アルケミストのお姉さんは、今日もヒャッハーがとまらない!

仁川リア(休筆中)

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第十七話・招かれざるエトランゼ

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 ハンターギルドの地下、マリンとシトリンそしてリビアンの三人。以前にもマリンとシトリンが互いに拳を交らせたこともある、模擬闘技場だ。
「そういえばリビアンの戦闘手段バトルスタイルて、なんなん? 剣士? 魔法?」
 マリンと一手合わせてみたいというリビアンのリクエストに、まずシトリンとやってみてほしいと交わした約定。それを果たすために、三人はここに足を運んでいた。
「うーん、私の武器だと固有の呼び名はないのだ。『ナギナタの使い手』とはいうが」
 そう言ってリビアンはしゃがみ込み、足元に置いてある長さが一メートルほどの長方形の箱のふたをカパッと開ける。中に入っているのは、三つにわかれたヌンチャクのような武器だ。
 それらが短い鎖で連結されているのだが、ヌンチャクや三節棍とも違う特徴……それは片端一節のほぼ大半が鋭利な片刃の剣になっている。
 リビアンはそれを取り出して、刃のある節をブラブラさせながら手元の節と中央の節を持って引っ張る。ガキンと金属音がしたかと思うと、先の二節が長い一本に固定された。
 続けざまに手元の節をまるで伸ばすように中央を引っ張ると、三節すべてが真っすぐに接続されて一本の槍のような武器になる。
「スピアー……いや、グレイブ? 初めてみる武器じゃね」
「ヤーマに古くから伝わる武器でな、『ナギナタ』というものだ」
 リビアンの一族が縄張りとしていたアルコル諸島自治区とは帝国目線の名称で、その地に住まう者たちにとってはヤーマ諸島連合国が正式国名である。
「名前は知っちょったけど、これがナギナタなん」
 マリンは未知の武器を目前にして、興味深そうにそれを観察する。
「先は片刃なんじゃね……すごく斬れそうじゃけん」
 そして、「『構築』アセムブリィ」と小さくつぶやくと両の手のひらを無数の光の粒が覆う。その光が少しずつ弱くなって完全に消えると、マリンの手には『自作』のナギナタが握られていた。
「こんな感じかな?」
 そう言って、巧みにビュンビュンと振り回しては使い心地を確かめる。
「あれが錬金術……いや、ずるくないか?」
「まぁ、ですよね」
 ちょっと納得いかなさそうなリビアンに、シトリンは苦笑いだ。マリンはありとあらゆる武器を錬金術で創製し、そのどれをも巧みに使いこなす。
「マリンさんは錬金術で好きなだけ出せるから、大量の武器を持ち運んでるみたいな? しかも落としても大丈夫っていうか、マリンさんの手を離れて一定時間が経つと消えるんです」
「マリン殿以外には使えないのだろうか」
「使えないですね」
 シトリンは以前、試してみたことがある。手に持つどころか、触ることさえできなかったのだ。
「マリンさん以外が触ろうとすると、なんか透き通ってしまうんですよ」
「……」
「らすたらいず? とかいうのをすれば消えないし他人にも使えるらしいのですが、ちょっと話が難しくて私にはよくわからないです」
 シトリンは、嬉しそうにナギナタを振り回して遊んでいるマリンを見ながら眼福とばかりにウットリしている。そしてリビアンは、マリンの手に握られているナギナタを凝視しつつ。
(ただの人間に、そんな神業が可能なのだろうか……)
 と思案にくれる。実はマリンの父方の祖父は究極妖鬼アルティメット・オウガと呼ばれる亜人でマリンはクォーターになるのだが、その事実はマリン本人も知らなかった。
「ほうじゃ、リビアンの相手はシトリンじゃなくてもええ?」
 不意にマリンが振り向いて、リビアンに訊ねた。マリンが錬成したナギナタは、いつのまにか消失してしまっている。
(いつの間に……)
 その型破りなさまを見せつけられて、リビアンはあっけにとられたままだ。
「リビアン?」
「あぁ、すまない。えーとつまり、マリン殿がお相手してくれるということだろうか?」
 そしてチラとシトリンを見る。シトリンは、面白くなさそうな表情だ。
(私が勝ったらなんでもお願いしていいっていうの、どうなるんだろ)
 そんなことを思いながら。だがマリンはご主人様だ、自分のわがままを通していいわけもない。
「あ、来たみたいじゃけ」
 そう言ってマリンは、正面に見える闘技場の入口を見やる。背を向けてる形となっていたリビアンは訝し気に振り返って。
「プッ、プラティナ様⁉」
 そこに立っていたのは、パールことプラティナ・カルセドニー。ギルドマスターにしてSランクハンターの兎獣人だ。
 攻防双方に特化した籠手ガントレットを両手に装着、バストトップと腰回りにはシンプルなレザーアーマー。臨戦態勢である。
 パールはニヤリと笑うと、
「リビアンさんは、私のような格闘士グラップラーとは手合わせの経験あります? ま、お手柔らかにお願いしますね」
 そう言いながら俄に腕と肩の動的ダイナミックストレッチを始める。同じSランクハンターと模擬試合は久しぶりというのもあって、パールは燃えていた。
「パールさんはリビアンの憧れの人なんじゃろ? 頼んだら快く承諾してくれたんよ」
「マリン殿ぉ……」
 リビアンは、嬉しさ半分と困惑半分で泣きそうになっている。
「そんでもってシトリンは、私とやるけん」
「え⁉」
「私に一発でも当てることができたら、私を好きにしてええよ……じゃなかった、なんでも一つだけお願いしてええよ」
 卑猥な言い間違いをしてしまい、赤面してしまうマリン。対照的に、シトリンはパアァッと明るい表情へ。
 なんせ、諦めかけていた『マリンへ一つだけなんでもお願いしていい』チャンスが戻ってきたのだ。
(マリンさんを好きにできるチャーンス!)
