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出会い
事後
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昨晩のことは鮮明に覚えているようで、ところどころぼんやりとしている。あの時は酔いが醒めたと思っていたが、案外アルコールが抜けてなかったようだ。だが、あれは紛れもなく現実の出来事で、乱れたベッドと汗のつんとした臭いが昨日の出来事を物語っていた。
インテリアに溶け込んだ無機質な目覚まし時計を見ると、皮肉にも、昨日と同じ、あと数分で6時になる時刻であった。
永井は既に起きていて、昨日のことが嘘だったかのように、淡々と朝ごはんを作っている。
辺りを見渡すと、昨日来ていた服が綺麗に干されており、ベッドの周り以外は既にいつも通りの日常が始まっていた。
6時になると目覚ましが鳴った。
「田中くん、目覚まし止めてもらっていい?」
「あっ、うん。」
俺が目覚ましを止めると、永井は作り終えた朝食を皿に盛り、テーブルに次々と置いていった。今の永井は、いつものにこにこした感じでも、昨日の妖艶な雰囲気でもなく、この部屋と同じく、無機質な感じであった。
「卵大丈夫?」
「うん。」
「グルテンとかは平気?」
「何それ?」
「知らないなら平気ね。冷めないうちにどうぞ。」
感情のない永井は俺の知っている永井ではなかったが、これも永井の一面なんだなと思うと、人間味を感じ、以前よりも永井に好感を持った。だが、この永井とは何を話せばいいのか分からない。昨日からずっと永井のペースに乗せられ、狼狽える自分に、少し情けなさを感じた。
「……昨日のこと覚えてる?」
永井は
「うん。」
と答え、ロールパンを口に頬張った。
俺はとりあえず謝っとかなければいけない気がして、
「……えっと、その、ごめん。」
と謝った。
永井はロールパンを飲み込み、コーヒーを啜る。
「別に田中くんが謝ることではないでしょ。あれは私が誘ったようなもんだし。」
「そっか……」
「うん。」
「……あのっ、」
「あっ、でも、これから付き合おうとかはないよ?そこはごめんなさい。そういうことは考えてないから。」
何だか冷たく感じるが、心の中ではほっとした。
「じゃあ、昨日のことは……」
永井の表情を窺いながら、話そうとすると、永井は「田中くんがいやだったら、なかったことにしてもいいよ。」
と静かに告げ、二つ目のロールパンを口に入れた。蝉の鳴き声が窓の外から少しずつ聞こえ始める。
「いや、なかったことってのも……。……永井って他の奴ともこういうことしてるの?」
永井はロールパンを何回か噛み、コーヒーで流し込むように飲み込んだ。
「してないよ。会社の人とは。後々会いづらくなるじゃない。」
「でも、昨日は……」
「うん。昨日はすごく酔ってたし、田中くんならいいかなって思ったの。それだけ。」
「……なんで俺ならいいと思ったの?」
「うーん、特に理由はないよ。なんとなく。」
何か理由をつらつらと挙げられるより、なんとなくと言われた方が信頼されているような気がした。
「そっか。」
「ごめんね。私、自分勝手でしょ?でもね、田中くんには嫌いにならないで欲しいの。」
普段の永井だったら、嘘っぽいセリフに聞こえるのだろうが、今日の永井は嘘をついているようには見えなかった。
「ならないよ。」
「ありがとう。」
永井は最後までいつものような、にこにことした表情を浮かべない。部屋が明るくなり、じんわりと汗が滴り落ちる。蝉の鳴き声がうるさいなと感じ、時計を見ると時刻は8時を過ぎていた。
インテリアに溶け込んだ無機質な目覚まし時計を見ると、皮肉にも、昨日と同じ、あと数分で6時になる時刻であった。
永井は既に起きていて、昨日のことが嘘だったかのように、淡々と朝ごはんを作っている。
辺りを見渡すと、昨日来ていた服が綺麗に干されており、ベッドの周り以外は既にいつも通りの日常が始まっていた。
6時になると目覚ましが鳴った。
「田中くん、目覚まし止めてもらっていい?」
「あっ、うん。」
俺が目覚ましを止めると、永井は作り終えた朝食を皿に盛り、テーブルに次々と置いていった。今の永井は、いつものにこにこした感じでも、昨日の妖艶な雰囲気でもなく、この部屋と同じく、無機質な感じであった。
「卵大丈夫?」
「うん。」
「グルテンとかは平気?」
「何それ?」
「知らないなら平気ね。冷めないうちにどうぞ。」
感情のない永井は俺の知っている永井ではなかったが、これも永井の一面なんだなと思うと、人間味を感じ、以前よりも永井に好感を持った。だが、この永井とは何を話せばいいのか分からない。昨日からずっと永井のペースに乗せられ、狼狽える自分に、少し情けなさを感じた。
「……昨日のこと覚えてる?」
永井は
「うん。」
と答え、ロールパンを口に頬張った。
俺はとりあえず謝っとかなければいけない気がして、
「……えっと、その、ごめん。」
と謝った。
永井はロールパンを飲み込み、コーヒーを啜る。
「別に田中くんが謝ることではないでしょ。あれは私が誘ったようなもんだし。」
「そっか……」
「うん。」
「……あのっ、」
「あっ、でも、これから付き合おうとかはないよ?そこはごめんなさい。そういうことは考えてないから。」
何だか冷たく感じるが、心の中ではほっとした。
「じゃあ、昨日のことは……」
永井の表情を窺いながら、話そうとすると、永井は「田中くんがいやだったら、なかったことにしてもいいよ。」
と静かに告げ、二つ目のロールパンを口に入れた。蝉の鳴き声が窓の外から少しずつ聞こえ始める。
「いや、なかったことってのも……。……永井って他の奴ともこういうことしてるの?」
永井はロールパンを何回か噛み、コーヒーで流し込むように飲み込んだ。
「してないよ。会社の人とは。後々会いづらくなるじゃない。」
「でも、昨日は……」
「うん。昨日はすごく酔ってたし、田中くんならいいかなって思ったの。それだけ。」
「……なんで俺ならいいと思ったの?」
「うーん、特に理由はないよ。なんとなく。」
何か理由をつらつらと挙げられるより、なんとなくと言われた方が信頼されているような気がした。
「そっか。」
「ごめんね。私、自分勝手でしょ?でもね、田中くんには嫌いにならないで欲しいの。」
普段の永井だったら、嘘っぽいセリフに聞こえるのだろうが、今日の永井は嘘をついているようには見えなかった。
「ならないよ。」
「ありがとう。」
永井は最後までいつものような、にこにことした表情を浮かべない。部屋が明るくなり、じんわりと汗が滴り落ちる。蝉の鳴き声がうるさいなと感じ、時計を見ると時刻は8時を過ぎていた。
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