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怒気を孕んだ声色が聞こえて、筋肉質な腕でぎゅうっと抱き込まれる。
あぁ…逃亡は失敗だ。
この男はきっと私を離さないのだろう。
8年で理解出来なかった彼の執着が、今背中からはっきりと感じられる。
「お兄様、先に行って」
「ミリオネア、ダメだ」
「いいから行って、お兄様」
「でも…!」
「私、ジャスティンと話があるから。お願いよ」
「……わかった…。必ず帰って来るんだぞ」
「…えぇ、わかったわ」
お兄様は暫くじっと私を見た後、ギラリと射殺さんばかりにジャスティンを睨みつけた。
「殿下…ミリオネアに何かあれば…我々はこの国を潰す」
「承知した」
ジャスティンは冷淡にお兄様を見据え、一言そう答えた。
お兄様は私を愛しげに見つめ、微笑む。
ごめんね、多分…もう会えないわ。
お兄様、無事でいてね。
愛する私の家族達、みんなが無事でありますように。
にっこりと微笑めば、諦めたようにその場から消えたお兄様。
私を助けるために防御壁を解いた我が家は、一族もろとも処刑だろう。
逃げる時間は稼いでみせるから、どうかお願い早く逃げて。
そして、私が帰らなくても復讐なんてせずに、穏やかに生きて欲しい。
「ミリオネア、俺から逃げるなんて馬鹿なことは考えるな」
「逃げてないじゃない」
「逃げようとしてただろ」
「さぁね」
首筋にぢゅっと跡を残された私は、今すぐお風呂に入りたかった。
この暗くて重い跡を綺麗なお湯で洗いたい。
じゃないと、そこから侵食されそうで嫌だった。
「約束通り、全て殲滅した。今から式を挙げよう」
「式はしなきゃならないの?ジャスティンが“したい”のは式じゃないでしょ?」
「人を身体目当てみたいに言うな。俺はお前ときちんと夫婦になって、夫として生涯お前といたいだけだ」
「他の女を抱いたくせに…何度も…」
「俺はミリオネア以外には興味はない。まぁ、練習したのは確かだな。ミリオネアに嫌がられたくなかったから…」
閨教育は何のためにあるんだと言いたい。
それに他の女と致してるのを見せつけるのも趣味が悪い…いや、もう変態だ。
そしてその練習こそが私が一番嫌な事だ。
でも、この一件で気付いた事もある。
何度も他の女と一緒にいる所を見て、思い出しては苛つくこの気持ちは嫉妬なんだと。
何かにつけて、他の女を抱いたくせにと思うのは。
それが自分じゃなかった事が、閨教育の講師でもないただの女が先に使用済みなのが。
私にとっては許せないのだ。
「そうか…これが原因なんだわ…」
あんなに好きだったのに、愛していたのに。
真冬の池で泳いだようなこの痛いくらいに冷たくなった私の恋心。
触れられたくないと思ってしまうのも、汚いと思ってしまう嫌悪感も…全てを懸けて愛していたから。
「ミリオネア、神殿に行こう」
「もう終わったの?」
「終わったよ」
「そう」
さらりと終わりだと告げる顔は冷酷で鳥肌が立つくらいに綺麗で。
「だから俺達は今日から夫婦になるんだよ」
「…そうね」
…式を挙げるなら形だけはそうかもね。
ジャスティンは嬉しそうに笑うけれど、私は張り付けた笑みしか出てこない。
だって。
もう私の心はここにはないのだから。
「行こう」
「…えぇ」
あなたの目には映っていないのかしら。
いつの日からか、隣にいる私が笑っていない事。
あなたに試されていると感じる度に、冷めた目を向けていた事…。
…あなたが好きだと思っている女は、本当に私?
「ミリオネア、どうかしたか?」
「いえ、別に」
泥と血の臭いの混じった風が私達の間をすり抜けて行く。
王都が悲惨な光景になっているのが想像出来た。
彼はどうやって終わらせたのだろうか。
「ねぇ、どうやって終わらせたの?こんなに早く」
素朴な疑問だ。
ジャスティンが地上に行ってからそんなに経ってない気がするし。
「あぁ、敵を全部結界に追い込んで、爆破した」
「……は……」
「上から見るか?あんまり被害は出ていない。王都を破壊するわけに行かないから、俺が囮になって単騎で走って誘導して…」
「え、じゃあこの死体の山は…?」
「城の中なら遠慮しなくていいかって…部下に任してたらこうなってた」
「あぁ…」
ジャスティンの部隊は総じて暴れん坊が多い。
隊長が一番ぶっ飛んでるからか、部下も相当ヤバいのがゴロゴロいる。
「あいつら、ストレスが溜まってるからって派手にやりすぎだ」
「…そうね…味方まで巻き添え食ってるじゃないの」
「あぁ、アレは他国のスパイかな」
「スパイ…」
「いつもどっかの国の奴らがウロウロしてる」
「…知らなかったわ…」
私は唖然とした。
スパイ…たくさんいたのね…!
