36 / 73
2 真相解明! 砂漠の行き倒れ
2-6.手がかりを見つける手段
しおりを挟む
「どうしようね、イリス」
「そうねえ……」
私たちは、サラに案内され、おしゃれな喫茶店に来ていた。リンゴ果汁を混ぜた紅茶や、ミントとレモンの飲み物など、ひと手間加わった飲み物と、それに合う茶菓子などを売っている。爽やかな味が、渇いた喉を潤す。こうして王都の人々は、味覚で暑さと渇きを乗り切っているのだ。
「わかったのは、内部から出て行った記録のない、行き倒れた人たちは、壁を越えてるかもしれないってことだわ」
「乗り越えるのは無理って、ヴァンさん、言ってたじゃない」
「ニコに、乗り越えられないと思う?」
サラは、ニコをじっと見つめる。
「……それは、ニコラウスさんは、特別だから」
「俺が? そんなことないよ」
「ちょっとコツを知っているだけよね、ニコ」
「うん。だから、他にも俺みたいな人がいても、おかしくないんじゃないかな」
壁を越えられないと思っているのは、魔法を上手く使いこなせていない人々だけ。私たちがかつて編み出した技術を、受け継いでいる者がいても、おかしくはないのだ。
「王都の西側から当たってみるのが、妥当な線よね」
「西側って言っても、すごく広いんじゃないの、イリス」
ニコの懸念はもっともで、ほぼ正方形に近い形をしている王都の西側といえば、その一辺に当たる。指し示している範囲は、かなり広い。
「具体的な場所も、教えてはもらえなかったから、俺には予想もつかない」
スミスとヴァンは親切にいろいろ教えてはくれたが、「王都での出門記録のない、王都の住民」が行き倒れていた詳しい場所については、話せないとのことだった。やむを得ない。彼らにも、立場がある。
「うーん……あら、これ美味しいわ」
「でしょ? イリスちゃんって、甘いもの好きなんだね」
サラが勧めるので頼んだ軽食は、薄いパンに、さっぱりしたクリームと果物が挟まれたもの。甘さと酸味が程よいバランスであり、齧ると、ジューシーな果汁が口の中でパン生地と絡まる。
甘いものは好きだ。頭を使うと特に。そのまま二口目を頬張っていると、ニコが「さすがに、手がかりが少なくない? 無理だよ」と匙を投げた。
「無理じゃないわ。手がかりがないなら、集めたらいいんだもの」
その匙を拾い上げると、ニコが訝しげに眉を寄せる。
「どうやって?」
「私も、詳しくはないんだけど、方法はあるにはあると思うの」
探偵的な行為は、あまり経験がない。若い頃こそ、魔法の腕を頼りに、困りごとの解決を任されたこともあった。しかし、研究者として認められてからは、そうした探偵的活動よりも規模の大きい、街や領単位の役割が多かったのだ。
そもそも、街中でのトラブルの解決は、基本的には警備の人々が請け負っていた。警備の人々が担当しないものは、私的に取り組む探偵的な人たちが。私などに話が来るのは、ごく一部のことであった。
言い訳が長いようだが、つまり私は、さほど捜査に詳しいわけではない。ただし、自信がないなりに、言えることもあった。
「また新しい魔法を練習しましょう」
「イリス……君の引き出しって、どれだけあるの?」
「いくらでもあるわ」
魔法は、どんなことでも実現できる。叶えたいことを実現する魔法がないなら、新しく作れば良い。そういう意味で、私の引き出しは、限りなくある。
「……じゃあ、出る?」
いつしか、茶菓子は食べ終わり、飲み物もすっかり飲み干してしまっていた。ニコの言葉で、それぞれに立ち上がる。
「サラ、今日はありがとう。また、『オアシス』に顔出すから」
店の前で、ニコはサラに別れを告げる。
「ふたりは、このあとどこへ行くの?」
「宿に戻って、練習かしら」
「そうだね。おかげさまで、お腹も満たされたから」
