳母を紹介してもらった。
 雇った乳母はケンを見たあと、そのままニコの子どもの世話も任せることになっている。

 ゾラは領地で産むことを希望しており、マイナを領地に連れて行こうとしていた父がヨーナスに産婆と医者を探させていたので、その者たちを連れて母たちは帰領することになった。

 タルコット公爵家はこれまでにないほどの賑わいをみせている。


 出産からひと月ほどゆっくりしたマイナは、ボルナトを呼んで新商品を吟味したり、赤子の服を買ったり、ショドウを描いたりして過ごしていた。

 店舗の方は陛下の婚約者効果もあって、バルバリデ王国の珍しい商品を扱っていると評判になり、店員を増やすほどの売れ行きになっている。


 ケンはよく乳を飲み、すくすくと育っている。
 髪や瞳はマイナそっくりの色をしているが、目鼻立ちはレイに似てきたように思う。

 マイナは首を傾げながら「レイさまそっくりの男の子が生まれると、なぜか勝手に思っていたんですよねぇ」と笑っていた。

「私にも似ているよ?」

「確かに、だんだん目鼻立ちがくっきりしてきました!! ケンちゃん、イケメンねぇ?」

 マイナは話しかけながら抱っこをしてケンを揺すった。
 ケンを抱っこしているマイナを抱っこするのが、最近のレイのお気に入りであった。

 それを見るヨアンとニコの視線がやけに生温く感じるが……ヨアンにはそのうちわかるだろう。
 子を慈しむ嫁の可愛さを知るがいい。
 そのときは、デレデレするヨアンを、散々からかってやろうと思う。

「ニコ、ミリアは?」
 マイナがニコに聞いた。

「休憩中です」

「そう……ねぇ、レイさま?」

「ん?」

「エラルドはずっと元気がないですね」

「あぁ、そうだな……」

 レイも気になっていた。

 以前より笑顔が減ったように思える。
 屋敷が幸せムードに包まれる中、すっかり軽口もなくなってしまった。

「わたくし、ミリアとエラルドには結婚してもらいたいなぁと思っていまして、少々お節介をやいてもよろしいでしょうか?」

「私もエラルドには幸せになってもらいたいと思っているが……ミリアの気持ちもあるだろう?」

 エラルドはミリアを好きになってから、人付き合いに温度を感じるようになっていた。
 人との間に無駄な垣根を作らなくなり、幸せそうに見えた。
 それなのに今は、以前よりもいっそう頑なで、痛々しい。

「それがですね。二人きりのときにミリアに聞いてみたところ……ミリアもエラルドと何度も食事をするうちに、気持ちが揺れ動いていたようなのです。ですが、まだ負債を抱える実家をもつ自分が、城にも出入りするようなエラルドとお付き合いしたり、結婚したりすると、彼の経歴に傷が付くと思っているようで……」

「馬鹿な。ミリアのご実家の負債など、もう僅かだろう? それよりも貴族籍から抜けなければならないミリアの負担のほうが大きいはずだ」

「わたくしもそう思います。そこで、ミリアのお父さまにお手紙を書いてみたところ、以前お見合いをさせたのもミリアを思ってのことだったようなのです。しかも、お相手の方は騎士で、貴族子息ではなかったようです。わたくしがミリアに添わせたい男性がいるとお伝えしたところ、相手が平民でもミリアが幸せになるなら是非と仰っていました。お父さまは、独り身でいようとするミリアを、とても心配なさっています」

 女性がずっと一人で生きていくには、この世界は厳しい。
 ケンを産んですぐのころ、マイナもそう呟いていた。
 あの頃、ミリアの父親に手紙を書いたのかもしれない。

 ミリアの弟もいずれは結婚をするだろう。
 そうなれば、いよいよ実家にミリアの居場所はなくなる。

 タルコット公爵家がミリアを解雇することはないが、それでも体を壊せば仕事がままならなくなる。
 そうなったとしてもレイはミリアに対し、出来る限りのことをするつもりではいるが、ミリアの性格を考えると、引け目を感じさせてしまう可能性があった。

 ミリアに対し、皆が不安を感じるのはその生真面目さだろう。
 特にメイド長のアンが、何度もレイに相談に来ていた。

「アンからも、どうにかならないかと何度も相談されていたんだ。アンと協力すれば、マイナの思う計画は実行できそうか?」

「できますね!! 張り切って、皆で二人をくっつけましょう!!」

 マイナが弾むような声を上げると、腕の中のケンが口元を綻ばせて、まるで笑っているかのような顔をした。


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