32 / 45
31
しおりを挟む
空は青く晴れ渡り、照り付ける太陽が眩しい。
モニカが異常なくらい張り切って準備をしてくれた。
そう、今日はリュダールと面会する日、だ。
嬉しいとも、逃げたいとも思わずに、私の心は凪いでいて真実の扉が開くのを待っている。
「お嬢様、めちゃくちゃ綺麗です」
「ふふ…ありがとう」
とんでもなく大きなスズーキンを釣り上げた時のように彼女は満足気である。何でも「クズが見て身の程を思い知れば良い」とまたしても呪いの言葉を吐いていた。
「お嬢様、リュダール殿がお待ちです」
「…はい」
私は少しの緊張を胸に部屋を出る。後ろをついてくるモニカが「この置物、ポケットに入るかな…」とよからぬ企みをしているようで緊張は一気に吹っ飛んだけれど。
「大丈夫ですか、お嬢様」
「…うん、大丈夫」
きゅっと手を握り締め、深呼吸を一つ。
私は一歩を踏み出した。
「ティアラ様が来られました」
ガチャリと開くドアの音が、とても大きな音に聞こえて。まるで最期の審判のように重い。
「お待たせしてしまって、申し訳ありません」
きちんと礼儀正しく、挨拶をする。前を見ると、お祖母様とお母様が部屋の隅にゆったりと座っていた。この状況はリュダールにとって非常に居心地が悪そうだわ、とどこか冷静に考えていた。
大丈夫、私、きちんと考えられているわ。
「リュダール・ルダイン様、わざわざお越し下さりありがとうございます」
お辞儀して顔を上げると、リュダールがソファの前で立って頭を下げていた。
「こちらこそ、お呼び頂けた事に心よりお礼申し上げます」
懐かしい、声。耳にするりと入り込んでくるこの声を最後に聞いたのはいつだったかしら。
「お掛けになって?」
私はそう促し、ゆっくりとソファに座る。しかし、彼は微動だにせずそのまま頭を垂れている。
「ルダイン様?」
不思議に思って声を掛けるとゆっくりと持ち上げられた彼の顔が目に入り、私は驚きに目を見開いた。
「…今回の事は、全て私が愚かであった為に起こった出来事です。そして、ティアラ嬢を悲しませ、積み重ねた信頼を失ってしまった事も全て私の責任です。本当に……」
「あ……」
「本当に、申し訳ありませんでした」
青灰色の宝石から、月の雫がぽたりと落ちた。
「な、泣く…なんて…」
「すみません」
リュダールはふいと横を向き、ガシガシと袖で目元を拭った。私は大きくなったリュダールが涙を流す所を今までで一度しか見た事がない。厳しい騎士の訓練について行けない事が悔しくて泣きながら剣を振っていたのを、隠れて見た時だけだった。
「謝罪はわかりました。とりあえず座って下さい、ルダイン様」
「…はい」
家名で呼ぶ度、彼から悲痛な叫びが聞こえるようだ。今までに、呼んだ事など…ない。
彼の想いは伝わってくる。後悔も、反省も伝わってくるからこそ、どうしてあんな誤解を招きやすい事をしたのか。しかも、頭だけを隠して、尻尾も足も曝け出した杜撰さで。
私は、それが、知りたい。
「私の質問に答えて頂けますか?」
「はい、嘘偽りなく全て真摯に回答致します」
「そうですか。では、嘘を一つでも吐いた場合は即婚約解消をします。宜しいですね?」
「…はい」
ほら、婚約解消と聞いただけでそんな痛々しい表情をするくせに。それを全て無にするだけのメリットは何だったのかしら?
「アリーシャと、密会していたのは何故です?」
「サイラス殿下と、アリーシャ嬢の恋を応援していたからです」
「それを私に隠していたのは何故ですか?」
「…アリーシャ嬢から、内緒にして欲しいと要望があったからです」
「その要望を飲む必要が?一歩間違えば、婚約者に疑念を抱かせる事になるのに?」
そうだ。そんな要望を飲まなければ、少なくとも私があんなに悶々と思い悩む事は無かった。そして、婚約解消を告げることも。
「その要望を飲む代わりに、私に譲ってくれると言う物が余りにも魅力的過ぎて誘いに乗りました。ダメな事とは知りながら」
「…?何を譲って貰ったんですか?」
「……先に謝っておきます、すみませんでした」
「は?何に対しての謝罪でしょうか?」
私はふわふわと疑問符を浮かばせた。何かをアリーシャから貰って、何故私に謝るの?私が怒るような物って事?
「その…ティアラ嬢が、私の為に作ってくれたクッキーの失敗作とか…私がお揃いで持ちたいと言ったハンカチの失敗作とか…」
「…え?」
「ティアラ嬢が私に書こうとして捨てた手紙とか…」
「えぇ!?」
「…私に編んでくれようとした何かの残骸とか…」
「ちょ、ちょっと待って!!ちょ…それ…え!?」
「私のバースデーカードに愛してるって書いて没になったのとか…」
は?え?この人何言ってるの?それは私が捨てた物でしょ?待って、それを今リュダールが持ってるの!?やだ、恥ずかしい!!
捨てたと思っていた物を所有されている事に羞恥で倒れそうになった。
モニカが異常なくらい張り切って準備をしてくれた。
そう、今日はリュダールと面会する日、だ。
嬉しいとも、逃げたいとも思わずに、私の心は凪いでいて真実の扉が開くのを待っている。
「お嬢様、めちゃくちゃ綺麗です」
「ふふ…ありがとう」
とんでもなく大きなスズーキンを釣り上げた時のように彼女は満足気である。何でも「クズが見て身の程を思い知れば良い」とまたしても呪いの言葉を吐いていた。
「お嬢様、リュダール殿がお待ちです」
「…はい」
私は少しの緊張を胸に部屋を出る。後ろをついてくるモニカが「この置物、ポケットに入るかな…」とよからぬ企みをしているようで緊張は一気に吹っ飛んだけれど。
「大丈夫ですか、お嬢様」
「…うん、大丈夫」
きゅっと手を握り締め、深呼吸を一つ。
私は一歩を踏み出した。
「ティアラ様が来られました」
ガチャリと開くドアの音が、とても大きな音に聞こえて。まるで最期の審判のように重い。
「お待たせしてしまって、申し訳ありません」
きちんと礼儀正しく、挨拶をする。前を見ると、お祖母様とお母様が部屋の隅にゆったりと座っていた。この状況はリュダールにとって非常に居心地が悪そうだわ、とどこか冷静に考えていた。
大丈夫、私、きちんと考えられているわ。
「リュダール・ルダイン様、わざわざお越し下さりありがとうございます」
お辞儀して顔を上げると、リュダールがソファの前で立って頭を下げていた。
「こちらこそ、お呼び頂けた事に心よりお礼申し上げます」
懐かしい、声。耳にするりと入り込んでくるこの声を最後に聞いたのはいつだったかしら。
「お掛けになって?」
私はそう促し、ゆっくりとソファに座る。しかし、彼は微動だにせずそのまま頭を垂れている。
「ルダイン様?」
不思議に思って声を掛けるとゆっくりと持ち上げられた彼の顔が目に入り、私は驚きに目を見開いた。
「…今回の事は、全て私が愚かであった為に起こった出来事です。そして、ティアラ嬢を悲しませ、積み重ねた信頼を失ってしまった事も全て私の責任です。本当に……」
「あ……」
「本当に、申し訳ありませんでした」
青灰色の宝石から、月の雫がぽたりと落ちた。
「な、泣く…なんて…」
「すみません」
リュダールはふいと横を向き、ガシガシと袖で目元を拭った。私は大きくなったリュダールが涙を流す所を今までで一度しか見た事がない。厳しい騎士の訓練について行けない事が悔しくて泣きながら剣を振っていたのを、隠れて見た時だけだった。
「謝罪はわかりました。とりあえず座って下さい、ルダイン様」
「…はい」
家名で呼ぶ度、彼から悲痛な叫びが聞こえるようだ。今までに、呼んだ事など…ない。
彼の想いは伝わってくる。後悔も、反省も伝わってくるからこそ、どうしてあんな誤解を招きやすい事をしたのか。しかも、頭だけを隠して、尻尾も足も曝け出した杜撰さで。
私は、それが、知りたい。
「私の質問に答えて頂けますか?」
「はい、嘘偽りなく全て真摯に回答致します」
「そうですか。では、嘘を一つでも吐いた場合は即婚約解消をします。宜しいですね?」
「…はい」
ほら、婚約解消と聞いただけでそんな痛々しい表情をするくせに。それを全て無にするだけのメリットは何だったのかしら?