じゃあ、と挨拶をして背を向けると、サラが「待って」と声を出した。見れば、サラはニコの服の裾をはっしと掴んでいる。
「あっ……ごめんなさい」
ぱっと裾から手を離し、サラは照れ臭そうに笑った。
「あの……迷惑でなければ、あたしも付いていきたいなって」
「いいけど……見ても何にも面白くないよ?」
「いいの。あたしが言い出したことなのに、ふたりに任せっきりなんて、申し訳ないから。せめて一緒にいさせて」
サラがいると宿まで徒歩で行かなければならないのだが、それは断るほどの理由にはならない。宿まで少しある道を、私たちは先ほどの喫茶店の感想などを述べ合いながら、ゆっくりと歩いた。
「『オアシス』でも、ああいう特徴的な料理を作れたらなって」
「あの店は美味しいから、充分でしょ」
美味しい料理の話に花が咲いているニコとサラの会話を流し聞きしつつ歩いていると、私はあるものに目が止まった。
「あ……ニコ、私あれ欲しい」
「あれ? お腹空いてるの?」
「そういうわけじゃないけど……買ってもらっても良い?」
それは、焼いたパンを売っている店であった。大きめのパンをひとつ頼み、紙に包んでもらって受け取る。焼きたてのようで、まだ温かい。食べたら、外側は硬くて、中はふわふわで、きっと美味しいだろう。
「戻りました」
「おかえりなさいませ、お客様」
例のごとく紳士的なラルドに迎え入れられ、私たち三人は、連れ立って部屋に戻る。
「どうぞ、入って」
「お邪魔します……そっか、ここって夫婦の部屋なんですね。なんか、どきどきしちゃう」
サラはそっと部屋を覗き込み、そんなことを言った。私とニコは、ちらりと目を合わせる。私たちは夫婦ではないし、だからこの部屋は夫婦の部屋でもなんでもない。サラのどきどきは、実は間違っているのである。
嘘をついていることにぴりりとした罪悪感を覚えつつ、私はベッドに座った。ニコは結婚を望んでいるのだから、ついた嘘による誤解は、いつか責任をもって解いていかなければならない。
「サラは、その椅子に座って。はい、紅茶。ラルドさんが淹れてくれたよ」
「ありがとう」
ニコは、カップを三つ、サイドテーブルに置く。私は並んだカップのそばに、抱えていたパンを置いた。がさがさ、と紙包みを剥がす。
「え、やっぱり今食べるの?」
「違うわ。使うのはこっち」
パンを包んでいた紙を広げる。充分な大きさだ。これをドーム状にし、端の部分を詰めて袋のような形状に変える。
「なにそれ?」
「言い訳しておくけど、私は何かの捜査をすることについては、あまり知らないのね。だから、今から試すことは、少し現実的ではないかもしれないの。でも、手がかりを探すには、有効……かもしれないわ」
「イリスにしては珍しいね、そんな自信なさげな言い方をするなんて」
ニコはからかうような口調で言う。
「手法に関して、ね。もっと効率的なやり方があるのかもしれないから……もし何か思いついたら、教えて」
「わかった」
長い前置きを終え、私は紙袋を顔の前に掲げる。
「あ、じゃあサラ、この紙袋の開いているところに、口を当てて」
「……こう?」
「そう。で、ニコは、袋の下の辺りに、手を添えてみて」
座っているサラが、口に紙袋を当て、ニコがそれに触れている状態。そこで私は、指示をひとつ加えた。
「サラ、何か大きな声で言ってみて」
「え? 何を?」
「なんでもいいわ。いらっしゃいませ、とか」
「……いらっしゃいませー!」
サラは息を吸い、お店で聞くのと同じ、響く声で挨拶をした。
「どう? ニコ」
「……なんか、びりびりしたけど」
「そうよね。ありがとう、サラ」
私はサラから、紙袋を受け取る。