 シトリンの琥珀色の瞳が、ギラリと光った。ついでに垂れたよだれも、照明に反射してキラーンと光ったのだった。


 それはあまりにも一方的な試合、ワンサイドゲームだった。
 パールもリビアンも、ともにSランクハンターである。パールは格闘士なので己の拳や体術で勝負するタイプだ。
 武器の籠手も本来なら防具なのだが、指先まで覆うその材質は最強の硬度を誇るアダマンタイト。ご丁寧に拳骨部分には厚めの螺子ビスが埋め込まれている。
 こんなもので殴られたら、パールの怪力も手伝って骨など簡単に砕かれてしまうだろう。だがリビアンとの試合で、パールは一発のパンチをも放たなかった。
 対照的に、リビアンが持つナギナタの刃先はパールにかすりもしない。それどころかナギナタを武器としているがゆえに苦手な近接戦闘に持ち込まれて、防戦一方の展開を強いられてしまう。
 パールが主に放ったのは、兎獣人が得意とする蹴り攻撃だ。猫獣人であるシトリンも得意ではあるが、速度では劣るものの威力では兎獣人のパールが勝る。
 リビアンが渾身の力で薙ぎ払ったフォロースルーの間隙をつき、一気にリビアンの目前まで飛び込む。こうなるともう、ナギナタではどうしようもない。
 ナギナタの柄を掴むリビアンの左右の手の上から、それを包み込むようにガントレットを纏ったパールの両手がガッチリと上から握る。これでリビアンはナギナタを手放すこともできず、刃先で攻撃することもできず。
「とどめをさしますね?」
 ニコッとパールが笑うと左足一本で立ったまま、怒涛の蹴りをリビアンの側頭部にヒットさせた。リビアンの両手はガッチリとホールドされているのでかわすことも防ぐこともできず、パールは片足一本で立っているのに微動だにしない。
 そして今しがた蹴りを放った右足を宙に浮かせたまま、ただひたすらひざを折っては伸ばすを繰り返す感じでマシンガンのように蹴りの連撃をリビアンの側頭部に打ち込む。
 その一発一発は重く、リビアンの脳は激しく揺さぶられる。逃げることも回避することも叶わず、ただひたすらサンドバッグにされているのだ。
 そしてパールが蹴りをやめると同時に、リビアンは鼻血を垂れ流しながら膝からくず折れていった。とっくに失神していたのである。
 パールはなおも左足一本で立ったまま、右足を高く掲げたポーズでリビアンを見下ろして。
「リビアンさんは、私のような近接戦闘を得意とする相手にどう戦うか、それがテーマになりそうです」
 そう言ってニッコリと笑い、ようやく右足を地に着けた。
「へぇ……」
 それを興味深げに見つめていたのはマリン。その藍色の瞳孔には、狂気が宿る。
(今度、私ともやってもらおう……)
 そう妄想しつつ、無意識に口角が上がる。父譲りの狂戦士バーサーカーの血が疼く。祖父譲りの、究極妖鬼アルティメット・オウガの氣が荒ぶる。
「さて、次は私らの番じゃね」
 そう言ってマリンが錬成した武器は……いや、武器ではなかった。
「盾、ですか?」
「バックラーいうんよ」
 まるで鍋の蓋のような小さなその盾、二つのバックラーを左右の手で握る。内側に持ち手がついているのだ。
「私とは、防具のみでやるんですか?」
 ちょっとスッキリしない気分のシトリンだ。だがマリンはニヤリと笑うと、
「パールさんの籠手ガントレットだって防具なんじゃけどね。防具だからといって舐めとったら、足元をすくわれるけん」
 そう言いながらマリンは、バックラーの内側にある小さな突起を押す。
『ジャキーンッ!』
 乾いた金属音がして、バックラーの前面と左右から鋭い刃が飛び出した。そしてもう一度突起を押すと、その刃がシュッと引っ込む。
「相手が武器だからと言って、それで攻撃してくるわけじゃないけ。相手が防具だからといって、攻撃してこないわけじゃないんよ」
 実際に、そういう戦い方を先ほどまでパールが見せていたのだ。打撃に特化した籠手を装着していながら、パンチは一発も放たなかった。
 勝負を決めたのは、武器も防具も装着していない足での打撃だったのである。マリンは戦闘の師匠として、シトリンにその心構えを学んでほしかった。
「……はいっ!」
 そしてシトリンも、マリンのその教えを身に刻む。かのバックラーに刃が仕込んであるなど考えもしなかったし、もしこれが敵だったら事前に教えてくれるはずもない。
(防具だと油断しきって、斬られるところだったんだ……)
 シトリンはゴクリと生唾を呑み込む。
「じゃあシトリン、始めるけん」
「はい、胸をお借りします」
 真剣な表情でそう応えるシトリンに、
「まぁシトリンが勝ったら、本当に胸を貸すけん」
「なんの話ですかっ⁉」
 珍しく下ネタをぶち込んでくるマリンである。シトリンが緊張しているので、それをほぐそうと考えたのだけど。
 そしてマリンとシトリンの模擬試合が始まる。
 ターニーに作成してもらった、大きな猫球槌キャットハンマー。その打撃は大岩をも容易く砕き、鋭い爪先に斬れぬものはない。
 そしてシトリンは一トン近いそれを、まるで拾った枯れ枝のように『空気を破砕』しながら振り回してくるのである。並みのハンターならば、振った衝撃だけで体幹が揺らぐ。
 だが相手はマリンだ。バックラーを装着した腕を弧を描くように回しながら、シトリンの槌攻撃をいなして無効化する。
 そして自分からは決して攻撃しない。まるで小さい子と遊んでいるような余裕すらみせているのだ。
 いかな筋力体力に自信があるシトリンといえど、そう何度も空振っては体力も大幅に消耗する。リビアンがフォロースルーの間隙を突かれたのを見て、シトリンはマリンに対してもそこを警戒していた。
 だが思いっきり振った槌をいきなり止めるような動作は、筋肉に対して瞬間的に大きな負荷を強いた。まるで羽の生えた妖精のように軽やかに槌をかわされては、シトリンの体力と筋力も大幅に削られてしまう。
「そろそろ、終わりにするけ」
 シトリンが渾身の力で槌を振り下ろしたのを巧みにかわすと、マリンが不敵に笑って一気に踏み込んできた。そして右足を軸にして身体を回転させると同時に、左足で電光石火の後ろ回し蹴りソバットをシトリンの首元に……決められなかった。
「え⁉」
 弟子というものは、師の知らぬうちに成長しているものである。『勝つ』ためにはあらゆる手段を用いるというマリンの理論を、シトリンは貪欲に吸収していた。
 マリンの蹴りが、宙でピタリと止まっている。そしてその足首に絡みついているのは……シトリンの尻尾だった。
 そしてマリンの蹴りを止めることに成功したシトリン、スッとかがみながら片足を軸にして回転しつつもう一方の足でマリンの軸足を払う。いわゆる『水面蹴り』である。
 完全に虚を突かれてしまったマリン、一回転して地面に叩きつけられてしまった。だがそこは百戦錬磨のマリン、
「すぐに尻尾を離さんけ!」
 そう言うが早いが、首跳ね起きネックスプリングで瞬間的に立ち上がる。そしてシトリンの尻尾を足首から外すやいなやそれを掴んで、渾身の力を込めて大きく体躯を回転し始めた。
 プロレス技でいう、ジャイアントスイングだ。だがマリンの怪力もてつだって、シトリンの体躯はマリンの頭部よりも高い位置で回転している。
 その早すぎる回転で、遠目からは『Y』の字に錯覚するほどだ。
「きゃーっ、目が! 目が回るぅ~⁉」
「シトリン、降参しんさい!」
「こ、降参、降参~‼」
 こちらも、シトリンが蹴りを一発入れたとはいえワンサイドゲームとなった。マリン自身はシトリンをぶん回しただけで、パンチも蹴りも放っていないのだ。
 正確に言えば一発放ったが、それはシトリンの尻尾に防御されてしまったのだけど。
 目をぐるぐる回して、立てずに座り込んでいるシトリン。それを見下ろすマリンは、なぜだかとっても嬉しそうである。
「まさか尻尾をそんな使い方して対応してくるとは、夢にも思わんかったけ。シトリン、さすがじゃね!」
「は、はぁ~、どうも~」
 まだ目が回っているのか、シトリンの呂律が定まらない。
「私は先にシャワー浴びるけ、立てるようになるまでそこで休んどきんさい」
 マリンはそう言って踵を返すのだが、後ろからその足首を地を這いながらシトリンがガシッと掴む。
「シトリン?」
「この勝負、確か……私が一発入れたら勝ちじゃなかったです?」
「……」
 ちょっと自信なさそうに、シトリンが確認を入れる。と言っても、立ち上がれないで地を這いつつもマリンの足首を掴むほどの執念だ。
(マリンさん、ごまかされませんよ!)
 とはシトリンの心の声で。そして今の今まで忘れてたとばかりに、マリンは青ざめていった。


 シトリンのお願いは勤務が終了して自宅で聴きますよと逃げて、現在ハンターギルドは三番カウンター。
「登録ですか? ではこちらの用紙にご記入なさってお持ちください。なお、ほかのギルドでのギルドカードがあれば、いくつかの手続きは省略できますよ」
 ニッコリと笑って接客するマリンの前で、黒髪黒い瞳の青年。十代後半ぐらいだろうか、この国ではあまり見ない平べったい顔の民族のようだとマリンは思っていた。
(リトルスノウちゃんに雰囲気が似てる?)
 天璣の塔の賢者、ソラの下で働いている白金の被毛をまとう妖猫族のメイドの名前である。正確に言うと妖猫族に見える認識阻害がかかる奴隷環を外したときの、人間のときのリトルスノウと同じ民族のように見えた。
「アナライズ!」
「は?」
 いきなりなにごとかを青年が叫び、マリンの目の前に右の手のひらをかざす。
「おー、お姉さんすげーっ‼ 強いんスね⁉」
「??? あの?」
 青年に何が見えているのか、マリンを見ているようですこし視点がズレていた。
(私の……右?)
 振り返って確認するも、マリンの右には誰もいない。そして、なにもなかった。
「あの、お客様?」
「あ、俺はユージっていうんス! タチバナ・ユージ。こちら風にいうと、ユージ・タチバナっスね」
「そうですか」
(こちら風ってなんじゃろ?)
 内心ではウザいなとマリンは思っているが、そこは接客業なので顔には出さないでいるマリンだ。
「でも俺も強いんスよ! 女神様にチートもらっちゃいました、みたいな?」
「はぁ、女神様ですか」
 マリンとしては、さっさと用紙に記入して提出してもらいたいところだ。まぁ後ろに並んでいる人もいないし、マリンとて客と世間話に興じることもある。
 とはいえ、相手を選ばないわけでもない。そりゃシトリンのときはちょいちょい話が長くなったりすることもあるが、基本的に知り合い以外とは無駄話はしたくなかった。
「とりあえず、あちらのテーブルで用紙に記入してきてくれませんか?」
 若干のイラ立ちを見せながら、マリンは後方のテーブルを片手で指し示す。フロアの中心に配置されている多くのテーブルは、レストラン『白兎の黒足袋亭』の客用テーブルと共用していた。
 なのでギルドへ提出する用紙を記入している客がいるテーブルもあれば、飲食のために使っているパーティもあったりとバラエティに富む光景が広がっている。
 人間もいれば亜人や獣人と、その面子はさまざまだ。テーブル間を縫うようにして、ウエイトレスのシトリンとパールが料理の乗ったトレーを持って軽やかに歩を運んでいた。
「お姉さん、ツレないッスね!」
 マリンのやや冷淡で事務的な態度に屈することなく、そのユージと名乗った青年は用紙を持って踵を返していく。
(あまり強そうには見えんけど……かといって、初心者ノービスというわけでもなさそう?)
