「脇役」令嬢は、「悪役令嬢」として、ヒロインざまぁからのハッピーエンドを目指します。

三歩ミチ

文字の大きさ
10 / 49

10 泉とのお化粧レッスン

しおりを挟む
「お嬢様、起きてください」
「うーん……」

 ぽかぽかと暖かな日差しが、頬に当たる。

 シノにしつこく揺り起こされ、私は寝返りを打った。
 寝返りを打って、そのままの勢いで、がばりと起き上がった。

「……おはよう」
「おはようございます、お嬢様」

 休みなのに寝かせて、という言葉は、すんでのところで飲み込んだ。いつもの時間に起こしてくれるよう頼んだのは、私なのだ。

「もう準備は整っておりますよ」
「ありがとう、シノ」

 今日は、泉が家にやってくる日だ。

 泉とは、お化粧をして初めて登校したあの日、話しかけてきてくれた級友。化粧を教えてほしい、と言った彼女のため、身支度の際には、シノの化粧講座を受けていた。
 そして今日、シノに習った化粧法を、泉に伝えるというわけである。

「お化粧は、今日もご自身でされますか?」
「ええ。何か間違っていたら、教えて」

 シノに見守ってもらいながら、教わった通りの手順で、丁寧に身だしなみを整えていく。

 まずは、洗顔から。柔らかい泡で丁寧に肌を撫で、手のひらで組んだ水を、優しく顔に当ててゆく。労わるように。
 ふわふわのタオルで水滴を拭い、化粧水と乳液で、肌の調子を調整する。手のひらの温かさを感じながら、じっくりと、肌に押し込めるように。

 そんな風にして、ていねいに肌を扱っていると、沈みがちな気分がだんだんと明るくなってくる。

「本当なら、シノに教えてもらったほうが、いいと思うんだけど」

 泉に教えなくてはいけないというプレッシャーから、化粧の手順は覚えたものの、眉の描き方やチークの加減など、手つきは覚束ない。
 鏡を覗き込み、左右の色味が均等になるよう気をつけつつ、頬に桃色をさしながらぼやく。そんな私を、シノは「駄目ですよ」とたしなめる。

「それじゃ、お嬢様にとっては、何にもなりませんもの」
「そうかしら」
「そうです。嫁ぎ先では、お嬢様は奥様として、専属の侍女を教育しなければならないのですから」

 いい機会でした、と胸を張るシノ。彼女は、千堂家に嫁ぐ私を、立派な「奥様」に育てることに使命感があるらしい。

 嫁ぎ先なんて、なくなりそうなのに。

 今ここで海斗からの婚約破棄のことを告げたら、シノは衝撃を受けるだろう。

 シノにも、やっぱり話せない。
 彼女が目指しているところのものを、奪うことになってしまう。

 心の中で呟きながら、鏡に映る自分に目をやる。

 鏡の中の私は、寝起きよりもほのかに、しかし確かに、明るい顔をしている。
 今まで化粧などは柄ではないと思い込んでいたが、こうしてみると、悪いものではないと感じるのだった。

 今日も、きっと大丈夫。

 少しはそんな自信がもてるのは、身だしなみを整えたから。
 シノの思惑とは違うけれど、私の「自信を持ちたい」という願いは、お化粧によって、少し満たされている。

 やっぱり、成果が目に見えることが、大切なんだわ。

 私は思った。
 ステータスという値があるわけではなくても、目に見えた変化があると、それは自信につながる。

 劣等感を拭って、物語の主人公のようになる。そのためには、こうした、目に見える成果を積み重ねていく必要がある。
 お化粧して見た目が変わった。友達が増えた。きっとそれが、私の自信になる。

 泉とちゃんと話せるように、頑張らなくっちゃ。

 今日来てくれるはずの彼女を思い、私は両頬を掌で包み、気合を入れた。

「今日は、藤乃ちゃんのお友達が来るのよ」
「へえ、珍しいね」

 私たちと同じ時間の食卓に、兄がついていることは珍しい。土日もサークルや勉強会があるとのことで早く出かけることも多い兄だが、今朝は少しゆとりがあるらしい。
 食後のコーヒーを飲みながら、母が兄に伝える。兄は湯気の香りを楽しみつつ、そう応えて微笑んだ。

