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19. 二人の想い
しおりを挟む熱が下がり、一週間ほど経過した日。
レナとエルメルトは再び四阿でお茶をしていた。お礼の手紙に、話がしたいと書いておいたのだ。
エルメルトもそれなりに忙しいようだけれど、すぐに会いに来てくれた。今日はいつものようにシャツとスラックスで、それを見てなぜかホっとしてしまう自分がいた。
「顔色もいいし、元気そうでよかった」
エルメルトは屈託ない笑顔を浮かべて、美味しそうにコーヒーを飲んだ。レナはミルクとお砂糖をたっぷりいれないと飲めない。ブラックのまま飲むエルメルトとイグナートを凄いなと思ってしまう。
「ごめんね、僕の求婚のせいで悩ませちゃったよね」
眉をさげ、しゅんと項垂れる姿に思わず胸がきゅんとしてしまった。
「いえ、そのようなことは……本来なら、お返事まで時間をいただくなんてとても失礼なことですのに、ありがとうございました」
「そんなことないよ。レナ嬢には僕の求婚を断る権利があるし、考える時間を得る権利もある。無理強いなんてしたくない。頷いてもらえるなら、レナ嬢と笑顔でファルエイネに帰りたいから」
こうやってエルメルトは言葉できちんと伝えてくれる。わかりやすい言葉で、決して押し付けずに優しく、選ばせてくれる。
レナのことをまっすぐに見つめて、好きだと言ってくれる。
純粋な好意に、レナのほうも好きにならずにはいられなかった。
「ふつつか者ですが、どうぞ宜しくお願い致します」
「え、ほんとに? 結婚してくれるの?」
頷けば、エルメルトは破顔した。
「【マジやば、超嬉しい】」
またわからない言語で喋っていたけれど、きっと前世の言葉だろう。興奮すると出てしまうようだと感じた。これからゆっくり、前世の言葉も教えてもらおう。
そう思って自然と笑顔になったレナを、エルメルトが『ありがとう』とファルエイネ語で言いながら抱きしめた。
「無理してない?」
エルメルトが優しく聞いてくれた。
首を振ると、それでもエルメルトは不安そうに眉を下げていた。
「遠い国に行くのは不安だよね」
「いいえ、正直、ファルエイネに行くのは楽しみでしかありません」
「本当? それならいいんだけど。なにか他に不安がある?」
手を握って聞いてくれた。
あたたかいエルメルトの手が、冷たいレナの指先をこするようにしてくれる。
エルメルトの、こういうさり気ない気遣いがとても好きだと思う。
「変な、夢をみてしまいまして」
「夢……?」
「はい。お祖父様とお母様が……恋仲のような、そういう類のものでした。お祖父様は尊敬できる立派なかたです。お母様も、貴婦人としては少々変わったところがありましたが、愛情をもって私を育ててくれました」
エルメルトがそっと抱き寄せてくれた。
「あれは、ただの夢だったのかもしれません。でも」
「本当かもしれないと思ってしまって、不安なんだね?」
腕の中でレナは頷いた。
「私はずっとお父様がお母様を裏切っていたと思っていたのです。でも本当は裏切っていたのはお母様で、それでお父様は疎外感を――それでなくとも、叔父様がお母様を好きだったと勘違いしていたような人です」
震えるレナの背中をエルメルトが優しく撫でる。
「私、怖くなってしまって」
「結婚するのが?」
「それも多少ありますが……人の気持ちが」
「僕はレナ嬢のことしか愛せそうにないけど?」
胸の中で燻る疑惑という負の感情が、エルメルトの言葉だけで霧散していくようだった。
いつの間にか零れた涙を、拭ってくれる指先が愛おしくてそっと掴んでしまった。
「私も間違えてしまいそうで。それが怖いのです」
「僕以外の男性を好きになってしまいそう?」
首を振って否定した。
エルメルト以外を好きになるなど想像がつかない。
憧れだったアーロンにさえ抱いたことのない、はじめての感情を持て余しているぐらいなのだから。
「エルメルト殿下の周りの女性との関係を勘ぐってしまったり、すれ違った時にとんでもないほうへ勘違いしてしまうのではないかと。お父様の血をひく身としてはとても不安になってしまいました」
「そっか。どうしても不安なら、僕の国に便利な魔道具があるよ」
「魔道具、ですか?」
「嘘発見器っていうのをね、僕が発案してつくっちゃったんだ」
「嘘発見器……」
「でもねぇ、世の中にはグレーゾーンのままのほうがいいこともあって。苦い作品になっちゃったんだよね」
「なにかあったのですか?」
「実は結婚直前のカップルのね」
頷いてみたものの、不安が胸を駆け巡った。
「男性の水虫がバレたんだよ」
「えっ」
「潔癖のお嬢さんでね。結婚前にそういうのをどうしてもチェックしたいって」
「えぇぇ」
「気の毒だったよね」
「破談、でしょうか」
「いやー。さすがに周りが止めて、彼のほうも嘘ついたことを謝ってから治療したよ」
「よかったです」
「寒い国だからね、防寒靴が蒸れたみたい」
「お気の毒ですが、それは事前に治せてよかったのではないですか?」
「確かにそうだね……だから、僕が浮気してるんじゃないかとか、なにか隠しごとしてるんじゃないかとか、不安になったら、それを使ってくれたらいいよ」
エルメルトはやはり、気持ちを軽くしてくれる天才なのだと思う。
こんな風に言える人に対して、今後どれほどの不安をいだこうとも、相談すれば済む話なのではないかと思えた。
胸の奥で鉛のように重たくなっていた祖父とリズの関係についても、深追いするのはやめようと思う。
「お祖父様とお母様のことは、グレーゾーンかもしれません」
「うん、そうだね。恋慕というより敬愛なのかなって想像するけれど。もうどちらも故人だし」
「そうですね」
「そうやって、不安になったらいつでも僕に相談してね。一人で抱え込まないでね」
はい、と返事をしながら、この人を好きになってよかったと、レナの心は静かに満たされていった。
☆(ここから同じ場面でのエルメルト視点になります。重複ではありません)
「無理してない?」
どことなく浮かない顔をしている気がして聞いてみた。レナは首を振ったけれど、いつもの笑顔は見れなかった。
ファルエイネはアティームよりずっと北の、パティロニアを挟んでさらに北側に位置する。一年のほとんどが冬なので、魔石がなかったから作物が育たない、飢えに苦しむ貧しい国だっただろう。
「遠い国に行くのは不安だよね」
しかも一応、王子だし。
大丈夫だといくら言ったところで、嫌でも重圧は感じるだろう。
「いいえ、正直、ファルエイネに行くのは楽しみでしかありません」
「本当? それならいいんだけど。なにか他に不安がある?」
そっと手を握って聞いてみた。少し冷たい指先をこするようにして、首を傾げてみると、ようやく笑顔が少しだけみれた。
「変な、夢をみてしまいまして」
「夢……?」
「はい。お祖父様とお母様が……恋仲のような、そういう」
あぁ、そういうことか。
それが夢じゃないかもしれないと、不安に思うような何かが実際にあったのだろう。
「お祖父様は尊敬できる立派なかたです。お母様も、貴婦人としては少々変わったところがありましたが、愛情をもって私を育ててくれました」
長い睫毛を震わせ、俯いたレナをそっと抱き寄せた。
「あれは、ただの夢だったのかもしれません。でも」
「本当かもしれないと思ってしまって、不安なんだね?」
腕の中でレナの頭がコクンと頷くように動いた。
「私はずっとお父様がお母様を裏切っていたと思っていたのです」
それはそうだろう。
実子だという妹を父親が連れてきたら誰だってそう思う。
「でも本当は裏切っていたのはお母様で、それでお父様は疎外感を――それでなくとも、叔父様がお母様を好きだったと勘違いしていたような人です」
震える背中を落ち着かせるように撫でた。
遠くでジルドが睨んでいるような気がするけど、目配せして堪えさせた。婚約前のレナに触れすぎなのはわかってはいる。護衛のコーレも気まずい顔をしている。
でも、好きな子が不安そうにしていたら、誰だってこうするだろう?
「私、怖くなってしまって」
「結婚するのが?」
「それも多少ありますが……人の気持ちが」
「僕はレナ嬢のことしか愛せそうにないけど?」
わざと軽い口調でいえば、少し顔をあげたレナが笑ってくれた。ぽろりと零れていた涙を拭ってあげると、甘えるようにエルメルトの指先を小さな手が掴んだ。
「私も間違えてしまいそうで。それが怖いのです」
「僕以外の男性を好きになってしまいそう?」
ちょっと意地悪な質問に、レナはぶんぶん首を振った。
「エルメルト殿下の周りの女性との関係を勘ぐってしまったり、すれ違った時にとんでもないほうへ勘違いしてしまうのではないかと。お父様の血をひく身としてはとても不安になってしまいました」
「そっか。どうしても不安なら、僕の国に便利な魔道具があるよ」
「魔道具、ですか?」
「嘘発見器っていうのをね、僕が発案してつくっちゃったんだ」
「嘘発見器……」
「でもねぇ、世の中にはグレーゾーンのままのほうがいいこともあって。苦い作品になっちゃったんだよね」
「なにかあったのですか?」
不安な顔をしていても、レナはとても美しい。
「実は結婚直前のカップルのね」
こくりとレナが頷く。
「男性の水虫がバレたんだよ」
「えっ」
「潔癖のお嬢さんでね。結婚前にそういうのをどうしてもチェックしたいって」
「えぇぇ」
「気の毒だったよね」
「破談、でしょうか」
「いやー。さすがに周りが止めて、彼のほうも嘘ついたことを謝ってから治療したよ」
「よかったです」
「寒い国だからね、防寒靴が蒸れたみたい」
「お気の毒ですが、それは事前に治せてよかったのではないですか?」
「確かにそうだね」
そう言って、レナの頬を撫でた。ようやく血色がよくなって笑顔が零れはじめた。
「僕が浮気してるんじゃないかとか、なにか隠しごとしてるんじゃないかとか、不安になったらそれを使ってくれたらいいよ」
レナが笑顔で頷く。
「お祖父様とお母様のことは、グレーゾーンかもしれません」
「うん、そうだね。恋慕というより敬愛なのかなって想像するけれど。もうどちらも故人だし」
「そうですね」
「そうやって、不安になったらいつでも僕に相談してね。一人で抱え込まないでね」
「はい」
頷いたレナに安心して、体を離した。
そろそろジルドに殴られそうだ。
「この一か月ぐらい、色々ありましたけれど、お父様がお母様を愛していたのは事実なようなので、それがわかって本当によかったです。ちょっと、ホッとしてしまいました」
あぁ、そうか。
僕はきっと、レナのこういうところがとても好きなんだ。
人を許す心だったり、誰のせいにもしないところだったり。
「レナの、そういうところがとても美しいと思うよ」
レナ、と初めて呼んだのでびっくりしたらしい。
目を丸くしたあと『ありがとうございます』と言って、この日一番の笑顔を見せてくれた。
「大好きだよ、レナ」
ジルドの視線を感じながら、もう一度強く、柔らかな、あたたかい身体を抱きしめた。
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