「アリーシャと、密会していたのは何故です?」
「サイラス殿下と、アリーシャ嬢の恋を応援していたからです」
「それを私に隠していたのは何故ですか?」
「…アリーシャ嬢から、内緒にして欲しいと要望があったからです」
「その要望を飲む必要が?一歩間違えば、婚約者に疑念を抱かせる事になるのに?」
そうだ。そんな要望を飲まなければ、少なくとも私があんなに悶々と思い悩む事は無かった。そして、婚約解消を告げることも。
「その要望を飲む代わりに、私に譲ってくれると言う物が余りにも魅力的過ぎて誘いに乗りました。ダメな事とは知りながら」
「…?何を譲って貰ったんですか?」
「……先に謝っておきます、すみませんでした」
「は?何に対しての謝罪でしょうか?」
私はふわふわと疑問符を浮かばせた。何かをアリーシャから貰って、何故私に謝るの?私が怒るような物って事?
「その…ティアラ嬢が、私の為に作ってくれたクッキーの失敗作とか…私がお揃いで持ちたいと言ったハンカチの失敗作とか…」
「…え?」
「ティアラ嬢が私に書こうとして捨てた手紙とか…」
「えぇ!?」
「…私に編んでくれようとした何かの残骸とか…」
「ちょ、ちょっと待って!!ちょ…それ…え!?」
「私のバースデーカードに愛してるって書いて没になったのとか…」
は?え?この人何言ってるの?それは私が捨てた物でしょ?待って、それを今リュダールが持ってるの!?やだ、恥ずかしい!!
捨てたと思っていた物を所有されている事に羞恥で倒れそうになった。
2,915
あなたにおすすめの小説
遊び人の令嬢が目を付けたのは、私の真面目な婚約者でした
おいどん
恋愛
子爵家の令嬢エリーネと伯爵家の次男のノルトが婚約を結んだのは、半年前だった。
真面目で優秀なノルトに相応しい婚約者であろうとするものの、エリーネには自信がなかった。
ある日、遊び人と噂の令嬢べルティーナとノルトが共にいるところを見てしまう。
「真面目クンは壁さえ破っちゃえばこっちのもんだからね〜」
「きっと、彼女の美しさに嫉妬しているのだわ…」
「…今度は、ちゃんと言葉にするから」
婚約破棄された令嬢は、ざまぁの先で国を動かす ――元王太子の後悔が届かないほど、私は前へ進みます』
ふわふわ
恋愛
名門アーデン公爵家の令嬢ロザリーは、
王太子エドワードの婚約者として完璧に役目を果たしてきた――はずだった。
しかし彼女に返ってきたのは、
「聖女」と名乗る平民の少女に心酔した王太子からの一方的な婚約破棄。
感情論と神託に振り回され、
これまでロザリーが支えてきた国政はたちまち混乱していく。
けれど、ロザリーは泣かない。縋らない。復讐に溺れもしない。
「では、私は“必要な場所”へ行きますわ」
冷静に、淡々と、
彼女は“正しい判断”と“責任の取り方”だけで評価を積み上げ、
やがて王太子すら手を出せない国政の中枢へ――。
感情で選んだ王太子は静かに失墜し、
理性で積み上げた令嬢は、誰にも代替できない存在になる。
これは、
怒鳴らない、晒さない、断罪しない。
それでも確実に差がついていく、**強くて静かな「ざまぁ」**の物語。
婚約破棄の先に待っていたのは、
恋愛の勝利ではなく、
「私がいなくても国が回る」ほどの完成された未来だった。
――ざまぁの、そのさらに先へ進む令嬢の物語。
【完結】「お前とは結婚できない」と言われたので出奔したら、なぜか追いかけられています
22時完結
恋愛
「すまない、リディア。お前とは結婚できない」
そう告げたのは、長年婚約者だった王太子エドワード殿下。
理由は、「本当に愛する女性ができたから」――つまり、私以外に好きな人ができたということ。
(まあ、そんな気はしてました)
社交界では目立たない私は、王太子にとってただの「義務」でしかなかったのだろう。
未練もないし、王宮に居続ける理由もない。
だから、婚約破棄されたその日に領地に引きこもるため出奔した。
これからは自由に静かに暮らそう!
