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プロローグ 青木と嘉月京の物語
トリトマは泣く
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嘉月京(カツキ ケイ)の番は通常な性癖を持っているか、と問われれば、否、と応えるような人物である。現に、ヒートでぐちゃぐちゃになった嘉月を放置したままにして、彼は隣の部屋で優雅に仕事をしている。
さらに厄介なことは、嘉月の番は何処からか入手したらしい特殊な抑制剤をしっかりと服薬しているため、番である嘉月のフェロモンにさえ反応しないのである。
なんでこんなことするんだろう?苦しめるだけなら最初から番にしなければよかったのに。いや、苦しめたかったから、こんなことするのか。
嘉月の瞳から、ぼろっと涙が出た。
大丈夫、この一週間を乗り切れば、また三ヶ月は平穏な日々が続く。地獄は今だけ。
嘉月は目を閉じて、最近、偶然出会ったある男の姿を脳裏に思い浮かべてみた。その男は、有名小説家である佐伯の担当編集者と聞いた。
その日は嘉月の患者であるアオに、いつも付き添っている佐伯の姿が見当たらなかった。どうして付き添えなかったのか、その理由は絶え間なく押し寄せるヒートの波によって、今の嘉月には到底思い出すことはできなかった。しかし、律儀に名刺まで渡してきた男の骨ばった指が、きちんと整えられた柔らかそうな黒髪が、小柄で少し童顔だが澄み切ったその瞳が、その男の全てが、何故だか嘉月には忘れられなかった。
(また、会えるかな・・・・)
ぐらりと思考に靄がかかり、急激に体温が上昇していくのが分かった。身体は激しく自分の番を求めている。乱れたシーツを強く握りしめて更に皺を刻み込む。後孔からもう感じたくない液体が伝っていった。
「・・・・ぅ、あ、も、もう、いやだぁ・・・・!!!お、ねがい、っねがい・・・・!!!こっちに、きて!!!・・・・きてっ!!!!」
ベッドの上で身悶えながら、嘉月は壁の向こうにいる番を呼んだ。泣き叫んで、何度も何度も呼んだ。
「なん、で・・・・なんで、きて、くれないの・・・・!!!」
身体は燃えるように熱くなり、心は寂しくて冷え切っていた。ずきずきと痛む胸と眩暈がする程の喪失感に、段々と自身の意識が遠のいていくことを知った。いっそ、気絶してしまった方が楽になれるのかもしれない。嘉月がそんな事を考え始めた時に、寝室の扉が開いた。涙でぼやけた視界に、ずっと求めていた彼の番の姿が映る。
「あ・・・・」
嘉月の番は、色々な体液で濡れて汚れた身体を、優しく抱きしめた。期待などしてはいけない、と嘉月の脳内で警鐘が鳴るが、ヒートで制御が効かなくなった彼は期待してしまう。この地獄から救ってくれるのは、目の前にいる自分の番だと。
「汚いね。」
しかし耳元で囁かれた言葉に、このような結末は何度も繰り返してきたはずなのに、やはり絶望してしまう自分がいた。
「あぁっ・・・・」
涙は枯れることなく流れ続けた。嘉月の番は脱力した彼の腕を頭上で纏めると、シーツを使ってベッドヘッドに括り付けた。そのように自身で慰める事すら禁じられて、嘉月はあと三日はあるヒートを過ごさなければいけない。
「なんで、こんなこと、するの?」
優しく髪を梳かれて、その優しさにまた期待してしまう。
「俺の手で弱っていく京が見たいから」
「ふっ、ばかじゃ、ないの・・・・?」
何も可笑しくないのに乾いた笑いが喉から出た。
「ころせよ、だかない、なら!ころしてっ!!!」
両手は使えないため、両脚を無茶苦茶に暴れさせて嘉月は叫んだ。
「おまえなんか、きらいだ!!!!」
あらゆる言葉で自身の番を傷つけるための言葉を放った。しかし、彼は薄く微笑むだけで動揺すら見せなかった。そして、無情にも寝室を出て行ってしまった。
嘉月は、また一人きりになった孤独な寝室で、声が枯れるまで大声で泣き叫んでやった。そして、遂に声が出なくなった頃に、再びあの編集者である彼の姿を思い浮かべた。
「・・・・あおき、さん」
小さく掠れた音で紡いだ名前は、酷く彼を落ち着かせるものであった。
嘉月は彼の名前を繰り返し呼んでみた。
光が差すことのない真っ暗な寝室で、僅かな灯火を求めて。暗闇の中で、あの酷く面倒見の良さそうな彼を、ずっとずっと探していた。
小さく掠れた音で紡いだ名前。それが、今にも壊れてしまいそうな嘉月の心を、そっと優しく、それでも確かに繋ぎとめてくれていた。
これが、抱擁ってやつなのかな?
だったら、それは、とても心地が良い海の波のように思えた。
嘉月は、暗闇の中で、彼の名前を繰り返し呼ぶ。
光が差すことのない真っ暗な場所で、僅かな灯火を求めて、小さな頃の自分自身が泣いていた。
さらに厄介なことは、嘉月の番は何処からか入手したらしい特殊な抑制剤をしっかりと服薬しているため、番である嘉月のフェロモンにさえ反応しないのである。
なんでこんなことするんだろう?苦しめるだけなら最初から番にしなければよかったのに。いや、苦しめたかったから、こんなことするのか。
嘉月の瞳から、ぼろっと涙が出た。
大丈夫、この一週間を乗り切れば、また三ヶ月は平穏な日々が続く。地獄は今だけ。
嘉月は目を閉じて、最近、偶然出会ったある男の姿を脳裏に思い浮かべてみた。その男は、有名小説家である佐伯の担当編集者と聞いた。
その日は嘉月の患者であるアオに、いつも付き添っている佐伯の姿が見当たらなかった。どうして付き添えなかったのか、その理由は絶え間なく押し寄せるヒートの波によって、今の嘉月には到底思い出すことはできなかった。しかし、律儀に名刺まで渡してきた男の骨ばった指が、きちんと整えられた柔らかそうな黒髪が、小柄で少し童顔だが澄み切ったその瞳が、その男の全てが、何故だか嘉月には忘れられなかった。
(また、会えるかな・・・・)
ぐらりと思考に靄がかかり、急激に体温が上昇していくのが分かった。身体は激しく自分の番を求めている。乱れたシーツを強く握りしめて更に皺を刻み込む。後孔からもう感じたくない液体が伝っていった。
「・・・・ぅ、あ、も、もう、いやだぁ・・・・!!!お、ねがい、っねがい・・・・!!!こっちに、きて!!!・・・・きてっ!!!!」
ベッドの上で身悶えながら、嘉月は壁の向こうにいる番を呼んだ。泣き叫んで、何度も何度も呼んだ。
「なん、で・・・・なんで、きて、くれないの・・・・!!!」
身体は燃えるように熱くなり、心は寂しくて冷え切っていた。ずきずきと痛む胸と眩暈がする程の喪失感に、段々と自身の意識が遠のいていくことを知った。いっそ、気絶してしまった方が楽になれるのかもしれない。嘉月がそんな事を考え始めた時に、寝室の扉が開いた。涙でぼやけた視界に、ずっと求めていた彼の番の姿が映る。
「あ・・・・」
嘉月の番は、色々な体液で濡れて汚れた身体を、優しく抱きしめた。期待などしてはいけない、と嘉月の脳内で警鐘が鳴るが、ヒートで制御が効かなくなった彼は期待してしまう。この地獄から救ってくれるのは、目の前にいる自分の番だと。
「汚いね。」
しかし耳元で囁かれた言葉に、このような結末は何度も繰り返してきたはずなのに、やはり絶望してしまう自分がいた。
「あぁっ・・・・」
涙は枯れることなく流れ続けた。嘉月の番は脱力した彼の腕を頭上で纏めると、シーツを使ってベッドヘッドに括り付けた。そのように自身で慰める事すら禁じられて、嘉月はあと三日はあるヒートを過ごさなければいけない。
「なんで、こんなこと、するの?」
優しく髪を梳かれて、その優しさにまた期待してしまう。
「俺の手で弱っていく京が見たいから」
「ふっ、ばかじゃ、ないの・・・・?」
何も可笑しくないのに乾いた笑いが喉から出た。
「ころせよ、だかない、なら!ころしてっ!!!」
両手は使えないため、両脚を無茶苦茶に暴れさせて嘉月は叫んだ。
「おまえなんか、きらいだ!!!!」
あらゆる言葉で自身の番を傷つけるための言葉を放った。しかし、彼は薄く微笑むだけで動揺すら見せなかった。そして、無情にも寝室を出て行ってしまった。
嘉月は、また一人きりになった孤独な寝室で、声が枯れるまで大声で泣き叫んでやった。そして、遂に声が出なくなった頃に、再びあの編集者である彼の姿を思い浮かべた。
「・・・・あおき、さん」
小さく掠れた音で紡いだ名前は、酷く彼を落ち着かせるものであった。
嘉月は彼の名前を繰り返し呼んでみた。
光が差すことのない真っ暗な寝室で、僅かな灯火を求めて。暗闇の中で、あの酷く面倒見の良さそうな彼を、ずっとずっと探していた。
小さく掠れた音で紡いだ名前。それが、今にも壊れてしまいそうな嘉月の心を、そっと優しく、それでも確かに繋ぎとめてくれていた。
これが、抱擁ってやつなのかな?
だったら、それは、とても心地が良い海の波のように思えた。
嘉月は、暗闇の中で、彼の名前を繰り返し呼ぶ。
光が差すことのない真っ暗な場所で、僅かな灯火を求めて、小さな頃の自分自身が泣いていた。
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