【完結】なんちゃって幼妻は夫の溺愛に気付かない?

咲楽えび@改名しました(旧 佐倉えび)

文字の大きさ
114 / 125

114.ミリア

しおりを挟む
   

 ミリアのシモンへの気持ちは尊敬の念が強く、好きと声に出すにはあまりにも羨望が過ぎた。
 ではなぜ好きな人だと公言し続けてきたかといえば、シモンの名前を出すと、皆が恋愛の話をミリアに振らなくなることを知っていたからだ。

 歳上の既婚者、しかも上司。
 タルコット公爵家で親しくなったメイドたちとの恋の話にミリアが参加しても、波風が立たない。
 確かに素敵よねと微笑まれ、話が終わるのだ。


 べイエレン公爵家のメイドとして働くようになってから、知り得たことがたくさんある。
 その一つが、本当に好きな人の名前は出してはいけないというものだった。

 昨日まで仲の良かったメイドたちが急に仲違いする多くの理由に、男性の取り合いがある。
 誰それの好きな人が誰それに声をかけた、あの子が色目をつかったなど、あげればキリがない。

 それだけ伴侶探しは女性たちにとって重要だからだろう。
 思い人に見染められて結婚していく子もいれば、付き合っている女性のいる男性を略奪し、突然結婚して退職していく子もいた。
 それを妬み、恨んでいた子もまた、別の誰かと男性の取り合いをして退職していった。

 貴族子息に目をかけられ、他家に引き抜かれた子もいたが、その場合は大抵、その後の話を噂で聞く限り、いい話はなかった。
 どんなに甘い言葉を囁かれたところで、貴族子息にとって、メイドは遊び相手なのだろう。

 ミリアがわざと髪をひっ詰めるのも、化粧を野暮ったくするのも、全ては揉め事を回避するためだ。
 没落寸前の貴族令嬢など、貴族に目を付けられたらどんな目に合うかもわからない。
 使用人たちに目が行き届いているべイエレン公爵家にいても、その恐怖はミリアを緊張させた。

 マイナが弟を援助してくれたことから、べイエレン公爵家とマイナへの忠誠心が増し、一生をマイナへ捧げると決め、タルコット公爵家に来た。

 結婚に甘い夢など、みたことはない。

(それなのに、馬鹿なことを言ってしまったわ)

 うっかりマイナに、エラルドへの気持ちを漏らしてしまった。

 子どもを出産したマイナは、以前の可愛らしさに加え、公爵夫人の迫力が備わった。
 出産以外にも何かがあったとしか思えないほどの迫力でありながら、口調は元の優しい話し方のため、うっかり口を滑らせてしまったのだ。

(エラルドさんからの告白を断って……傷ついた顔をさせてしまったのが辛くて……それを必死で振り払ったのに……こんな……こんな……)

 ミリアは、エラルドと二人きりの馬車の中で身を縮めていた。
 メイド長に使いを頼まれたので辻馬車を拾おうと屋敷を出たところで、レイからの言いつけで使いに出るエラルドと鉢合わせしてしまった。
 行き先が同じだからと、公爵家の馬車に乗せてくれると言われ、断ることができずに乗ってしまった。

(こんなタイミング、偶然であるはずないもの)

 マイナがエラルドとの接点を増やそうとしてくれたのだろう。

 隣同士で座ったものの、間に人が入れそうなほど離れて座る。
 馬車内でも、会話はない。
 そもそもあの夜以来、目があっても軽く会釈する程度にしか交流していないのだ。

 自業自得とはいえ、気まずくて仕方がなかった。

「誰の使い?」

 不意に話しかけられた。

「メイド長です。ケン坊ちゃんの服が入荷済みなので取りに行って欲しいと」

「そう」

「あの、エラルドさんはどのような?」

「……似たようなもんかな」

「……そうですか」

 食事に誘われていたころは自然と話せていたのに、今は何を話したらいいかわからない。

 細身で少食に見えるのに、お肉を大口で齧り付くところなどは見ていて気持ちがよかった。
 気取らない会話は肩の力を抜くことができたし、城であった面白い話を聞くのも好きだった。