「嬉しいわ。藤乃ちゃんにも、桂一くんみたいに、高等部ではいろいろな経験をしてほしいと思っていたから」
「お兄様みたいにはなれないわ」

 今でこそ兄は、普通の顔をしてコーヒーを飲んでいるが、学園では敏腕生徒会長としてその能力を発揮していたのだ。

「やめてよ、藤乃。僕だって、普通の学園生活を送っていただけさ」

 父に似た癖毛を弄る何気ない仕草まで、憎らしいほど、様になる。

「普通じゃないわ」

 同じ血が流れているとは思えない。ため息混じりに言うと、母はゆるりと首を振る。長い髪が、さらりと肩から落ちる。

「いいのよ、藤乃ちゃん。生徒会長をしてほしいとか、そんな話じゃないの。交友関係を今までよりも広げて、したことのない経験をする、ってこと」
「僕も、高等部時代にできた友人とは、腹を割って話せたからなあ。お母様が言っているのは、そういうことでしょう?」

 兄が確認して、母が頷く。

「そうよ。桂一くんが言っているのは、あの子のことよね? ほら、あの特待生の……」
「そうそう。あいつは、本当に、僕にとっては初めてできた親友だよ」

 挙げられた名前に、私は「ああ」と声を上げる。兄が高等部にいたころ、よく聞いていた名前だ。

「その方、特待生だったのね」

 名前は聞いたことがあるものの、詳しい話は、記憶から抜け落ちていた。「覚えていないの?」と母が笑い、「そんなものだよ」と兄がフォローする。

「高等部に特待生として入ってきて、それで知り合ったんだ。考え方や感じ方が似ていて、妙に馬があってさ」

 やっぱり、共通点があると親しくなるのだ。私は相槌を打つ。

「今も連絡を取っているそうよ、奨学金をもらって、国立大学に通っているんですって」
「ふうん……」

 母は、溺愛する兄が特待生と仲良くしていることを、喜ばしいことのように話した。

「お母様も、そういうのは気にしないのね」
「そういうの?」
「特待生だから、庶民とか……そういうの」

 頭に浮かんだのは、慧の卑屈な態度。私が口に出すと、母のこめかみが、ぴくりと強張った。

「藤乃ちゃんは、特待生の人を、そういう風に思っているの?」
「思わないわ。ただ、仲良くなった特待生の人が、色眼鏡で見られることがある、みたいな言い方をしていたの」

 これは、慧のことだ。
 私が言うと、強張っていた母の表情は、柔らかな笑顔に戻る。

「そうなのね。私は、家柄よりも本人の品性だと、思っているのよ。桂一くんが仲良くしている特待生の子に、会ったことがあるけれど。本当に良い子だったの」

 爽やかで、物腰柔らかで、と続ける。
 隣で頷きながら聞く兄の様子からも、母の言葉が本当なのだとわかる。きっと、その特待生の人も、慧のように素敵な人だったのだ。

「……そう、藤乃ちゃんも、ちゃんと友達を増やしているのね」

 これはたぶん、「仲の良い特待生」に対する反応。

「だから、心配しなくてもいいって言ったでしょう」
「桂一くんの言う通りだわ」

 友人を作るのが下手な私を心配する母と、陰でフォローを入れてくれていた兄。今の会話からそんな様子が垣間見え、改めて、兄の優しさを感じる。

「私が庶民の出身だから、藤乃ちゃんも桂一くんも、特待生の子と気が合うのかしらね」

 母は冗談めかして言う。兄が「かもね」と、その冗談を軽く流した。

「今日いらっしゃるのも、その特待生の子なの?」
「違うわ。今日来るのは、泉さん。初めて同じ組になったのだけれど、中等部から一緒の方よ」
「そう。お友達は、多い方がいいわね」

 母が嬉しそうに笑う。私に友人ができるだけで、喜んでくれるなんて。
 私まで嬉しくなって、私はついでに、「特待生の方とは、今度水族館に行くわ」と付け足した。

「素敵ね。楽しむのよ、高等部の生活を」
「そうしたいわ」

 私は、少し温くなったコーヒーを飲み干した。

 朝食を終えると、準備に向かう。

 事前に片付けを頼んでおいた部屋に入ると、中央に、大きめの円形テーブルが据えられている。
 お客様をもてなす用のテーブルだが、今日はこれが、お化粧用の机になる。
 シノが鏡や、化粧用品を運び入れてくれて、準備は整った。