「あ、あの衛兵さんの弔いはしてくれた?」
「したよ。ちゃんと天に昇れたと思うぞ」
「ありがとう。いい子だったから…」
「へぇ…」
ぞわり、と背中に冷たい汗が流れた。
ねっとりと蛇のように纏わりつく嫉妬の感情。
ジャスティンが私に抱かせたかった感情を、私が今向けられている。
彼は私にこんな風に愛されたかったんだろうか。
どこまでも堕ちる底なし沼のように、ドロドロな嫉妬心を向けて欲しかったのだろうか。
あの女を私が殺していたら、ジャスティンは満足したのだろうか。
「ミリオネアは俺を妬かせる天才だな」
「そんな才能要らないわ」
「夫婦になったら、俺も安心出来るかな」
「私が浮気性みたいに言うの止めてくれない?浮気したのはあなたでしょ」
「ミリオネアが嫉妬する顔が見たかったからな。あの女がミリオネアに色々仕掛けた事は知ってたよ」
「じゃあ…」
何で婚約破棄なんて言い出したのか…と聞こうとして、止めた。
ジャスティンの策略な気がする。
「よっぽど私と婚約破棄したかったのね、ジャスティンは」
冤罪を知りながら私のせいにしてくるなんて。
普通は婚約破棄狙いでしょ?
「違うよ、ミリオネアが婚約破棄はしたくない、私を選んでって言う姿が見たかっただけ」
「サインが必要なら、するわよ」
「サインは必要だよ。婚姻誓約書にね」
「あの女を妃にすれば?」
「もういないから無理だ」
「え?」
もういない、とは。
言葉通り…もういないんだろう。
「ミリオネアを馬鹿にしたような顔で笑ってただろ。すぐに消したよ」
「…酷い人…」
「身の程知らずが勘違いしたのが悪いだろ」
呆れたようにふっと笑うこの男は、悪魔にでも取り憑かれているのだろうか。
いや…悪魔よりタチの悪い物を内側に隠している。
よりにもよって、そんな奴に捕まってしまうなんて。
「もう待てないから、早く行くぞ」
「そんなに急いで、何かあるの?」
「俺はもうずっと待ってるんだ。ミリオネアが逃げないうちに女神と誓約を交わす」
「………」
逃がさない為に、ただの結婚式にするつもりはないと。
王族が結婚する時には、2つの方法がある。
1つ目は、一般的によくある永遠の愛を誓うもの。ただ、新婦側は夫以外と子を生すことは出来なくなる。
2つ目は、1つめの物に追加されるのだ。
新郎新婦共に互いの位置がわかったり、生涯伴侶以外とは性交が出来ないなどのより強い誓約が細かく盛り込まれている。
大体の王族は、子が出来なかった時を考慮して1つ目を選ぶのだが…。
「第一の誓約にしましょうね。子が生せなかったら困るから」
「いや、第二にする」
「子孫が途絶えたらどうするのよ」
「その時はジュエルの子を養子にすれば良いだろ」
「結婚前に浮気してたくせに、結婚後に浮気出来なくなっても信用はないわよ?」
「…お前が他の奴に抱かれないようにする為だ」
「はぁ!?あんたと一緒にしないでよ!浮気なんてしないわよ」
「それでも、だ」
きっぱりと言い切るジャスティンの目に迷いはない。
愛し愛される2人なら、思わず頬を染めている場面だが生憎そんな事にはならない。
一度裏切られたのに、やすやすとまた信じる事など出来はしない。
「着いたな、さぁ、ミリオネア、中へ」
「……」
この式は茶番だ。
恭しく迎えてくれる神官も、嘘くさい笑顔を貼り付けた大神官も。
「簡素な式ね」
「仕方ないだろ。どっかのお姫様が国の防御壁を解除させたんだから」
「自分の行いが悪いとは思わないの?」
「後でたっぷり謝罪する」
意味ないわ、そんな謝罪。
「さぁさぁ、お2人とも。式を始めますよ」
大神官の嘘くさい演技がかった一言でとうとう結婚式は開始された。
幸せ、嬉しい、愛してる、なんて事を思うはずもなく、淡々と式は進む。
本来ならば沢山の人に祝福されて、新郎新婦共に正装しているのが普通なのに、参列者は神官だけ、新郎は泥と血で汚れた軍服に、新婦は真っ黒なローブ姿。
こんなのもう葬いの儀式みたいだ。
「では、ここに誓約のサインを」
サラサラと嬉しげにサインするジャスティンを横目に、何の感動もない私がいる。
ペンを渡してくる彼の表情には憂いなど何一つない。
いつだって彼の思い通り。
私はそれに酷く苛ついた。
「ミリオネア様、サインを」
「はい」
私を愛しているなら素直にそう表現すれば良かったのに。
わざわざあの女との情事を見せつける必要はあったか?
このまま式が終わったら、私は彼に美味しく頂かれた挙句に女神との誓約に縛られる。
納得がいかない、と吹き出してくる怒りを抑えながらペンを取りサインをしようとした時。
私の人生を懸けた凶悪な嫌がらせを思いついた。
「ふふ…」
自然と浮かぶ笑みを、ジャスティンは歓喜と捉えたのか甘い雰囲気を垂れ流しているが。
私があなたにプレゼントするのは甘い新婚生活じゃない。
サインが終わり、誓約書が光り輝く。
「女神の承認を得ました。おめでとうございます、ジャスティン王太子殿下、ミリオネア王太子妃殿下」
わぁっとささやかに歓声が上がる中、私は手を胸で組み力を込めた。
異変に気付いたジャスティンが手を伸ばすがもう遅い。
「ミリオネア!!!」
私は自身の心臓を攻撃魔法で貫いた。
ごふり、と口から血が噴き出る。
「ミリオネア!ミリオネア!!どうして…!!」
顔色を無くしたジャスティンを見れるなんて、人生最大のプレゼントだわ。
私は息も絶え絶えになりながらジャスティンにお別れを告げる。
命の火が消えかかる瞬間に、私はジャスティンとした約束を思い出していた。
「俺は生涯ミリオネアだけを愛すると女神に誓う」
「私は生涯ジャスティンだけを愛すると女神様に誓う」
見事にあの頃の純粋で美しい約束は破られて。
粉々に砕け散ってしまった。
2人の煌めく想いも、過ごした時間も全てが嘘になった瞬間に私の心は凍結したのよ。
「さよならジャスティン。私……使用済みのあなたは要らないわ」
にこりと笑い…私の意識はそこで途切れた。
私達の『約束』は果たされる事は無かった。
あぁ…逃亡は失敗だ。
この男はきっと私を離さないのだろう。
8年で理解出来なかった彼の執着が、今背中からはっきりと感じられる。
「お兄様、先に行って」
「ミリオネア、ダメだ」
「いいから行って、お兄様」
「でも…!」
「私、ジャスティンと話があるから。お願いよ」
「……わかった…。必ず帰って来るんだぞ」
「…えぇ、わかったわ」
お兄様は暫くじっと私を見た後、ギラリと射殺さんばかりにジャスティンを睨みつけた。
「殿下…ミリオネアに何かあれば…我々はこの国を潰す」
「承知した」
ジャスティンは冷淡にお兄様を見据え、一言そう答えた。
お兄様は私を愛しげに見つめ、微笑む。
ごめんね、多分…もう会えないわ。
お兄様、無事でいてね。
愛する私の家族達、みんなが無事でありますように。
にっこりと微笑めば、諦めたようにその場から消えたお兄様。
私を助けるために防御壁を解いた我が家は、一族もろとも処刑だろう。
逃げる時間は稼いでみせるから、どうかお願い早く逃げて。
そして、私が帰らなくても復讐なんてせずに、穏やかに生きて欲しい。
「ミリオネア、俺から逃げるなんて馬鹿なことは考えるな」
「逃げてないじゃない」
「逃げようとしてただろ」
「さぁね」
首筋にぢゅっと跡を残された私は、今すぐお風呂に入りたかった。
この暗くて重い跡を綺麗なお湯で洗いたい。
じゃないと、そこから侵食されそうで嫌だった。
「約束通り、全て殲滅した。今から式を挙げよう」
「式はしなきゃならないの?ジャスティンが“したい”のは式じゃないでしょ?」
「人を身体目当てみたいに言うな。俺はお前ときちんと夫婦になって、夫として生涯お前といたいだけだ」
「他の女を抱いたくせに…何度も…」
「俺はミリオネア以外には興味はない。まぁ、練習したのは確かだな。ミリオネアに嫌がられたくなかったから…」
閨教育は何のためにあるんだと言いたい。
それに他の女と致してるのを見せつけるのも趣味が悪い…いや、もう変態だ。
そしてその練習こそが私が一番嫌な事だ。
でも、この一件で気付いた事もある。
何度も他の女と一緒にいる所を見て、思い出しては苛つくこの気持ちは嫉妬なんだと。
何かにつけて、他の女を抱いたくせにと思うのは。
それが自分じゃなかった事が、閨教育の講師でもないただの女が先に使用済みなのが。
私にとっては許せないのだ。
「そうか…これが原因なんだわ…」
あんなに好きだったのに、愛していたのに。
真冬の池で泳いだようなこの痛いくらいに冷たくなった私の恋心。
触れられたくないと思ってしまうのも、汚いと思ってしまう嫌悪感も…全てを懸けて愛していたから。
「ミリオネア、神殿に行こう」
「もう終わったの?」
「終わったよ」
「そう」
さらりと終わりだと告げる顔は冷酷で鳥肌が立つくらいに綺麗で。
「だから俺達は今日から夫婦になるんだよ」
「…そうね」
…式を挙げるなら形だけはそうかもね。
ジャスティンは嬉しそうに笑うけれど、私は張り付けた笑みしか出てこない。
だって。
もう私の心はここにはないのだから。
「行こう」
「…えぇ」
あなたの目には映っていないのかしら。
いつの日からか、隣にいる私が笑っていない事。
あなたに試されていると感じる度に、冷めた目を向けていた事…。
…あなたが好きだと思っている女は、本当に私?
「ミリオネア、どうかしたか?」
「いえ、別に」
泥と血の臭いの混じった風が私達の間をすり抜けて行く。
王都が悲惨な光景になっているのが想像出来た。
彼はどうやって終わらせたのだろうか。
「ねぇ、どうやって終わらせたの?こんなに早く」
素朴な疑問だ。
ジャスティンが地上に行ってからそんなに経ってない気がするし。
「あぁ、敵を全部結界に追い込んで、爆破した」
「……は……」
「上から見るか?あんまり被害は出ていない。王都を破壊するわけに行かないから、俺が囮になって単騎で走って誘導して…」
「え、じゃあこの死体の山は…?」
「城の中なら遠慮しなくていいかって…部下に任してたらこうなってた」
「あぁ…」
ジャスティンの部隊は総じて暴れん坊が多い。
隊長が一番ぶっ飛んでるからか、部下も相当ヤバいのがゴロゴロいる。
「あいつら、ストレスが溜まってるからって派手にやりすぎだ」
「…そうね…味方まで巻き添え食ってるじゃないの」
「あぁ、アレは他国のスパイかな」
「スパイ…」
「いつもどっかの国の奴らがウロウロしてる」
「…知らなかったわ…」
私は唖然とした。
スパイ…たくさんいたのね…!
「あ、あの衛兵さんの弔いはしてくれた?」
「したよ。ちゃんと天に昇れたと思うぞ」
「ありがとう。いい子だったから…」
「へぇ…」
ぞわり、と背中に冷たい汗が流れた。
ねっとりと蛇のように纏わりつく嫉妬の感情。
ジャスティンが私に抱かせたかった感情を、私が今向けられている。
彼は私にこんな風に愛されたかったんだろうか。
どこまでも堕ちる底なし沼のように、ドロドロな嫉妬心を向けて欲しかったのだろうか。
あの女を私が殺していたら、ジャスティンは満足したのだろうか。
「ミリオネアは俺を妬かせる天才だな」
「そんな才能要らないわ」
「夫婦になったら、俺も安心出来るかな」
「私が浮気性みたいに言うの止めてくれない?浮気したのはあなたでしょ」
「ミリオネアが嫉妬する顔が見たかったからな。あの女がミリオネアに色々仕掛けた事は知ってたよ」
「じゃあ…」
何で婚約破棄なんて言い出したのか…と聞こうとして、止めた。
ジャスティンの策略な気がする。
「よっぽど私と婚約破棄したかったのね、ジャスティンは」
冤罪を知りながら私のせいにしてくるなんて。
普通は婚約破棄狙いでしょ?
