怪物は愛を囁く

三歩ミチ

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2.リーンの婚約者

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「アンちゃん、今日からあたし、学園に通うの。一緒に行こう!」
『一緒に? 無理だ、リーン。この体では』
「大丈夫。もーっと、可愛くなればいいの」

 リーンは、その蜂蜜色の瞳を嬉しそうに細めた。俺の体が、ぐぐ、と縮むのを感じる。

 お前の意思次第で、俺の姿形は変わるのかよ。

 こんな妙な名前を付けられたのも初めてなら、こんなに長い間召喚されたのも初めてだ。いつの間にか美しい少女に育ったリーンは、手のひらほどの大きさに縮んだ俺を荷物に入れた。

「何にもないように、しっかり白魔法を張っておこうっと」

 覚えたての白魔法は、呪いを防ぐもの。城に魔を防ぐ障壁を張ってから、リーンは、学園に向かった。

「楽しみだなあ。ランドルフにも、久しぶりに会うのよ」
『……』

 リーンの独り言を無視したのは、虫の居所が悪いからではない。俺がリーンと話すのは、周りに誰もいない時だけだ。闇から生まれた魔の者を従える奴は、この辺りでは異常者扱いだ。リーンを困らせるのは、本意ではない。
 リーンは細い指先で俺の体を摘み上げ、じぃ、と眺めた。蜂蜜色の瞳に映る俺の姿は、黒い小さな熊の形をしていた。

「この馬車には誰も乗っていないから、話していいのよ」
『あのランドルフという奴を、俺は好かん』
「小汚い熊って言われたからでしょ? 洗ってあげたから、もう小汚くないじゃない」
『そういうことではない』

 ランドルフ・シェルトランドという小僧は、リーンの「婚約者」だ。
 彼らが初めて会った十年前のあの日、ランドルフはその冷たい青い目で俺を見下ろし、「小汚い熊」と罵倒した。
 あの頃の俺はリーンのままごと遊びでしょっちゅう庭に転がされていたから、小汚い自覚はあった。しかし奴はあまつさえ、この体を「耳が大きくて気持ち悪い」と言い放ったのだ。

 確かに、俺の姿は、熊にしては耳が大きい。だとしてもリーンが名付け、見出してくれた姿形なのだ。それを「気持ち悪い」と言うとは、ひどい美意識だ。
 俺は、リーンに貰ったこの姿をけなしたランドルフに憤り、そして、憤るくらいにはこの姿を気に入っていることに気付いた。
 別に、本当にこの姿を好んでいる訳ではない。魔の者に、自分の容姿なんて関係がない。ただ、これがリーンが見出してくれた姿だから。
 詰まるところ俺は、リーンを気に入っているのである。

 ランドルフは俺に、俺がリーンを気に入っていることを気づかせた。
 それでいてあの小僧は、リーンを手に入れるのである。

 婚約者は、結婚することで夫婦となり、生涯を共にするのだと教えてもらった。夫婦とは、相手の全てを愛し、愛される関係だと。
 今は俺がリーンの愛を受けているかもしれないが、「結婚」とやらがなされれば、その愛はランドルフに向く。

 だから俺は、ランドルフを好かん。
 そんなこと、決して口には出さないが。
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