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第2章 永遠の夏
13.自転車屋のおじちゃん
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「ブレーキワイヤーが切れてるね」
サイクルショップたけだのおじちゃんは、自転車を点検すると野太い声でそう言った。刈りこまれた頭に玉の汗が浮かんでいる。
「まあそんなに時間はかからないから、その辺で待っててよ」
その辺と言っても店内はさほど広くないし、売り物の自転車以外にも工具とかタイヤとかが放置されているので、あんまりうろうろできるものでもない。あたしは壁際に一つだけおいてある丸椅子に腰かけ、バックをひざに抱え込む。あんまり高くつきませんように!
「にしても千夏ちゃん、海辺でサイクリングでもした? あちこちサビてるけど」
「まあね。そんなところ」
おじちゃんには小さいころからお世話になっているので、本当に親戚のおじちゃんみたいな感じだ。他愛のない会話もすれば、冗談も言いあう。
「ママチャリで海まで行くなんて根性あるねえ。さすが千夏ちゃんだ!」
「そうかな? 意外とあっという間だけど」
海の向こうの海だからね。
「はーっ、若いってうらやましいねー。キラキラしててまぶしいよ」
キコキコと前輪のナットをゆるめながら、おじちゃんはいいように解釈している。
「今、高校生だっけ?」
「もう高三だよ。来年卒業」
「かぁーっ! 時の経つのは早いねぇ。ついこの間までこーんなに小っちゃかった千夏ちゃんが、高校3年生とは!」
おじちゃんは豆粒をつまむような仕草をした。
「いやそこまでは小っちゃくない!」
「そうかそうか、大きくなったもんだ。でも考えてみりゃうちのが二十歳だからな。そりゃ、おっきくもなるわ」
おじちゃんには達緒さんという息子がいる。あたしより2学年上で、小さいころはときどき遊んでもらっていた記憶がある。
「達緒さん、元気にしてますか?」
「あいつのことはよくわからん。苦労して大学に入ったと思ったのに、いつのまにか自転車担いであちこち走りまわってたからな。まったく、なけなしの金で入学させてやったのに。この頃じゃ四国でお遍路さんごっこしてるらしい」
「自転車で?」
「そうそう。宗教心なんてちっともないのにな。きっと自分探しだなんだと理由をつけて遊びまわりたいだけなんだよ。あいつ、うどん好きだったもん。罰当たりなやつだ」
口ではそう言ってるけど、おじちゃんは楽しげだった。きっと達緒さんが自転車で旅をしているのが嬉しいのだろう。
「あっ、そういえば千夏ちゃんに見せたいものがあったんだよ」
おじちゃんは作業を中断し、店の奥のほうへ行ってちょいちょいと手招きする。そして、すみっこに止めてあった自転車をぽんと軽くたたき、「いいだろ~」と言った。
それは真っ赤なフレームのクロスバイクだった。
「3か月ほど前に達緒が来ておいていったんだよ。新しいの買ったから不要になったってな。で、この赤いフレームを見て、パッと千夏ちゃんの顔が思い浮かんだわけよ。たしか昔、そんな感じの赤い自転車に乗ってただろう?」
「うん。今は晴夏が使ってる」
「そうだったか。とにかく自転車屋のおやじの勘というかなんというか、これは千夏ちゃんに一度見せておかなくちゃいけないなあと思ったんだよ」
「はあ」
あたしは生返事をして、クロスバイクにそっと手を触れた。
直線的なすっきりとしたボディ。輝く7段変速ギア。
いいなとか欲しいなっていうのを通り越して、やっと会えたなっていう気がした。
「中古といってもほとんど乗ってないし傷みもないから。少なくともママチャリよりは遠出できると思うよ」
「これ、いくらぐらい?」
「タダ」
「えっ、タダ!?」
「うちは中古は売らないからね。千夏ちゃんがいらないと言ったら、リサイクルショップに持っていくつもりだった。で、どうかな?」
「どうって……」
あたしはグリップを握ってみる。細かい凹凸のあるそれは手のひらに心地よくフィットした。ベルをはじくと、リリンと涼やかな音が鳴った。
「最高だよ!」
「そうかそうか、よかったなぁ」
おじちゃんは自転車に向かって笑いかける。
「本当にもらっていいの?」
「もちろん。防犯登録の手続きはしなきゃならないけど」
「でもさすがに、タダっていうのは……」
クロスバイクなんて、ふつうに買ったらお小遣い何か月分になるんだろう? 半年、いや下手したら1年分以上かも。
「いいっていいって。どうせ達緒の置き土産だしな。その代わり、これからもサイクルショップたけだをひいきにしてくれよ」
「でも……」となおもためらっていると、「それなら」とおじちゃんは人差し指を立てた。
「店内の掃除を手伝ってくれると助かるな。暇なときでいいからさ」
「あ、そういうことなら」
来週末の午後に掃除を手伝う約束をして、あたしは店を出た。
あのクロスバイクが手に入るなんて! 考えただけでわくわくする。
修理してもらった自転車をゆるゆるとこぎながら、あたしは家に帰る。
その途中、ちょうど部活帰りの妹に行き会い、並んで歩いた。
「お姉ちゃん、なんかうれしそう」
「え、そう見える?」
何があったのかと聞かれたけれど、まだ秘密にしておきたくて「なんでもないよー」とはぐらかした。
「部活、楽しい?」
「うーん、筋肉痛でへとへと。でもまあ、楽しいよ」
この春陸上部に入部した晴夏は、太ももをポコポコとたたいた。
「ほんとだ。若いってまぶしいなあ」
ぽんっと頭をたたくと、「お姉ちゃんだって若いじゃん!」と元気に突っこまれた。いつの間にかだいぶ身長差が縮まっていることに、小さく感動した。
サイクルショップたけだのおじちゃんは、自転車を点検すると野太い声でそう言った。刈りこまれた頭に玉の汗が浮かんでいる。
「まあそんなに時間はかからないから、その辺で待っててよ」
その辺と言っても店内はさほど広くないし、売り物の自転車以外にも工具とかタイヤとかが放置されているので、あんまりうろうろできるものでもない。あたしは壁際に一つだけおいてある丸椅子に腰かけ、バックをひざに抱え込む。あんまり高くつきませんように!
「にしても千夏ちゃん、海辺でサイクリングでもした? あちこちサビてるけど」
「まあね。そんなところ」
おじちゃんには小さいころからお世話になっているので、本当に親戚のおじちゃんみたいな感じだ。他愛のない会話もすれば、冗談も言いあう。
「ママチャリで海まで行くなんて根性あるねえ。さすが千夏ちゃんだ!」
「そうかな? 意外とあっという間だけど」
海の向こうの海だからね。
「はーっ、若いってうらやましいねー。キラキラしててまぶしいよ」
キコキコと前輪のナットをゆるめながら、おじちゃんはいいように解釈している。
「今、高校生だっけ?」
「もう高三だよ。来年卒業」
「かぁーっ! 時の経つのは早いねぇ。ついこの間までこーんなに小っちゃかった千夏ちゃんが、高校3年生とは!」
おじちゃんは豆粒をつまむような仕草をした。
「いやそこまでは小っちゃくない!」
「そうかそうか、大きくなったもんだ。でも考えてみりゃうちのが二十歳だからな。そりゃ、おっきくもなるわ」
おじちゃんには達緒さんという息子がいる。あたしより2学年上で、小さいころはときどき遊んでもらっていた記憶がある。
「達緒さん、元気にしてますか?」
「あいつのことはよくわからん。苦労して大学に入ったと思ったのに、いつのまにか自転車担いであちこち走りまわってたからな。まったく、なけなしの金で入学させてやったのに。この頃じゃ四国でお遍路さんごっこしてるらしい」
「自転車で?」
「そうそう。宗教心なんてちっともないのにな。きっと自分探しだなんだと理由をつけて遊びまわりたいだけなんだよ。あいつ、うどん好きだったもん。罰当たりなやつだ」
口ではそう言ってるけど、おじちゃんは楽しげだった。きっと達緒さんが自転車で旅をしているのが嬉しいのだろう。
「あっ、そういえば千夏ちゃんに見せたいものがあったんだよ」
おじちゃんは作業を中断し、店の奥のほうへ行ってちょいちょいと手招きする。そして、すみっこに止めてあった自転車をぽんと軽くたたき、「いいだろ~」と言った。
それは真っ赤なフレームのクロスバイクだった。
「3か月ほど前に達緒が来ておいていったんだよ。新しいの買ったから不要になったってな。で、この赤いフレームを見て、パッと千夏ちゃんの顔が思い浮かんだわけよ。たしか昔、そんな感じの赤い自転車に乗ってただろう?」
「うん。今は晴夏が使ってる」
「そうだったか。とにかく自転車屋のおやじの勘というかなんというか、これは千夏ちゃんに一度見せておかなくちゃいけないなあと思ったんだよ」
「はあ」
あたしは生返事をして、クロスバイクにそっと手を触れた。
直線的なすっきりとしたボディ。輝く7段変速ギア。
いいなとか欲しいなっていうのを通り越して、やっと会えたなっていう気がした。
「中古といってもほとんど乗ってないし傷みもないから。少なくともママチャリよりは遠出できると思うよ」
「これ、いくらぐらい?」
「タダ」
「えっ、タダ!?」
「うちは中古は売らないからね。千夏ちゃんがいらないと言ったら、リサイクルショップに持っていくつもりだった。で、どうかな?」
「どうって……」
あたしはグリップを握ってみる。細かい凹凸のあるそれは手のひらに心地よくフィットした。ベルをはじくと、リリンと涼やかな音が鳴った。
「最高だよ!」
「そうかそうか、よかったなぁ」
おじちゃんは自転車に向かって笑いかける。
「本当にもらっていいの?」
「もちろん。防犯登録の手続きはしなきゃならないけど」
「でもさすがに、タダっていうのは……」
クロスバイクなんて、ふつうに買ったらお小遣い何か月分になるんだろう? 半年、いや下手したら1年分以上かも。
「いいっていいって。どうせ達緒の置き土産だしな。その代わり、これからもサイクルショップたけだをひいきにしてくれよ」
「でも……」となおもためらっていると、「それなら」とおじちゃんは人差し指を立てた。
「店内の掃除を手伝ってくれると助かるな。暇なときでいいからさ」
「あ、そういうことなら」
来週末の午後に掃除を手伝う約束をして、あたしは店を出た。
あのクロスバイクが手に入るなんて! 考えただけでわくわくする。
修理してもらった自転車をゆるゆるとこぎながら、あたしは家に帰る。
その途中、ちょうど部活帰りの妹に行き会い、並んで歩いた。
「お姉ちゃん、なんかうれしそう」
「え、そう見える?」
何があったのかと聞かれたけれど、まだ秘密にしておきたくて「なんでもないよー」とはぐらかした。
「部活、楽しい?」
「うーん、筋肉痛でへとへと。でもまあ、楽しいよ」
この春陸上部に入部した晴夏は、太ももをポコポコとたたいた。
「ほんとだ。若いってまぶしいなあ」
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