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7.結婚の真実
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『リーン。奴のために、そこまでする必要はない』
「でもね、アンちゃん。他に、あたしにできることってあるの?」
『だとしても……あの女に惹かれるランドルフが悪い。リーンが、気を遣う必要がどこにある』
「あーもう、はっきり言わないでよ。あたしもわかってるわ、ランドルフがアーニャにぞっこんだってことは」
アーニャ。それが、ランドルフにぶつかった女子の名だった。
深夜の生徒会室で、ちくちくと、リーンは刺繍に取り組む。王家の花と、公爵家の紋章が絡んだ象徴的なモチーフを、真っ白なハンカチに刻み込んでいる。
手元が狂って、リーンが針を指に刺した。
『ああっ!』
血がにじんでしまう前に、俺はハンカチを引っこ抜く。
いっそ血で汚れてしまえばいいのだが、そうなったらリーンがいっそう悲しむことも、俺にはわかっていた。
食事の時に隣に座り、同じ皿のものを食べようとする。
教室の移動中、手を繋ごうとする。
夜祭に誘う。ダンスを申し込む。華やかなドレスを着る。
かつてリーンが行ってはランドルフに「はしたない」と叱られてやめたそれらを、アーニャは全て行った。
そうしてなぜかランドルフは、「はしたない」と叱るどころか、頬を染めて受け入れているのだ。
代わりにリーンが、かつてランドルフに言われたように「はしたない」と苦言を呈し。そしてなぜか、ランドルフに「権力をかざして口出しをするな」と叱られる。
今起きているのは、そんな不可解な出来事だった。
「どうしてだと思う? アーニャが可愛いのは認めるけれど、あたしだって、負けていないわよね?」
『アーニャなんかより、リーンの方が数百倍美しい。あいつに見る目がないんだ。こんなにリーンは、あいつのために自分を律して来たのに』
「アンちゃん、ありがとう。そうよね、あたし、頑張ってきたわ」
リーンが、浮かない顔をする。最近はずっとそうだ。俺は腕をぐっと伸ばし、リーンの顎先に触れた。リーンは、顔を机に下ろす。近くなった頬を、ぬいぐるみの手でぽふぽふと撫でる。リーンは長い睫毛を伏せた。
「でも、頑張り方が違ったのね。だってランドルフは、アーニャが好きなのよ」
『今だけだ。結婚すれば、互いに愛し合うものなんだろう? ランドルフだって、夫婦になれば、リーンのことを愛するはずだ』
夫婦というものは、そういうものだ。
リーンに教わってから、俺はずっとそう信じていた。
「そうだったらいいのにね」
なのに俺に教えてくれたリーンは、物憂げな表情のまま。
「愛のない夫婦には、なりたくないと思っていだけれど」
愛のない夫婦なんてものが、あるのか。
「後継はつくるけれど、愛人を囲うご主人は多いそうよ」
『愛人? というのは何だ』
「ええと……男の人がね、妻以外に、愛する人を持つことよ」
妻以外の人を、愛することが?
『妻の方はどうなんだ? 夫以外に、愛する人を持つことは』
「そういう人もいるかもしれないわね」
夫婦だからと言って、必ずしも愛し合う訳ではないのか。
結婚しても、リーンが俺に、ランドルフへ向けるより強い愛情を向けることはあり得るのか。
「こんな風に言葉を教えるのは、久しぶりね。アンちゃんも、ずいぶん人間の世界に詳しくなったものだわ」
あまりの衝撃に揺れる俺は、リーンの言葉への返答を持ち合わせていなかった。
「でもね、アンちゃん。他に、あたしにできることってあるの?」
『だとしても……あの女に惹かれるランドルフが悪い。リーンが、気を遣う必要がどこにある』
「あーもう、はっきり言わないでよ。あたしもわかってるわ、ランドルフがアーニャにぞっこんだってことは」
アーニャ。それが、ランドルフにぶつかった女子の名だった。
深夜の生徒会室で、ちくちくと、リーンは刺繍に取り組む。王家の花と、公爵家の紋章が絡んだ象徴的なモチーフを、真っ白なハンカチに刻み込んでいる。
手元が狂って、リーンが針を指に刺した。
『ああっ!』
血がにじんでしまう前に、俺はハンカチを引っこ抜く。
いっそ血で汚れてしまえばいいのだが、そうなったらリーンがいっそう悲しむことも、俺にはわかっていた。
食事の時に隣に座り、同じ皿のものを食べようとする。
教室の移動中、手を繋ごうとする。
夜祭に誘う。ダンスを申し込む。華やかなドレスを着る。
かつてリーンが行ってはランドルフに「はしたない」と叱られてやめたそれらを、アーニャは全て行った。
そうしてなぜかランドルフは、「はしたない」と叱るどころか、頬を染めて受け入れているのだ。
代わりにリーンが、かつてランドルフに言われたように「はしたない」と苦言を呈し。そしてなぜか、ランドルフに「権力をかざして口出しをするな」と叱られる。
今起きているのは、そんな不可解な出来事だった。
「どうしてだと思う? アーニャが可愛いのは認めるけれど、あたしだって、負けていないわよね?」
『アーニャなんかより、リーンの方が数百倍美しい。あいつに見る目がないんだ。こんなにリーンは、あいつのために自分を律して来たのに』
「アンちゃん、ありがとう。そうよね、あたし、頑張ってきたわ」
リーンが、浮かない顔をする。最近はずっとそうだ。俺は腕をぐっと伸ばし、リーンの顎先に触れた。リーンは、顔を机に下ろす。近くなった頬を、ぬいぐるみの手でぽふぽふと撫でる。リーンは長い睫毛を伏せた。
「でも、頑張り方が違ったのね。だってランドルフは、アーニャが好きなのよ」
『今だけだ。結婚すれば、互いに愛し合うものなんだろう? ランドルフだって、夫婦になれば、リーンのことを愛するはずだ』
夫婦というものは、そういうものだ。
リーンに教わってから、俺はずっとそう信じていた。
「そうだったらいいのにね」
なのに俺に教えてくれたリーンは、物憂げな表情のまま。
「愛のない夫婦には、なりたくないと思っていだけれど」
愛のない夫婦なんてものが、あるのか。
「後継はつくるけれど、愛人を囲うご主人は多いそうよ」
『愛人? というのは何だ』
「ええと……男の人がね、妻以外に、愛する人を持つことよ」
妻以外の人を、愛することが?
『妻の方はどうなんだ? 夫以外に、愛する人を持つことは』
「そういう人もいるかもしれないわね」
夫婦だからと言って、必ずしも愛し合う訳ではないのか。
結婚しても、リーンが俺に、ランドルフへ向けるより強い愛情を向けることはあり得るのか。
「こんな風に言葉を教えるのは、久しぶりね。アンちゃんも、ずいぶん人間の世界に詳しくなったものだわ」
あまりの衝撃に揺れる俺は、リーンの言葉への返答を持ち合わせていなかった。
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