戦闘員の日常

和平 心受

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生きるココロ

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 これくらいか。

 本音を言えばいつまでも逃げ回っていたいが、そうもいかない。組織の方針はあくまで一般市民への被害を最小に抑えアンチテーゼの抑止。遮二無二逃げ回っていては、あるいは逃げ遅れた住民に出くわす可能性がある。

 市営住宅地の主要道を外れた、車一台分程の路上。意を決して振り返る。
 それと同時に足元を割って伸びた植物が俺の足に絡みつき身体に沿い這い登ろうと成長してくるのを、出力を上げた蹴りの空振りでなぎ払い、たたらを踏むように横へ移動する。

 サクラの動きは緩慢で、生身でも逃げ延びるのは容易であった。その代わりに足元からは絶えず植物が襲いかかり、決して動きを止める事は出来ない。

 建物一つか二つ程の向こう、エネルギー兵器を容赦なく交わす二人の死闘は、漏れる閃光からも窺い知れた。

「何で!
 何で殺したあ!」

 節足動物を思わせる足取り。幾本もの足代わりの根がコンクリートを穿ち、最早樹木から生える船首像と化したサクラは叫ぶ。
 応えるべきか。言葉を交わすべきか。
 変声機のスイッチを切ろうか迷って、結局止めた。

 掛ける言葉も交わす言葉も見当たらない。出来る事はせいぜい言葉のドッジボール程度だ。ならば俺から投げる必要は無い。
 恨んでも憎んでも蔑んでも妬んでも好んでもいない。ただ俺もサクラも振り回されているだけだ。
 基本は金の為で、それが許容出来る範囲だから従う。それだけなのだ。

「ビヒィッ」

 杖を構え、踏み込み、突き出す。
 両肩より生え伸びる蔦が絡みつき、しかし先端は届かない。
 慌てて引き抜こうとするがその力は強く、止む無く杖を放し一度下がる。
 唯一の攻撃手段を失ってしまった。
 思いの外早く前言撤回を決意し、俺は首筋へ手を伸ばし変声機のスイッチをオフにした。

「――お前がやろうとした事を肩代わりしただけだ」

 思えばサクラと言葉を交わした記憶が数える程しか無い。まぁこれから行うのは只の時間稼ぎ。それだけの為の言葉遊びだ。

「お前なんかに頼んでない!」

「最もだ。でしゃばった真似は、謝る。すまない」

「謝ったところでぇ!!」

 住宅の入り口の花壇で、無数の花が咲き誇り刹那に散った。やがて土の隙間から新たな芽が顔を出し、瞬く間に凡そあり得ない大きさに成長を遂げる。人ほどもある巨大な蕾が顔のように俺に向けられた。

「だが、親を殺すというのはお前にとってロクな結果にならない事は理解して貰いたい」

 それは決別にはならない。むしろ囚われるだけなのだ。他者の排除は決着ではなく、向き合う事への諦め。ノコギリの刃のように、血の絆は綺麗に断ち切れるものではなく、消えない傷となる。それは治り方がぎこちなくなるせいだ。

「他人のお前が!」

「一応仲間ではあるよ」

 一歩後ずさる。顔を向けたままただこちらを伺う巨大な花が、何をしてくるのかが予想もつかない。

「うるっさい知った事かあ!!」

 動く樹木となった身体の上で、腕を払い顔を振る。焦点が合わなくなってきている目が、果たしてどこまで付き合ってくれるのかは賭けだ。
 だがまだそこにサクラは居るのだと確信が持てる。何だかんだ思春期の子供は承認欲求の固まりで、人の話を聞く気はないのに解って欲しいと言葉かんじょうだけは放つ。それは会話を煩わしいと思うようになってしまった俺の過去から来る経験則だ。

「それはお前が良く解っている筈だ。現にお前は俺たちが着くまで母親に手を下す事が出来なかった。お前を売り、汚らしいクソに――」
「言うなあああああああああああああ!!」

 同時に花壇の蕾が一斉に開花。血の様に赤く重なる花弁。蜜を産むべくその中央は口の様に牙を生え揃わせ、食虫植物の様を呈していた。
 蜜の代わりに透明な液体を滴らせ、それらは一斉に俺へ向かって襲いかかる。

「あ――」

 しまった突っ込みすぎた。後悔は後に立たない。

 彼女のココロを滅ぼした原因。記憶を封印し、それが綻びた今でどこまで思い出しているかは確認のしようもなかったが、それでも拒絶反応が起こるであろう事は予想出来ていた。そして逆上をさせるつもりではなかった。
 真実、口が滑っただけだった。

 どうして?
 その醜さを何よりも憎むからだ。

 己の失態に頭が真っ白になり対応が遅れる。手に獲物は無く、咄嗟に差し出した腕がその牙に覆われる。

「くっ」

 思いの外、牙に攻撃能力は無いようだ。所詮は葉が硬化しただけのものと言うことか。だが、

「ぐぅ!?」

 次の瞬間腕に走る激痛。熱い。いやこれは、

 花の首とも言える茎に空いた手を伸ばし、力を込める。存外柔らかくそれは簡単にへし折れ、腕に取り付く花から力が失われると、俺は腕を引き抜いた。

 見れば取り付かれていた部分の繊維はまるっと焼けただれこそげ落ち、その先俺の腕そのものにまでそれは及んでいた。溶解液。食虫植物は確かにそれを生み出すが、しかし蝿ですら数日かけて溶かす程度の消化液のそれとは明らかに一線を画しており、まるで硫酸だ。音を立て煙を立ち上らせ、今も俺の腕の肉を溶かしてゆく。

 食虫花は尚も幾本と迫ってきている。薄く煙を立てる腕を抑え、何とか距離を取ろうとステップを踏む。

 まるでファンタジーだ。の能力は急成長を齎すばかりか巨大化に続き、植物そのものまで変異させると言うのだろうか。

 それまで俺はの力が果たして組織の力とは思えなかった。木を生やしてそれでどうして火を持つ人間と戦えると言うのかと。しかし植物のファクターは何処にでも有り、それこその力を用いればあっという間に周囲一帯を森に変えてしまえるのではないだろうか。いや、あるいはこの変異で人の足の踏み入る事の叶わない魔境を創造せしめるのではないか。
 ――いや、それでも一過性のものだ。火に抗える訳ではない。
 では何の為にフレイは花に固執するのだろうか。

 否、それどころではない。思考を中断する。

 道の反対には駐車場があり、今俺は追い詰められるように車のボンネットを登り越える。だが駐車場にも枠の外周に添って花壇が敷き詰められ、それは丁寧に世話されていたのだろう色とりどりの花がまた、種を落とし新たな食虫花を芽吹かせる。
 暇を持て余し園芸に精を出すご老体の方々が、今はとても憎たらしい。

「うああああああ!!」

「どうしたかったって言うんだ! あのまま廃人でいたかったか!? ならどうしてフレイの誘いに応えた!」

 痛みを紛らわす為にも叫ぶ。腕の再生は恐らく進んでいるであろうが、だからと言って腕に付着した消化液は未だ俺の腕を焼き、見たくはないが侵食は既に骨にまで達している。
 水を探したい所だが周囲に見当たらない。園芸をしているのだったら水道くらい引っ張って欲しいものだが無いモノを嘆いても仕方ない。俺の周囲に使えるモノは何もなく、代用出来る液体も……いや、ある。だがそれは決して洗い流す為のものではない。

「うぎぃっ! 
 ……助けて欲しかったか! フレイに愛情を求めたか!」

 腕に満身の力を込め、手近な車を殴りつけ貫く。
 場所は後部座席の更に下部。ガソリンタンクが埋まっているであろう場所。
 腕を伝い流れ出る薄黄金色の液体。車体から腕を引き抜き、煙を上げる腕をそれに浸した。
「ぐぅぅ……があああああああああ!!」

 むちゃ染みる。もう正直勘弁して欲しい。

 腕を引き抜く。滴るものがガソリンなのか血潮なのか。昇る白煙は失われるものか再生するものなのか。
 眼前に食虫花が牙を向いている。背後でコンクリートを貫くサクラの足音。

 振り返り確認する。未だ蔦に囚われる杖。手を伸ばし引っ張る。抜けない。スイッチを探し当て、押し込む。放電が虚空に弾けた。

「抜けろおぉ!」

 咄嗟にを蔦に向けた。脳内に流れる想像は、幾本もの糸が放たれ収束していく姿を描く。糸が届き、蔦へと差し込まれる。ふと力が抜け、杖がその拘束を逃れ、勢い俺の身体は後ろへと跳ね飛ばされる。尻もちをついている余裕もない。投げ飛ばされる身体、宙空で杖を持ち替えその先端を背後の地面へを向けた。

 そこには一杯に広がるガソリンの溜り。

 杖が地面を打つと同時に、俺はトリガーを押し込んだ。

 
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