公爵令嬢は、どう考えても悪役の器じゃないようです。

三歩ミチ

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11.試作は次の段階へ

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 リアンの誕生日を2日後に控えたその日、私たちはもう恒例となった昼休憩時の活動のため、作業場へ集合していた。弟の調子が最近少し良いということで、今日はハンナもアンナも揃っている。
 普段ならばそのまま各々の作業に移るのだけれど、今日は違う。なぜならノアから、「試作品の検討をしよう」という指示が予め出ていたからだ。初日の試作品を、ノアに指定された順番で机上に置く。洗濯のりが濃いものから水が多いものまで、濃度の順にずらりと並べると、その違いがよくわかった。

「作って2週間経つと、こうなるのですね。のりの濃度があまり濃いと良くないだろうとは思っていましたが、これほどとは」

 「これほど」とノアが控えめに貶しているのは、初日に洗濯のりを一切薄めずに投入した、私の作品である。のりで花が潰れただけでなく、時間の経過に伴って、本来透明なはずの液体部分に花の色が染み出し、変色していた。こうなってしまうと、あまり綺麗とは言えない。
 逆に、リサの作った質素な作品は、花がぷかぷかと完全に浮いてしまっている。これは、水を多めに混ぜ込んだものだ。よく見ると、腐りつつあるのか、花びらのふちがぼんやりしている。もちろん腐ったら、飾ることはできない。こんなに早く駄目になるのでは、インテリアとしてはいまいちであろう。
 他の3つは、花の形も崩れず、妙な浮き方もせず、色も染み出していない。ノア、ハンナ、アンナの作ったものが、どれも未だ綺麗な状態であった。

 「初回はそれぞれが好き勝手に花を入れてしまいましたから、単純に比較することはできませんが、やはりこの辺りの配合が良さそうです」
「ノアさんのは、少し濁って見えませんか?」
「……確かに。水がやや少なかったようです。ハンナとアンナのものが、透明感も保たれていますね」

 ハンナが指摘するので、私もノアの作品を確認する。濁っている……かどうかは、わからない。ただ、ハンナとノアがそう言うし、アンナも頷いているから、そうなのだろう。彼らの美的センスの繊細さには、感心する。

「今は、ハンナとアンナには同じ花材で、さらに細かに配合を変えて作ってもらっています。その結果を見て、最も良い分量は決めていきますが、とりあえず明後日は、このふたつをアルノー様にお見せください」
「お兄様に? どうして?」
「どうしてって……アルノー様にお見せして、領地の生産品にできるかお伺いするのではないのですか」

 咄嗟に出た質問に、ノアが怪訝そうな顔をして返してくる。そう、確かにそう父に言われたのだった。こんなに早くアルノーに見せる許可が出るとは思わなくて、何の話か、一瞬わからなかった。

「もう、いいのね」
「はい。実際に売り出すなら、もう私達の手には負えませんし、時間もかかります。試作品も揃いましたから、まずはそもそも売る価値があるか、見ていただくべきでしょう」
「そう言われれば、そうね。ハンナとアンナのを、お兄様にお見せするわ」

 机の上から、ふたりの作品を取る。透明な液体の中でゆらゆらと花が揺れ、可愛らしい。私が部屋に飾りたいくらいだ。これならきっと、アルノーの反応も期待できるのではないだろうか。
 瓶を揺らしながら眺めていると、その向こうに、不安げなふたつの顔が見える。

「私共の作ったもので、大丈夫なのでしょうか。ノアさんやキャサリン様のでなくてーー」
「大丈夫よ。どう見ても私やノアのより、ふたりの作ったものの方が出来が良いんだから」

 私は言いながらふたつのハーバリウムをリサに持たせ、改めて、ハンナとアンナを正面から見つめる。

「それよりも、ふたりとも、今までありがとう。これからも手伝ってもらうとは思うけれど、試作もできたし、製品作りはひと段落したわ」
「はい、そうですね」

 頷くハンナに、そのまま続ける。

「休憩時間を割いて手伝ってくれたふたりには、お礼をしないといけないわ。ライネルさんにも、その分の給金を払うと伝えたの。だから、受け取って」
「えっ……」

 断る隙を与えないよう、茶封筒をアンナの方に渡す。おっとりしたアンナは、反射的に受け取り、こちらを見る。困惑の色がありありと浮かんでいる。

「それは、ふたりが休憩を返上して働いて稼いだお金だから、堂々と受け取っていいのよ。薬代の足しにして貰えると嬉しいわ」
「そんな……申し訳なくて、受け取れません」

 ハンナが言うけれど、私も引けない。ライネルには、給金を払うという前提で、ハンナとアンナに手伝いをさせることを認められたのだ。それを反故にはできない。何より、そもそも私がこの企画を思いついたのは、ふたりのためなのだから。

「お金を稼ぎたいと思ったのも、ふたりの弟の話を聞いたからなのよ。断られたら、私が困るわ」
「えっ……! 弟の、ために……」

 ハンナとアンナが、目を丸く見開き、揃って息を飲む。黒い瞳がこぼれ落ちそうだ。

「何でそんなに驚くの。私、言ってなかったかしら」
「そういえば、キャサリン様が直接ハンナ達に言うのは、聞きませんでしたね」
「私達はわかっていましたから、特に補足もしませんでしたが……ライネルさんも、おふたりには言わなかったんですか?」
「あの……ただ、キャサリン様が指名しているから、手伝うように、と」

 ハンナ達が弟の薬代を稼げるよう、他の使用人が僻まない形で働かせたい、という意図は、関係者の間では共有できていたはずだ。もし製品が売れればさらにお金が配れるし、今後関わる人数が増えると、ハンナ達に限らず皆の生活が少し楽になるから不公平もない。
 ところが当のハンナ達にはその話を誰も伝えず、結果として、今凄まじい驚きを与えてしまうことになったらしかった。

「ただ……ただ私達は、キャサリン様やリサ達と新しいものを作るのが、楽しくって……」
「あんなにたくさんのお花を触ったこともなかったし、褒められるから、嬉しくて……」
「それなのに、ここまでして頂いて、もう、感謝の言葉もありません……!」

 双子はめいめいにそんなことを口にし、同時に両手で顔を覆った。
 今回ふたりに渡したのは、あくまでも彼らの追加労働に対する対価である。ハーバリウムを領地の生産品として売れるようになって、うまく稼げれば、その分の利益から更にあげられる額が増えるはずだ。そうすれば、弟の薬も、継続的に購入できるようになるだろう。欲を言うなら、他の使用人にも作業を拡大し、希望する多くの人が利益を受けられるようにしたい。
 希望すると、本来決められた額よりも多く稼ぐ可能性があるのは、我が家に仕えてくれている人々にとって、悪い話ではないだろう。せっかく私達のために働いてくれているのだから、それに報いたい。
 しかしそれは、今後の目標。今は、目の前で泣くほど喜んでいるハンナとアンナの姿に、私も喜びを感じているのだった。
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