 お付き合いを断れば、その交流が絶たれることなどわかりきっていたというのに、胸が痛い。

(馬鹿よね。断ったのは自分なのに)

 エラルドとの食事は、封印していた乙女心を掘り起こすには充分なほど楽しかった。
 食事の後は出したお財布を引っ込めさせられ、帰りに髪飾りを買ってもらったり、お花やお菓子を買ってもらった。全てさり気なくて、エラルドはとてもスマートだった。
 そんな経験は初めてのことだった。


 あの日、父が強引に取り付けたお見合いは散々なものだった。
 無表情な騎士に、貴族である父の圧力で、恋人がいるのにお見合いに来なくてはならなくなったのだと、遠回しに言われてしまったのだ。
 騎士には先に店を出てもらった。
 もちろんミリアから断ったと父には報告すると約束をして、食事代はミリアが全て支払った。

 彼は出てきた料理に、一つも手を付けなかった。
 そのせいで店の人にもたくさん残してしまったことを謝罪しなくてはならなかった。
 せめて料理だけでも食べていってくれればまだよかったのだが……。
 一人で食べられるところまで精一杯食べたが、全く味がしなかった。
 ヒソヒソと、店員たちは聞こえよがしにミリアが振られたことを面白おかしく語っていた。

 ダサい令嬢が、恋人のいる派手な騎士にこっぴどく振られた――と。

 迷惑をかけたのだから仕方がない。
 騎士の彼は被害者である。
 そう思い、なんとか気持ちを誤魔化そうとしても、心は深く傷ついていた。
 自分が情けなくて仕方がなかった。

 エラルドがどれだけ紳士的に接してくれていたか、痛いほど思い知ったのだ。

 その後の告白が、胸に響かないわけがない。
 特に二度目の告白は、お願いしますと応えてしまいそうだった。
 あとで泣いてしまったぐらい、嬉しかった。

(失ってから、それを惜しいと思ってはいけない……)

 金木犀に到着し、馬車から降りたエラルドは流れるような仕草でミリアに手を差し伸べてくれた。こういうところが、素敵だと思う。

 ミリアは唇を噛み締めながら、エラルドの手に自分の手を重ねて馬車から降りた。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫が運命の番と出会いました

重田いの
恋愛
幼馴染のいいなづけとして育ってきた銀狼族の族長エーリヒと、妻ローゼマリー。 だがエーリヒに運命の番が現れたことにより、二人は離別する。 しかし二年後、修道院に暮らすローゼマリーの元へエーリヒが現れ――!?

【完結済】隣国でひっそりと子育てしている私のことを、執着心むき出しの初恋が追いかけてきます

鳴宮野々花@書籍4作品発売中
恋愛
 一夜の過ちだなんて思いたくない。私にとって彼とのあの夜は、人生で唯一の、最良の思い出なのだから。彼のおかげで、この子に会えた────  私、この子と生きていきますっ!!  シアーズ男爵家の末娘ティナレインは、男爵が隣国出身のメイドに手をつけてできた娘だった。ティナレインは隣国の一部の者が持つ魔力(治癒術)を微力ながら持っており、そのため男爵夫人に一層疎まれ、男爵家後継ぎの兄と、世渡り上手で気の強い姉の下で、影薄く過ごしていた。  幼いティナレインは、優しい侯爵家の子息セシルと親しくなっていくが、息子がティナレインに入れ込みすぎていることを嫌う侯爵夫人は、シアーズ男爵夫人に苦言を呈す。侯爵夫人の機嫌を損ねることが怖い義母から強く叱られ、ティナレインはセシルとの接触を禁止されてしまう。  時を経て、貴族学園で再会する二人。忘れられなかったティナへの想いが燃え上がるセシルは猛アタックするが、ティナは自分の想いを封じ込めるように、セシルを避ける。  やがてティナレインは、とある商会の成金経営者と婚約させられることとなり、学園を中退。想い合いながらも会うことすら叶わなくなった二人だが、ある夜偶然の再会を果たす。  それから数ヶ月。結婚を目前に控えたティナレインは、隣国へと逃げる決意をした。自分のお腹に宿っていることに気付いた、大切な我が子を守るために。  けれど、名を偽り可愛い我が子の子育てをしながら懸命に生きていたティナレインと、彼女を諦めきれないセシルは、ある日運命的な再会を果たし────  生まれ育った屋敷で冷遇され続けた挙げ句、最低な成金ジジイと結婚させられそうになったヒロインが、我が子を守るために全てを捨てて新しい人生を切り拓いていこうと奮闘する物語です。 ※いつもの完全オリジナルファンタジー世界の物語です。全てがファンタジーです。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