そう思っていたのに――
「……なぜ、殿下がここに?」
「お前がいなくなって、ようやく気づいた。リディア、お前が必要だ」
婚約破棄を言い渡した本人が、なぜか私を追いかけてきた!?
さらに、冷酷な王国宰相や腹黒な公爵まで現れて、次々に私を手に入れようとしてくる。
「お前は王妃になるべき女性だ。逃がすわけがない」
「いいや、俺の妻になるべきだろう?」
「……私、ただ田舎で静かに暮らしたいだけなんですけど!!」
〖完結〗旦那様は私よりも愛人を選ぶそうです。
藍川みいな
恋愛
愛していると言った旦那様は、結婚して3年が経ったある日、愛人を連れて来ました。
旦那様が愛していたのは、私ではなく、聖女の力だったようです。3年間平和だった事から、私の力など必要ないと勘違いされたようで…
「もうお前は必要ない。出て行け。」と、言われたので出ていきます。
私がいなくなったら結界は消滅してしまいますけど、大丈夫なのですよね? それならば、二度と私を頼らないでください!
シャーロットの力のおかげで、子爵から伯爵になれたのに、あっけなく捨てるルーク。
結界が消滅しそうになり、街が魔物に囲まれた事でルークはシャーロットを連れ戻そうとするが…
設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
全15話で完結になります。
婚約破棄された公爵令嬢は心を閉ざして生きていく
おいどん
恋愛
「アメリアには申し訳ないが…婚約を破棄させてほしい」
私はグランシエール公爵家の令嬢、アメリア・グランシエール。
決して誰かを恨んだり、憎んだりしてはいけない。
苦しみを胸の奥に閉じ込めて生きるアメリアの前に、元婚約者の従兄、レオナールが現れる。
「俺は、アメリアの味方だ」
「では、残された私は何のためにいるのですか!?」
完結 女性に興味が無い侯爵様、私は自由に生きます
ヴァンドール
恋愛
私は絵を描いて暮らせるならそれだけで幸せ!
そんな私に好都合な相手が。
女性に興味が無く仕事一筋で冷徹と噂の侯爵様との縁談が。 ただ面倒くさい従妹という令嬢がもれなく付いてきました。
〖完結〗その愛、お断りします。
藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚して一年、幸せな毎日を送っていた。それが、一瞬で消え去った……
彼は突然愛人と子供を連れて来て、離れに住まわせると言った。愛する人に裏切られていたことを知り、胸が苦しくなる。
邪魔なのは、私だ。
そう思った私は離婚を決意し、邸を出て行こうとしたところを彼に見つかり部屋に閉じ込められてしまう。
「君を愛してる」と、何度も口にする彼。愛していれば、何をしても許されると思っているのだろうか。
冗談じゃない。私は、彼の思い通りになどならない!
*設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる