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雨
しおりを挟む建物が植物に侵食されている。
この場合真っ先にお呼びがかかるとしたら何処だろうか。
警察に通報はまず間違い無い。トンチンカンは市役所にこれ幸いとクレームを入れるかもしれないが。
どうでも良い事に思考を巡らせる内、俺と揚羽はすっかり侵食され平原かと見まごう程雑草生い茂る通路を、サクラの親が住む部屋まで辿り着く。
「~~~~!」
植物に阻まれ半開きのままのドアの向こう、凡そ聞き取れない批難めいた声。事態は未だ終わっていないようだ。
揚羽と顔を見合わせ、俺たちは懐から目出し帽を取り出し装着すると室内へと踏み込んだ。
「~~~!」
「何言ってんのか解かんないよ……」
通路とは一風変わって、玄関から先に生い茂る雑草は侵食していない。変わりに、これも花の力なのか木材のフローリングはもれなく腐りかけており、俺たちの足音はこれでもかと鮮明に鳴り響く。
「!?
……また、アンタら」
振り返り俺たちの姿を確認すると、サクラは鬱陶しそうに口尻に皺を刻む。その向こうには何処からか生える樹木に身体を拘束された、小太りの中年女性。
サクラの母親なのだろう、やはり日本人離れした彫りの深い顔立ちを、酷く歪ませている。
「オモテに有ったホトケもお前の仕業か?」
玄関の向こうを差し尋ねる。サクラは「だからなに」と吐き捨てた。
「いや。確認しただけだ。じゃ、後はソイツで終わりだな」
サクラが恨みを抱くとしたら二名の人物が挙げられる。表の死体が、その一つだと言う事だ。
組織はあくまでサクラの回収を指示しており、もしそうであるなら手を貸してでも場を早急に処理し、帰投するように命が下っている。
今回、いくら悪の組織に染まっていない俺とて、この二名には同情の欠片も抱く気にはなれず、また痛む心を持ち合わせる事は出来ない。
死んで良い人間は居るのだと――違うな、良い悪いを別として死ぬべき人間、殺されるべくして殺される人間は居るのだと、思えるのだ。
「フレイはお前に手を貸して来いと俺達を送り出している」
俺たちは腐れたフローリングを進む。ダイニングを抜け、畳張りの一室。畳まれもしていない布団が乱雑に部屋の隅に押しやられ、またソレもカビだろうか、侵食されつつある。通りがかった洗面所からは、プンと生乾きの匂いが酷く鼻についた。
室内の惨状は何もサクラの能力だけに限ったものではないようだ。シンクに山と重ね上げられた未洗浄の食器。ダイニングテーブルの上も粗雑なままで、凡そ家庭的には程遠い荒れ方をしている。
生活能力という単語からは遠い空間。
サクラが過ごしていた場所。
道徳、法、民主主義。誰からも傷つけられていない者の方便だ。
止まない雨は無いと――遠くから人は呟くが、雨に降られる者は、今、雨に濡れているから嘆いているのだ。
無論全てを救える筈は無い。この世に神の差し伸べる手は無く、人はそれぞれがそれぞれの都合に精一杯だ。
ならば、人々は藻掻くしか無い。自分で助かろうとするしかない。
例え誰かを傷つける事になろうとも。
「ウザい。ジャマ。勝手な事しないで。コイツはアタシがやるの」
「殺せるのか? なら早いトコ頼む」
「うっさい! 命令すんな!」
サクラの親に関してはまた、悩ましい問題であった。
それはサクラの今後に響くからだ。
記憶封印によりまたぞろソレを押し込める事は可能だろうが、しかして此度のようにサクラが何らかの記憶を取り戻すケースは今後も考えられる。
親を殺すと言う事。
どれだけ自分を痛めつけようとも、自分を売り飛ばそうとも、決して忘れ捨てる事の出来ない存在。憎んでも消えてくれる事の無い絆。
親はどこまで行っても親なのだ。
きっと此処でその手に掛け、決別を心に決めようとも、その呪縛は延々と纏わりつく。親にされた事が消えないのだ。
壊れていくしかない。
だからフレイは俺たちに条件を示した。
「かかります、揚羽」
腰の後ろから収納した杖を取り出し、深呼吸。
サクラの親の口内にその先端を突き入れ、スイッチ。
「ガヒャ」
出力を押さえた電圧が一瞬のスパークを見せ、女性の眼球がグルンと白目を向く。湿気臭い室内に、仄かに焦げ付いた肉の臭いが広がった。
「ちょっ……」
咄嗟の事に言葉を失うサクラを尻目、既に揚羽の腕は变化しており、躊躇いは無い。
「ダメ! やめてぇ!!」
心臓を一突きに貫く。
ソレを俺たちが手に掛ける事。
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