 ユージの足運びや、その雰囲気からマリンはその力量を探ろうとするのだが……これほどまでに読めない、『不気味』な存在は初めてだった。
「何者なんじゃろうか」
 先ほど『女神様』というワードが出たのも気になる。この世界は女神・ロードが創造したというのが一般常識で、その創造神・ロードを崇める『シマノゥ教』がここフェクダの国教でもあった。
 そして人々にとってロード神とはあくまで神話の世界の存在であるのだが、マリンは知っている。女神ロードは、実在する神の一柱であることを。
(ロード様が、直接人間に関わることはないと思うんじゃけど)
 マリンの腐女子友達である、ハイエルフのアルテ。このアルテは女神ロードの眷属で、実際に会っているという話は聞いたことがあったのだ。
 そんなことを考えながら用紙に記入する青年をボーッと眺めていると、
「ステータス、オープン‼」
 と謎の単語をいきなり叫びながら片手をあげるユージ青年。マリンは油断してたのもあって、ビクッと背を震わせてびっくりしてしまう。
「な、なんなん⁉」
 そしてユージは、宙に指を浮かせてなにかをなぞるような動きをする。それはまるで、本でもめくっているかのような。
(頭のおかしい人なんじゃろうか)
 もしそうだとしたら、安易にギルドカードを発行するわけにはいかない。そうこうしているうちに、ユージが用紙を片手に戻ってきた。
「お姉さん、書いてきたっス!」
「私はあなたの姉ではありませんよ」
 なぜだかイラ立ってしょうがないマリン、不機嫌そうな表情をもう隠そうとはしていなかった。だがユージはそのマリンの態度を気にするでもなく、
「サーセン! へへっ」
 とヘラヘラした態度に終始するばかりで、マリンの口からは溜め息しかもれない。
「では確認しますね」
 そしてその用紙に目を通した瞬間に、マリンは思わずフリーズしてしまう。

[住所]宿屋。名前忘れました。サーセン!
[氏名]タチバナ・ユージ。こちら風にいうと、ユージ・タチバナっス!
[種族]人間
[性別]男性
[身分]ないっスよ!
[生年月日]セイレキ二〇〇四年九月一日
[保証人]女神様
[クラン名]パーティーのことっスか? ハーレム築いてみたいっス!
[種別]勇者

「……あの、いくつか質問があるのですが」
「なんスか?」
 なぜだかそのユージの口調に不快感を感じ、マリンのこめかみには血管の青筋が浮かぶ。
「宿屋住まいで、宿屋の名前がわからないということであっていますか?」
「そうなんス」
 だがそんな言い分を住所として受け付けるわけにはいかない。住所不定者にはギルドカードが発行できないのだ。
(私もそうじゃったけん)
 十二歳のときに単身登録に挑んだマリンだったが、そこがネックになったことがある。そのときはパールが保証人になってくれて、さらに仮住まいの一室を提供してくれたのでことなきを得たのだけど。
「どこらへんにあるお宿でしょうか?」
 その後も、宿の形や従業員の人相風体。宿の周囲の地理状況などを根ほり葉ほり地図を片手に質問して、ようやくどこの宿かを突き止める。
 その宿に魔電をかけて、間違いなくユージが宿泊していることを確認。しかも長期滞在中で宿代も前払いしているとのことで、この状況なら登録には支障がなかった。
(じゃけど……)
「先ほどとおっしゃった名前が違うような? ユージ・タチバナッスさん、でしょうか?」
「え、ちゃいますちゃいます! お姉さん天然っスね‼」
 そう言ってガハハと笑うユージ、マリンは必死に殴りたい衝動を堪える。
「こちら風にいうならユージ・タチバナなんス」
「ユージ・タチバナナンスさん、でよろしいですか?」
「いやだから違うんス! ユージ……」
 ここらへんの会話は長くなったので省略する。結局マリンも『タチバナ』までがファミリーネームであると理解して、イライラ地獄はさらに続いた。
「身分がないと言っても、ファミリーネームがあるから第三等民でしょうか?」
 王国では伯爵以上の貴族を第一等民として、『子爵以下の貴族』『姓持ちの平民』『姓無しの平民』『奴隷民』の順番で第五までに身分が分類されている。
「えーと、よくわかんないけどお姉さんが言うならそうっス!」
「……そうですか。そしてセイレキ?とかいうのはドゥーベ歴のことであってますか?」
「知らないっス」
 マリンの握りしめたペンが、バキッと折れる。とりあえず心を落ち着けて、別のペンを取り出して。
「現在の年齢はおいくつですか?」
「十八っス」
(ということはドゥーベ歴か)
 幸か不幸か、マリン視点での某異世界の西暦とドゥーベ歴は年数に偶然の一致をみる。
「保証人が女神様、とは? あ、いいえなにもおっしゃらないでください。十八歳なら保証人は不要です」
 野生の勘で、このネタを掘り起こしたらまた話が長くなって面倒になりそうだとマリンは察した。
「クランは未所属なのですね。というわけで、ソロと」
 できるだけユージとは会話をせずに、マリンは処理を性急に進める。だがどうしても、『この項目』だけは看過できなかった。
「勇者、とは?」
 勇者とは職業名ではなく、尊称だ。市井の民から尊敬されてそう呼ばれることもあれば、国王からそう呼称されることはあるものの身分や職業のカテゴリではない。
 ましてやマリンの父・カーネリアンも母・ラピスラズリも国を代表する勇者と呼ばれた存在だったのもあり、安易にそれは名乗ってほしくなかったのである。
「いや、女神様が俺を勇者として召喚したんス」
「女神、というと? ロード様でしょうか。ロード様が召喚⁉」
「いや、名前は知らないっス」
 マリンの表情は、もう死んでいる。なんの輝きも放たない藍色の瞳が、ユージを見つめる。
(つまり無職、と)
 無言のままユージには確認を取らず書類にそう書き入れて、マリンはギルドカード発行の手続きを取った。カタカタと音をたてて、マリンはカウンター上にある魔導機械からアウトプットされたギルドカードを手に取ると、それをユージに手渡しつつ。
「ユージ・タチバナさん。こちらがギルドカードになります。今はまだFランクですが、依頼の達成度に応じてランクアップしていきます。ちなみに」
 マリンがそこまで言いかけたとき、ユージが若干の戸惑いの表情を見せてマリンの言葉をさえぎった。
「ちょちょ、ちょーっ、待って! 俺、Bランクなんスよ」
「は?」
「お姉さん、『アナライズ』で俺のステータスよく見てくださいって」
「あならいず、ですか?」
 そう言われても、マリンにはなんのことだかさっぱりわからない。
 ハンターとしてのランクはハンターギルドが定めるものであり、まぁ本来ならマリンやシトリンがそうしたように模擬試合で初期ランクを見極めるのだが、マリンは勝手にFランクスタートに設定したのだ。
(だって面倒じゃし)
 それが仇となった形である。
「誰がユージさんを、Bランクだと認定したのですか? 今日が初めての登録ですよね?」
「いや、お姉さん。そんなステータス凄いのに解析魔法アナライズ使えないんスか?」
 そう言ってユージは、小さくプッと吹き出した。思わずマリンの手元のペンが再度砕けて、三本目をさりげなく手に取る。
 そしてマリンも相当にイラ立っているが、そのはるか後方……聴こえないフリをして、接客中のシトリンの耳がピクついていた。
 そのこめかみには、マリンと同じく血管の青筋が浮かぶ。
「しょうがないっスね。これって本来、他人には見せないほうがいいんスよね?」
 そう言ってユージは片手を挙げると、先ほどと同じ言葉を詠唱する。
「ステータス、オープン!」
 いきなりなんの予告もなくユージがそう叫ぶものだから、びっくりしてマリンの肩が一瞬震えた。
「す、すて⁉ え?」
 だが、なにも起こらない。起こらないのだが、ユージには『なにか』が見えている様子だ。
「どうっスか? ここ、レベルのランクにちゃんと『B』ってありますよね?」
 そう言われても、マリンは困惑することしかできなかった。なぜなら、ユージが指さした宙にはなにもないからだ。
「ユージさんには、なにが見えているのでしょうか?」
 当然すぎる疑問である。だがユージはさらに困惑した様子で、
「あるぇ? ステータス画面て、他人には見えないんス?」
「私はユージさんがなにをおっしゃってるのか、わけがわからないです」
 もう精魂果てて疲れ切った表情のマリン、もはやイラ立つ元気すらない。それを隣の二番カウンターから、モルガナが気の毒そうに憐憫の視線を投げかけていた。
「うーん、異世界って本当に融通が利かないんスね?」
「もうしわけありません」
 その日だけで三本目のペンが、マリンの手元で砕けた。


「まったく! なんなんですかアイツは‼」
「シトリン、そう怒りなさんな」
 その日の晩、ユージとマリンの会話がその驚異的な聴力ですべて聴こえていたシトリンは怒り心頭である。
「なんだかわけのわからないことばっかり言ってて、異世界とか……あれ?」
「シトリン?」
「あ、いえ……」
 記憶の中の『ある少女』が言っていた言葉を、シトリンは思い出していた。
『……こんなのっ、ニホンじゃ考えられなかった! こんな、こんな……』
『違う、違うよ。絶対違う! 私は両親に愛されて産まれて、そして育ったんだ。でもこの世界に転生して、孤児院に預けられて……』
『うん、私の「前の世界」で習った歌なんだ』
 不意に黙り込んだシトリンの顔を、マリンが不安そうにのぞき込む。
「シトリン、どしたん?」
「あ、いえなんでもないんです。それよりマリンさん」
「ん?」
「お願いをかなえてくれる件ですけども」
「……」
 今度は、マリンが黙り込んでしまった。だが覚悟を決めて、キッと顔を上げて。
「うん、そのお願いって……な、なにかな?」
「えーっと……」
 シトリンは、顔を真っ赤にしてうつむいてしまう。それを見てマリンはすべてを察して。
「あの……女の子同士って初めてじゃし、よーわからんのじゃけど。お、教えてもらえるなら」
「‼ はい!」
 厳密に言うと初めてじゃなく、房中術でシトリンに癒してもらったことがある。だがマリンが自身の判断でシトリンに身を委ねるのは、この日の夜が初めてで。
 そして翌朝、マリンの部屋のベッドで先に起きたのはシトリンだ。ベッドから出たシトリンは全裸である。
「みなさん、おはようございます。なにを期待したか知りませんが、もう翌朝です」
「シトリン? 誰になにを説明しとるん⁉」
 遅れて起きたマリンが、ベッドで上半身を起こしたまま寝ぼけまなこで問う。マリンもまた、布団の中で全裸だった。
「あ、おはようございます。マリンさん」
「うん、シトリンおはよう」
 平静を装って朝の挨拶をかわす二人だが、心持ち顔が赤い。そしてついつい二人とも照れて下を向いてしまう。
「あの、シトリン」
「な、なんでしょう⁉」
「えっとね……『こういう』の、お願いとかじゃなくて『したい』と思ったら遠慮なく言ってくれてええけ」
「⁉」
 だがマリンからは言えない。奴隷を、シトリンを買ったという事実が重くマリンの両肩にのしかかるのだ。
 そしてシトリンをそういう『用途』で『使用』するのは、マリンの気位が許さないでいた。シトリンは一度は戦闘奴隷として失格の烙印を押されて、愛玩奴隷として売りにだされていた経緯がある。
 それを『買った』マリンがシトリンを自分から抱くというのは、シトリンの自尊心を踏みにじる行為な気がしてならなかったのだ。
「……みたいなことを考えてませんか?」
「心読まんといて⁉」
「そんなスキルは使えませんよ。優しいマリンさんのことだから、そう思ってるんじゃないかって……顔にも出てますし」
「うぇっ⁉」
「マリンさんこそ、私の身体は自由に使ってくれて構いませんから……朝食、今日は私が用意しますね?」
 シトリンは笑ってそう言うと、ベッドで上半身を起こしたままのマリンの額にキスをする。そして脱ぎ捨ててあったブラウスの上をひっかけながら、部屋を出て行った。
「イケメンじゃねぇ」
 そう呟きながら、マリンは苦笑いでベッドから出た。着替えを取ろうとチェストに歩み寄ろうとして、ドレッサーの前を通る。
 ドレッサーの鏡に映ったマリンのその白い裸身、両胸にシトリンがつけたキスマークがたくさん浮かんでいた。
「……ッ⁉」
 その部屋にはマリンしかいないというのに、なにやらこっぱずかしくなって思わず両胸を腕で隠してしまう。マリンの頬と白い身体が、赤く染まっていく。
「こんなことも、これから平気になっていくんじゃろうか」
 そうボソリと呟いて着替えを済ませ、そして朝食の席で。
「シトリン。今日は私、朝は休むけん先に行っちょってええよ」
「マリンさん? 身体の具合が悪いのですか?」
 トーストにかぶりつきながら、シトリンが心配そうに訊ねる。だがマリンは少しおどおどしながらも、赤面しつつ。
「いや、体力がね……こんな疲れ方、初めてじゃけ」
「……あ、はい」
 いかな体力バカのマリンといえど、昨夜はシトリンに『何度も天国につれていってもらった』ので……その未知のけだるい疲労が、その全身に絡みついて離れない。
 くわえて猫獣人の舌は粗い。シトリンの執拗な愛撫によって、マリンの肌は服が擦れても反応してしまうくらいに敏感になっていたのだ。
 それを察したシトリンも、つられて赤面してしまう。
「私からギルドに連絡しましょうか?」
「それにはおよばんけ。まぁ朝は休むって言っても、ちょっと遅れていくだけじゃし」
「そうですか……あまり無理はしないでくださいね?」
 自分のせいなのもあって、顔を真っ赤にしてあらぬ方向を見ながらマリンを気遣う言葉を口にするシトリンである。
「まぁ、シーツ洗濯したらすぐに出るけん」
 なにげなくそう言葉を紡いで、マリンは自分の発した言葉の意味に――。
「いやほら⁉ そのね?」
「はいっ、ですね⁉」
 二人とも、すっかり声が裏返ってしまっていた。


「異世界?」
「うん、コユ……リトルスノウはさ、なんか心当たりある?」
 ハンターギルドに併設されたレストラン『白兎の黒足袋亭』。ご主人様であるソラから用事を頼まれたメイドのリトルスノウが、遅めの朝食を摂るために立ち寄っていた。
 奴隷環は装着したままなので、白金の被毛をまとう妖猫族の風体のリトルスノウである。同じ猫獣人デミ・キャットでも耳と尻尾以外はほぼ人間のシトリンとは違い、猫の姿ながら二足歩行で言語を解すのが妖猫族だ。
 あらかたのハンターが出払っていたこともあり、ハンターギルドのフロアは閑散としている。なのでウエイトレスのシトリンも、親友であるリトルスノウとのおしゃべりに興じていた。
「ユージ・タチバナね……まぁ間違いないでしょうね」
「リトルスノウと同じ世界の人?」
「うん。ほかには? なにか言ってた?」
「えーと……」
 シトリンは、かつて戦闘奴隷時代だったときにリトルスノウことコユキが言っていた一連の発言を思い出していた。それはまるで、こことは違う世界が存在するとでもいわんばかりの彼女の発言を。
 そして偶然にもリトルスノウがハンターギルドに、正確には黒足袋亭に立ち寄ったのもあり昨日のできごとを伝えてみたのだった。
「すてーたすおーぷん? あと、あならいず?とか言ってた」
「恥ずかしい奴……」
 リトルスノウはシトリンのその言葉を聞いて、バカにするような表情で鼻で笑ってみせる。
「リトルスノウ、なんのことかわかる?」
「わかるけど……」
 そう言いながらリトルスノウは、人差し指をピンと立てて宙に一本の線を引くようなしぐさをしてみせた。
「『コレ』、シトリンには見えないよね?」
「どれのこと?」
 リトルスノウがなにを言っているのか、シトリンには理解ができないでいた。だがリトルスノウには、食事をする自分の頭上に『なにか』が見えてる様子なのだ。
(昨日のマリンさんと同じ反応してるな、私)
 そんなシトリンに微笑みかけながら、リトルスノウが続ける。
「ただの人間である私もまた、女神・ロード様に力を授かったんだよね。まぁ奴隷として売られるわ、その力は戦闘奴隷として生かさざるをえないわで……ろくでもない人生だったけど」
(ついでに言うと、そうさせた女神もろくでもないけどね)
 とは口に出さないでおくリトルスノウである。
「不思議に思ったことなかった? 猫獣人であるシトリンと違って、ただの人間の幼女だった私の戦闘能力に」
「それは思ったことある……」
「まぁそのユージとかいうの、私と同類なんでしょうね。ただここは、ゲームの世界でも小説の世界でもない。現実なんだって感覚が希薄なように見受けられるな」
「えーっと、ごめん。リトルスノウがなに言ってるか……」
 混乱した様子のシトリンに、リトルスノウも諦めたように嘆息してみせる。
「私がシトリンの立場でも、なに言ってるかわかんないと思う。だから『そういう』のは極力というか、ソラ様にしか言ったことないんだよね。だからシトリンで二人目……いや、順番でいうとシトリンが先か」
「うん? うん……」
 ここで一拍いれようと、リトルスノウがティーカップに口をつける。そしてそれを再びテーブルに戻すと、
「そのユージってやつ、危なっかしいね」
「というと?」
「うん、私がそうだったように……この世界、正直生きにくい。常に死が、隣りあわせなんだよね」
 リトルスノウは、人間としてこの世界に転生した。女神・ロードによる魂の召喚によって。
 だが両親が幼いころに亡くなり、孤児となった。そして孤児院に預けられたはいいが、そこは孤児を奴隷として売り飛ばす人の道に外れた施設だったのである。
 地下奴隷として売り飛ばされて、戦闘奴隷として生きざるをえなかった。この世界で生きていくために女神・ロードから与えられた力で、なんとか生き延びてきたのだ。
(ま、正確にはこの世界でも一度死んでるけどね)
 お互いに殺しあえという理不尽きわまる命令で、リトルスノウはシトリンとの戦闘で落命する。だが『最古いにしえの魔女』であるソラとの出会いによって、リトルスノウは再び人生をやり直すことができるようになったのだ。
「私とそのユージがいた世界、すっごく平和でね。そのノリでこの世界で生きようと思ったら、いつか身を亡ぼすんじゃないかな」
 暗い表情で、リトルスノウがうつむく。だがすぐにパッと明るい表情になって顔をあげると、
「ま、私はソラ様やシトリンと出会って……今はとっても幸せなんだ。カゴの中の鳥じゃなくなった、自由に生きてる」
「あ、なんかそんな歌を歌ってたね!」
 戦闘奴隷として戦いにあけくれたあの日、リトルスノウがシトリンに教えてくれた歌。
「かごめかごめ、みたいな歌い出しの」
「うん。そのユージとやらも自分で作ったカゴの中にいるんだって自覚しないと、いつか取り返しのつかないことになると思う」
 自分の生きていた世界からの転生者……会えて嬉しいという感情は、不思議とリトルスノウの中には芽生えない。ただただ同胞を憂う、危惧だけがそこにあった。
「あれ? リトルスノウちゃん?」
 二人の後ろから、声がかかる。
「あ、マリン様。お久しぶりです」
 遅めの出勤をしてきたマリンが、二人の後方から現れた。
「久しぶりじゃね」
 そう言いながらマリンは、チラとシトリンを見やって……パチッとシトリンと視線がぶつかる。
「シシシ、シトリンもお疲れ様⁉」
「はは、はいっ⁉ マリンさん、お身体の調子は‼」
「わ、私は大丈夫じゃけ!」
 一気に挙動不審に陥る二人を、リトルスノウは不思議そうに眺めるのであった。


「不気味?」
「はい。なんかこう……どう言ったらいいか」
 それから一ヶ月、ユージは怒涛の快進撃をみせる。依頼を次々とこなし、魔獣を討伐していく。
 当初はFランクスタートだったのが、今やCランク。本人が謎のジェスチャーをしながら言っていたBランクも目前なのだ。
 だがマリンは、ユージの快進撃には違和感を覚えていた。それは『不気味』とカテゴライズされる種類の。
「かのユージさんて、身体は普通の青年ですよね? なんかこう、鍛えたとか修行したとか、そういう鍛錬を積み上げた人の肉体じゃないというか」
「私もそれは不思議に思ってた」
 客足が途絶えたのもあって、隣の二番カウンターにいる先輩のモルガナと世間話に興じるマリンだ。
「帯刀していますが、剣の技術もあるんだかないんだか……なにより、手のひらに剣ダコがないんです」
「マリンてばよく見てるわね。それは気づかなかったな」
 感心してみせるモルガナに、マリンは厳しい表情で続ける。
「だからここまでの快進撃、実力と成果が伴っていない気がするんです」
「なるほど。だから『不気味』ってわけ?」
「はい」
 マリンは、ユージはすぐにはEランクには上がれないと思っていた。身体ができあがっていないし、あれでは小型の魔獣にすら勝てないだろうと。
(それ以前に、同年代の青年と喧嘩しても勝てそうにないんよね)
 だがマリンのその予想を覆す成果を、ユージは怒涛の勢いであげているのである。どう考えても、本人の実力に見合ってない……そこが不気味でしょうがなかった。
 そのユージが、討伐報告を終えて出口へ向かう。その背を見送るマリンの表情は険しい。
(いったい、どうなっちょるんじゃろうか?)
 そしてハンターギルドの玄関の外で。リトルスノウことコユキがハンターギルドに入ろうとして、ちょうど出ようとしていたユージと出合い頭にぶつかってしまう。
 今日は獣人が利用を制限される施設へのお使いだったので、いつもの奴隷環は外してある。なのでそこにいるのは白い被毛をたくわえた妖猫族としての姿ではなく、黒い髪・黒い瞳を持つ人間の少女姿を成すコユキであった。
「あ、ごめんなさいっス!」
「いえ、こちらこそ……あなた、ひょっとしてユージさん?」
「え、そうっス! 俺も有名人になったんスかね、よくわかりましたね!」
「……」
 シトリンから聞いた話どおりの軽薄な態度に、コユキはジト目をくれてやる。
『あまり、無理はしないようにしてくださいね。自分の力を見誤ると、痛い目にあうのは自分ですよ』
『え、日本語⁉』
 驚愕の表情を浮かべるユージに、コユキは険しい一瞥をくれながらそう言って背を向け……ハンターギルドの中へ消えていった。
 それから半月後、街外れの街道に似非白狼レッサー・フェンリルの群れが出没するという目撃談が相次ぐ。物語では聖獣とされるその存在が神格化されているフェンリルと違い、ただの獰猛な犬もどきの魔獣だ。
 肉食で共食いはもちろん、人肉も好んで喰らう。討伐に向けてマリンが設定した推奨ランクはA、必須ランクはBだ。
 ただしそれは一匹のみの話であり、群れであるならばAランクハンターのみのクランというのを必須に設定している。そしてその群れが、街外れの小さな村を襲っているとの緊急魔電がハンターギルドに舞い込んで。
「私が行きましょうか?」
 その日はウエイトレス業の日だったが、シトリンがエプロンを外しながらマリンにうかがいを立てる。だがマリンはやんわりとそれを制して。
「シトリンなら大丈夫じゃろうけど、群れじゃけん。Aランクハンター複数人のクランじゃないと許可は出せんのよ」
 緊急事態ではあったが、今回はハンターギルドからの指名依頼だ。Aランク複数人と設定しているのを、ハンターギルド側が反故にするわけにはいかない事情があった。
 シトリンならば、一人でもやってのけるだろう。だが例外を出すと、次の機会でまた例外を求められるのだ。
(ジレンマじゃね)
 深刻な表情で押し黙るマリン、いっそのこと自分が出張ろうかと思案する。SSランクハンターである自分なら、ギルドとしての面目は立つだろうと。
 そんなマリンの後ろから、軽薄そうな青年の声がかかる。
「俺が行くっスよ!」
 マリンに声をかけたのは、ユージだ。今のところCランクではあるが、本人の言うようにBランク相当の腕前がある。
「ダメです! ギルドとしては、未熟なハンターを危険に晒すわけにはいかないんです!」
 ここでマリンは、もっと念を押して反対しておけばと……いやいっそのこと、自分が出るべきだったと後に悔やむことになる。
 ユージに背を向けて、携帯型魔電スマートフォンを取り出して。
「リビアン、今どこにおるん?」
『依頼を終えて、そっちに向かっているところだ。なにか大事でも出来しゅったいしたのか?』
「緊急事態なんよ、ギルドとしてはAランク複数人以上しか出せんけん。シトリンにも準備させるけ、悪いけど急いできてほしいんよ」
『委細承知!』
 そして魔電をしまいながら、マリンはシトリンに向き直る。
「リビアンがこっち向かっちょるけ、シトリンも準備しんさい」
 シトリンはAランクでリビアンはSランク、これでギルドとしても面目が立つ……そのときのマリンは安堵しきっていた。
 そしてリビアンが駆け足でギルドに到着して、シトリンと二人で討伐に向かう。その後ろ姿を見送りながら、マリンは首をかしげて。
「ユージさん、どこ行ったんじゃろ?」
 シトリンやリビアンなら大丈夫と、心配半分安心半分で待つこと数時間。マリンの魔電に着信が入る。
『マリン殿、リビアンだ。討伐は完了した旨、お伝えする』
「お疲れ様、リビアン。怪我してない? シトリンは?」
『どちらも大丈夫だ。ま、返り血がひどいがな』
 そう言って笑うリビアンの声が聴こえるが、心なしかテンションが重い。
「……それで、犠牲者は?」
『村人三名が重傷を負った。軽症者は五名だ。いずれも治癒院に早期に運び込まれたから問題はないのだが……』
「リビアン?」
『一名の犠牲が出てしまった』
「‼ ……そう」
 マリンの表情が曇る。自分の判断次第では、それは防げた犠牲なのじゃないかと自戒して。だがその詳細を知って、マリンはさらに強い悔恨の思いを胸に抱くことになる。
『マリンさんですか? シトリンです』
「シトリン、怪我はない? 大丈夫なん?」
『私は大丈夫なんですが……あの、マリンさん?』
 シトリンの口調が、どうにも重い。
「どうしたん?」
『ユージさんに、現場に行くように指示しましたか?』
「ううん、行かんようにって注意はしたけど」
 怪訝そうに返事をするマリンだったが、次の瞬間にサーッと青ざめる。
「ユ、ユージさんが……どうしたん⁉」
 まさかとは思いつつも、マリンの唇が震えて止まらない。
『はい、その……犠牲になった方なんですが、私たちが駆け付けてきたときにはもう相当食い荒らされていて。性別や顔すらも不明な状態なんです』
「うん……で?」
『その遺体が所持しているギルドカードが、ユージさんのものなんですよ』
 そしてマリンをはじめとするハンターギルド職員や衛兵が現場に駆け付け、遺体を見分。その結果、遺体は間違いなくユージであることが判明した。
「……私の判断ミスじゃけ」
「マリン殿は悪くないのだろう⁉ その男が勝手に出張ったらしいじゃないか!」
「そうですよ、マリンさん‼ マリンさんのせいじゃありません!」
 遺体を保管する、ハンターギルド地下の霊安室で。すっかり気落ちしてしまったマリンに、リビアンとシトリンが交互に慰めの言葉をかける。
 だがマリンの表情は、晴れることはなかった。そして同時刻、ソラの住まう天璣の塔はメイドの控室にて。
(だから言ったのに……)
 リトルスノウが、新聞を手に唇を震わせていたのであった。


 ここは天界、地上の民が天国と呼ぶ場所で。天界の創造神・ロードは気鬱な表情で下界を見下ろす。
「勇者召喚とは、上手くいかないものですね……」
 最初はコユキこと、冬咲小雪を。次に立花雄二を。異世界で肉体を失った魂を、女神・ロードはこの世界に招き入れて『勇者』として使役しようとしたのだ。
 ――きたるべき災禍に、備えようとして。
「私には、才能がないのかしら?」
 その表情かおには、『小さな命』を慮ることのない超越者としての憂いだけが浮かんでいた。
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