小話シリーズ

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転性もの

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明日が嫌だと感じるのはいつものこと。
どっかのなんかしらのバンドが明日があるさ明日があると歌っているものの、明日に対し希望が見出せるのは休日の前夜だけだ。
その休日が少ない上に、休日だとしても仕事関係でやることがあったりするともう明日が嫌だと感じる。
仕事が終わって帰路につく頃には明日に対して抱くイメージは絶望でしかない。日々日々明日が嫌だと嘆き、日々日々それが積み重なっていくと何のために生きているのか分からなくなる。
いっそのこと早く死んで、来世で美少女として生まれ変わり、明日を夢見たい……。
そんなことを思いながら昨晩、布団に横になり目を瞑ると、すぐに朝が来た。

あぁ、いつも通り来てしまったな、朝が。
と思っていたのだが、いつも通りの朝ではないことに気づく。



俺は女になっていた。



男から女になった際、どの時点で気づくのか、そんなのは想像でしか議論できないのだが、映画やら漫画やらでこの手の題材が扱われる場合大抵は鏡を見た時と相場が決まっている。鏡をみて元々が男なら胸を、女なら股間を触り、改めて自身が男ないしは女になっていることを自覚する。そしてその後はとりあえず、トイレ、浴室ではどうしようと考えたりなんなりして、最終的にいつもの職場または学校へと向かうことで物語が始まるのが定番だ。

だが俺は鏡をみる以前に、自身が女になったのだと気づいた。
まず髪が重いしだるい。
大抵の男は髪を肩より下まで伸ばさないだろう。俺もそうだ。そんなロックな、またはん職人的な要素を生まれてこのかた持ったことがない。それがある朝いきなり肩どころか腰に届きそうなほどの長髪が急に生えていたらどうだろう。
目が覚めて少し頭を起こした瞬間かなりの違和感を感じるのは当たり前のことなのではないだろうか。

そして胸の違和感。これに関しては自分が貧乳や微乳の女になっていたのならあまり感じないかもしれないが、結構な大きさの胸の女になっていると、違和感が凄い。
正直心地よいものではない。
得体の知れないできものが同時に2つできたような感覚。
えげつない違和感である。
正直この違和感にはしばらく慣れそうにないと起きて間もない脳みそでも直ぐに感じた。
巨乳が悩みな女子というのは周囲を敵に回すし、俺も今の今まで何言ってんだこいつと思っていたのが、今なら分かる。胸がでかいって結構大変なことだ。
こんなものを毎日つけているなんてちょっと異常だ。
最後に、最後にして最大の、女になったと確信する要素。
ここまでくれば分かるだろう。
分からないやつは察しが悪すぎる。
そう。股間だ。
股間にあるものが、ない。
この手の転性もので主人公がなぜすぐに転性したことに気づかないのか、謎で謎で仕方がない。元から大分頭おかしいんじゃないかと思う。
股間にあるものがない。ないものがある。
どちらにしろその違和感は形容しようがないレベルであることには間違いない。
前項2つの要素と比べても圧倒的かつ確信的な違和感。
既に信じられない状況ではあるが、その中でも一番衝撃的な股間の変化に直面した俺は、何も考えられなくなっていた。
唖然という言葉をこれほどまでに実感した日が今まであっただろうか。
しばらく呆然と…といきたいところなのだが、胸に違和感を感じながら動かした手で持ち上げたスマートフォンは6時40分と表示していた。
遅刻ぎりぎりの起床時刻。
悲しいかな、転性したレベルの非日常じゃ、「仕事に遅刻することへの恐れを抱く朝」という冷酷な日常にさほど影響はしないようだ。
今すぐ顔を洗い、髭を剃り、朝食を済ませたのち着替えて出勤しないと遅刻する。そんないつものローテンションをこなすべく頭と胸と股間に違和感を感じながらも、俺は早急に布団を上げ、部屋のドアを開き、洗面所へ向かった。
ちらっとドアの空いた洗面所には電気が点いている。
母が洗濯物か何かで作業をしているのだろう。
だがそんなのは今関係ない。早く顔を洗わねば。
そう思いながら勢いよくドアを開けると、母は「うっ!わっ!びっくりしたぁっ!」とせっかくついた豊満なおっぱいが飛び落ちるくらい俺を驚かす、素っ頓狂な声を上げた。
全く、朝から心臓に悪い。それがお互い様だということに母の顔と、母の顔の右横に位置する洗面所の鏡に映る母と俺の構図を目にし気づく。
違和感ありまくりの中失念していたが、俺は女になっていたのだ。
鏡の前にちょこんと置いてある時計は6時45分を示しており、依然として遅刻ぎりぎりには違いないのだが、俺は自身の置かれた状況に対し冷静にどうしたもんかなと思考を巡らせるのであった。

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