 約束の時間が近づいてくると、なんだかそわそわと、落ち着かない気持ちになる。個人的に人を家に招くなんて、初めてかもしれない。妙に緊張して、玄関ホールを端から端まで、何度か往復してしまった。

「お嬢様、いらっしゃいましたよ」

 来客を知らされ、漸く足を止めることができた。ゆっくり深呼吸をして、心を落ち着ける。
 扉の開く音。

「いらっしゃい、泉さん」
「藤乃さん! お招きありがと!」
「こちらこそ、来てくださって、嬉しいわ」

 制服ではない泉は、普段と印象が違う。淡い水色のワンピースは、彼女の幼い印象に、よく似合っていて、可愛らしかった。

「素敵なお家ね……!」

 両手を胸の前で組み、輝く瞳で玄関を見回す。
 そう感動されると、照れてしまう。

「そうかしら」
「そうよ! いいなあ、私の家は昔建てたものだから、こんなにお洒落じゃないもの」
「歴史的な建物なのね。それも素敵じゃない」

 父の知り合いにも、文化遺産に指定されているような、格調高い家に住んでいる人がいた。泉もきっと、そうした家に住んでいるのだろう。
 彼女は「うーん、どうかなあ」と肩をすくめて苦笑する。

「さあ、こちらへどうぞ」

 人の家に口を出すつもりはない。私は世間話を切り上げ、客間に招いた。
 丸テーブルの上には、先程用意した通り、化粧道具一式が置かれている。

「すごい! 準備万端!」

 また感動する泉。
 そう素直に喜ばれて、悪い気はしない。

「こちらへどうぞ」

 泉を席に案内する。
 シノが、さっと紅茶を淹れてくれた。

「この紅茶、美味しい!」
「気に入っているの。美味しいわよね」

 素直に感動する泉に、つい頬が緩む。

「わたし、紅茶なら、あの茶葉も好きよ」
「わかるわ。美味しいわよね」

 おもてなしの紅茶から、話に花が咲く。
 泉が持参してくれたクッキーや、こちらで用意したチョコレートを摘みつつ、美味しい銘柄や産地の話をした。

 何気ない会話を、同級生と、自宅でできるなんて。
 初めての経験に、そわそわした心は、なかなか収まらなかった。

「そろそろ、お化粧したいかも」

 泉が呟き、私たちは、鏡の前に移動した。

「本当は、洗顔からなんだけど……」
「そうなの? なら、そこからやりたい!」

 泉が言うので、洗面台へと案内する。柔らかくたっぷりと泡立てた泡で、全顔を撫でるように洗う。
 手のひらに水を溜め、擦らないよう、何度も肌に触れさせて泡を洗い流す。

「面倒ね、これ……」
「そうなの。でも、侍女によると、こうしないと肌が傷つくんですって」

 シノの受け売り。
 泉は刺激の少ない、ふわふわのタオルを頬に当てながら、「すごいね」と目を細めた。

「藤乃さんの侍女さんって、きっと素敵な人なのね」
「さっき紅茶を注いだ人よ」
「ああ……言われてみれば、出来る女性、って感じだったわね」

 今、シノは私たちの会話を邪魔しないよう、視界に入らないところに控えているはずだ。
 シノに聞かせるつもりで、私は付け足した。

「そうなの。彼女、優秀なのよ。本当に助かってるわ」
「羨ましいわ」

 洗顔を終えると、また先ほどの部屋に戻る。
 化粧水から乳液まで、丁寧に肌に押し込める。泉の肌は、それだけでワントーン明るくなった。

「わあ……いつもの顔と違うわ」
「そうなの。ちょっとしたことなのに、不思議よね」

 自分の頬を触りながら、泉が感嘆の声を上げる。その様子に、思わず口角が上がる。やはり、シノ直伝の方法は、価値のあるものなのだ。

「ここから少しずつ、色をのせていくのだけど……」

 私は泉の肌色を確認しながら、下地の色を調整する。
 その日のコンディションによって、色は少しずつ変えるのだ。泉の肌は私より少し黄味がかっているので、それに合わせて、肌色を整えた。

 泉の手の甲に下地を移し、自分で塗ってもらう。私は隣で同じように下地を塗り、それを見ながら、泉が真似する形を取った。

「こんなに少しで、こんなに伸びるのね。質のいい化粧品って、そうなの?」
「さあ……」

 泉が驚いている。
 私が使っているのはシノが揃えた化粧品だ。他のものを使ったことがないので、比較できない。

 額、鼻先、顎、頬にのせ、そこから広げるように。少量でもよく伸び、肌の色をふんわりと明るくする。
 習った通りの手順で粉を、色を、影と光を重ねていく。鏡に映る私たちの顔は、それぞれ、先ほどよりほのかに、確かに明るい。

「……わあ、素敵。あんまり変わらないのに、全然違う」

 泉の感想は、私も感じたもの。
 私ではなくシノの手柄だ。彼女の優秀さを、誇らしく、頼もしく思う。

「ハイライトって、こんなに大事なのね」
「ハイライト?」
「藤乃さん、知らないの? この白いの」

 泉は、爪先を丸く整えた指で、化粧品を指す。

「用具の名前は、あんまり……」
「そうなのね。こんなに上手なのに、意外」
「上手なのは、侍女だから」
「そっか」

 彼女は私の顔を見て、ぱちぱち、と瞬きする。その指先が、別の化粧品に移動する。

「これが、シェーディングでしょ」
「そうなのね」

 今度は泉が、それぞれの用品の名前を教えてくれる。
 どの化粧品がどんな名前か、それは他にどんな使い方があるか。聞き入る私と彼女の顔の距離は、自然と縮まる。

「コーヒーはいかがです?」
「あ、ありがとう」

 シノの声かけに、はっとする。ずいぶん話し込んでしまったみたいだ。

「向こうに行きましょう」

 化粧品の前は、お茶には適さない。ふたりで場所を移動し、改めて、向き合った。

「……藤乃さんと話すの、楽しいわ」
「私もよ。泉さん、今日は来てくれてありがとう」

 泉は、花が咲くように笑う。彼女の笑顔は明るくて、向日葵みたいだ。

「怖い人だと思っていたの」
「そうなの?」
「ええ。早苗さんたちといるときは、いつも怖い顔で見られるから……なんだか、堅い考えの方なのかしら、って」

 私は、頬に手を当てる。怖い顔なんて、しているつもりはなかった。

「……怖い顔」
「前は、ね! 最近は、お化粧もしているからか、わたしはあまりそう思わないわ。早苗さんは、まだ怖がっているけれど」

 海斗と早苗のやりとりに、つい、険しい顔をしていたのかもしれない。客観的な泉の意見は、参考になる。

「早苗さんのこと、嫌いなのかなって思ってたわ」
「いえ、彼女のことを嫌いというか……」

 私は逡巡する。泉は、中等部から私のことを知っている。私と海斗の婚約のことも、風の噂で知っているだろう。
 嘘をついたら、これからの会話が、ぎこちなくなりそうだ。そう感じて、私は正直に説明する。

「海斗さんは、私の婚約者だから」

 シノも聞いている。婚約破棄のことは、言うつもりもない。
 私の説明に、泉は目を丸くした。

「えっ?」

 驚く彼女。

「あ……知らなかったのね」
「知らなかった。そうだったの」

 知らないのなら、言う必要もなかった。
 泉は口元を抑え、沈黙する。その驚きように、私は反省した。敢えて言いふらしていなかったから、中等部の人も、知らない人は知らないのだ。