【完結】王子妃候補をクビになった公爵令嬢は、拗らせた初恋の思い出だけで生きていく

たまこ
恋愛
 10年の間、王子妃教育を受けてきた公爵令嬢シャーロットは、政治的な背景から王子妃候補をクビになってしまう。  多額の慰謝料を貰ったものの、婚約者を見つけることは絶望的な状況であり、シャーロットは結婚は諦めて公爵家の仕事に打ち込む。  もう会えないであろう初恋の相手のことだけを想って、生涯を終えるのだと覚悟していたのだが…。

拝啓、愛しの侯爵様~行き遅れ令嬢ですが、運命の人は案外近くにいたようです~

藤原ライラ
恋愛
心を奪われた手紙の先には、運命の人が待っていた――  子爵令嬢のキャロラインは、両親を早くに亡くし、年の離れた弟の面倒を見ているうちにすっかり婚期を逃しつつあった。夜会でも誰からも相手にされない彼女は、新しい出会いを求めて文通を始めることに。届いた美しい字で洗練された内容の手紙に、相手はきっとうんと年上の素敵なおじ様のはずだとキャロラインは予想する。  彼とのやり取りにときめく毎日だがそれに難癖をつける者がいた。幼馴染で侯爵家の嫡男、クリストファーである。 「理想の相手なんかに巡り合えるわけないだろう。現実を見た方がいい」  四つ年下の彼はいつも辛辣で彼女には冷たい。  そんな時キャロラインは、夜会で想像した文通相手とそっくりな人物に出会ってしまう……。  文通相手の正体は一体誰なのか。そしてキャロラインの恋の行方は!? じれじれ両片思いです。 ※他サイトでも掲載しています。 イラスト:ひろ様(https://xfolio.jp/portfolio/hiro_foxtail)

英雄の可愛い幼馴染は、彼の真っ黒な本性を知らない

百門一新
恋愛
男の子の恰好で走り回る元気な平民の少女、ティーゼには、見目麗しい完璧な幼馴染がいる。彼は幼少の頃、ティーゼが女の子だと知らず、怪我をしてしまった事で責任を感じている優しすぎる少し年上の幼馴染だ――と、ティーゼ自身はずっと思っていた。 幼馴染が半魔族の王を倒して、英雄として戻って来た。彼が旅に出て戻って来た目的も知らぬまま、ティーゼは心配症な幼馴染離れをしようと考えていたのだが、……ついでとばかりに引き受けた仕事の先で、彼女は、恋に悩む優しい魔王と、ちっとも優しくないその宰相に巻き込まれました。 ※「小説家になろう」「ベリーズカフェ」「ノベマ!」「カクヨム」にも掲載しています。

辺境伯夫人は領地を紡ぐ

やまだごんた
恋愛
王命によりヴァルデン辺境伯に嫁ぐことになった、前ベルンシュタイン公爵令嬢のマルグリット。 しかし、彼女を待っていたのは60年にも及ぶ戦争で荒廃し、冬を越す薪すら足りない現実だった。 物資も人手も足りない中、マルグリットは領地の立て直しに乗り出す。 戦しか知らなかったと自省する夫と向き合いながら、少しずつ築かれていく夫婦の距離。 これは、1人の女性が領地を紡ぎ、夫と共に未来を作る「内政×溺愛」の物語です。 全50話の予定です ※表紙はイメージです ※アルファポリス先行公開(なろうにも転載予定です)

【完結】番としか子供が産まれない世界で

さくらもち
恋愛
番との間にしか子供が産まれない世界に産まれたニーナ。 何故か親から要らない子扱いされる不遇な子供時代に番と言う概念すら知らないまま育った。 そんなニーナが番に出会うまで 4話完結 出会えたところで話は終わってます。

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

処理中です...