怪物は愛を囁く

三歩ミチ

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5.異変

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 人間にとっての1年など、魔の者にとっては吹けば飛ぶほどに短い期間だ。

 1年経ち、2年経ち。
 学年の「最上級生」とやらになった頃には、リーンはすっかり王女らしい風格を備えていた。

「王女殿下、お先に失礼致します」
「ええ、あなたも」
「あまり根を詰めすぎませぬよう。続きはまた明日、我らも手伝いますゆえ」

 片手をひらりひらりと振るリーンに頭を下げ、「生徒会の後輩」達が生徒会室を辞す。持ち前の魔力で他を圧倒したリーンは、順当に生徒会長の席を得ていた。

「はあ。今日も疲れちゃったわ」
『リーン、よく頑張ったな』

 夜の生徒会室は、皆が辞した後は誰もいない。俺とリーンは、堂々と話せる場所を手に入れたのだ。

「褒めてくれるのはアンちゃんだけよ」

 リーンが俺を頭に乗せるので、俺は熊の小さな腕を使い、ぽんぽんと髪を撫でる。リーンの栗色の髪は艶やかで、触れる手に滑らかな感触が返ってくる。

「はあ」

 と、またため息。
 最近のリーンは疲れているらしく、ため息ばかりだ。

『手紙のことか?』
「そう。卒業したらすぐに、結婚の儀を行うって」

 俺はポケットから内容を一緒に見ていたから、知っている。

 結婚したら、リーンは全ての愛を、ランドルフに向けることになる。結婚とはそういうものらしい。
 俺は、胸の奥がちくりと痛むのを無視した。最初からわかっていたことだ。

 リーンを魔に引き込むことなど、俺にはできない。リーンほどの魔力がある者を、一方的にこちらに引き寄せることはできないのだ。
 本人が望めば別だが、リーンがそれを望むはずもない。結局のところ、リーンのことは奴に委ねるしかない。リーンもそれを望んでいる。わかっている。

『リーンにとっては、望むところだろう?』
「それは、そうよ。婚約者だもの。でも……思ったより早かったわ。もう、結婚だなんて」

 俺は、リーンの頭から下ろされた。ぽふ、と。俺の腹に、リーンの顔が押し当てられる。

「あたしに、シェルトランド公爵家の夫人なんて務まるのかしら」
『リーンなら何だってできるさ』
「ランドルフの理想通りに振る舞うなんて、できないわ。今はまだ偶にだからいいけれど、結婚したら毎日、ずっと、よ」

 はあ。リーンのため息が、俺の腹に吹き込まれて熱い。

 リーンの弟は王太子であり、リーン自身は降嫁して、ランドルフに嫁ぎ、シェルトランド公爵家の一員となる。人間の政治はよくわからないが、とにかくそういうことらしい。

『俺がいるだろう』
「そうね。アンちゃんがいれば、やっていけるかも」

 リーンには俺が必要だ。
 そう気づいた時、俺の短い背筋に、ぞくぞくと妙な熱が走った。
 もっと必要とされたい。もっと、リーンのためになることを。──何だ、この感情は?

 これはきっと、魔の者の本質なのだ。魔の者は、召喚者の願いを叶える。人間じみた妙な感情が、芽生えるはずはないのだから。

『俺がいれば、大丈夫さ。どんな話でも聞いてやる』
「ありがとう、アンちゃん。あたしのことをわかってくれるのは、あなただけよ」
『ああ』

 なのに。なのにどうして、リーンの言葉が、こんなにも全身をぞくぞくと震わせるのだろうか。
 俺だけが、リーンをわかっている。
 なぜそれが、こんなにも──嬉しい、のだろうか。

 人間界に長居しすぎて、俺はどうも、おかしくなっているらしい。
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