夕焼け

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出会い

やましい女

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 工藤との待ち合わせは横浜駅の赤い靴前にした。本当はドトール前の方がお互い馴染みのある待ち合わせ場所だと思うのだが、なんとなく知り合いに見られたら嫌だなと感じ、赤い靴前にした。
待ち合わせ場所に集合時間より15分ほど早く着く。
まだ工藤は来ていないようだ。
文庫本を片手に持ち、周囲を見渡す。
流石日曜の午後、かなり混んでいる。家族連れもちらほら見えるが、今日は休日だからかカップルがやたらと多い。
男の方が制服、女の方が私服を着ている学生同士の初々しいカップル、奇抜な服をペアルックできている少し痛々しいカップル、男の年齢が女の年齢をふた回りしてそうなあきらかに怪しいカップル。なんにせよ、彼らは各々の休日を過ごすためにこの横浜に集まっている。それぞれがそれぞれで違う過ごし方をするのだろうと思うと、自分は今日という一日をどう過ごすのだろうかと少し考えてしまう。
まあでも、ノープランでいいよといった工藤の言葉を思い出し、ここら彼女のプランに身を任せるとしよう。
ユウキが工藤だとすると、会うのはちょうど10年ぶりくらいになる。
成人式の同窓会で再会し、しばらく会わなかったことによって同級の異性が妙に大人びて見えるといったことがおこったりするのか、案外変わらないと思うのか、なんにせよ久しぶりに工藤と会うのは結構楽しみだ。
だが、工藤のことを考えるとどうしても脳裏に仕事のことがちらつく。
永井や山本は仕事に真摯に向き合ってるため、部署全体が忙しい今の時期は休日でも仕事のことについて考えてるだろうし、もしかしたら何かしら行動を起こしているかもしれない。
うちの会社は休日出勤に関しては手当も出ないし、強制もしないが、するものは拒まないといったところがある。
自分は対照的に、仕事に関しては最近は少し停滞気味だ。仕事が嫌いなわけではないが、工藤と話してるとどうも無理してやっている感覚がしてしまう。
でも今日工藤と話してそれなりに羽目を外したら、明日からはしっかりやろうと思う。工藤に感化されたとはいえ、仕事が面白いと思えたことがあったのも事実だ。

 チャットで工藤はその姿を見せることがなかったので、中学以来工藤の容姿がどうなっているのか分からない。なんとなくしか昔の姿も分からないのでお互いグレーの帽子をかぶるよう示しを合わせ、ちゃんと会えるようにした。
まあこちらが気づかなくても、自分は顔写真をチャットに載せていたので、あっちは自分のことを見つけられるだろう。

だが、しばらく経っても工藤は現れなかった。もうかれこれ20分は集合時間を過ぎている。
チャットで連絡をとろうかと思ったが、業務的な確認になってしまいそうなのがなんとなく工藤と自分の関係上おかしな気がしたので、文庫本を読むことにした。
社会人になって少ししてからはしばらく本を読むことはなかったが、工藤とチャットで話すようになってからは少しだけ読むようになった。特に工藤と本について話すことはなかったが、工藤といえば本という印象が強く、なんだか懐かしくなり、読み始めたのだ。
久々に読む本のスピードは少し遅くなってしまったが、でも、本を読むのはいいものだなと改めて感じる。
今読んでる本は次々に女に告白されては付き合い、別れを繰り返す男勝りの女の話なのだが、そんな斬新で奇をてらった設定にも関わらず文章はしっかりしていて、どの登場人物にもしっかりと感情移入できる。
決して自分が経験できないであろうことを平気でやってのける本の登場人物たちは自分がもしもこうなれたらという憧れ、羨望を存分に与えてくれた。
でもそれ以上に、工藤との会話は自分にとって未知のものであり、非日常であり、輝かしいもので、背徳的なものだったので、その工藤を待つ今現在は情けないが、緊張で本の内容があまり入ってこない。
それでも本を読み続けていると次第に本の世界に没頭し、気がつけば集合場所に着いてから3時間が経っていた。

流石に遅い。女がデートに遅刻するものだというのは幸子が毎回力説していて、実際にそうだったのである程度は覚悟していたものの、3時間も待つのは異常だ。
もしかしたらただのいたずらだったのかもしれない。チャットでの工藤は時々いたずらめいたことをする。待ち合わせに行かないといういたずらは工藤のいたずらにしては無粋であったが、工藤ならやりそうな気もした。自分を卑下するつもりはないが、工藤にとって幾人もいるチャット友だちの一人にすぎない自分に対しわざわざ約束を守る必要もない。

もう帰ろうか。

本を読んでいたとはいえ、休日を長い間無駄に過ごしたと、今日を思うのはなんだが妙に気が病んでしまう。ましてや楽しみにしていた相手ならばなおさらだ。
今帰ればまだ家で撮りためていたテレビ番組を見てるうちに気が晴れるだろう。

あと10分待って来なかったら帰ろう。

そう思い本を一度閉じ、目線を上げると、見慣れぬ女が目の前で笑みを浮かべ立っていた。

その女に工藤の面影は全くなかったが、女が自分が工藤と思いチャットをしていたユウキ本人だとすぐに分かった。

「……おまたせ。」

その女は首を傾け、長い髪をぶらんと揺らし、いたずらな笑みを浮かべた。

ドクンっ。

心臓の高鳴りを、そのとき自分は確かに感じた。

自身の内側の高鳴りとはうらはらに、横浜駅は先ほどより大分人が減り、自分と自分が工藤だと思っていた女との距離は鮮明に、はっきりと感じとれた。
そのなんともいえない魅力を表そうとすると、妖艶だとか煌びやかだとかそういった華美な言葉ではなく、「やましい女」という言葉が何故かぴったりと思い浮かぶ。
時計の針は集合から4時間経った16時を指していた。
 
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