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舞台
しおりを挟む『どうする、コイツ表まで引っ張るか?』
『いや、中に引き込んで一緒に暴れてしまおう。そっちに合流する』
正義の味方に相対するのは怪人の役目だ。
いや、むしろ実験体の評価対象足り得るのが正義の味方なのだ。
いくら強化服と防御用外套を身に纏ったところで、所詮は戦闘員。俺は身体能力は一般人と変わらず、揚羽は左手以外は生身だ。
そしてこれで一応、替えの中々効かない存在である。
『俺がそっちに合流しましょうか』
ジャッジを怪物の元まで誘導する事に決まったとは言え、フレイの着用するニズヘッグは兎も角として彼女の率いる五人が問題となる。フレイの傀儡である五人は至極単調な行動しか行えず、まともな戦闘すら覚束《おぼつか》ない代物なのだ。
『構わないさ。打ち倒されたのは順次破棄していく。こっちは今ダッシュで逃げてるだけだしね』
『了解』
現在怪人は八階まで進行中であり、ここまで時間が経過が経過すると既に残っている社員はほぼ居ない。
怪人はゆっくりと侵攻しながら、引き続き手当たり次第の破壊行動を継続中である。だが、言った所で所詮は腕を振り回す力任せで、損害はせいぜい壁の破損や通路に設置された機器の損壊がせいぜいである。
いっそ火でも放った方が良いのかもしれない。
『現在五階。東階段を昇っている。実験体を誘導してきてくれ』
『あちゃ、俺十階まで来ちまってるわ。A10、いけるか?』
『了解』
人気が無くなり閑散とした部署内。紙資料が散らかり、椅子が幾つか倒れ込んでいる。一等窓際のデスクの電源を落とし忘れたディスプレイには、サボっていたのだろうか、エロサイトが映し出されていた。
逃げ遅れた者が居ないか机の下を確認していた俺は通信を受け、捜索を中断すると通路を徘徊しているであろう怪人を探した。C-wg型と呼ばれる人狼の怪人は予測通りまだ通路に居て、むしろそれは悶え苦しむように両手を振るっていた。多種と違い決して鋭くはない爪でコンクリの壁を刳り、観葉植物等咥えられるものは噛み、乱暴に振り回し、砕いた。
東階段をニズヘッグを追い縋るブレイブ・ジャッジ。一方怪人は一階上がっては反対側へ侵攻を繰り返し、現在の進行方向は西。真逆となる。
一端室内を通り東側のドアへ抜け、杖で壁を鳴らす。気分は赤いマントをはためかせる闘牛士《マタドール》だ。
「グルァオオオオッ」
咥えた植木鉢を吐き捨て、怪人が一つ唸り声を上げた。涎と鼻水が混ざり、尋常ではない量の体液が口元から飛び散った。
リズムを刻むように杖を打ち付けつつ、後退していく。俺を視認した濁った瞳が暗く輝く。
「ガフッ」
まただ。
怪人はもうこれで何度目かになる咳に見舞われた。
しかも、
『……報告。こいつ、吐血してる』
C-wg型、人狼の怪人の口から咳と共に飛び散る赤い液状。
『失敗作?……いや、さっきまでそんな気配はなかった筈だよな』
『スー、何か解るか?』
『不明。搬出時のチェック項目に異常は認められません。起動実験中のトラブルは過去一度、外界に晒された事が原因となる体細胞組織の崩壊のみです。これに対する対処は修正項目β51項にて完了報告』
無線機からスーチの繋がるBMIの機械音声が応える。基本情報操作にリソースを回している為、なんにしても現状では原因の追求は困難であろう。
『ん……仕方ないが続行。予想よりも決着が早まる可能性を留意してくれ』
『了解。誘導継続します』
報告を交わしている間にも怪人の吐血量は目に見えて増えていた。伸ばした手が、それでも獲物を求めているのか、助けを求めているのか、それは判らない。
接敵が予想された東階段には未だ距離がある。怪人に同情するなど今更だ。
怪人が求め伸ばす手に応えるように、俺も右手を伸ばし返す。
半怪人となり、しかし再生能力以外は何も得られなく、ただ人間を辞めたと思われた俺であるが、もう一つ、新たに得られた力がある。
操る力。
フレイの扱うそれと同じ、他者を思う通りに動かす超能力。
もっともフレイに比べ、せいぜい対象となる四肢の何れかに干渉するのが精一杯の、未熟な力である。
フレイが言うには、意思の強さ。魂の問題らしい。
これの理解が出来なかった為、今まで素養有りと言われながらも使いこなす事が出来なかった。
また学者連中が言うには人の意思は一種の微弱な電気信号であり、しかもそれは外に漏れているのだという。その人の意思を交換するパルスの漏れに、指向性と強度を持たせる事、意図して脳より外に放つ事が出来るのが、世にいうESP仮説だと言うのだ。
そして、意思とは思う事。信じる事だと言う。
俺はそれを糸、指先から伸びる糸をイメージする事で、ようやっと使う事が出来るようになった。
互いに伸ばされた腕を繋ぐ糸。手を引くように、怪人を引き寄せる。
腕を引っ張る強引な誘いであるから、怪人は足を凭《もつ》れさせ、蹌踉《よろ》めく足取り、こちらへと進む。
強い集中が必要なこの力は自ずと俺の足も止める。フレイのように、自らも動きながらの使用には程遠い、使い所さえ難しい力。
息苦しそうに咳き込み、吐血し、まともに歩く事も出来ない怪人を、見世物よろしく戦わせる為に引っ張る。まるで首輪に繋がった鎖のように。
悪いことをしてるな、自重気味に思った。今更な話であるが。
『七階! 準備はっ』
『すいませんまだ距離が。力で引っ張ってはいるのですが』
『解った。着き次第代われ』
『解りました』
十メートル以上ある通路の先、複数の足音が昇ってくる。少し遅れて強く乱暴な着地音の連続。
そして、
『開放します』
繋がった意図を切り、通路を脇に避ける。
一団の先頭を走るニズヘッグが右腕の鞭を伸ばした。
「じゃぁ!」
ニズヘッグが吠え、怪人の首を捕らえた鞭が引き寄せられる。抵抗もままならず鞭に引っ張られ、たたらを踏む怪人と一団の位置が交錯した。
「さぁ、出番だぎゃ。存分に暴れてやるぎゃ」
鞭を解きニズヘッグが指し示す腕の先、ズダンッと重い足音を響かせ、ブレイブ・ジャッジのもう一人は現れた。
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