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第一章
青木さんと嘉月さん 3
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「ァアッ・・・・!!!」
発情期じゃないのに身体が焼けるように痛む。
「よく効いているみたいだね。」
嘉月は久しぶりに自分の番の声を聞いた。下品な黒いレースの目隠しは、内側にしっかりと遮断性のある布が取り付けられているせいで、視界を完全に奪われてしまっていた。何も見えない状況でも、嘉月の身体は熱を持ち始める。それが、とてつも無く怖かった。
「な、なに、したの!?」
「うん?発情促進剤を盛っただけだよ?」
ヒュッと息がつまった。一ヶ月前に地獄の発情期を終えたばかりだ。冷たいシーツの上でガタガタと身体が震え始めた。
さらさらと髪を撫でられる。その刺激すらも怖くて、嘉月の震えは大きくなるばかりだった。
(あの時、一色に助けを求めればよかった。)
なんで、あんなに意地を張ってしまったんだろう?
そう思えば、胸の奥が冷たく痛む。しかしそれは、嘉月がかつて一色に片想いをして、失恋をしただけだから。どうしても、想いを馳せた相手に縋りたくなかった。そして、一色には透がいる。自分と違って、あんなにいい子が傍にいるんだ。今更、自分が一色に甘えることなんてできない。
嘉月と一色は大学時代からの仲だった。一色はオメガとしての嘉月ではなく、「嘉月京」という一人の人間として彼を見てくれた。医学部首席は一色、次席は嘉月だった。けれども嘉月はオメガであったため、最終的に次席は三位のアルファに繰り上がった。そのような理不尽に、既に慣れきっていた嘉月は、特に悔しさも怒りも湧いてはこなかった。それに、自分よりも一色が激怒して、最終的にはわんわん泣くものだから、なんだかどうでも良くなってしまったのが事実であった。
すごく、嬉しかった。そんな一色だから、好きになった。別にその恋を実らせようとは思わなかったけれど。結果的に、それで良かった。
「今日は、抱いてあげる。ずっと欲しかっただろう?」
幸せな記憶に浸っていると、ねっとりした声で嘉月は現実へと引き戻された。
「ぃ、いやっ!!いやだ!いやだ!・・・・ふっ、うぅ」
布を口の中に無理やり押し込まれて、大きな声を出すなと叱責される。その後すぐに、硬く滑らかな何かが悪戯に嘉月の肌をなぞっていく。大きく開脚した脚を太腿にそれぞれ固定された時に、それが縄である事に気がついた。両腕も背中側で、一纏めに縛られてしまう。強制的に発情期を迎えさせられ疼く身体には、きつい体勢だった。
「ああ。京のここ、よく見えるよ。いやらしい愛液を溢れさせている。慣らさなくても大丈夫そうだ。」
「ぅうっ!!!」
羞恥を煽る言葉に続いて、勢いよく最奥まで一気に突きあげられた。ピュルッと腹の上に熱い飛沫が飛ぶ。
「挿れられただけで達するとはね。随分と欲求不満だったんだね。でも、京は雌にならないと。雌はこんな白濁は出さない。」
そう言って、嘉月のペニスの根元をキツく縛りあげると、勃起していることを咎めるように強く竿を叩かれた。
「うー!!!」
痛みに悲鳴をあげると、口の中に入っている布が奥の方まで詰まってしまい、更に苦しくなる。そんな嘉月の状態に構うことなく激しい律動が開始された。子宮口を抉るような動きは痛みしかなく、ヒート中であるにも関わらず快楽など生まれそうになかった。
「京、つらそうだね。その顔、すごく、いいよ。もっと、痛くしてあげよう。」
グッとペニスを押し込まれ、亀頭球で完全に隘路を塞がれてしまう。そしてアルファ特有の大量の精液が叩きつけられた。
「うっ、うー!!!うぅー!!!!」
腹の中を突き破られそうな衝撃に身を捩るが、その戒めとでも言うように、ゴリゴリと更に奥までペニスを侵入させられてしまう。
「フフッ、これだけでは終わらせないよ?京は優秀なお医者さんだから知ってるよね?亀頭球は大量に注いだ子種が出ないために形成される。だから、射精が終わるまで抜けないようになっているよね?じゃあさ、その状態で無理やり抜いたらどうなるかなぁ?」
「ふっ、う、ううっ、うぅっ!!!」
相手を押し返してやりたいが、拘束された身体では何もできなかった。無情な宣告が下され、途端に下肢からメリメリと嫌な音が聞こえてきた。あまりの痛みに、嘉月は声すら出せなかった。身体を引き裂かれるような痛みが襲い、バチュッと大きな異物が抜け出たと思ったら、口の中に含まされていた布を取り出される。髪を乱暴に引っ張って起こされ、空になった口内にまだ硬度のあるペニスを捻じ込まれた。
「飲め」
それから長い時間、嘉月は大量の精液を必死に飲み込み続けた。
番の体液を摂取した影響で、一時的にヒートの波が過ぎ去っていく。それと共に、下半身の痛みは増していった。目隠しを外され、痛む身体で自身のソコを確認すれば、酷く裂けていた。内股をだらだらと血液が伝っていた。
「ぁあ、あぁあああああぁぁっ!!!!」
傷だらけの箇所に太いバイブが押し込まれ、衝撃とあまりの痛みに叫んだ。後ろに倒れ込むと縛られている腕が圧迫され、嘉月は抵抗できないままにころんと横になってしまう。
「京、お楽しみはこれからだよ。暫くはこのまま大人しくしていなさい。」
番はそう言い残して、寝室から出て行った。
◇◇◇
どのくらい、時間が経ったのだろうか。再びヒートの波が押し寄せて来たことで、朦朧としていた意識がはっきりと目覚めた。幸い痛みも、灼熱の身体で麻痺しているようだった。
安心したのも束の間、扉越しから僅かに聞こえた声が、どんどんと近づいてくる。与えられた痛みを思い出して、身を守るように身体が縮こまった。
「やっと、きみに会えて嬉しいよ。・・・・今日はね、打ち合わせの前に、私のインスピレーションを引き出す手伝いをしてもらいたいんだ。・・・・ああ、埋め合わせとは、その手伝いのことだよ。」
寝室の扉が完全に開け放たれ、番の上機嫌な言葉が、嘉月へと鮮明に突き刺さる。
「青木くん、これが私の番だ。」
それは、あまりにも残酷な響きを伴って。
◇◇◇
「御神先生、これは一体どういう事でしょうか?」
「なに、ちょっとした余興だよ・・・・」
青木は自身が招かれる部屋の中には、きっと碌でもない光景が広がっているのだろう、と覚悟していたが、それを上回る惨状に息を呑んだ。
まさか、こんな所で会いたくなかった。次に会う時は、またあの日の診察室で。三度目は、洒落た喫茶店でお茶でも。四度目は?なんて甘い妄想をしていた自分が確かにいたのだ。どんな形であろうと、穏やかな時を想像していた。落ち着いた、恐らく自分よりも年上であろう彼との二度目の再会を、自分なりに想い描いていた。彼との、ほんの少し先の未来を。
しかし、ベッドの上には、縄で拘束され苦しそうに呼吸をする嘉月がいた。幾重にも涙を流して身体を震わせている姿に、胸が抉られる。初めて会った時に感じた、柔らかで、それでいて凛とした彼の姿は何処にも見当たらなかった。真っ白なシーツを所々染める鮮血の先を辿れば、痛々しく裂けた秘所にバイブが埋め込まれていた。どうして、彼が?と思えば益々悲しくなった。
今すぐに助けてやらなければ。そして、この最低なアルファを始末しなければ。
「嘉月先生。これが再会だなんて、すみません。これは、痛かったでしょう?・・・・今から抜きますね。」
すぐさま青木は嘉月の元へと駆け寄って、硬く結ばれた縄を解く。抱き起こした身体のあまりの熱さに、自分の表情が強張ったのが分かった。青木がバイブのスイッチを切ると、その身体が不自然にわなないた。
「ひっ、う、げほっ、げほっ、ぐっ・・・・」
青木を押し返そうとする嘉月は、自身の手を必死に抑え込み、咽せ返ることすら我慢している。その彼を腕に抱き、ああ、これが番の本能が起こす拒絶反応なのだ、と青木は悟った。
「すみません、触れてしまって。吐いちゃって大丈夫なんで、もう少しの辛抱です。」
青木のスーツを汚さないように、健気に吐き気を飲み込む彼の骨張った背中をそっと撫でた。
「う、ウッ、ゲホッ、ゴホッ、ゴホッ・・・・」
じんわりと肩口が温かく湿った感触に、やっと吐けたのだと青木はほっとした。嘉月はその後すぐにぐったりと気を失ったが、青木のジャケットを握りしめたままの姿に、青木の胸はツキリと痛んだ。なるべく傷に障らないように、慎重にバイブを抜き取る。栓を無くした箇所からは、赤の混ざった白濁がだらだらと溢れて止まらなかった。
◇◇◇
「なんだ、君はベータだったのか。発情期のフェロモンに充てられて、番持ちのオメガを犯すアルファの姿が見たかったのだがね。」
残念だよ、と吐き捨てた御神に確かな殺意が湧き上がる。青木はふっと息を吐き、なるべく平静を装う事に努めた。
トドメを刺すには、まだ早い。
「龍野の一件が、単なる個人的な嗜好から来る行為だとは考えづらかったんです。まさか、文壇の中にオメガへの性的な暴行を正当化する集団がいるとは思いもよりませんでしたが。御神先生、あなたが斡旋を主導しているのですか?」
御神一派の文壇での不穏な動きは、アオの存在によってその一部の実態が明らかになった。青木は、今日で一気に畳み掛け片付けてしまいたいと考えていた。だからこそ、彼はその核心を包み隠さず御神にぶつけた。
「嗅ぎ回っている編集者がいると聞いてはいたが。
君だったのか、青木くん。龍野を失ったのは痛手だったよ、彼は中々駆け引きの上手い男だったからね。」
「つまり、関与を認めるのですね?」
「ああ。しかし私は行き場の失ったオメガを活用しているだけだよ、有用な人材としてね。性的暴行だなんて、随分な言いようだな。」
(活用だと?俺の腕の中にいるこの人が、こんなにも傷だらけにされて、佐伯先生と一緒にいるアオくんが、ずっとフラッシュバックに苦しめられているのに?こんな、こんな酷い話があってたまるか。)
「・・・・立派な犯罪に見えるのですが。」
「まったく、佐伯くんに似て君も堅物だな。悪事を暴いた探偵気取りでいるようだが、私の一言で君の首を切る事だってできるのだよ?水明出版に長年貢献している私と、ただの編集者である君では、そもそも戦にだってならないよ。」
「それはどうですかね?あなたは、過去の栄光にうつつを抜かし居座っているだけの古株ですよ。」
会社の利益にもならなければ、人間としても腐り果てたアルファなどいらない。青木が鼻で笑ってやれば、御神は途端に真っ赤になって怒り始めた。
(だから、プライドだけが高くなったアルファは嫌いなんだ。)
「なんだと?!ベータのくせに生意気を・・・・!!
たかだか、こんなオメガ一人の為に、君は人生を棒に振るつもりなのかい?」
御神はニタニタと下品な笑みを浮かべ、全く効果のない脅しを未だに繰り返している。そのせいか、青木の頭は酷く痛み始める。
(どうして河西は、こいつがこんなになるまで放って置いたんだ?もう既に手遅れだったのか?)
御神の担当である同期にも怒りが及びそうになったことで、そろそろ潮時なのだろう、と青木は思った。
「これ以上は話にもなりませんね。こんなくだらない話に付き合わせてしまって・・・・彼が気の毒です。」
荒い息を吐きぐったりとした嘉月を抱き上げて、青木は歩き出す。背後からは罵詈雑言が飛び続けていた。
「御神さん。この人は、立派な医者ですよ。あなたが、こんなオメガだと侮辱していいような人ではない。」
それは、ずっと青木の中で燻り、受け流す事ができなかった言葉だった。最後にそれだけを言い残して、青木は御神の部屋を後にした。
発情期じゃないのに身体が焼けるように痛む。
「よく効いているみたいだね。」
嘉月は久しぶりに自分の番の声を聞いた。下品な黒いレースの目隠しは、内側にしっかりと遮断性のある布が取り付けられているせいで、視界を完全に奪われてしまっていた。何も見えない状況でも、嘉月の身体は熱を持ち始める。それが、とてつも無く怖かった。
「な、なに、したの!?」
「うん?発情促進剤を盛っただけだよ?」
ヒュッと息がつまった。一ヶ月前に地獄の発情期を終えたばかりだ。冷たいシーツの上でガタガタと身体が震え始めた。
さらさらと髪を撫でられる。その刺激すらも怖くて、嘉月の震えは大きくなるばかりだった。
(あの時、一色に助けを求めればよかった。)
なんで、あんなに意地を張ってしまったんだろう?
そう思えば、胸の奥が冷たく痛む。しかしそれは、嘉月がかつて一色に片想いをして、失恋をしただけだから。どうしても、想いを馳せた相手に縋りたくなかった。そして、一色には透がいる。自分と違って、あんなにいい子が傍にいるんだ。今更、自分が一色に甘えることなんてできない。
嘉月と一色は大学時代からの仲だった。一色はオメガとしての嘉月ではなく、「嘉月京」という一人の人間として彼を見てくれた。医学部首席は一色、次席は嘉月だった。けれども嘉月はオメガであったため、最終的に次席は三位のアルファに繰り上がった。そのような理不尽に、既に慣れきっていた嘉月は、特に悔しさも怒りも湧いてはこなかった。それに、自分よりも一色が激怒して、最終的にはわんわん泣くものだから、なんだかどうでも良くなってしまったのが事実であった。
すごく、嬉しかった。そんな一色だから、好きになった。別にその恋を実らせようとは思わなかったけれど。結果的に、それで良かった。
「今日は、抱いてあげる。ずっと欲しかっただろう?」
幸せな記憶に浸っていると、ねっとりした声で嘉月は現実へと引き戻された。
「ぃ、いやっ!!いやだ!いやだ!・・・・ふっ、うぅ」
布を口の中に無理やり押し込まれて、大きな声を出すなと叱責される。その後すぐに、硬く滑らかな何かが悪戯に嘉月の肌をなぞっていく。大きく開脚した脚を太腿にそれぞれ固定された時に、それが縄である事に気がついた。両腕も背中側で、一纏めに縛られてしまう。強制的に発情期を迎えさせられ疼く身体には、きつい体勢だった。
「ああ。京のここ、よく見えるよ。いやらしい愛液を溢れさせている。慣らさなくても大丈夫そうだ。」
「ぅうっ!!!」
羞恥を煽る言葉に続いて、勢いよく最奥まで一気に突きあげられた。ピュルッと腹の上に熱い飛沫が飛ぶ。
「挿れられただけで達するとはね。随分と欲求不満だったんだね。でも、京は雌にならないと。雌はこんな白濁は出さない。」
そう言って、嘉月のペニスの根元をキツく縛りあげると、勃起していることを咎めるように強く竿を叩かれた。
「うー!!!」
痛みに悲鳴をあげると、口の中に入っている布が奥の方まで詰まってしまい、更に苦しくなる。そんな嘉月の状態に構うことなく激しい律動が開始された。子宮口を抉るような動きは痛みしかなく、ヒート中であるにも関わらず快楽など生まれそうになかった。
「京、つらそうだね。その顔、すごく、いいよ。もっと、痛くしてあげよう。」
グッとペニスを押し込まれ、亀頭球で完全に隘路を塞がれてしまう。そしてアルファ特有の大量の精液が叩きつけられた。
「うっ、うー!!!うぅー!!!!」
腹の中を突き破られそうな衝撃に身を捩るが、その戒めとでも言うように、ゴリゴリと更に奥までペニスを侵入させられてしまう。
「フフッ、これだけでは終わらせないよ?京は優秀なお医者さんだから知ってるよね?亀頭球は大量に注いだ子種が出ないために形成される。だから、射精が終わるまで抜けないようになっているよね?じゃあさ、その状態で無理やり抜いたらどうなるかなぁ?」
「ふっ、う、ううっ、うぅっ!!!」
相手を押し返してやりたいが、拘束された身体では何もできなかった。無情な宣告が下され、途端に下肢からメリメリと嫌な音が聞こえてきた。あまりの痛みに、嘉月は声すら出せなかった。身体を引き裂かれるような痛みが襲い、バチュッと大きな異物が抜け出たと思ったら、口の中に含まされていた布を取り出される。髪を乱暴に引っ張って起こされ、空になった口内にまだ硬度のあるペニスを捻じ込まれた。
「飲め」
それから長い時間、嘉月は大量の精液を必死に飲み込み続けた。
番の体液を摂取した影響で、一時的にヒートの波が過ぎ去っていく。それと共に、下半身の痛みは増していった。目隠しを外され、痛む身体で自身のソコを確認すれば、酷く裂けていた。内股をだらだらと血液が伝っていた。
「ぁあ、あぁあああああぁぁっ!!!!」
傷だらけの箇所に太いバイブが押し込まれ、衝撃とあまりの痛みに叫んだ。後ろに倒れ込むと縛られている腕が圧迫され、嘉月は抵抗できないままにころんと横になってしまう。
「京、お楽しみはこれからだよ。暫くはこのまま大人しくしていなさい。」
番はそう言い残して、寝室から出て行った。
◇◇◇
どのくらい、時間が経ったのだろうか。再びヒートの波が押し寄せて来たことで、朦朧としていた意識がはっきりと目覚めた。幸い痛みも、灼熱の身体で麻痺しているようだった。
安心したのも束の間、扉越しから僅かに聞こえた声が、どんどんと近づいてくる。与えられた痛みを思い出して、身を守るように身体が縮こまった。
「やっと、きみに会えて嬉しいよ。・・・・今日はね、打ち合わせの前に、私のインスピレーションを引き出す手伝いをしてもらいたいんだ。・・・・ああ、埋め合わせとは、その手伝いのことだよ。」
寝室の扉が完全に開け放たれ、番の上機嫌な言葉が、嘉月へと鮮明に突き刺さる。
「青木くん、これが私の番だ。」
それは、あまりにも残酷な響きを伴って。
◇◇◇
「御神先生、これは一体どういう事でしょうか?」
「なに、ちょっとした余興だよ・・・・」
青木は自身が招かれる部屋の中には、きっと碌でもない光景が広がっているのだろう、と覚悟していたが、それを上回る惨状に息を呑んだ。
まさか、こんな所で会いたくなかった。次に会う時は、またあの日の診察室で。三度目は、洒落た喫茶店でお茶でも。四度目は?なんて甘い妄想をしていた自分が確かにいたのだ。どんな形であろうと、穏やかな時を想像していた。落ち着いた、恐らく自分よりも年上であろう彼との二度目の再会を、自分なりに想い描いていた。彼との、ほんの少し先の未来を。
しかし、ベッドの上には、縄で拘束され苦しそうに呼吸をする嘉月がいた。幾重にも涙を流して身体を震わせている姿に、胸が抉られる。初めて会った時に感じた、柔らかで、それでいて凛とした彼の姿は何処にも見当たらなかった。真っ白なシーツを所々染める鮮血の先を辿れば、痛々しく裂けた秘所にバイブが埋め込まれていた。どうして、彼が?と思えば益々悲しくなった。
今すぐに助けてやらなければ。そして、この最低なアルファを始末しなければ。
「嘉月先生。これが再会だなんて、すみません。これは、痛かったでしょう?・・・・今から抜きますね。」
すぐさま青木は嘉月の元へと駆け寄って、硬く結ばれた縄を解く。抱き起こした身体のあまりの熱さに、自分の表情が強張ったのが分かった。青木がバイブのスイッチを切ると、その身体が不自然にわなないた。
「ひっ、う、げほっ、げほっ、ぐっ・・・・」
青木を押し返そうとする嘉月は、自身の手を必死に抑え込み、咽せ返ることすら我慢している。その彼を腕に抱き、ああ、これが番の本能が起こす拒絶反応なのだ、と青木は悟った。
「すみません、触れてしまって。吐いちゃって大丈夫なんで、もう少しの辛抱です。」
青木のスーツを汚さないように、健気に吐き気を飲み込む彼の骨張った背中をそっと撫でた。
「う、ウッ、ゲホッ、ゴホッ、ゴホッ・・・・」
じんわりと肩口が温かく湿った感触に、やっと吐けたのだと青木はほっとした。嘉月はその後すぐにぐったりと気を失ったが、青木のジャケットを握りしめたままの姿に、青木の胸はツキリと痛んだ。なるべく傷に障らないように、慎重にバイブを抜き取る。栓を無くした箇所からは、赤の混ざった白濁がだらだらと溢れて止まらなかった。
◇◇◇
「なんだ、君はベータだったのか。発情期のフェロモンに充てられて、番持ちのオメガを犯すアルファの姿が見たかったのだがね。」
残念だよ、と吐き捨てた御神に確かな殺意が湧き上がる。青木はふっと息を吐き、なるべく平静を装う事に努めた。
トドメを刺すには、まだ早い。
「龍野の一件が、単なる個人的な嗜好から来る行為だとは考えづらかったんです。まさか、文壇の中にオメガへの性的な暴行を正当化する集団がいるとは思いもよりませんでしたが。御神先生、あなたが斡旋を主導しているのですか?」
御神一派の文壇での不穏な動きは、アオの存在によってその一部の実態が明らかになった。青木は、今日で一気に畳み掛け片付けてしまいたいと考えていた。だからこそ、彼はその核心を包み隠さず御神にぶつけた。
「嗅ぎ回っている編集者がいると聞いてはいたが。
君だったのか、青木くん。龍野を失ったのは痛手だったよ、彼は中々駆け引きの上手い男だったからね。」
「つまり、関与を認めるのですね?」
「ああ。しかし私は行き場の失ったオメガを活用しているだけだよ、有用な人材としてね。性的暴行だなんて、随分な言いようだな。」
(活用だと?俺の腕の中にいるこの人が、こんなにも傷だらけにされて、佐伯先生と一緒にいるアオくんが、ずっとフラッシュバックに苦しめられているのに?こんな、こんな酷い話があってたまるか。)
「・・・・立派な犯罪に見えるのですが。」
「まったく、佐伯くんに似て君も堅物だな。悪事を暴いた探偵気取りでいるようだが、私の一言で君の首を切る事だってできるのだよ?水明出版に長年貢献している私と、ただの編集者である君では、そもそも戦にだってならないよ。」
「それはどうですかね?あなたは、過去の栄光にうつつを抜かし居座っているだけの古株ですよ。」
会社の利益にもならなければ、人間としても腐り果てたアルファなどいらない。青木が鼻で笑ってやれば、御神は途端に真っ赤になって怒り始めた。
(だから、プライドだけが高くなったアルファは嫌いなんだ。)
「なんだと?!ベータのくせに生意気を・・・・!!
たかだか、こんなオメガ一人の為に、君は人生を棒に振るつもりなのかい?」
御神はニタニタと下品な笑みを浮かべ、全く効果のない脅しを未だに繰り返している。そのせいか、青木の頭は酷く痛み始める。
(どうして河西は、こいつがこんなになるまで放って置いたんだ?もう既に手遅れだったのか?)
御神の担当である同期にも怒りが及びそうになったことで、そろそろ潮時なのだろう、と青木は思った。
「これ以上は話にもなりませんね。こんなくだらない話に付き合わせてしまって・・・・彼が気の毒です。」
荒い息を吐きぐったりとした嘉月を抱き上げて、青木は歩き出す。背後からは罵詈雑言が飛び続けていた。
「御神さん。この人は、立派な医者ですよ。あなたが、こんなオメガだと侮辱していいような人ではない。」
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