 てっきり、噂になっていると思っていた。
 何しろその婚約者である海斗は、早苗に骨抜きになっているのだから。

「だって、海斗様は、あんなに……」
「だから、怖い顔になってしまったのかもしれないわ」

 泉が全てを言う前に、彼女の言葉にかぶせる。シノに、あったことをはっきりと知らせてはいけない。

「嫉妬、っていう感じね」

 敢えて冗談めかした口調で、ふふっ、と笑ってみせる。大したことない、と伝わるように。

「そんな……そんなの……」

 泉の声が、震えている。目が泳いでいる。動揺しているのだ。
 早苗にあんなに入れ込んでいる海斗に婚約者がいると、今初めて知ったのなら、驚くのもしかたがない。

「ごめんなさい、驚かせて。コーヒーをどうぞ」

 湯気の立つコーヒーを勧める。彼女は両手でカップを包んだ。
 私は、先にひとくち含む。豆の香ばしい香り。

「そんな風になんでもない風に振る舞うの、よくないわ、藤乃さん」
「え?」

 泉の言葉は予想外で、今度は私が、驚いた声を上げてしまう。
 彼女は、真っ直ぐな目で私を射抜いている。その透き通った視線に、表情を動かせなくなる。

「知らないとしても、早苗さんのしていることは間違っているわ。だめなことはだめって、教えないと」

 彼女の正義感が、伝わってくる。
 だめなことは、だめ。
 それは、そうだ。

「でも、悪いのは、ふがいない私だから」

 彼女の勢いに圧され、つい早苗をかばってしまう。早苗は、私と海斗の婚約のことを、知らないかもしれないのだ。それに海斗からは、婚約破棄を言い渡されている。

「違うわ。早苗さんはたしかに素敵な人だけれど、だめなことは、だめだもの」

 泉の言葉はあまりにも力強くて、私は少し納得してしまった。

「ありがとう、泉さん」
「ええ。藤乃さんが怒るのは当然よ」

 礼を言うと、また力強く肯く泉。

 真っ直ぐな人なのだな、と思った。
 友達がたくさんいるのは、いいこと。正しいことを実現しようとする彼女は、早苗と海斗の関係に、ずいぶん否定的らしい。

「私も、痛い目見せてやりたいと、思ったことがあるわ」
「当たり前だわ」

 創作に吸い込ませた、後ろ暗い欲望。それすらも、泉は、肯定してくれる。
 私は、胸のすくような感じを覚えた。

 早苗と海斗に、私は敵わない。それは、本を読みながら考える中で、はっきりしてきたことだ。だから、実際に痛い目を見せられるとは、思っていない。

「ありがとう」

 それでも、後ろ暗い感情を肯定してもらえるのは、嬉しい。

「わたしも、力になれることは、協力するから。相談してね」

 泉の向日葵のような笑顔は、ほんとうに、眩しく見えた。

「今日はありがとう」
「こちらこそ」
「お気をつけて」

 泉と別れの挨拶を交わす。車に乗り込んだ彼女。その車体が曲がって見えなくなるのを、私は見送る。

 楽しかったわ。

 ほんわりと温かな感情が、胸に生まれる。
 高等部に入って初めて、女友達と呼べるものができた。共通点があって、共通する思いもあって、距離が縮まった。
 本に書いてあった通り、共通点があると、仲良くなれるのだ。

「シノ、ありがとう」
「お嬢様のお役に立てたのなら、何よりです」

 こんなに楽しい時間を過ごせたのは、お化粧を教えてくれたシノのおかげだ。礼を伝えると、彼女はふわっと微笑んで謙遜した。

 学園に行けば、慧に会える。泉にも会える。
 海斗と早苗の蜜月を、苦しい気持ちで眺めるだけではない。月曜に向け、私の気持ちは前向きなものに変わっていった。
しおりを挟む
感想 48

あなたにおすすめの小説

毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。

克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

死にたがりの黒豹王子は、婚約破棄されて捨てられた令嬢を妻にしたい 【ネコ科王子の手なずけ方】

鷹凪きら
恋愛
婚約破棄されてやっと自由になれたのに、今度は王子の婚約者!? 幼馴染の侯爵から地味で華がない顔だと罵られ、伯爵令嬢スーリアは捨てられる。 彼女にとって、それは好機だった。 「お父さま、お母さま、わたし庭師になります!」 幼いころからの夢を叶え、理想の職場で、理想のスローライフを送り始めたスーリアだったが、ひとりの騎士の青年と知り合う。 身分を隠し平民として働くスーリアのもとに、彼はなぜか頻繁に会いにやってきた。 いつの間にか抱いていた恋心に翻弄されるなか、参加した夜会で出くわしてしまう。 この国の第二王子としてその場にいた、騎士の青年と――  ※シリーズものですが、主人公が変わっているので単体で読めます。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

