37 / 82
第二章
二人の明け方 3
しおりを挟む
「わぁ!美味しそうなケーキですね。」
「アオくんお手製ですからね。」
禁食期間が解けた嘉月は、小さな口に真っ白なケーキを放り込んでいく。そして、その口端は段々と緩んでいき、ほわっと彼は微笑んだ。
「お、おいしい・・・・」
彼が目覚めたことも嬉しいが、こうやって舌鼓を打ってぱくぱくケーキを食べている姿を見ると、深い安堵感が青木の胸に広がってゆく。
「このケーキに限らず、アオくんの料理を毎日食べられる佐伯先生は、幸せ者ですよね。」
「フフッ。確かにそうかも。」
自然体で笑ってくれる。一度目は、凛と自身を律している医師としての彼に出会った。二度目は、悲しそうに顔を歪ませて、弱々しく笑顔を取り繕う彼を見た。
そして、三度目の今日は・・・・
これは、レアかもしれない・・・・
「あの、ずっと見舞いに来てくださったと、一色から聞きました。ご多忙なところ、ありがとうございました。」
青木がそう思ったのも束の間、彼は瞬時に医師としての佇まいへと戻ってしまった。
「いえ、気になさらないでください。俺がしたかったことなので!」
「フフッ。ありがとうございます。・・・・でも、もう大丈夫ですから。青木さんの日常へと戻ってくださいね。俺も、明日には退院しようかと思っています。」
途端に話の雲行きが怪しくなる。
「えっ?!もう退院されるんですか?!」
「ええ。・・・・ああ、そうだ。・・・・着替えとか、色々と差し入れしてくださった物のお代です。これで足りなかったら、後日振り込みいたしますので。」
「えっ?!」
「青木さんには、たくさん迷惑をかけました。俺なんかのために、すみません。」
小首を傾げている姿は可愛らしいそのものだが、何を言われいるのか青木はイマイチ理解が追いつかなかった。お金を差し出している彼の華奢な手をやんわりと押し返した。
「お代とか、そう言うの、いいですから。」
「俺は、気にします。」
俯いて頑なにお金を押し付けて来る嘉月に、青木は何だか違和感を感じた。身体は強張っているようで、僅かに重なっている指先も冷たい。
「あの、嘉月先生・・・・?」
「・・・・き、さんは、青木さんには、俺が可哀想に見える?」
◇◇◇
「は?」
思わず、素っ頓狂な声が出た。青木の目の前いる嘉月は、ぼろぼろと涙を零していた。
「べ、つに、ひっく・・・・俺、たしかに、ひっ・・・・悲惨に見える、かも、だけど、うっ・・・・医者、だし、おかねだって、そこそこあるし、どっ、同情、なんて、いらないっ!」
ああっ、そんなに泣いちゃって。これじゃあ、明日にも、目が痛々しく腫れてしまいそうだ。
指で涙を拭うと、嘉月はぴくりと肩を震わせた。その姿が弱りきったチワワのようで、青木の庇護欲が掻き立てられた。
小さくなってしまった彼の身体をそっと抱き寄せて、青木は一定のリズムで彼の背中を軽くトントン叩く。
「同情なんかじゃ、ありませんよ。」
嘉月はぐりぐりと青木の肩口に顔を埋めて、首を横に振った。実年齢より遥かに幼いその仕草に、さっきまで青木の中にあった戸惑いも、柔らかく凪いでゆく。
「確かに、とても心配で心配で堪りませんでした。でもそれは、貴方が可哀想だとか、ましてや、可哀想な貴方に同情した、なんて軽い気持ちなんかじゃないんですよ。」
「へ?」
今度は嘉月が、少々間抜けな顔をして、気が抜けた声を上げた。
「同情なんて、そんなこと、俺にはできないです。だって、貴方の悲しみや痛みを、俺が勝手に推し量るなんて、そんなこと、そんな軽薄なこと、できるわけないじゃないですか?!」
「うっ・・・・」
「俺はただ、貴方と共に、貴方の身になって、貴方が感じたことそのままを、貴方と共に感じてゆきたいのです。」
「あぁっ・・・・」
「嘉月さん、貴方の悲しみも苦しみも、怒りも、全て俺に分けてくれませんか?」
嘉月は強く青木のワイシャツを握りしめて、泣きじゃくった。肩口はぐっしょりと濡れて冷たくなっていくけれども、彼の身体の温もりが優しく青木を包み込んでくれていた。
「きっと、面倒に、なる・・・・」
「なりません。」
「ぜったい、めんどくさく、感じるように、なる!」
「なりません。」
「う、そだぁ・・・・」
「嘘じゃありません。だって俺は、貴方の隣に、居たいから。」
嘉月は、くしゃりと顔を歪ませて、再び泣いた。それでも、青木の腕の中に収まって、決っして青木から離れようとしなかったことが、彼を酷く幸福にさせた。そしてそれが、青木の背中を力強く押したのだった。
俺は、この人を大切にしたい。
俺は、嘉月先生が好きだ。
「アオくんお手製ですからね。」
禁食期間が解けた嘉月は、小さな口に真っ白なケーキを放り込んでいく。そして、その口端は段々と緩んでいき、ほわっと彼は微笑んだ。
「お、おいしい・・・・」
彼が目覚めたことも嬉しいが、こうやって舌鼓を打ってぱくぱくケーキを食べている姿を見ると、深い安堵感が青木の胸に広がってゆく。
「このケーキに限らず、アオくんの料理を毎日食べられる佐伯先生は、幸せ者ですよね。」
「フフッ。確かにそうかも。」
自然体で笑ってくれる。一度目は、凛と自身を律している医師としての彼に出会った。二度目は、悲しそうに顔を歪ませて、弱々しく笑顔を取り繕う彼を見た。
そして、三度目の今日は・・・・
これは、レアかもしれない・・・・
「あの、ずっと見舞いに来てくださったと、一色から聞きました。ご多忙なところ、ありがとうございました。」
青木がそう思ったのも束の間、彼は瞬時に医師としての佇まいへと戻ってしまった。
「いえ、気になさらないでください。俺がしたかったことなので!」
「フフッ。ありがとうございます。・・・・でも、もう大丈夫ですから。青木さんの日常へと戻ってくださいね。俺も、明日には退院しようかと思っています。」
途端に話の雲行きが怪しくなる。
「えっ?!もう退院されるんですか?!」
「ええ。・・・・ああ、そうだ。・・・・着替えとか、色々と差し入れしてくださった物のお代です。これで足りなかったら、後日振り込みいたしますので。」
「えっ?!」
「青木さんには、たくさん迷惑をかけました。俺なんかのために、すみません。」
小首を傾げている姿は可愛らしいそのものだが、何を言われいるのか青木はイマイチ理解が追いつかなかった。お金を差し出している彼の華奢な手をやんわりと押し返した。
「お代とか、そう言うの、いいですから。」
「俺は、気にします。」
俯いて頑なにお金を押し付けて来る嘉月に、青木は何だか違和感を感じた。身体は強張っているようで、僅かに重なっている指先も冷たい。
「あの、嘉月先生・・・・?」
「・・・・き、さんは、青木さんには、俺が可哀想に見える?」
◇◇◇
「は?」
思わず、素っ頓狂な声が出た。青木の目の前いる嘉月は、ぼろぼろと涙を零していた。
「べ、つに、ひっく・・・・俺、たしかに、ひっ・・・・悲惨に見える、かも、だけど、うっ・・・・医者、だし、おかねだって、そこそこあるし、どっ、同情、なんて、いらないっ!」
ああっ、そんなに泣いちゃって。これじゃあ、明日にも、目が痛々しく腫れてしまいそうだ。
指で涙を拭うと、嘉月はぴくりと肩を震わせた。その姿が弱りきったチワワのようで、青木の庇護欲が掻き立てられた。
小さくなってしまった彼の身体をそっと抱き寄せて、青木は一定のリズムで彼の背中を軽くトントン叩く。
「同情なんかじゃ、ありませんよ。」
嘉月はぐりぐりと青木の肩口に顔を埋めて、首を横に振った。実年齢より遥かに幼いその仕草に、さっきまで青木の中にあった戸惑いも、柔らかく凪いでゆく。
「確かに、とても心配で心配で堪りませんでした。でもそれは、貴方が可哀想だとか、ましてや、可哀想な貴方に同情した、なんて軽い気持ちなんかじゃないんですよ。」
「へ?」
今度は嘉月が、少々間抜けな顔をして、気が抜けた声を上げた。
「同情なんて、そんなこと、俺にはできないです。だって、貴方の悲しみや痛みを、俺が勝手に推し量るなんて、そんなこと、そんな軽薄なこと、できるわけないじゃないですか?!」
「うっ・・・・」
「俺はただ、貴方と共に、貴方の身になって、貴方が感じたことそのままを、貴方と共に感じてゆきたいのです。」
「あぁっ・・・・」
「嘉月さん、貴方の悲しみも苦しみも、怒りも、全て俺に分けてくれませんか?」
嘉月は強く青木のワイシャツを握りしめて、泣きじゃくった。肩口はぐっしょりと濡れて冷たくなっていくけれども、彼の身体の温もりが優しく青木を包み込んでくれていた。
「きっと、面倒に、なる・・・・」
「なりません。」
「ぜったい、めんどくさく、感じるように、なる!」
「なりません。」
「う、そだぁ・・・・」
「嘘じゃありません。だって俺は、貴方の隣に、居たいから。」
嘉月は、くしゃりと顔を歪ませて、再び泣いた。それでも、青木の腕の中に収まって、決っして青木から離れようとしなかったことが、彼を酷く幸福にさせた。そしてそれが、青木の背中を力強く押したのだった。
俺は、この人を大切にしたい。
俺は、嘉月先生が好きだ。
1
あなたにおすすめの小説
番に見つからない街で、子供を育てている
はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。
異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。
現世の記憶は失われているが、
この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。
街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、
ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。
だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。
再会は望まない。
今はただ、この子との生活を守りたい。
これは、番から逃げたオメガが、
選び直すまでの物語。
*本編完結しました
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。
愛を知らない少年たちの番物語。
あゆみん
BL
親から愛されることなく育った不憫な三兄弟が異世界で番に待ち焦がれた獣たちから愛を注がれ、一途な愛に戸惑いながらも幸せになる物語。
*触れ合いシーンは★マークをつけます。
あなたと過ごせた日々は幸せでした
蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。
人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました
よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、
前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。
獣人が支配する貴族社会。
魔力こそが価値とされ、
「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、
レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。
そんな彼を拾ったのは、
辺境を治める獣人公爵アルト。
寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。
溺愛され、守られ、育てられる日々。
だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。
学院での出会い。
貴族社会に潜む差別と陰謀。
そして「番」という、深く重い絆。
レオンは学び、考え、
自分にしかできない魔法理論を武器に、
少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。
獣人と人族。
価値観も、立場も、すべてが違う二人が、
それでも選び合い、家族になるまでの物語。
溺愛×成長×異世界BL。
読後に残るのは、
「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。
愛する公爵と番になりましたが、大切な人がいるようなので身を引きます
まんまる
BL
メルン伯爵家の次男ナーシュは、10歳の時Ωだと分かる。
するとすぐに18歳のタザキル公爵家の嫡男アランから求婚があり、あっという間に婚約が整う。
初めて会った時からお互い惹かれ合っていると思っていた。
しかしアランにはナーシュが知らない愛する人がいて、それを知ったナーシュはアランに離婚を申し出る。
でもナーシュがアランの愛人だと思っていたのは⋯。
執着系α×天然Ω
年の差夫夫のすれ違い(?)からのハッピーエンドのお話です。
Rシーンは※付けます
【完結・ルート分岐あり】オメガ皇后の死に戻り〜二度と思い通りにはなりません〜
ivy
BL
魔術師の家門に生まれながら能力の発現が遅く家族から虐げられて暮らしていたオメガのアリス。
そんな彼を国王陛下であるルドルフが妻にと望み生活は一変する。
幸せになれると思っていたのに生まれた子供共々ルドルフに殺されたアリスは目が覚めると子供の頃に戻っていた。
もう二度と同じ轍は踏まない。
そう決心したアリスの戦いが始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる