115 / 125
115.仕込み(1)
しおりを挟む明らかにエラルドの仕事ではない使いをレイに言いつけられた。
屋敷にいれば皆がミリアとエラルドをくっつけたがっていることに気付かないわけもなく、知らぬふりを貫くのはなかなかの苦行だった。
レイから休みの日に仕事を命じられることはないので『今日がその日なのか』と、どこか他人事のように思っていた。
同じく使いを頼まれたミリアと、屋敷の玄関ホールで鉢合わせるまでは。
辻馬車に乗ろうとしている彼女を強引に公爵家の馬車に乗せたものの、気まずさから変な距離を開けてしまった。
以前なら女にフラれたぐらいでこんな体たらくなことにはならなかったのに、今回ばかりはどうにもならなかった。
(本気だったんだな、俺……)
屋敷内で色恋沙汰で揉めるのは御免だと思っていたのに。
レイやマイナに気を使わせているのも心苦しい。
ミリアの困り果てた顔を思い出す度に、告白したことを申し訳なく思っていた。
何よりも、ミリアに対し普通に接することができない自分が情けなかった。
(頭ではわかってても、ままならないことってあるんだな)
無理に仕事に没頭しているうちに、心がすっかり疲れてしまった。
飯を食べても以前のようには美味く思えず、そんなときは決まって、大奥さまを諦めなかった以前のヘンリクを思い出しては感心していた。
(あいつはこんな気持ちを何年も持ち続けたのか……)
自覚していた以上に、ミリアを愛しく思っていたらしい。
貴族令嬢だからといって、メイド仲間に一歩引かれてしまわないよう、控え目に過ごしているミリアがいじらしかった。
そんなことはミリアを見ていればすぐにわかることなのに、本人は隠せていると思っているのが可愛かった。
元来の所作の美しさや整った顔立ちを隠すという、方向性を間違えた努力に思わず笑ってしまったぐらいだ。
(ゾラさんは一切隠してなかったけど、あの人は隠そうにも存在自体が派手だからなぁ)
そんなことを考えていたからだろうか。
昨晩、三日後に領地に帰るからとヘンリクが酒を持ってエラルドの部屋を訪れてきた。
奴は自分の持って来た酒を強引にエラルドに呑ませながら管をまいていた。
迷惑な話だ。
ここでの生活が楽しくなってしまい、帰るのが寂しいというような内容だった。
一番の理由はマイナだったようだ。
「奥さまに随分懐いたんだな」
「おもしれぇ人だよなぁ。飯も菓子も旨ぇし」
「浮気か?」
適当に会話を続けていたエラルドの頭を、ヘンリクが叩いた。
軽口にキレがないことぐらい自分が一番わかっている。
「いてぇな」
「シケた面してんじゃねぇよ。振られたっつったって、まだたった二回だっつーじゃねぇか」
酒すら不味く感じる。
元々酒に強いせいもあって、全く酔えなかった。
シケた面ぐらい許して欲しい。
「誰に聞いたんだよ?」
「ヨアンだよ」
「あいつ……」
(そもそもなんでヨアンがそこまで知ってるんだ!? どこかで見てやがったか!?)
「お前、俺がゾラを嫁にするまで何回振られたと思ってるんだよ」
「振られてたのか?」
「あったりめぇだろ、あのゾラだぞ? 一回や二回で振り向くと思うか?」
「思わねぇな? 何回だ?」
「それは忘れた」
「聞いて損した」
「旦那さまには結婚を命じないでくれって、俺が口説くからって言ったんだよ。何回も振られるもんだから、最後は旦那さまも呆れてたけどさ」
(そもそも、こいつがゾラさんのことをそこまで好きだったなんて知らなかったけどな?)
「だからシケた面してんじゃねぇっつーの!!」
ヘンリクは声を荒げて、もう一度エラルドの頭を叩いた。
「馬鹿力で叩くな!! 痛ぇよ!!」
頭をさすりながら怒鳴ると、ヘンリクは心底馬鹿にしたように鼻で笑いながら言った。
「俺たち元孤児が貴族の女を嫁にしようと思ったら、生半可な覚悟じゃ成し得ねぇってことぐらい、お前ならわかるだろうが」
「へー。すげえ説得力あるじゃねぇか。まさかお前に説教されるとは思わなかったよ」
「奇遇だな、俺もだよ」
「馬鹿だなー」
「俺は馬鹿だが、今のお前は腰抜けだな」
「……確かに」
思わず頷くと「素直なお前、気持ち悪い」とヘンリクは嫌な顔をしながら酒を煽っていた。
5
あなたにおすすめの小説
夫が運命の番と出会いました
重田いの
恋愛
幼馴染のいいなづけとして育ってきた銀狼族の族長エーリヒと、妻ローゼマリー。
だがエーリヒに運命の番が現れたことにより、二人は離別する。
しかし二年後、修道院に暮らすローゼマリーの元へエーリヒが現れ――!?
【完結済】隣国でひっそりと子育てしている私のことを、執着心むき出しの初恋が追いかけてきます
鳴宮野々花@書籍4作品発売中
恋愛
一夜の過ちだなんて思いたくない。私にとって彼とのあの夜は、人生で唯一の、最良の思い出なのだから。彼のおかげで、この子に会えた────
私、この子と生きていきますっ!!
シアーズ男爵家の末娘ティナレインは、男爵が隣国出身のメイドに手をつけてできた娘だった。ティナレインは隣国の一部の者が持つ魔力(治癒術)を微力ながら持っており、そのため男爵夫人に一層疎まれ、男爵家後継ぎの兄と、世渡り上手で気の強い姉の下で、影薄く過ごしていた。
幼いティナレインは、優しい侯爵家の子息セシルと親しくなっていくが、息子がティナレインに入れ込みすぎていることを嫌う侯爵夫人は、シアーズ男爵夫人に苦言を呈す。侯爵夫人の機嫌を損ねることが怖い義母から強く叱られ、ティナレインはセシルとの接触を禁止されてしまう。
時を経て、貴族学園で再会する二人。忘れられなかったティナへの想いが燃え上がるセシルは猛アタックするが、ティナは自分の想いを封じ込めるように、セシルを避ける。
やがてティナレインは、とある商会の成金経営者と婚約させられることとなり、学園を中退。想い合いながらも会うことすら叶わなくなった二人だが、ある夜偶然の再会を果たす。
それから数ヶ月。結婚を目前に控えたティナレインは、隣国へと逃げる決意をした。自分のお腹に宿っていることに気付いた、大切な我が子を守るために。
けれど、名を偽り可愛い我が子の子育てをしながら懸命に生きていたティナレインと、彼女を諦めきれないセシルは、ある日運命的な再会を果たし────
生まれ育った屋敷で冷遇され続けた挙げ句、最低な成金ジジイと結婚させられそうになったヒロインが、我が子を守るために全てを捨てて新しい人生を切り拓いていこうと奮闘する物語です。
※いつもの完全オリジナルファンタジー世界の物語です。全てがファンタジーです。
※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。
【完結】王子妃候補をクビになった公爵令嬢は、拗らせた初恋の思い出だけで生きていく
たまこ
恋愛
10年の間、王子妃教育を受けてきた公爵令嬢シャーロットは、政治的な背景から王子妃候補をクビになってしまう。
多額の慰謝料を貰ったものの、婚約者を見つけることは絶望的な状況であり、シャーロットは結婚は諦めて公爵家の仕事に打ち込む。
もう会えないであろう初恋の相手のことだけを想って、生涯を終えるのだと覚悟していたのだが…。
拝啓、愛しの侯爵様~行き遅れ令嬢ですが、運命の人は案外近くにいたようです~
藤原ライラ
恋愛
心を奪われた手紙の先には、運命の人が待っていた――
子爵令嬢のキャロラインは、両親を早くに亡くし、年の離れた弟の面倒を見ているうちにすっかり婚期を逃しつつあった。夜会でも誰からも相手にされない彼女は、新しい出会いを求めて文通を始めることに。届いた美しい字で洗練された内容の手紙に、相手はきっとうんと年上の素敵なおじ様のはずだとキャロラインは予想する。
彼とのやり取りにときめく毎日だがそれに難癖をつける者がいた。幼馴染で侯爵家の嫡男、クリストファーである。
「理想の相手なんかに巡り合えるわけないだろう。現実を見た方がいい」
四つ年下の彼はいつも辛辣で彼女には冷たい。
そんな時キャロラインは、夜会で想像した文通相手とそっくりな人物に出会ってしまう……。
文通相手の正体は一体誰なのか。そしてキャロラインの恋の行方は!?
じれじれ両片思いです。
※他サイトでも掲載しています。
イラスト:ひろ様(https://xfolio.jp/portfolio/hiro_foxtail)
英雄の可愛い幼馴染は、彼の真っ黒な本性を知らない
百門一新
恋愛
男の子の恰好で走り回る元気な平民の少女、ティーゼには、見目麗しい完璧な幼馴染がいる。彼は幼少の頃、ティーゼが女の子だと知らず、怪我をしてしまった事で責任を感じている優しすぎる少し年上の幼馴染だ――と、ティーゼ自身はずっと思っていた。
幼馴染が半魔族の王を倒して、英雄として戻って来た。彼が旅に出て戻って来た目的も知らぬまま、ティーゼは心配症な幼馴染離れをしようと考えていたのだが、……ついでとばかりに引き受けた仕事の先で、彼女は、恋に悩む優しい魔王と、ちっとも優しくないその宰相に巻き込まれました。
※「小説家になろう」「ベリーズカフェ」「ノベマ!」「カクヨム」にも掲載しています。
辺境伯夫人は領地を紡ぐ
やまだごんた
恋愛
王命によりヴァルデン辺境伯に嫁ぐことになった、前ベルンシュタイン公爵令嬢のマルグリット。
しかし、彼女を待っていたのは60年にも及ぶ戦争で荒廃し、冬を越す薪すら足りない現実だった。
物資も人手も足りない中、マルグリットは領地の立て直しに乗り出す。
戦しか知らなかったと自省する夫と向き合いながら、少しずつ築かれていく夫婦の距離。
これは、1人の女性が領地を紡ぎ、夫と共に未来を作る「内政×溺愛」の物語です。
全50話の予定です
※表紙はイメージです
※アルファポリス先行公開(なろうにも転載予定です)
【完結】番としか子供が産まれない世界で
さくらもち
恋愛
番との間にしか子供が産まれない世界に産まれたニーナ。
何故か親から要らない子扱いされる不遇な子供時代に番と言う概念すら知らないまま育った。
そんなニーナが番に出会うまで
4話完結
出会えたところで話は終わってます。
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる