箱船サスペンス劇場

文月みつか

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野和家の食卓

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 神が起こした大洪水で地上は大変なことになっていたが、箱船の中でもまた大変な事件が起きていた。

「怒らないから正直に言いなさい。……ニワトリを食料と間違えて調理したやつ、だれ?」

 善良な男、野和ノワが重苦しい口調で問うが、家族の誰も名乗り出ない。
 食卓では皿に盛られたチキンがいい匂いを放っている。

「怒らないって言ってるだろう! 早く名乗れ!」
「あなた、声を荒げないで」

 野和の妻がなだめだ。

「だってお前、船に乗せた動物を殺したと神に知れたら、我々は無事では済まないぞ!」
「その通りだけど、起きてしまったことは仕方ないじゃない」
「そうです父上、せっかくですから美味しくいただきましょう」

 長男がチキンに手を伸ばすと、その嫁がぴしゃりと手をはたいた。野和は頭を抱えた。

「しかし父上、そんな愚かなことをするものが我々の中にいるとは思えません」

 次男が言うと、三男も同意した。

「そうですよ。まあ近頃は野菜と果物ばかりで肉が食べたいと思っていたのは事実ですが……さすがにコレは代償がでかすぎます」

 すると次男の嫁も口を開いた。

「お義父とう様、今日の食事当番は私ですが、キッチンに行ったらすでにコレが用意されていましたの。私は犯人じゃありませんよ」

 次男の嫁の発言に、三男の嫁もうなずいた。

「私も義姉ねえさんと一緒に見ました。きっとコレは神様のご褒美ですよ。私たち、すごく頑張りましたもの」

「しかしなあ……」
「あなた、もういいじゃありませんか。冷めないうちに食べましょう」

 野和の妻がチキンに手をつけたので、ほかのものたちも「じゃあ俺も」「私も」「私は手羽がいいわ」と次々に皿に手を伸ばした。

「待て、お前たち!」と野和も初めは止めようとしたが、結局「ちゃんと平等に分けなさい!!」と命令した。

 後日、長男の嫁のエプロンに血痕がついていることが判明したが、全員見て見ぬふりをしたため、真相は神も知らない。

 ニワトリは間もなく絶滅し、以後「チキン」と言えばもっぱら鴨肉か「勇気ある者」を示す言葉となった。
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