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4.秘密の話
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「ごめんね、アンちゃん。あなたにずっと我慢させて」
『構わん。仕方のないことだ』
人前では話さない。
リーンのための約束だから、我慢なんて苦ではないのだが。
学園の裏庭、誰もいない茂みの陰で、リーンと俺はこそこそと会話をする。
「こんなことになるなら、アンちゃんはお家にいてもらったほうが、自由に過ごせたのにね」
というのも。
学園内では周囲に人がいるのはもちろんのこと。寮の部屋も二人部屋で、いつルームメイトが入ってくるのかわからない状況。俺とリーンが話せる機会は、ほとんどなかった。
『構わん。……講義とやらも、なかなかに面白いからな』
「それならいいんだけど。どの講義が面白かった?」
『呪いについて。俺達魔の者の力を借りて行う呪いを、人間がどう捉えているかわかって興味深かった』
「呪い、か~」
リーンは唇を尖らせる。片手で摘んだ俺の体を揺らし、反対の指で腹をつつく。腹の柔らかいところを触れられると、くすぐったい。俺は、短い熊の手をばたつかせた。
『止めろ』
「もしかしてアンちゃんは、呪いをかけるために呼び出されたの?」
『そうでなければ、何だと言うのだ』
「迷子になっちゃったのかなって。だって、誰にも呪いはかけてないでしょ? アンちゃんは、ずっとあたしと一緒にいるのに」
『それは、だな……』
そういえば俺は、誰かに呪いをかけるために呼び出されたのではなかったか。召喚された者の願いは、何だったか。
リーンの魔力に上書きされて忘れていたが、俺の元の名は、アン、アン──そうだ。アンドルネリーデだ。
ざわ、と胸の内に落ち着かない感覚が広がる。
生まれたばかりの赤子を探して。
十五年後に死ぬ呪いをかける。
あれは、誰のことだったんだ?
リーンは、赤子ではなかった。
あの時生まれたばかりの赤子といえば、リーンの。
「アンちゃん、どうしたの? 怖い顔してるわよ」
リーンの蜂蜜色の瞳が、俺をまっすぐに見つめてくる。
『いや、何でもない』
心の中のざわめきが、すっと静まる。
リーンの魔力は温かく、強大で、穏やかだ。この魔力に包まれている限り、俺は「魔」でありながら、「アンちゃん」でいられる。
リーンの身内に害をなすための命令など、思い起こす必要はない。俺は今、リーンに名付けられた「アンちゃん」なのだから。
「王女殿下?」
「ランドルフだわ」
むぎゅ、と俺はリーンの胸ポケットに押し込まれる。胸が膨らんできたせいで、ポケットの中はずいぶん狭い。
ランドルフの硬い胸に押し付けられた時と比べれば、千倍マシだ。リーンの胸に頭を預け、俺は全身を脱力させて「ぬいぐるみ」になりきる。
「今、どなたかとお話しされていましたか?」
「いいえ、あたしひとりです」
「皆が心配しますから、護衛も連れずに、こんな人気のない場所に来てはいけませんよ」
「ごめんなさい。探させてしまったのですね」
リーンの口調は、ここ暫くで、ずいぶん上品になった。王族らしい、とでも言えばいいのだろうか。スカートをさりげなく払う仕草にも、優雅さがある。
どれもこれも、ランドルフのせいだ。リーンは、すっかり見た目相応の淑女になっている。しかしそれは体面だけで、内面のリーンは無邪気な子供のままだ。
リーンが思いのままに振る舞うと、ランドルフが嫌な顔をする。そのせいで最近のリーンは、自分の心を押し隠すようになった。リーンの顔色が悪いのは、ランドルフのせいだ。
──やっぱり、ランドルフは好かん。
俺が向ける厳しい視線には気づかず、ランドルフはリーンを連れ、仲間の元に戻った。
『構わん。仕方のないことだ』
人前では話さない。
リーンのための約束だから、我慢なんて苦ではないのだが。
学園の裏庭、誰もいない茂みの陰で、リーンと俺はこそこそと会話をする。
「こんなことになるなら、アンちゃんはお家にいてもらったほうが、自由に過ごせたのにね」
というのも。
学園内では周囲に人がいるのはもちろんのこと。寮の部屋も二人部屋で、いつルームメイトが入ってくるのかわからない状況。俺とリーンが話せる機会は、ほとんどなかった。
『構わん。……講義とやらも、なかなかに面白いからな』
「それならいいんだけど。どの講義が面白かった?」
『呪いについて。俺達魔の者の力を借りて行う呪いを、人間がどう捉えているかわかって興味深かった』
「呪い、か~」
リーンは唇を尖らせる。片手で摘んだ俺の体を揺らし、反対の指で腹をつつく。腹の柔らかいところを触れられると、くすぐったい。俺は、短い熊の手をばたつかせた。
『止めろ』
「もしかしてアンちゃんは、呪いをかけるために呼び出されたの?」
『そうでなければ、何だと言うのだ』
「迷子になっちゃったのかなって。だって、誰にも呪いはかけてないでしょ? アンちゃんは、ずっとあたしと一緒にいるのに」
『それは、だな……』
そういえば俺は、誰かに呪いをかけるために呼び出されたのではなかったか。召喚された者の願いは、何だったか。
リーンの魔力に上書きされて忘れていたが、俺の元の名は、アン、アン──そうだ。アンドルネリーデだ。
ざわ、と胸の内に落ち着かない感覚が広がる。
生まれたばかりの赤子を探して。
十五年後に死ぬ呪いをかける。
あれは、誰のことだったんだ?
リーンは、赤子ではなかった。
あの時生まれたばかりの赤子といえば、リーンの。
「アンちゃん、どうしたの? 怖い顔してるわよ」
リーンの蜂蜜色の瞳が、俺をまっすぐに見つめてくる。
『いや、何でもない』
心の中のざわめきが、すっと静まる。
リーンの魔力は温かく、強大で、穏やかだ。この魔力に包まれている限り、俺は「魔」でありながら、「アンちゃん」でいられる。
リーンの身内に害をなすための命令など、思い起こす必要はない。俺は今、リーンに名付けられた「アンちゃん」なのだから。
「王女殿下?」
「ランドルフだわ」
むぎゅ、と俺はリーンの胸ポケットに押し込まれる。胸が膨らんできたせいで、ポケットの中はずいぶん狭い。
ランドルフの硬い胸に押し付けられた時と比べれば、千倍マシだ。リーンの胸に頭を預け、俺は全身を脱力させて「ぬいぐるみ」になりきる。
「今、どなたかとお話しされていましたか?」
「いいえ、あたしひとりです」
「皆が心配しますから、護衛も連れずに、こんな人気のない場所に来てはいけませんよ」
「ごめんなさい。探させてしまったのですね」
リーンの口調は、ここ暫くで、ずいぶん上品になった。王族らしい、とでも言えばいいのだろうか。スカートをさりげなく払う仕草にも、優雅さがある。
どれもこれも、ランドルフのせいだ。リーンは、すっかり見た目相応の淑女になっている。しかしそれは体面だけで、内面のリーンは無邪気な子供のままだ。
リーンが思いのままに振る舞うと、ランドルフが嫌な顔をする。そのせいで最近のリーンは、自分の心を押し隠すようになった。リーンの顔色が悪いのは、ランドルフのせいだ。
──やっぱり、ランドルフは好かん。
俺が向ける厳しい視線には気づかず、ランドルフはリーンを連れ、仲間の元に戻った。
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