戦闘員の日常

和平 心受

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倉庫で

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 新調された戦闘員スーツは、フードのついたブラウンの外套ローブを羽織るデザインとなっている。
 強化服で身体能力を底上げし、防御面は外套でカバーする形となる。その為外観がややぼったくなるのが難点であった。
 
「ビイイイィ!」
 主な武器は伸縮式のロッドになり、先端からは凡そ人には使ってはいけない電圧が放たれる。最も、言っても人体は42Vあれば心停止には十分なので、恐らくそこまで気違いな電圧では無いと信じたい。

 状況は心配するまでもなく圧倒的であった。
 揚羽は幅の広い袖の中で兵装を展開し光る弾を撒き散らし、フレイもといニズヘッグは右腕部に備えた蛇の頭を模した腕を鞭のように振るう。

 爬虫類というよりグレムリンと言った風貌の頭部。肌の色は礫岩れきがんのように斑でゴツゴツしており、武器としては右腕のスネークヘッドの他、口から火炎放射も出来ると言う。

 ただ問題は、標的の数が少人数ながらもこちらの人数が三人しか居ない事であり、逃亡に細心の注意を払わねばならぬ点であった。
 故に主に揚羽とフレイは逃走を図った者から手にかけている。

 一方の俺であるが、少々難儀していた。
 強化されたスーツの能力で銃弾はまず貫通はせず、また揉み合いとなっても力技でねじ伏せる事が出来た。だが元より素人の身に、不慣れな長い杖の取扱は難しかった。
 習熟不足もそうだが、圧倒的にセンスが不足しているのだ。
 
 倉庫の中央に、要人を守るように固まった一団。俺が請け負ったのはそれだった。
 忘れた頃に一人づつ飛び出してくる人相の悪いオッサンを、杖術というよりは長い鈍器として振るい打ち倒していく。

 いくら武器が強かろうと、結局は扱う者の技量が伴わなければ最後のにモノを言うのはパワーだと言う事だ。
 生身であれば恐らく、既に十数発と鉛弾を食らい、あるいはやられていたかもしれない。

「うるぁあああ!」
 そしてまた群れの中から飛び出してくる。
 茶色いスーツを着崩した、パンチパーマのよく似合う強面の男だ。

「ビー……」
 折りたたみナイフを展開し突っ込んでくる男に、手に持った杖を真っ直ぐ突き出す。場所は何処でも良い。接触さえさせれば良いのがこの武器の最大の利点だ。

 男は左手で杖の先端をどかそうと押しやる。それと同時に、俺はスイッチを入れた。バヅン。薄暗い倉庫を刹那、放電の光が包む。
 黒焦げの出来上がりだ。

『第一目標の沈黙を確認。ミッションオーバーだ』

 揚羽からの通信が入る。ヘルメットに仕込まれた通信機で、戦闘員、あるいはチャンネルが同期している相手との通信は可能となっている。難点は、喋ると「ビー」と変声機が作動し戦闘員の鳴き声が発せられてしまう点である。

『他の構成員はどうだい』

『わっかんね。とりあえず後は片付ければいいだろ』

 散った連中を追い掛けまわしていた二人が報告を交わす。どうやら粗方片付いたようだ。
 
『私のトコは後――五、六人です』

『んだ、全然片付いてないじゃーん』

『無茶言わないで下さい』

 いくらスーツで強化した所で、所詮俺は鍛えてもいない素人に毛が生えた程度の一介の戦闘員である。左腕を自在に武器へと変えられる揚羽や、隊長機としてチューンされ更にニズヘッグを装備し本人もタガが外れているフレイと一緒にされても困ると言うものだ。

『んー、固まってるんだから手榴弾投げりゃオシマイじゃんか』
 積み上げられたコンテナの上部に、揚羽が姿を覗かせ見下ろし言う。

 新たに追加された兵装に、確かにそれはある。威力はそれなりの、収納性を追求した棒状手榴弾である。

 基本試作怪人の性能テストは怪人の敗北で終わるのが日本支部の戦闘の在り方だ。残った戦闘員はそこから撤収作業に入る。しかし相手も手をこまねいている筈もなく、撤収は回を増す毎に困難を極めていった。
 その最終手段として配備された武器である。

『爆発はマズいでしょ。通報されたら面倒です』

 だが、今作戦は場所もそうだが、敵対対象が法に反した連中という事もあり、第三者が通報をしない限り、警察の介入より先に事態の撤収にかかれる目算である。

 また、かつて都内に基地を構えていた際に、対怪人として敵対を繰り返していた連中も、流石に都心から遠く離れたこの港まで出張ってくるとは考えにくい。
 更に言えば組織が一度壊滅して一年。彼らが常軌を逸してるとも言える威力の兵器を保持し続けられるかどうかは、平和ボケした日本では疑わしい所である。

 つまり、迅速かつ隠密に事を運べば、今作戦は怪人の運用試験茶番もなく、早期撤収が可能なのである。

『そうかい、んじゃ』
 揚羽が左腕を、未だ固まったままの連中へ向ける。

 ビスビスビス! 発砲音にしては大分軽い音を響かせ、揚羽の左袖から光弾が降り注ぐ。凡そ聞き取れない言語で悲鳴を上げ、残った連中が貫かれていった。

『ま、ったって何発もピストル撃たれてりゃ、時間の問題だろうけどな』
 最もだ。
 それは十何発と打ち込まれた俺が一番知っている。

『さ、んじゃ次はフレイのお小遣い稼ぎだな。
 どこだ? その売られていく可愛い仔牛ちゃんたちは』

『ここだ』
 フレイが応える。
 バイザーの中、ヘッドマウントディスプレイによって映し出される視界の隅にフレイの光点を確認し、俺と揚羽は向かった。



 開け放たれたコンテナの中、彼らは小さく縮こまっていた。性別年齢共にバラバラな、凡そ十歳からの未成年が十数名。
 文化水準も高く、戦争とも遠い日本で、どうしてこれだけの数の子供が臓器売買等という最悪な結末を辿るに至ったのか。

『うへぇ、結構居るなぁ』
 
『暗くて良く見えませんが、全員日本人、いやあれはハーフですかね』

 覗き込み見た子供たちの中には、明らかに日本人離れした面立ちの者も居た。

 となれば一点思い当たるのが、日本に流れてきた少なからずの異邦人の存在だ。あまりに貧しい祖国から夢を見て日本に渡ってくる者は決して少なくない。それが海外との貿易に携わる港湾都市であるならそれはより顕著だ。

 彼らが望みどおりの夢を手にするかどうかは賭けだ。
 大概が日本人との婚姻によって成就する、他人頼みの結末であるからだ。風俗や肉体労働に従事しながら、彼らはそのいつかを待ち続ける。しかし全てがそうなる訳ではなく、同じ出身国同士で結婚するケースもまた少なくない。
 そして、やはり、排他的な日本において彼らは貧困に喘ぐのだ。

 あるいは目の前の子供たちは、そういう結末の結果なのかもしれなかった。

『どうするんだ、フレイ? 全員連れてくのか?』
 揚羽が聞くと、

「災難だったね君たち」
 フレイはニズヘッグの変声機をオフにし、コンテナの中の少年少女に語りかけた。

「理由は知らないが君たちは売られていく所だった訳だ。正直、我々としては偶然居合わせた君たちにまで危害を加えるのは本意ではない。
 だがどうも親に売られた君たちをこのまま放逐してどうなるか、少々気に病むのも確かだ」

 怪人の姿のまま、朗々と演説を始める。フレイの常套手段である、限られた最悪の二択を迫るものであった。
 アレにやられて俺も半怪人にまで身をやつしたのだ。

「我らは世に言う悪だが、子供をどうこうしようという外道では無い。
 この中に帰る場所がない。あるいは悪に身を落としても復讐したい者が居るというなら、迎えよう。……どうだい」

 フレイが問うに、暗闇の中の子どもたちは無言であった。
 無理もない。きっと訳も判らず泣き尽くした子も居るだろう。または全てを理解して、受け入れてしまった子供も居るだろう。
 今の彼らに判断を迫るのは、やや性急である。
 だが俺たちもそう悠長にしている暇がないのもまた事実であった。

 いっそ全員連れ去ってから聞いても良かったろうに。
 それで断った子供は、それこそ放逐するなり、それとも情報漏えいを気にするなら怪人のサンプルにしてしまうしか無い。

「ふむ。残念だが悠長に待ってもいられない。応えが無いなら我らはこのまま去る。用事も済んだ事だしね。
 そして君たちはやがてやってくる警察に保護され、恐らく元の家に戻されるだろう。
 ――そして、また売られるだろうね」

『フレイさん、当初の予定とチガーウ』
 揚羽が抗議する。

「おや揚羽、私は全員連れて帰るなんて一言も言ってないよ?
 本人の意思は尊重しなくっちゃ」
 恐らく怪人のカブリモノの下では、フレイは相変わらずのニヤケ面を浮かべている事だろう。

 悪の組織が大幹部フレイは、相変わらず変な部分で人情家のフリをする。これだからいつまでたっても人足は揃わないのだ。

「そこまでよ!!」

 その声は倉庫によく響いた。

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