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123.予言
しおりを挟む「僕、まだ七歳なのに、婚約しなきゃいけないんだって。どう思う?」
父の愛馬のセラフィーナに問いかけたケンは、手入れされた美しいたてがみを撫でた。
「え? アデリアは諦めろ? なんで?」
なぜかセラフィーナの言うことがわかるのだけど、それは皆にはナイショだ。
セラフィーナがナイショにしろと言ったから。
でもヨアンにはバレてるだろうって。
バレてるなら言ってもいいよね、と聞いたらやっぱりダメなんだって。
女には秘密が必要だからって。
ときどきセラフィーナの言うことは難しくてわからない。
「アデリアは魔王の嫁ってどういう意味? アデリアと遊ぶと楽しいし、お母さまとグートハイルこうしゃくふじんは仲がいいから、結婚するならアデリアがいいなって思ってたのに、ダメなの?」
ブルブルとセラフィーナが鳴く。
やっぱりダメだって。
セラフィーナにも怖いものがあるんだって。
それが魔王らしい。
(変なセラフィーナ。魔王なんていないのに。いるのはお話の中だけだよ?)
そう思ったけど、セラフィーナとは仲良くしたいから口には出さなかった。
セラフィーナに嫌われると、近付かせてももらえなくなっちゃう。
それはこまる!
(セラフィーナは『あまのじゃく』だからヨアンには『ツンデレ』なんだってお母さまが言ってたけど)
ヨアンのことはすごく信頼してて大好きだってセラフィーナが言ってたから、じゃあなんで『あまのじゃく』で『ツンデレ』なのか聞いたら、マイナの言葉はおもしろいなって言いながらブルブル鳴いていた。
答えになってないなって思ったけど、おもしろいって言ってたからいいや!
「なになに? 魔女はお人好しだけど、魔王は怒らせると怖い? ふうん……」
魔女もいないのに、と思ったけれどやっぱり口には出さなかった。
それと、セラフィーナの好物はニンジンだと思ってる人が多くてウンザリしてるらしい。
もう飽きちゃったんだって。
でも気を使って嬉しいふりをしてるんだって!
「今日はきゅうりを持ってきたよ。半分こね?」
ポケットに忍ばせていたきゅうりを取り出し、半分に折って口に入れてあげた。
セラフィーナは食べちゃいけないものは自分でわかってるから、口にしたってことは大丈夫なんだな、と思う。
残りの半分をかじりながら、婚約するお姫さまについて考えた。
(生まれたばかりのお姫さまと婚約なんて、なにを話したらいいかわからないよ)
王さまもお妃さまも綺麗だし、王子さまも可愛いから、お姫さまも可愛い子なんだろうけど。
可愛いといえば三歳になる妹だってとびきり可愛い。
父に似た髪と瞳に、母のような顔立ちの明るい子だ。
その妹よりも小さい赤ちゃんと婚約なんて。
ケンは少々ご立腹だった。
「ケーン、さまー。またここにいたのー?」
ピンク色の髪に蒼い瞳のアキが走ってきた。
アキは一つ下の癖に体が大きくて力も強くて剣術も上手くて、ちょっと生意気。
「アキ、またお勉強サボってエラルドに怒られてたね」
少しだけ意地悪を言った。
いつもアキはエラルドに「お勉強しないとケンさまの侍従にはなれませんよ」と怒られている。
アキは「おれは護衛になるから、お勉強なんていらない」ってよく言ってる。
エラルドの娘のイレナはとても頭がいいから、母が妹の侍女にしたいって言ってた。
だからやっぱり、お勉強はしたほうがいいと思う!
(侍従も侍女も護衛もみんなお勉強しないとなれないってお父さまも言ってたし!)
だけどアキは『婚約』はしなくていいんだって。
ヨアンとニコの子どもだからなんだって。
ズルい!
「ケン、またきゅうりなんか食って。こうしゃくけのぼっちゃんのくせに」
「ケンさまって呼ばないとまたエラルドに怒られるよ?」
「いいんだよ、だれも見てないから」
「セラフィーナが見てる」
「馬じゃん!」
「馬だけど、ただの馬じゃないんだよ」
「またそれー?」
呆れたように言ったアキの頭をカポッとセラフィーナがくわえた。
「やめろよ、セラフィーナ」
「ぷぷぷ。アキ、よだれでべしょべしょだね」
ゲラゲラ笑ってたらヨアンが来て、アキにお勉強をサボッたことを叱って、汚れた服を着替えて来なさいって言ったから、アキがふてくされてた!
おもしろい!
走り去ったアキを確認してからヨアンが言った。
「お勉強のお時間ですよ」
「うん……」
セラフィーナは『ツンデレ』してた。
ヨアンが来て嬉しいけど声をかけてくれないから拗ねてるみたい。
「ケンさまは、まだご立腹ですか?」
「うん。ちょびっと」
「僕から陛下に、延期をお願いしてみましょうか?」
「そんなことできるの?」
「そうですね。ケンさまのお気持ちを伝えるぐらいのことは」
ブルブルとセラフィーナが声をあげた。
いい加減こっちを見ろって言ってる。
それと、婚約はしておけって。
「なんで?」
思わずセラフィーナの言葉に答えてしまった。
「魔王さまがあばれたときに巻き込まれるって?」
ヨアンが片眉をあげて、父のような顔をしてケンを見ている。
しまった、と思ったけれど、セラフィーナと話せることをヨアンは知ってるみたいだからいっか!
「やっぱ王さまに言わなくていい」
「承知しました」
「でもあれはやって?」
「はい」
ヨアンが嬉しそうにケンを抱き上げ、くるりと回して肩の上に乗せてくれた。
『かたぐるま』ってやつ。
『かたぐるま』は母の特別な言葉だから、これもナイショ!
「ヨアンはニコが好きなんでしょー?」
「そうですね。大好きです」
「いいなぁ」
父も母のことが『大好き』なんだって。
(なんで僕だけ『大好き』と結婚できないんだろう)
ヨアンよりも高い位置から見下ろす景色は広かった。
母の大好きな金木犀がいっせいに花を咲かせている。
(僕の背が伸びたら、毎日こんな景色が見れるのかな)
「ケンさま」
「なあに?」
「きっと相性ばつぐんですよ」
「なにそれー?」
「魔女の予言ですから」
「今度は魔女ー? そんなのいないよ?」
「信じなくてもいいです」
「変なヨアン」
そう言いながら、ヨアンの頭にしがみついた。
目を塞いでも同じ速度で歩けるヨアンは『めっちゃかっこいい』。
「ケンちゃーーーーん」
「あ、お母さまだ! またあんな大きな声を出して。こうしゃくふじんなのにー」
「そんなこと言うと、マイナさまのプリンアラモードを食べそびれますよ?」
「え、今日作ってたっけ?」
「ケンさまの元気がないようだからと、先ほど作っていらっしゃいました。お勉強の前に食べてもらいたいそうですよ」
「それを早く言ってよ」
ヨアンの肩を叩いて降ろしてもらうと、ケンは母の元へと駆けた。
体にぶつかりそうになる前にとまる。
(お母さまのお腹に当たっちゃうと、赤ちゃんがビックリしちゃうからね?)
ケンの頭を撫でる母を見上げてニッコリ微笑むケンであった。
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