「たぶん、難しいイメージなんだけど……今、紙がびりびりしたのは、空気が震えているからなのね。サラの声が空気を揺らして、それで紙が揺れたの。空気の揺れっていうのは、そんな風に、実際に物を揺らすことができるのよ」
「……サラの息で、紙が揺れたってこと?」
「それでもいいわ。空気の揺れで、物が動く、ってイメージを持ってくれれば」
ニコが魔法に向いているのは、こうして、自分の理解を言葉にしてみる点である。具体的にイメージができるのであれば、私の言葉を借りるより、自分の言葉で考えた方が良い。
「でも、今サラが出した声で出た息って、大した勢いではないはずでしょう?」
「そうだね」
「紙のびりびりは、息の勢いよりは、感じ取りやすかったんじゃないかしら」
「まあ……そうだと思うよ」
ニコの理解に合わせ、私は話す内容を調整する。
「つまりね、空気の揺れは小さなものでも、その揺れは、紙みたいなものがあれば、感知しやすくなるのよ」
「魔法で、その紙みたいなものを作るってこと?」
「そう!」
次に言いたかったことは、ニコが先回りして言ってしまった。
「街の西側に、大きな空気の膜をイメージするの。そこを通り抜けたら、空気が揺れて、それがニコに伝わるのよ。ニコは離れていても、そこを人が通過したって、わかるの」
「あー……やりたいことはなんとなく、理解した」
「わかってくれた?」
「イリスの突拍子もない発想には、だいぶ慣れてきたからね」
ニコが、悪戯っぽくウインクした。そんな茶目っ気のある姿は、初めて見る。
「ただ、具体的にイメージできないことは三つあるよ。ひとつは、空気の膜ってどう考えたらいいのか。ふたつめは、王都の西側全部を覆えるのか。みっつめは、それは寝ている間にも展開できるのか」
「寝ている間に意識的に魔法を使うのは、もう少し熟練しないと無理だと思うわ」
「だとしたら……ある程度の時間帯の予想をつけないと、俺は眠れないことになるね」
今はまだ、行き倒れる人が外へ出るのが、昼か夜かもわかっていない。突き止めるためには、朝も夜も関係なく、起きて膜を張っておかないといけない。彼の言う通り、それは非現実的だ。
「行き倒れる人が壁を越えるとしたらいつか、ってことよね」
「そう。そこを狙って魔法を使うんじゃなければ、今の俺にはできないと思う」
「その通りだわ」
うーん、と俯いて考え始めたその時、サラが「それは」と声を上げた。
「それは、夜じゃないかしら。それも、人目につかない夜遅く。日中は壁際にも人が歩いている筈だから、壁を越えようとしていたら、間違いなく目立つもの。なのに、今まで『壁を越えようとしている人がいた』なんて噂、聞いたことがないわ」
「……それもそうだね。なら、人気の少ない夜に時間帯を絞ろうか」
「そうね」
ニコがその意見を支持する。私もそれに同意した。「オアシス」に勤めるサラは、客の噂話もよく耳に入るだろう。そんな彼女に「壁を越えようとした人がいる」という類の噂話が入っていないのだとしたら、人目につかない手段を取っている、という可能性は十分にあり得る。
「じゃあ、みっつめの問題は、もういいや。あとふたつを、解決しよう」
ニコは姿勢を変え、紅茶をひとくち飲む。
「そうねえ……」
私たちは、サラに案内され、おしゃれな喫茶店に来ていた。リンゴ果汁を混ぜた紅茶や、ミントとレモンの飲み物など、ひと手間加わった飲み物と、それに合う茶菓子などを売っている。爽やかな味が、渇いた喉を潤す。こうして王都の人々は、味覚で暑さと渇きを乗り切っているのだ。
「わかったのは、内部から出て行った記録のない、行き倒れた人たちは、壁を越えてるかもしれないってことだわ」
「乗り越えるのは無理って、ヴァンさん、言ってたじゃない」
「ニコに、乗り越えられないと思う?」
サラは、ニコをじっと見つめる。
「……それは、ニコラウスさんは、特別だから」
「俺が? そんなことないよ」
「ちょっとコツを知っているだけよね、ニコ」
「うん。だから、他にも俺みたいな人がいても、おかしくないんじゃないかな」
壁を越えられないと思っているのは、魔法を上手く使いこなせていない人々だけ。私たちがかつて編み出した技術を、受け継いでいる者がいても、おかしくはないのだ。
「王都の西側から当たってみるのが、妥当な線よね」
「西側って言っても、すごく広いんじゃないの、イリス」
ニコの懸念はもっともで、ほぼ正方形に近い形をしている王都の西側といえば、その一辺に当たる。指し示している範囲は、かなり広い。
「具体的な場所も、教えてはもらえなかったから、俺には予想もつかない」
スミスとヴァンは親切にいろいろ教えてはくれたが、「王都での出門記録のない、王都の住民」が行き倒れていた詳しい場所については、話せないとのことだった。やむを得ない。彼らにも、立場がある。
「うーん……あら、これ美味しいわ」
「でしょ? イリスちゃんって、甘いもの好きなんだね」
サラが勧めるので頼んだ軽食は、薄いパンに、さっぱりしたクリームと果物が挟まれたもの。甘さと酸味が程よいバランスであり、齧ると、ジューシーな果汁が口の中でパン生地と絡まる。
甘いものは好きだ。頭を使うと特に。そのまま二口目を頬張っていると、ニコが「さすがに、手がかりが少なくない? 無理だよ」と匙を投げた。
「無理じゃないわ。手がかりがないなら、集めたらいいんだもの」
その匙を拾い上げると、ニコが訝しげに眉を寄せる。
「どうやって?」
「私も、詳しくはないんだけど、方法はあるにはあると思うの」
探偵的な行為は、あまり経験がない。若い頃こそ、魔法の腕を頼りに、困りごとの解決を任されたこともあった。しかし、研究者として認められてからは、そうした探偵的活動よりも規模の大きい、街や領単位の役割が多かったのだ。
そもそも、街中でのトラブルの解決は、基本的には警備の人々が請け負っていた。警備の人々が担当しないものは、私的に取り組む探偵的な人たちが。私などに話が来るのは、ごく一部のことであった。
言い訳が長いようだが、つまり私は、さほど捜査に詳しいわけではない。ただし、自信がないなりに、言えることもあった。
「また新しい魔法を練習しましょう」
「イリス……君の引き出しって、どれだけあるの?」
「いくらでもあるわ」
魔法は、どんなことでも実現できる。叶えたいことを実現する魔法がないなら、新しく作れば良い。そういう意味で、私の引き出しは、限りなくある。
「……じゃあ、出る?」
いつしか、茶菓子は食べ終わり、飲み物もすっかり飲み干してしまっていた。ニコの言葉で、それぞれに立ち上がる。
「サラ、今日はありがとう。また、『オアシス』に顔出すから」
店の前で、ニコはサラに別れを告げる。
「ふたりは、このあとどこへ行くの?」
「宿に戻って、練習かしら」
「そうだね。おかげさまで、お腹も満たされたから」
じゃあ、と挨拶をして背を向けると、サラが「待って」と声を出した。見れば、サラはニコの服の裾をはっしと掴んでいる。
「あっ……ごめんなさい」
ぱっと裾から手を離し、サラは照れ臭そうに笑った。
「あの……迷惑でなければ、あたしも付いていきたいなって」
「いいけど……見ても何にも面白くないよ?」
「いいの。あたしが言い出したことなのに、ふたりに任せっきりなんて、申し訳ないから。せめて一緒にいさせて」
サラがいると宿まで徒歩で行かなければならないのだが、それは断るほどの理由にはならない。宿まで少しある道を、私たちは先ほどの喫茶店の感想などを述べ合いながら、ゆっくりと歩いた。
「『オアシス』でも、ああいう特徴的な料理を作れたらなって」
「あの店は美味しいから、充分でしょ」
