燦々と青がいた 〜3人のオメガが幸せな運命と出会うまで〜

鳴き砂

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第一章

青木さんと嘉月さん 2

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「嘉月、おまえ休んだ方がいいぞ。」

「・・・・は?」

 あまり食欲は無いが、少し休憩でも入れようかと嘉月が腰を上げた頃に、彼の診療室へ一色がやって来た。突然の来訪と予想外の第一声に、嘉月は間抜けな声を出してしまった。

「顔色が悪すぎる。」

「問題ないよ。それより外科のおまえが何故ここにいる。」

 実のところ、嘉月の身体は地獄のようなヒート明けのせいで、かなり参っていた。しかし、それを悟られないように、今日も、これまでも、彼は仕事をしてきたつもりだ。少し悔しくなって、折角心配してくれている自分の同僚に冷たく言い放ってしまった。そんな嘉月の態度に、一色は顔を顰めた。

「透から、連絡が入ったんだ。上司であるおまえの体調が優れないようだから来てくれって。透に心配されても、おまえは誤魔化したそうじゃないか?」

 確かに、嘉月は透には何かと休むように言われていた。まさか、彼のパートナーである一色に連絡が行くとは予想外ではあったが。

「俺は大丈夫だよ。カップル揃って心配性なんだから・・・・」

「心配性なんかじゃありませんよ!」

小さく呟けば、背後からよく通る声が聞こえた。

「そうだよな、透。こいつは明らかに体調不良だ。」

一色はすかさず透の援護に入る。流石、番というのか。こういう時の二人の勢いには勝てないでいた。


「嘉月先生、変なこと聞いちゃうんですけど、ヒートの間は番の方と一緒にいられなかったりするんですか?相手の方、出張とか・・・・?」

わずかに声のトーンを落とした透に訊ねられた。

「な、んで、そんなこと・・・・?」

「明らかに、番のいるオメガのヒート明けには見えないからだ。」

透に続いた一色の言葉に、ひやりとしたものが嘉月の背筋を走った。

「そんなの、今回だけだろう?それに誰もが君たちみたいな番だとは限らない。」

硬い事務椅子の背に身をもたれさせ、首を振る。すると、一色が目の前で跪き、嘉月の左手首を軽く抑えた。

「いいや、三ヶ月前も、その前も。俺たちが気が付かないとでも思ったか?・・・・顔面蒼白、頻脈気味で指先も冷えているな。加えて手足の震え、目眩や立ちくらみも感じているんじゃないか?おまえ、明らかにショック状態に陥っているよ。」

 言外に一色が何を言いたいのか、分かってしまった。そんなことは嘉月自身が一番理解している。どれだけこの部屋で、傷ついたオメガの患者を診てきたと思っているんだ。なんて事は言えるはずもなく、嘉月はだんまりを決め込むしかなかった。

「嘉月先生、少し横になりませんか?」

透がそっと傍に来た。その気遣いさえ、今の嘉月は拒絶してしまう。

「あの、僕、嘉月先生のパートナーに迎えに来てもらえないか連絡入れますね。隆文さん・・・・」

「やめろ!!!!」

一色の方を振り返った透の腕を強く握り締めて、気付けば怒鳴っていた。嘉月の目の前で、わずかに震えて驚いたように目を見開いた透を見て、しまった、と嘉月は焦った。

(この子だって、かつては自分の患者だった。こんな風に怒鳴られるのが苦手なことも知っていたのに。)

「あ、の・・・・大きな声を出して、ごめん。・・・・でも、番は、呼ばないで・・・・」

 慌てて謝った拍子に、椅子から滑り落ちてしまった嘉月の背中を、透はゆっくりと摩った。それが、自分がずっと求めていた温もりのような気がしたら、涙が溢れて止まらなくなっていた。

「先生・・・・僕もごめんなさい。先生が嫌だと思うことはしません、絶対に。だから、今日は休みましょう?嘉月先生が倒れてしまいそうで、すごく心配です。」

透の肩に顔を埋めて、駄々をこねる子どもみたいに嘉月は首を横に振る。

「ごめんね。やすむ、から、よばないで・・・・」

「呼びません。大丈夫ですよ。」

「透、俺が嘉月をベッドまで運ぶから、オメガ科の別の医師に嘉月の代理を頼めないか取り次いで来てくれないか?別の医局の俺が行くよりも話が通りやすいだろうし。」

「うん、わかった。」

 透が診療室から飛び出して行くのを目で見送った一色は、未だに床にへたり込んだままの嘉月を抱き上げた。

「一色、ごめん。透くんに、わるいこと、した・・・・」

「気にするな。透だって大丈夫だって言ってたんだから。」

「でも、うで、あとになってたり、したら・・・・」

「心配なら、俺が後で確認しておく。」

「うん・・・・」

頭上でフッと一色が笑う気配がした。途端に視界はぐにゃりと歪み、嘉月は意識を手放したのだった。

◇◇◇

「え?また御神みかみ先生が・・・・?」

 朝から、担当している新人作家と新作の打ち合わせを終わらせて遅い昼食をどうにか摘み、退勤まで原稿チェックをしよう、と自分の荒れ果てたデスクの前で、青木が意気込んでいる時だった。同じ文芸編集部で青木の同期である河西かさいがふらりと現れて、缶コーヒーを差し出して来た。河西は御神の担当編集者であり、先月の佐伯と御神の対談を企画したのも彼であった。

「そうなんだよね~。先月の対談、御神先生が随分と楽しんでくれたみたいでさ。第二弾を企画してくれないかって直々に頼まれたんだわ。ちなみに、読者の反応も上々。」

「読者受け良かったんだな。でも、御神先生については冗談だろう?この前の対談も、予定してた日取りをいきなり変更したんだから。気乗りしてなかったんだと思ってた。」

「あ~、それがなぁ・・・・」

 河西は「おまえ、なんかやらかした?」と続けて、更に一通の封書を青木へと差し出す。

「・・・・御神先生から?」

「ああ、なんとも埋め合わせを、との事らしい。」

 青木はすぐに何の件だかを察して、深いため息を吐いた。未だに縦社会が根強い文壇に、所謂後輩である佐伯の担当編集者が、不在だったことを責めているのだろう。

「まじかよ。あの対談に俺が立ち会えなかったのは、そもそも御神先生の無理に合わせた結果だからな。下手したら、佐伯先生が出席しない事態になってたんだ。俺がいなかった事くらい、大目に見て欲しいな。」

 面倒だと感じた途端、それを証明するかのように頭が痛んだ。青木は再びため息を吐き出し、しっかりと留められた封を鋏で一直線に開いた。嫌な予感しかしない。

「で、なんて書いてあんだ?」

 河西はうんざりした顔でコーヒーを煽っていた。河西も随分と御神にはこきを使われて振り回されている身だ。青木自身も、嫌味な達筆で書かれた文字を追うごとに、これからの対応を思って疲れてしまった。

「来週あたりに、第二弾の企画打ち合わせをしたいから邸に来い、という事みたいだ。次の企画は俺に任せたいらしい。しかし、それは建前なんだろうな。きっと何か仕掛けてくるはずだ。」


 青木の心が妙に波立った。そのせいか裏の裏まで彼の思考は巡ってゆく。

「おうおう、出たね~。青木お得意のが。おまえ、御神先生に良い印象持ってないって言ってたもんなあ。」

「ああ。俺は御神一派の龍野敏哉を干すための根回しに、大分貢献しちゃったからな。」

 御神を筆頭に構成された、純文学的官能を求める作家たちの一流派を、青木は勝手に「御神一派」と呼称している。青木個人は、純文学と銘打って随分な大義名分を述べてはいるものの、駄作ばかりだと評している。

 だから、眼中になかった。それが、結果的には、アオを犠牲にするという最悪な結果を招いてしまったのだった。罪滅ぼしとばかりに、青木は御神一派の中枢にいて、アオを傷つけた龍野を文壇から干したのだ。

 いち編集者がやった事にしては、あまりにも出過ぎたマネであったと自覚はしていた。しかし、人間的には当然の事をしたまで、と早々に彼は気持ちに蹴りをつけていた。

「あの時は龍野先生の担当だった俺をすっ飛ばしたから、流石に焦ったぜ。」

「だってお前、御神先生のクチでここに入社したんだろう?巻き込めるわけないだろう?」

 青木としては当然の決断をしたまでだが、河西は渋い顔をしていた。それは河西が、アルファの上流階級に属する御神と交流できるくらいには、実家が裕福であるためだ。河西自身もまた、精悍な顔つきのアルファである。しかしその割には、社交界での生き抜き方を知らない初心な一面もある。言葉遣いこそ擦れているが、箱入り息子であることには間違いなかった。

「なんかもう、ほんと面倒臭いなぁ。俺、まじで転職してぇ・・・・」

アルファの割に、河西は気弱な本音を漏らした。

「フッ、この業界じゃあ、どこもおんなじだろ?」

そんな河西に、青木は少しだけ意地悪な言葉を返した。


「あーあ。俺の純情返してくれよ。てかさ、青木は誰のツテでここに入社したんだ?お前なら叩き上げで来れそうな気もするけど。うちは、キャリアがある作家からの口利きがないと、まず入れないだろう?」

「お得意ので、俺は人脈に恵まれてるんだ。ちなみに今から、俺のツテになってくれた人に電話をかける。」

 ベータでもあるため、社交界とは程遠かった平凡な青木は、数少ない機会の中で走り回り、地道にコネクションを作っていった。しかし青木の、このほろ苦い経験が、今、輝かしい才能を持つ作家たちのデビューに役立っている。

「なんだ、教えてくれねえのか!ケチだなぁ~。それよかお前、第二弾の企画はどうすんだ?」

「う~ん。どうすっかなぁ。『濡れ場考察』とかどうだ?御神先生なら食いつくんじゃないか?初回だって確か『恋仲発展前の男女の仕草はエロい』みたいな感じだったよな?」

「いくら読者向けにしようが、俺、そんなど直球タイトルは付けねえよ、流石に・・・・」

「そうだったか?」

ドン引きしている河西を青木は適当に促す。

 そろそろ、あの人に電話をしたい。

「なあ、青木。」

「うん?」

 青木の心とは裏腹に、珍しく河西は話し足りないようだった。

「正直、御神先生より佐伯先生の方が、濡れ場書くの上手いよな。」

そして、まさかの爆弾発言。青木が『濡れ場考察』などと言ったせいだろうか。

「ああ、うん、あれは・・・・エロい、よな・・・・?」

「なんで疑問系なんだ?佐伯先生が作品に大胆な濡れ場なんか入れるの、ここ最近だよなぁ。なんか変わった?私生活とか。」

「ああ、うん。それなり、には・・・・?」

「だからなんで疑問系なんだよ~!気になるじゃねえか!しかし、俺は濡れ場云々以前に、今のスタイルの方がとっつきやすくて好きだな。」

「ああ、それは同感だ。」

「そのあたり、読者が探れるような企画にしちゃえば?」

(いや、それは佐伯先生が嫌がるだろうな。あの人、アオくんに対しての執着は、尋常じゃないから。)

「考えとく。」

 青木はコーヒーのお礼を河西に告げてから、電話をするためにロビーへと向かった。

◇◇◇

「・・・・もしもし。わたくし、水明出版の青木です。良成よしなりさん、いらっしゃいますでしょうか?」

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