「違うよ、ミリオネアが婚約破棄はしたくない、私を選んでって言う姿が見たかっただけ」
「サインが必要なら、するわよ」
「サインは必要だよ。婚姻誓約書にね」
「あの女を妃にすれば?」
「もういないから無理だ」
「え?」
もういない、とは。
言葉通り…もういないんだろう。
「ミリオネアを馬鹿にしたような顔で笑ってただろ。すぐに消したよ」
「…酷い人…」
「身の程知らずが勘違いしたのが悪いだろ」
呆れたようにふっと笑うこの男は、悪魔にでも取り憑かれているのだろうか。
いや…悪魔よりタチの悪い物を内側に隠している。
よりにもよって、そんな奴に捕まってしまうなんて。
「もう待てないから、早く行くぞ」
「そんなに急いで、何かあるの?」
「俺はもうずっと待ってるんだ。ミリオネアが逃げないうちに女神と誓約を交わす」
「………」
逃がさない為に、ただの結婚式にするつもりはないと。
王族が結婚する時には、2つの方法がある。
1つ目は、一般的によくある永遠の愛を誓うもの。ただ、新婦側は夫以外と子を生すことは出来なくなる。
2つ目は、1つめの物に追加されるのだ。
新郎新婦共に互いの位置がわかったり、生涯伴侶以外とは性交が出来ないなどのより強い誓約が細かく盛り込まれている。
大体の王族は、子が出来なかった時を考慮して1つ目を選ぶのだが…。
「第一の誓約にしましょうね。子が生せなかったら困るから」
「いや、第二にする」
「子孫が途絶えたらどうするのよ」
「その時はジュエルの子を養子にすれば良いだろ」
「結婚前に浮気してたくせに、結婚後に浮気出来なくなっても信用はないわよ?」
「…お前が他の奴に抱かれないようにする為だ」
「はぁ!?あんたと一緒にしないでよ!浮気なんてしないわよ」
「それでも、だ」
きっぱりと言い切るジャスティンの目に迷いはない。
愛し愛される2人なら、思わず頬を染めている場面だが生憎そんな事にはならない。
一度裏切られたのに、やすやすとまた信じる事など出来はしない。
「着いたな、さぁ、ミリオネア、中へ」
「……」
この式は茶番だ。
恭しく迎えてくれる神官も、嘘くさい笑顔を貼り付けた大神官も。
「簡素な式ね」
「仕方ないだろ。どっかのお姫様が国の防御壁を解除させたんだから」
「自分の行いが悪いとは思わないの?」
「後でたっぷり謝罪する」
意味ないわ、そんな謝罪。
「さぁさぁ、お2人とも。式を始めますよ」
大神官の嘘くさい演技がかった一言でとうとう結婚式は開始された。
幸せ、嬉しい、愛してる、なんて事を思うはずもなく、淡々と式は進む。
本来ならば沢山の人に祝福されて、新郎新婦共に正装しているのが普通なのに、参列者は神官だけ、新郎は泥と血で汚れた軍服に、新婦は真っ黒なローブ姿。
こんなのもう葬いの儀式みたいだ。
「では、ここに誓約のサインを」
サラサラと嬉しげにサインするジャスティンを横目に、何の感動もない私がいる。
ペンを渡してくる彼の表情には憂いなど何一つない。
いつだって彼の思い通り。
私はそれに酷く苛ついた。
「ミリオネア様、サインを」
「はい」
私を愛しているなら素直にそう表現すれば良かったのに。
わざわざあの女との情事を見せつける必要はあったか?
このまま式が終わったら、私は彼に美味しく頂かれた挙句に女神との誓約に縛られる。
納得がいかない、と吹き出してくる怒りを抑えながらペンを取りサインをしようとした時。
私の人生を懸けた凶悪な嫌がらせを思いついた。
「ふふ…」
自然と浮かぶ笑みを、ジャスティンは歓喜と捉えたのか甘い雰囲気を垂れ流しているが。
私があなたにプレゼントするのは甘い新婚生活じゃない。
サインが終わり、誓約書が光り輝く。
「女神の承認を得ました。おめでとうございます、ジャスティン王太子殿下、ミリオネア王太子妃殿下」
わぁっとささやかに歓声が上がる中、私は手を胸で組み力を込めた。
異変に気付いたジャスティンが手を伸ばすがもう遅い。
「ミリオネア!!!」
私は自身の心臓を攻撃魔法で貫いた。
ごふり、と口から血が噴き出る。
「ミリオネア!ミリオネア!!どうして…!!」
顔色を無くしたジャスティンを見れるなんて、人生最大のプレゼントだわ。
私は息も絶え絶えになりながらジャスティンにお別れを告げる。
命の火が消えかかる瞬間に、私はジャスティンとした約束を思い出していた。
「俺は生涯ミリオネアだけを愛すると女神に誓う」
「私は生涯ジャスティンだけを愛すると女神様に誓う」
見事にあの頃の純粋で美しい約束は破られて。
粉々に砕け散ってしまった。
2人の煌めく想いも、過ごした時間も全てが嘘になった瞬間に私の心は凍結したのよ。
「さよならジャスティン。私……使用済みのあなたは要らないわ」
にこりと笑い…私の意識はそこで途切れた。
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