美味しい料理の話に花が咲いているニコとサラの会話を流し聞きしつつ歩いていると、私はあるものに目が止まった。
「あ……ニコ、私あれ欲しい」
「あれ? お腹空いてるの?」
「そういうわけじゃないけど……買ってもらっても良い?」
それは、焼いたパンを売っている店であった。大きめのパンをひとつ頼み、紙に包んでもらって受け取る。焼きたてのようで、まだ温かい。食べたら、外側は硬くて、中はふわふわで、きっと美味しいだろう。
「戻りました」
「おかえりなさいませ、お客様」
例のごとく紳士的なラルドに迎え入れられ、私たち三人は、連れ立って部屋に戻る。
「どうぞ、入って」
「お邪魔します……そっか、ここって夫婦の部屋なんですね。なんか、どきどきしちゃう」
サラはそっと部屋を覗き込み、そんなことを言った。私とニコは、ちらりと目を合わせる。私たちは夫婦ではないし、だからこの部屋は夫婦の部屋でもなんでもない。サラのどきどきは、実は間違っているのである。
嘘をついていることにぴりりとした罪悪感を覚えつつ、私はベッドに座った。ニコは結婚を望んでいるのだから、ついた嘘による誤解は、いつか責任をもって解いていかなければならない。
「サラは、その椅子に座って。はい、紅茶。ラルドさんが淹れてくれたよ」
「ありがとう」
ニコは、カップを三つ、サイドテーブルに置く。私は並んだカップのそばに、抱えていたパンを置いた。がさがさ、と紙包みを剥がす。
「え、やっぱり今食べるの?」
「違うわ。使うのはこっち」
パンを包んでいた紙を広げる。充分な大きさだ。これをドーム状にし、端の部分を詰めて袋のような形状に変える。
「なにそれ?」
「言い訳しておくけど、私は何かの捜査をすることについては、あまり知らないのね。だから、今から試すことは、少し現実的ではないかもしれないの。でも、手がかりを探すには、有効……かもしれないわ」
「イリスにしては珍しいね、そんな自信なさげな言い方をするなんて」
ニコはからかうような口調で言う。
「手法に関して、ね。もっと効率的なやり方があるのかもしれないから……もし何か思いついたら、教えて」
「わかった」
長い前置きを終え、私は紙袋を顔の前に掲げる。
「あ、じゃあサラ、この紙袋の開いているところに、口を当てて」
「……こう?」
「そう。で、ニコは、袋の下の辺りに、手を添えてみて」
座っているサラが、口に紙袋を当て、ニコがそれに触れている状態。そこで私は、指示をひとつ加えた。
「サラ、何か大きな声で言ってみて」
「え? 何を?」
「なんでもいいわ。いらっしゃいませ、とか」
「……いらっしゃいませー!」
サラは息を吸い、お店で聞くのと同じ、響く声で挨拶をした。
「どう? ニコ」
「……なんか、びりびりしたけど」
「そうよね。ありがとう、サラ」
私はサラから、紙袋を受け取る。
「たぶん、難しいイメージなんだけど……今、紙がびりびりしたのは、空気が震えているからなのね。サラの声が空気を揺らして、それで紙が揺れたの。空気の揺れっていうのは、そんな風に、実際に物を揺らすことができるのよ」
「……サラの息で、紙が揺れたってこと?」
「それでもいいわ。空気の揺れで、物が動く、ってイメージを持ってくれれば」
ニコが魔法に向いているのは、こうして、自分の理解を言葉にしてみる点である。具体的にイメージができるのであれば、私の言葉を借りるより、自分の言葉で考えた方が良い。
「でも、今サラが出した声で出た息って、大した勢いではないはずでしょう?」
「そうだね」
「紙のびりびりは、息の勢いよりは、感じ取りやすかったんじゃないかしら」
「まあ……そうだと思うよ」
ニコの理解に合わせ、私は話す内容を調整する。
