夕焼け

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出会い

気楽な女

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友だち申請を許可するとユウキから矢継ぎ早にメッセージが来た。最近の仕事はどうだとか、中学の同級生とは最近会ってるかとか、彼女との付き合いはまだ続いているのかとかまあそんな内容だ。
メッセージの内容から推察するに、どうやらユウキは中学の同級生らしいことが分かった。当時話してた女子を考えると多分ユウキの正体は工藤沙月なのではないかと思う。
工藤は中学2年の時に席が隣だった女子だ。どちらかというと俺と似ていて寡黙なタイプで、一言一言丁寧に話す変わりに口数は少ない女子だった。そして暇な時は文庫本を読んでいて、二人でいる時もコミュニケーションがどうのこうのとか考えなくてもいい、自分にとっては貴重な楽な関係を構築できる女子であった。
工藤のメッセージを見ていると、彼女が昔と随分変わったように思う時もあり、逆に全く変わってないように思う時もある。どちらにせよ彼女との会話は今まで話した誰とも違った不思議な心地良さがあった。


「大和君はさ、コミュニケーションがどうのとか良い関係性がどうのとかそういうの似合わないよ。」
「愛するとか愛されるとかって案外どうでもいいことだと思うよ?」
「仕事はほどほどで、お酒はほどほど以上にが人生を楽しむ基本だよ。」
「将来のことなんてどうでもいいよ。本当に。今がそれなりならそれを続けてけばいいもの。」
「誰もいない公園のベンチで踊るの気持ちいいよ。誰もいないってのが絶対条件だけど笑」
「冬が一番好き。だって外出する人が極端に少ないもの。一番外出るのもしかしたら冬かもしれない、、」
「被害者意識は持ちたくないの。何事も受け入れる姿勢でありたい。その代わり人の気持ちは無視するの。それでイーブン。」

 昔から漫画をよく読んでいた自分にとって工藤の一言一言は、名作漫画に出てくる登場人物の名言のように聴こえた。言葉一つ一つに妙な説得力があり、自身の生き方を考えさせるような、そんな力があった。
 漫画の名言はその作者が捻りに捻ってようやく生み出されるものだが、工藤のそれは自分との会話の中で自然に放たれたものだ。
 その返信の速さから、何も考えずにメッセージを送っているのだろうと思うと、工藤は普段から思っていることをそのまま口にしているのだろう。普通に生きていてどうしてこんな考え方ができるのだろくか。工藤は今どんな職場でどう生きているのだろうかと彼女の環境が気になる。
 きっと自分のように一喜一憂することなく平穏に、自分の意のままに生きているのだろう。だとしたらどんなに器用で、どんなに可憐でどんなに気楽だろうか。でも同時にあまりにも気持ちの浮き沈みのない生活を送っていそうなので、毎日に退屈さを感じないのだろうかと疑問に思う。

 自分とあまりにも違う工藤の魅力に、気がつけばどんどんはまっていて、楽しかった仕事をよそに自分はすぐに会社を出ては近くの喫茶店で彼女とのチャットに没頭するようになった。
 永井や山本には心配されることは多々あったが、自分の仕事はきっちりこなしてはいたので文句を言われることはなかった。自分の今まで築き上げたものが徐々に崩れていくような気がした。が、その居心地の良さに溺れて、そんなことはもうどうでもよくなっていた。まともに生きるためにチャットを続けていたのに、いつのまにかまともじゃない生き方に憧れチャットをするようになった。
 真面目に、まともに生きていくことはそんなに大切なことなのだろうか。周囲に認められることがそんなにいいことなのだろうか。仲良しこよしのために、自分を抑えるのが大人ってことなのだろうか。
 今まで溜め込んでいた疑問が一気に吹き出していった。工藤にしてみればどうでもいいであろうその気苦労が日々自分を苦しめているのなら、いっそ工藤のように生きれたら、そう思った。
 中々そうもいかないことは分かってはいるがそれでも今後40年ほどの仕事人生を、毎日毎日気を使って生きていくことに気の遠さを感じる。
「ねぇ、会おうよ。」
店の外がすっかり暗くなり、店内の客がちらほらいなくなった頃、気づけばそうメッセージを送っていた。躊躇なくそう送ってた自分に少し驚きを感じた。箍が外れたようなそんな感覚。
「いいよ。楽しみ。」
絵文字のない返事がすぐに返ってきた。少し残ったアイスコーヒーを飲み干すと苦味が一気に押し寄せてくる。自分はこの苦味が結構苦手だったのだが、今は学校を途中で抜け出すような、刹那的な高揚感を感じる。
 ユウキとの出会いが今後の自分の人生をここまで狂わすとは、この時はまだ全く思うことはなかった。
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