海の向こうの永遠の夏

文月みつか

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第1章 海の向こう

8.無人バス

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 公園を出て、まずは自分の家を目指すことにした。周囲の家並みも、止まれの標識も、よく知っているものだった。やっぱり誰もいないけど。

「ねえ、海は何度もここに来たことがあるの?」

 ためらいがちに海はうなずく。

「どうしてこんな面白いこと、だまってたの!?」
「それは……変なやつだと思われるから」
「えー、そんなことないのに。なんていうか、スーパーヒーロー? じゃないな、超能力! エスパー!? とにかく、すごい才能だよ!」
「実はおれもよくわからないんだ」
「え?」

 あたしは歩道の縁石に飛び乗る。こうするとちょっとだけ海を見下ろすことができる。

「どこか……誰もいないところに逃げ出したいと思ったら、ここにいた。はじめは真っ暗闇の何もないところだったのに、いつの間にかいろんなものが増えて、今はこんな町ができてる」
「へぇ……」

 そんなにも逃げ出したくなるような出来事ってなんだろう?

「……あれ?」

 考えようとしたところで、あたしはまたもや違和感におそわれる。

「こんなところにバス停なんてあったっけ?」

 ちょっと錆びついたバス停の目印が、ぽつんと立っている。停留所の名前も時刻表も、まっさらで何も書かれていない。

「さあね。さっきも言ったけどここは千夏が知っている町とは別のところだから。すべて同じとは限らない。いや、たぶん全然ちがう」
「そっか……」

 そう言われてみれば、たしかにちょっと違うところが見えてくる。電信柱の広告とか、歩道のタイルの色合いとか。自転車でよく通る道だからわかる。なんとなく変だと感じるのはきっと記憶と微妙にずれがあるせいなんだ。

 ゴォォォォと大きな音がして、あたしは我に返る。

 道の向こうからバスが近づいていた。
 バスは速度を落とし、停留所の前で止まった。
 ぷしゅーとドアが開く。
 あたしと海は顔を見合わせた。

「……乗る?」
「あっ、でも……」

 あたしは背伸びしてバスの中をのぞきこむ。誰も乗っていない。ていうか、お客さんどころか……

「このバス、運転手さんがいないよ!?」
「ああ、たしかに」
「なんでそんなに落ち着いてるの!? 怖いよこれ、幽霊バスだよ!!」
「うーん、自動運転みたいなもんじゃねえの?」
「でもさあ……」

 押し問答しているあいだに、ドアがしゅーっと閉まり、バスは発車した。

「行っちゃったな」
「うん……ごめん」
「いや、別に」

 あたしたちは再び、目的地へ向かって歩き出した。
 ところが……

「なんだこれ!?」

 あたしの家があるべき場所は、空き地になっていた。

「うっそー、おとなりの小林さんちも、野田さんちもあるのに、なんでうちだけないの!?」

 クリーム色の家も、屋根付きの車庫も、庭の木すらもない。ただ、青々と雑草が生い茂っていた。

「お、落ち着けって」

 そう言う海もちょっと顔が引きつっていた。

「別の世界なんだから、こういうこともあるって」
「そうだけど、なんでうちだけ!? あーもう、せっかくママがいない家でお菓子パーティしようと思ったのにぃ」

 がくっと地面に膝をつく。
 と、ゴォォォォという地響きが伝わってくる。

「また来た」

 海がつぶやく。

 バスがこちらに近づいている。車体は道幅に対してギリギリの大きさだった。あたしたちは空き地の雑草の中へ避難した。
 そしてバスは速度を落とし、目の前で止まった。
 ぷしゅーとドアが開く。

「なんでうちで止まるのっ」

 お菓子パーティが流れたいら立ちをバスにぶつける。

「千夏、あれ」

 海が空き地のすみを指さす。そこにはちょっと錆びついたバス停の標識が立っていた。さっきまではこんなのなかったのに。

「どうする?」
「……乗るよ。乗っちゃおう!」

 幽霊なんて怖くない! 紫陽花屋敷にだって行ったことあるもん! ……ひとりでじゃないけど。

 言葉のわりに足を踏み出せないでいるあたしを見て、海が先にバスに乗りこむ。あたしも、意を決してあとに続いた。

 しゅーっとドアが閉まった。

 海が後部座席の窓際に座った。となりに座ろうと思ったら、「そっちのほうが眺めがいいよ」と1個前の席を指すので、その通りに座る。

 バスはゆっくりと発車した。

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