「つまりね、空気の揺れは小さなものでも、その揺れは、紙みたいなものがあれば、感知しやすくなるのよ」
「魔法で、その紙みたいなものを作るってこと?」
「そう!」
次に言いたかったことは、ニコが先回りして言ってしまった。
「街の西側に、大きな空気の膜をイメージするの。そこを通り抜けたら、空気が揺れて、それがニコに伝わるのよ。ニコは離れていても、そこを人が通過したって、わかるの」
「あー……やりたいことはなんとなく、理解した」
「わかってくれた?」
「イリスの突拍子もない発想には、だいぶ慣れてきたからね」
ニコが、悪戯っぽくウインクした。そんな茶目っ気のある姿は、初めて見る。
「ただ、具体的にイメージできないことは三つあるよ。ひとつは、空気の膜ってどう考えたらいいのか。ふたつめは、王都の西側全部を覆えるのか。みっつめは、それは寝ている間にも展開できるのか」
「寝ている間に意識的に魔法を使うのは、もう少し熟練しないと無理だと思うわ」
「だとしたら……ある程度の時間帯の予想をつけないと、俺は眠れないことになるね」
今はまだ、行き倒れる人が外へ出るのが、昼か夜かもわかっていない。突き止めるためには、朝も夜も関係なく、起きて膜を張っておかないといけない。彼の言う通り、それは非現実的だ。
「行き倒れる人が壁を越えるとしたらいつか、ってことよね」
「そう。そこを狙って魔法を使うんじゃなければ、今の俺にはできないと思う」
「その通りだわ」
うーん、と俯いて考え始めたその時、サラが「それは」と声を上げた。
「それは、夜じゃないかしら。それも、人目につかない夜遅く。日中は壁際にも人が歩いている筈だから、壁を越えようとしていたら、間違いなく目立つもの。なのに、今まで『壁を越えようとしている人がいた』なんて噂、聞いたことがないわ」
「……それもそうだね。なら、人気の少ない夜に時間帯を絞ろうか」
「そうね」
ニコがその意見を支持する。私もそれに同意した。「オアシス」に勤めるサラは、客の噂話もよく耳に入るだろう。そんな彼女に「壁を越えようとした人がいる」という類の噂話が入っていないのだとしたら、人目につかない手段を取っている、という可能性は十分にあり得る。
「じゃあ、みっつめの問題は、もういいや。あとふたつを、解決しよう」
ニコは姿勢を変え、紅茶をひとくち飲む。
10
あなたにおすすめの小説
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
【 完 結 】スキル無しで婚約破棄されたけれど、実は特殊スキル持ちですから!
しずもり
ファンタジー
この国オーガスタの国民は6歳になると女神様からスキルを授かる。
けれど、第一王子レオンハルト殿下の婚約者であるマリエッタ・ルーデンブルグ公爵令嬢は『スキル無し』判定を受けたと言われ、第一王子の婚約者という妬みや僻みもあり嘲笑されている。
そしてある理由で第一王子から蔑ろにされている事も令嬢たちから見下される原因にもなっていた。
そして王家主催の夜会で事は起こった。
第一王子が『スキル無し』を理由に婚約破棄を婚約者に言い渡したのだ。
そして彼は8歳の頃に出会い、学園で再会したという初恋の人ルナティアと婚約するのだと宣言した。
しかし『スキル無し』の筈のマリエッタは本当はスキル持ちであり、実は彼女のスキルは、、、、。
全12話
ご都合主義のゆるゆる設定です。
言葉遣いや言葉は現代風の部分もあります。
登場人物へのざまぁはほぼ無いです。
魔法、スキルの内容については独自設定になっています。
誤字脱字、言葉間違いなどあると思います。見つかり次第、修正していますがご容赦下さいませ。
無自覚人たらしマシュマロ令嬢、王宮で崇拝される ――見た目はぽっちゃり、中身は只者じゃない !
恋せよ恋
ファンタジー
富豪にして美食家、オラニエ侯爵家の長女ステファニー。
もっちり体型から「マシュマロ令嬢」と陰口を叩かれる彼女だが、
本人は今日もご機嫌に美味しいものを食べている。
――ただし、この令嬢、人のオーラが色で見える。
その力をひけらかすこともなく、ただ「気になるから」と忠告した結果、
不正商会が摘発され、運気が上がり、気づけば周囲には信奉者が増えていく。
十五歳で王妃に乞われ、王宮へ『なんでも顧問』として迎えられたステファニー。
美食を愛し、人を疑わず、誰にでも礼を尽くすその姿勢は、
いつの間にか貴族たちの心を掴み、王子たちまで惹きつけていく。
これは、
見た目はぽっちゃり、されど中身は只者ではないマシュマロ令嬢が、
無自覚のまま王宮を掌握していく、もっちり系・人たらし王宮譚。
🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。
🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。
🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。
🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。
🔶 エール📣いいね❤️励みになります!
🔶表紙はAI生成画像です🤖
魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します
怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。
本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。
彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。
世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。
喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。
普段は地味子。でも本当は凄腕の聖女さん〜地味だから、という理由で聖女ギルドを追い出されてしまいました。私がいなくても大丈夫でしょうか?〜
神伊 咲児
ファンタジー
主人公、イルエマ・ジミィーナは16歳。
聖女ギルド【女神の光輝】に属している聖女だった。
イルエマは眼鏡をかけており、黒髪の冴えない見た目。
いわゆる地味子だ。
彼女の能力も地味だった。
使える魔法といえば、聖女なら誰でも使えるものばかり。回復と素材進化と解呪魔法の3つだけ。
唯一のユニークスキルは、ペンが無くても文字を書ける光魔字。
そんな能力も地味な彼女は、ギルド内では裏方作業の雑務をしていた。
ある日、ギルドマスターのキアーラより、地味だからという理由で解雇される。
しかし、彼女は目立たない実力者だった。
素材進化の魔法は独自で改良してパワーアップしており、通常の3倍の威力。
司祭でも見落とすような小さな呪いも見つけてしまう鋭い感覚。
難しい相談でも難なくこなす知識と教養。
全てにおいてハイクオリティ。最強の聖女だったのだ。
彼女は新しいギルドに参加して順風満帆。
彼女をクビにした聖女ギルドは落ちぶれていく。
地味な聖女が大活躍! 痛快ファンタジーストーリー。
全部で5万字。
カクヨムにも投稿しておりますが、アルファポリス用にタイトルも含めて改稿いたしました。
HOTランキング女性向け1位。
日間ファンタジーランキング1位。
日間完結ランキング1位。
応援してくれた、みなさんのおかげです。
ありがとうございます。とても嬉しいです!
無一文で追放される悪女に転生したので特技を活かしてお金儲けを始めたら、聖女様と呼ばれるようになりました
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
スーパームーンの美しい夜。仕事帰り、トラックに撥ねらてしまった私。気づけば草の生えた地面の上に倒れていた。目の前に見える城に入れば、盛大なパーティーの真っ最中。目の前にある豪華な食事を口にしていると見知らぬ男性にいきなり名前を呼ばれて、次期王妃候補の資格を失ったことを聞かされた。理由も分からないまま、家に帰宅すると「お前のような恥さらしは今日限り、出ていけ」と追い出されてしまう。途方に暮れる私についてきてくれたのは、私の専属メイドと御者の青年。そこで私は2人を連れて新天地目指して旅立つことにした。無一文だけど大丈夫。私は前世の特技を活かしてお金を稼ぐことが出来るのだから――
※ 他サイトでも投稿中
タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。
渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。
しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。
「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」
※※※
虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる