咲希〜僕らが1000万かけてじっくり死ぬまで〜

悶々

自分の家風呂からシャワーの音が聞こえる。自分の家の風呂から湯船に入る音が聞こえる。自分の家の風呂から風呂桶を動かす音が聞こえる。
自分の家の風呂から女の鼻唄が聞こえる。
家賃の安い部屋だから、音が生々しく聞こえる。歯を磨き終わり、布団に横たわる中、そんな他人が自分の家の風呂を使う音が聞こえるのが、ましてやそれが見ず知らずの若い女が醸し出す音なのが不思議で仕方がない。悔しいが、そわそわしている自分を否めない。
目的が分からないけれど、自分の本能が赴くままに行動してもバチは当たらないのではないかと思った。見ず知らずの人間を家に泊めるどころか、風呂まで貸してるのだ。見返りを求めてもいいだろう。
でも…
もしそうやって本能に身を任せるとしても今じゃないんじゃないかと思った。同時に今この瞬間しかないチャンスなのではないかとも思っている。こうやって悶々と考えているから童貞なんだろうな。
童貞じゃなかったらこんなこと考えないのだろうか。
なんにせよ女を鬱陶しいと思う自分と、女に浮かれている自分がいるのが事実で、女が家に来なければ、今頃は何も考えず酔いが回って眠っていただろう。それを女が来たことで、あーでもない、こーでもないと考えてしまうのが何だか馬鹿らしくなって、少し恥ずかしいと思って、そんな自分のダサさを少しでも誤魔化す為に、冷蔵庫からストロングのロング缶を取り出し、グビグビと飲んだ。酔いがかなりまわる。身体を巡っていくアルコールに身を任せ、僕は今日を終わらせる為に瞳を閉じた。