『婚約破棄された瞬間、前世の記憶が戻ってここが「推し」のいる世界だと気づきました。恋愛はもう結構ですので、推しに全力で貢ぎます。

放浪人
恋愛
「エリザベート、貴様との婚約を破棄する!」 卒業パーティーで突きつけられた婚約破棄。その瞬間、公爵令嬢エリザベートは前世の記憶を取り戻した。 ここは前世で廃課金するほど愛したソシャゲの世界。 そして、会場の隅で誰にも相手にされず佇む第三王子レオンハルトは、不遇な設定のせいで装備が買えず、序盤で死亡確定の「最愛の推し」だった!? 「恋愛? 復縁? そんなものはどうでもいいですわ。私がしたいのは、推しの生存ルートを確保するための『推し活(物理)』だけ!」 エリザベートは元婚約者から慰謝料を容赦なく毟り取り、現代知識でコスメ事業を立ち上げ、莫大な富を築く。 全ては、薄幸の推しに国宝級の最強装備を貢ぐため! 「殿下、新しい聖剣です。使い捨ててください」 「待て、これは国家予算レベルだぞ!?」 自称・ATMの悪役令嬢×不遇の隠れ最強王子。 圧倒的な「財力」と「愛」で死亡フラグをねじ伏せ、無能な元婚約者たちをざまぁしながら国を救う、爽快異世界マネー・ラブファンタジー! 「貴方の命も人生も、私が全て買い取らせていただきます!」

辺境の侯爵令嬢、婚約破棄された夜に最強薬師スキルでざまぁします。

コテット
恋愛
侯爵令嬢リーナは、王子からの婚約破棄と義妹の策略により、社交界での地位も誇りも奪われた。 だが、彼女には誰も知らない“前世の記憶”がある。現代薬剤師として培った知識と、辺境で拾った“魔草”の力。 それらを駆使して、貴族社会の裏を暴き、裏切った者たちに“真実の薬”を処方する。 ざまぁの宴の先に待つのは、異国の王子との出会い、平穏な薬草庵の日々、そして新たな愛。 これは、捨てられた令嬢が世界を変える、痛快で甘くてスカッとする逆転恋愛譚。

【完結】モブの王太子殿下に愛されてる転生悪役令嬢は、国外追放される運命のはずでした

Rohdea
恋愛
公爵令嬢であるスフィアは、8歳の時に王子兄弟と会った事で前世を思い出した。 同時に、今、生きているこの世界は前世で読んだ小説の世界なのだと気付く。 さらに自分はヒーロー(第二王子)とヒロインが結ばれる為に、 婚約破棄されて国外追放となる運命の悪役令嬢だった…… とりあえず、王家と距離を置きヒーロー(第二王子)との婚約から逃げる事にしたスフィア。 それから数年後、そろそろ逃げるのに限界を迎えつつあったスフィアの前に現れたのは、 婚約者となるはずのヒーロー(第二王子)ではなく…… ※ 『記憶喪失になってから、あなたの本当の気持ちを知りました』 に出てくる主人公の友人の話です。 そちらを読んでいなくても問題ありません。

転生しましたが悪役令嬢な気がするんですけど⁉︎

水月華
恋愛
ヘンリエッタ・スタンホープは8歳の時に前世の記憶を思い出す。最初は混乱したが、じきに貴族生活に順応し始める。・・・が、ある時気づく。 もしかして‘’私‘’って悪役令嬢ポジションでは?整った容姿。申し分ない身分。・・・だけなら疑わなかったが、ある時ふと言われたのである。「昔のヘンリエッタは我儘だったのにこんなに立派になって」と。 振り返れば記憶が戻る前は嫌いな食べ物が出ると癇癪を起こし、着たいドレスがないと癇癪を起こし…。私めっちゃ性格悪かった!! え?記憶戻らなかったらそのままだった=悪役令嬢!?いやいや確かに前世では転生して悪役令嬢とか流行ってたけどまさか自分が!? でもヘンリエッタ・スタンホープなんて知らないし、私どうすればいいのー!? と、とにかく攻略対象者候補たちには必要以上に近づかない様にしよう! 前世の記憶のせいで恋愛なんて面倒くさいし、政略結婚じゃないなら出来れば避けたい! だからこっちに熱い眼差しを送らないで! 答えられないんです! これは悪役令嬢(?)の侯爵令嬢があるかもしれない破滅フラグを手探りで回避しようとするお話。 または前世の記憶から臆病になっている彼女が再び大切な人を見つけるお話。 小説家になろうでも投稿してます。 こちらは全話投稿してますので、先を読みたいと思ってくださればそちらからもよろしくお願いします。

処理中です...