拝啓、可愛い妹へ。お兄ちゃんはそれなりに元気です。

鳴き砂

文字の大きさ
76 / 172
第二章 最強のお兄ちゃんは帝都へ行く

うっかりだらけの夜

しおりを挟む
「ふわぁ・・・・」

いつものように、セレスタイン様と寝る前に軽くモリオンを指していたら、あくびが出てしまった。セレスタイン様は、ぱっと盤を見ていた顔を上げて優雅に立ち上がった。

「そろそろ寝るか?」

「うん。ごめんね。」

セレスタイン様に手を引かれながら、僕は寝台へと向かう。セレスタイン様は「気にすることはない。」と頭を撫でてくれた。

二人で寝台の上に寝っ転がると、セレスタイン様は躊躇うことなく僕を抱き寄せる。抱き枕としての役目も、板についてきたような気がする。朝は、相変わらずスティヒさんに助けてもらっているけれど。

「今日はタンザナの日だったな。あいつとの手合わせは大変だろう?」

「もの凄く大変だよ。タンザナさんって、何でもかんでも武器にしちゃうからさ。こう、手ですぱっと斬って!」

僕は、今日のタンザナさんを思い浮かべて真似をしてみた。タンザナさんは、訓練場の石畳みの一部を今日は手刀で斬って武器にしていた。

「修繕費はあいつ持ちにさせよう。」とセレスタイン様が黒い笑みを浮かべていた。僕は余計なことを言ってしまったかもしれない。

「文殿は?慣れたか?」

「あそこは居心地が良いね。文官の人も良い人たちだし、結局ガイトさんの戦術ばっかり追っちゃうけどさ。ガイトさんの戦術を見てると、ガイトさんとモリオンをしている気分になれるんだ。ただ、少し気になったことがあって。ガイトさんの戦術は六賢帝の三人目の皇帝・・・・」

あれ?名前、何て言うんだっけか?

「クォンタムクアトロシリカ・モルダバイトか?」

僕がうーん?と首を傾げていると、セレスタイン様が教えてくれた。

「そ、そう!その人!」

とんでもなく名前が長いよね!クォンタムクアトロシリカ・モルダバイト皇帝は、七百年くらい前に即位していた皇帝で、六賢帝の一人だ。

「コハクがど忘れするとは珍しいな。タンザナの手合わせが負担になっていたりしないか?」

セレスタイン様は、毎晩僕の体調を心配してくれる。心配はかけたくないけれど、本当はちょっぴり嬉しかったりする。

「うーん。今後も忘れるようだったら、タンザナさんの日は、勉強は休みにしようかな。でも、名前よりも、その皇帝の戦術の方が気になったせいかもしれない。」

「ガイトと似ているからか?」

「それもあるんだけど、クォンタムクアトロシリカ・モルダバイト皇帝の頃から、タツノキミさんが兵器として扱われなくなったよね?」

僕がセレスタイン様にたずねると、セレスタイン様はがばっと起き上がって、僕の肩に手を置いた。

「待て、コハク。おまえは、どのような学習の仕方をしてるんだ?そもそもクォンタムクアトロシリカの名前が出てきた時から、あまりにも遡るのが早いと感じていたが・・・・」

「えっとね、あの量を全部覚えるのは大変だなと思って、とりあえずフローライト王国に関わる言葉が出てこないかざっと、報告書に目を通したんだ。そしたらさ、時代を遡るほどタツノキミさんの名前が多くなってくることに気づいて。じゃあ、逆にいつ頃からタツノキミさんが出てこなくなったのかなと思ったら、クォンタムクアトロシリカ・モルダバイト皇帝の時代にはいなくなってて。その皇帝の戦術はガイトさんの戦術に似ているなあって。でも、まだそれだけ。」

どっちかと言えば、ガイトさんの戦術がクォンタムクアトロシリカ・モルダバイト皇帝の戦術に似ているのか。

「そうか。」

それでも、セレスタイン様はほっとしたような表情をしていた。そうして再び横になり、僕を抱き枕へと戻した。

「うん。まだ、点と点だけだよ。結びはしないんだ。早くに結んじゃうと、大きな間違いが起こるかもしれないからね。僕は、飛ばし読みする癖があるから、特にね。」

「そうだな。その方が良い。」

僕は深く息を吐いたセレスタイン様の背中をぽんぽんと叩いた。

「・・・・顔色悪いね。今日も忙しかった?」

「いや、いつも通りだ。ただ、母が二分化した政を全て元に戻したので、弟側の自称宰相らが煩くてな。」

なるほど。近衛たちをやっつけても自称なんちゃららは、結構いたのか。

「うーむ。それは面倒だねえ。」

「弟が復帰したら、再び徒党を組むかもしれないしな。先手を打っておかねばならない。」

帝国の地盤って結構脆いよね。セレスタイン様がぎりぎりのところで踏ん張ってくれているけれど、身内同士で足の引っ張り合いだなんて。しかも、お母さんと弟がお兄さんの邪魔をしてるんだよね。

「モリオンだったら、タツノキミさんだって帝になれるのにね。どうして帝城の人たちも帝都の人も・・・・そっか!本物のタツノキミさんを見たことがないからか!セレスタイン様にそっくりなのにね!」

僕は、セレスタイン様の銀色の綺麗な髪に指を通した。スティヒさんの意外にも雑な情緒では、モリオンの白駒と黒駒な僕たちだったけれど、セレスタイン様はタツノキミさん一択だ。

「コハクには私がタツノキミに見えるのか?」

「うん!妹と僕を助けてくれた最強の蛇さんなんだ!・・・・でもさあ、おかしな話しだよね。タツノキミさんを戦の兵力にしていたのは複雑だけれど、帝国の領土を広めるために活躍したタツノキミさんが、殆ど知られなくなっちゃったんだから。」

戦の報告書からも不自然なくらい、いきなり姿を消してしまったタツノキミさん。帝国の戦にタツノキミさんが関わっていたことも驚きだったけれど、その姿の消し方も唐突で驚いた。
そう言えば、家族会議の時にフローライト王国の人は北方へと逃げて、自ら自分たちの存在を消すような言い伝えを残していたな・・・・

「まさか・・・・!」

僕の馬鹿!何で飛ばし読みの時点で気づかなかったんだ!タツノキミさんが明確に姿を消した戦はどれだ?!

「待て、コハク。」

「セレスタイン様?」

寝台から飛び出そうとした僕の腕を、セレスタイン様が強く握った。

「今夜はもう、私の抱き枕になってくれ。」

振り返ると、困ったように微笑むセレスタイン様がいた。

「そうだね。僕もどうかしていたみたい。夜なのに、文殿が開いてるわけないのにね。」

「・・・・明日は、離宮にいる母と会うんだ。」

なんだって?!それは一大事じゃないか!
セレスタイン様の顔色が優れない理由が分かった。

「じゃあ、今日はいつもよりいっぱいぎゅーってしてあげる!」

僕はセレスタイン様に思いっきり抱きついた。

「意志を持っている抱き枕は良いな。」

明日は、セレスタイン様が怖い思いをしませんように。嫌な言葉を聞きませんように。

しおりを挟む
感想 58

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください! ユィリと皆の動画つくりました! お話にあわせて、ちょこちょこあがる予定です。 インスタ @yuruyu0 絵もあがります Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

嫌われ魔術師の俺は元夫への恋心を消去する

SKYTRICK
BL
旧題:恋愛感情抹消魔法で元夫への恋を消去する ☆11/28完結しました。 ☆第11回BL小説大賞奨励賞受賞しました。ありがとうございます! 冷酷大元帥×元娼夫の忘れられた夫 ——「また俺を好きになるって言ったのに、嘘つき」 元娼夫で現魔術師であるエディことサラは五年ぶりに祖国・ファルンに帰国した。しかし暫しの帰郷を味わう間も無く、直後、ファルン王国軍の大元帥であるロイ・オークランスの使者が元帥命令を掲げてサラの元へやってくる。 ロイ・オークランスの名を知らぬ者は世界でもそうそういない。魔族の血を引くロイは人間から畏怖を大いに集めながらも、大将として国防戦争に打ち勝ち、たった二十九歳で大元帥として全軍のトップに立っている。 その元帥命令の内容というのは、五年前に最愛の妻を亡くしたロイを、魔族への本能的な恐怖を感じないサラが慰めろというものだった。 ロイは妻であるリネ・オークランスを亡くし、悲しみに苛まれている。あまりの辛さで『奥様』に関する記憶すら忘却してしまったらしい。半ば強引にロイの元へ連れていかれるサラは、彼に己を『サラ』と名乗る。だが、 ——「失せろ。お前のような娼夫など必要としていない」 噂通り冷酷なロイの口からは罵詈雑言が放たれた。ロイは穢らわしい娼夫を睨みつけ去ってしまう。使者らは最愛の妻を亡くしたロイを憐れむばかりで、まるでサラの様子を気にしていない。 誰も、サラこそが五年前に亡くなった『奥様』であり、最愛のその人であるとは気付いていないようだった。 しかし、最大の問題は元夫に存在を忘れられていることではない。 サラが未だにロイを愛しているという事実だ。 仕方なく、『恋愛感情抹消魔法』を己にかけることにするサラだが——…… ☆お読みくださりありがとうございます。良ければ感想などいただけるとパワーになります!

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 全8話 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c

【完結】悪役令息の伴侶(予定)に転生しました

  *  ゆるゆ
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、反省しました。 BLゲームの世界で、推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑) 本編完結、恋愛ルート、トマといっしょに里帰り編、完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 きーちゃんと皆の動画をつくりました! もしよかったら、お話と一緒に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。 インスタ @yuruyu0 絵もあがります Youtube @BL小説動画 プロフのwebサイトから両方に飛べるので、もしよかったら! 本編以降のお話、恋愛ルートも、おまけのお話の更新も、アルファポリスさまだけですー! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜

上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。 体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。 両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。 せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない? しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……? どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに? 偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも? ……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない?? ――― 病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。 ※別名義で連載していた作品になります。 (名義を統合しこちらに移動することになりました)

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

処理中です...