燦々と青がいた 〜3人のオメガが幸せな運命と出会うまで〜

鳴き砂

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第三章

ふと香る季節がやってきましたね

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 9月も終わる頃、買い物から帰ってきたアオが言った。

「今日、スーパーの帰りに金木犀の匂いに気づいたんです。もう段々と寒くなる時期ですね。」

「そうか、もうそんな時期か。はやいな。季節が巡るのは。」

「佐伯さん、金木犀の花言葉ってご存知ですか?」

 アオは何やら所在なさげに目をうろうろとさせている。そして、それを誤魔化すように慌ただしく買ってきた野菜などを冷蔵庫に仕舞い始めた。

「俺も一緒にやりたい。」

「じゃあ、食パンとか冷蔵庫に入れない方、担当してくれませんか?」

「ああ、もちろんだ。」

「ふふっ。この食パン、いつもより少し高いやつなんです。」

「いいな。食パンを大切にすると朝に小さな幸福を味わえる。俺は大切なことだと思うよ。」

「佐伯さんがバターをたっぷり塗る理由も、そこにありますよね。」

「そうだな。一人の時はただのこだわりでルーティンの様なものだった。でも今は、アオと共有することによって、何となくそういうものとは別になってきたな。」

「どう変化したんですか?」

 冷蔵庫に全てをきっちり仕舞い込んだアオは、湯を沸かし始めた。

「何をしてもきみを想うようになった。バターを沢山塗りたくる背徳感をきみと味わうために、俺は毎朝せっせと焼いた食パンにバターを塗るんだ。自分の為じゃなくて、きみときみとの時間のために塗るんだ。」

「そしたら僕の同じです。佐伯さんのことを思い出して、高級食パンを買ってきたんですから。・・・・佐伯さん、お茶飲みますか?まだ青木さんから頂いた栗の紅茶が残っていて。」

「ああ、ありがとう。今日で飲みきってしまおうか。・・・・なあ、アオ。何気ない日常生活で相手を想う行為に、言葉を付けるとしたら何にするか?」

 カチャリと茶器の擦れる音が小さく響く。

「うーん。そうですね。・・・・愛、じゃないですか?」

蒸気で蒸れた栗の香りがふわりと漂ってくる。

「ふふっ。愛か。そうだな。」

 いつものテーブルからアイランドキッチンを見遣ると、頬を朱に染めたアオがいた。

 カーテンを開け放した窓から西陽が降り注ぐ。
西陽の色に染まっているのか。本当はよく見えない。

「アオ、最初の続きだがな。俺にとっては金木犀の花言葉は「陶酔」。そして、「初恋」だ。」

「え・・・・佐伯さんの初恋相手ってどんな人だったんですか?」

「野暮だな。きみに決まってるじゃないか。」

「・・・・う、うそだ」

「嘘じゃない。俺が生まれて初めて感じ取ったフェロモンはきみだけだったよ。金木犀の香り。あのバルコニーで初めて会った時が、俺の初恋。そして今は、日に日にきみに溺れている。」

「そ、そっか。嬉しいです・・・・あのね、僕は「気高い人」。それから「真実」です。」

「きみらしいな。」

「佐伯さんと初めて会った時、強いアルファだと思いました。でも、段々とそれは佐伯さんがアルファだからとか、そう言うものではないと確信しました。性別もバース性も、あらゆる栄光も取り払った佐伯さん自身が、気高い人であると分かったんです。佐伯さんは佐伯さんという核に気高さを持っている。それは、あなたが真実の人だから。あなたは、心のままに僕を愛してくれる、とても綺麗な人。」

 佐伯はキッチンへと向かうと、アオが淹れた紅茶を二人分テーブルへ運び、いつもの椅子へと丁寧にアオをエスコートした。

「アオ、俺を番にしてほしい。」

 ハッと驚いたようにアオが佐伯を見る。

「番を解消されたオメガは、二度と番を作ることはできません。」

アオの瞳に水が張った。

「きみは運命を信じるか?」

佐伯がぽつりと呟いた。

 マグカップに入った艶やかな赤茶の液体が、くらくらとアオを映している。その姿は、まるで未知との遭遇によって異次元へと落ちていくような感覚をもたらす有り様であった。


 運命なんて考えたこともなかった。


「・・・・もしも、運命があるのなら、信じてみたいです。」


「俺はね。オメガのフェロモンが感じ取れないアルファだったんだ。」

◇◇◇

 佐伯は幼少時代から周囲の同級生と比べても、頭一つ以上、飛び抜けてその優秀さを発揮していた。何をやらせても一番。また、容姿の良さからも目立つ存在であった。

 佐伯の両親は、代々、一色財閥と常にトップへと躍り出る佐伯財閥の長男として佐伯を教育してきた。

「あなたがいずれ佐伯家の当主となると思っていたから、結構厳しく躾ちゃったわね」

 何年か前に佐伯が母に言われた言葉である。
佐伯家を継いだのは、佐伯よりかはいくらか伸び伸びと学生時代を過ごせた弟であった。

「兄さんは自由になるべきだよ。俺はなんだかんだで営業の才能があったしね。佐伯の事業を継ぐ意思はこれでもあるんだ。」

 その時の佐伯は、弟の言う「自由」が今ひとつピンとこなかった。小説の道すら、何となく書いたものが偶々当たり拓けたのだ。

 確かに、母を始めとする周囲の大人たちのスパルタ振りには、小さい頃はよく泣いていた。甘やかされて育つ弟を羨んだことも無いとは言い切れない。

 けれども佐伯は、結局のところやることなすこと全てが上手く行ってしまう。それは、恐らく自分がアルファであるからだと結論づけていた。

 過去に何度か、佐伯の功績を妬んで突っかかて来るアルファにもあったが、その全員が佐伯の威圧に勝てたことはなかった。
 いつの間にか、佐伯のアルファとしての地位も、
トップヘと君臨するものだと噂されるようになっていた。


「まあ、俺自身は甚だ疑問だった。」

 佐伯はアオへと微笑えんだ。アオは、この佐伯の
少し困ったように笑う姿が好きである。

「それが、フェロモンを感じ取れないことへと繋がっているのですか?」

「ああ。その通りだよ。確かに、俺は威圧で同じアルファを撃退することはできた。だから、フェロモン不良ではないと考えている。それに俺のフェロモンに誘われてフリーのオメガがやってくることも多かった。」

 それでも、佐伯自身がそのオメガのフェロモンを感じ取れることはなかった。

「そもそも俺がアルファの威圧に勝てるのも、アルファのフェロモンすら感じ取れない鈍感だからだ。俺にとってはアルファもオメガもベータも、皆同じ人間であるとしか思えなかった。正直、バース性に全くピンと来なかったんだ。自分がアルファであることも、一時期は疑っていた。」

「佐伯さんは間違いなく、強いアルファだと思いますよ。僕には佐伯さんの匂いが分かるから。」

「そうだな。俺には分からんが、周囲は皆アオと同じことを言ったよ。でも、そんな俺にも変化がやってきた。」

「ねえ、佐伯さん、もしかして、」

「そのもしかしてだよ。俺が初めて分かった匂いは、アオ、きみの金木犀の香りだ。」

「それじゃあ・・・・」

「だから、俺が初めて惹かれて、手放したくないと陶酔までしている初恋相手は、アオだ。」

佐伯はアオの手を取り、そっと甲に口付けた。

「きみは俺にとって、突然天から燦々と降ってきた光だ。俺はそれを、運命だと考えている。なあ、きみは何も感じなかったか?」


 アオは「運命」という言葉が佐伯の口から発せられた瞬間、知っていた。佐伯がこの先、何を言いたいのか知っていた。


 僕たちは、「運命の番」なのかもしれない。

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