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07 エレミア・パールは嘘つき
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「虹の騎士様、昨日はお会いできなかったのよねえ」
「残念でしたねえ」
「ほんとよー。それだけを楽しみに生きてるのに」
今日もミアはカウンターに腰掛け、レナードの話に花を咲かせている。飲んでいるのは、甘みの強い薬草茶。大声を出す仕事だというので、喉が潤う薬草を入れている。
「エレミアだって、そういうのあるでしょ。この人の顔を見たら元気になる、みたいな」
「私は……」
ぱっと浮かんだのは、レナードの顔だった。あれから数日経つが、彼は律儀に仕事の後に顔を出してくれる。大体同じ時間だから、近づいて来るとついそわそわしてしまう。楽しみにしている、というのに間違いはなかった。
「……あんまりわからないです。お客様がいらっしゃると、元気が出ますが」
「はああ、もう。こういうこと言うから、こんな爺さんが通い詰めるのよ」
「ほっほ。お嬢さん、口が過ぎますよ」
悪態を吐くミアを、アーネストが軽く流す。随分失礼な物言いだが、アーネストも、このやりとりを楽しんでいるように見える。
そんな二人を見ながら、私の胸は沈んだ。嘘をついてしまった。本当は、ミアがひどく会いたがっているレナードは彼女が帰った後に店に来る。私はそれを、とても楽しみにしている。……言ってしまったら、ミアはレナードに会いたくて、店に長居するかもしれない。そうなったらきっと、レナードはここに来なくなる。
だから、本当のことは言えない……いや、私が言わないのだ。屈託のない彼女に、素知らぬ顔をして嘘をついている自分がいやになる。
「では、また」
「またね、エレミア!」
「ありがとうございました。またぜひ」
彼女たちが帰り、西陽が射してくる頃になると、私はそわそわしてしまう。時間が気になり、何だか意味もなく薬草を出したりしまったりしていると、扉が鳴る。体が重くなるのが、合図といえば合図だ。
「こんばんは、エレミアさん」
「レナードさん。お疲れ様です」
「今日はサンドイッチを買ってきたよ」
レナードは、片手に紙袋を提げている。ここ数日で、夕方に来たレナードと、共に夕食を食べるのが恒例となった。
一度ナイフを取り落としたせいで、サンドイッチはレナードが切り分け、私の前に置いてくれるようになった。受け取ったサンドイッチは、表面がぱりっと焼かれていて、噛むと小麦の味が強くした。
「美味しいです」
「だろう? 巡回のついでによく買うんだけど、どの具材も美味しいんだ」
気付けばレナードは打ち解けた口調になっていて、そんなことにもどきどきしてしまう。
「気に入ったなら、また買ってこようかな」
「……いつもすみません」
「こちらこそ、いつもこんな遅くにお邪魔して申し訳ないからさ」
次がある前提の会話にも、心がときめく。だとしても私は、この感情に名前を付けることに躊躇いがあった。
「……ほんと、エレミアさんの近くにいると落ち着くよ」
しみじみ紡がれる言葉が、じわりと胸に広がって嬉しい。同時に、胸の奥がちくりと痛む。
「君みたいな人に出会えて良かった。俺とエレミアさんは、きっと相性が良いんだね」
「……ありがとうございます」
相性が良いのではないと、私はわかっている。なのに、朗らかに笑うレナードを見ていると、本当のことを言いたくなくなるのだ。
もっと言ってほしい、と思ってしまう。自分のために嘘をつく浅ましさに、胸が痛む。
「こっちの薬草茶も、頂いていいのかな」
「ええ、どうぞ」
何となく上の空で返事をしてから、レナードを見る。彼が空中に浮かべているポットからは、薄青い湯が流れ出ている。
私が昼間に飲みかけていた、マリオテッサの蕾だ。魔力過多症には欠かせない薬草だけれど、普通の人が飲むと、魔力が体から抜けてしまう毒でしかない。
「あ、それは」
「うん? ……美味しいね、これも」
止める間も無く、レナードはカップを手に取り、優雅な仕草で口に運んでいた。
じわり、と肩が熱くなる。
「……うん?」
首を傾げたのは、レナードだった。
私も、同時に違和感を覚える。
重かった腕から、蒸気が抜けていくような感覚。足先がふわりと浮き、宙に浮かんだようだ。膝が、太腿が、腰が、軽くなる。全身を覆っていた強烈な疲労感が、すっと抜けていった。
「これは……」
レナードが、両の手をじっくり見ている。心底不思議そうな表情で。私の疲労感が消えたということは、彼の疲労が消えたということだ。
心当たりは、ひとつしかない。
「……このお茶は?」
レナードが、カップに僅かに残る薬草茶を見つめる。
なんだ、そうだったのか。
腑に落ちた私は、すっきりしたような、重たいような気持ちで胸がいっぱいになった。
「残念でしたねえ」
「ほんとよー。それだけを楽しみに生きてるのに」
今日もミアはカウンターに腰掛け、レナードの話に花を咲かせている。飲んでいるのは、甘みの強い薬草茶。大声を出す仕事だというので、喉が潤う薬草を入れている。
「エレミアだって、そういうのあるでしょ。この人の顔を見たら元気になる、みたいな」
「私は……」
ぱっと浮かんだのは、レナードの顔だった。あれから数日経つが、彼は律儀に仕事の後に顔を出してくれる。大体同じ時間だから、近づいて来るとついそわそわしてしまう。楽しみにしている、というのに間違いはなかった。
「……あんまりわからないです。お客様がいらっしゃると、元気が出ますが」
「はああ、もう。こういうこと言うから、こんな爺さんが通い詰めるのよ」
「ほっほ。お嬢さん、口が過ぎますよ」
悪態を吐くミアを、アーネストが軽く流す。随分失礼な物言いだが、アーネストも、このやりとりを楽しんでいるように見える。
そんな二人を見ながら、私の胸は沈んだ。嘘をついてしまった。本当は、ミアがひどく会いたがっているレナードは彼女が帰った後に店に来る。私はそれを、とても楽しみにしている。……言ってしまったら、ミアはレナードに会いたくて、店に長居するかもしれない。そうなったらきっと、レナードはここに来なくなる。
だから、本当のことは言えない……いや、私が言わないのだ。屈託のない彼女に、素知らぬ顔をして嘘をついている自分がいやになる。
「では、また」
「またね、エレミア!」
「ありがとうございました。またぜひ」
彼女たちが帰り、西陽が射してくる頃になると、私はそわそわしてしまう。時間が気になり、何だか意味もなく薬草を出したりしまったりしていると、扉が鳴る。体が重くなるのが、合図といえば合図だ。
「こんばんは、エレミアさん」
「レナードさん。お疲れ様です」
「今日はサンドイッチを買ってきたよ」
レナードは、片手に紙袋を提げている。ここ数日で、夕方に来たレナードと、共に夕食を食べるのが恒例となった。
一度ナイフを取り落としたせいで、サンドイッチはレナードが切り分け、私の前に置いてくれるようになった。受け取ったサンドイッチは、表面がぱりっと焼かれていて、噛むと小麦の味が強くした。
「美味しいです」
「だろう? 巡回のついでによく買うんだけど、どの具材も美味しいんだ」
気付けばレナードは打ち解けた口調になっていて、そんなことにもどきどきしてしまう。
「気に入ったなら、また買ってこようかな」
「……いつもすみません」
「こちらこそ、いつもこんな遅くにお邪魔して申し訳ないからさ」
次がある前提の会話にも、心がときめく。だとしても私は、この感情に名前を付けることに躊躇いがあった。
「……ほんと、エレミアさんの近くにいると落ち着くよ」
しみじみ紡がれる言葉が、じわりと胸に広がって嬉しい。同時に、胸の奥がちくりと痛む。
「君みたいな人に出会えて良かった。俺とエレミアさんは、きっと相性が良いんだね」
「……ありがとうございます」
相性が良いのではないと、私はわかっている。なのに、朗らかに笑うレナードを見ていると、本当のことを言いたくなくなるのだ。
もっと言ってほしい、と思ってしまう。自分のために嘘をつく浅ましさに、胸が痛む。
「こっちの薬草茶も、頂いていいのかな」
「ええ、どうぞ」
何となく上の空で返事をしてから、レナードを見る。彼が空中に浮かべているポットからは、薄青い湯が流れ出ている。
私が昼間に飲みかけていた、マリオテッサの蕾だ。魔力過多症には欠かせない薬草だけれど、普通の人が飲むと、魔力が体から抜けてしまう毒でしかない。
「あ、それは」
「うん? ……美味しいね、これも」
止める間も無く、レナードはカップを手に取り、優雅な仕草で口に運んでいた。
じわり、と肩が熱くなる。
「……うん?」
首を傾げたのは、レナードだった。
私も、同時に違和感を覚える。
重かった腕から、蒸気が抜けていくような感覚。足先がふわりと浮き、宙に浮かんだようだ。膝が、太腿が、腰が、軽くなる。全身を覆っていた強烈な疲労感が、すっと抜けていった。
「これは……」
レナードが、両の手をじっくり見ている。心底不思議そうな表情で。私の疲労感が消えたということは、彼の疲労が消えたということだ。
心当たりは、ひとつしかない。
「……このお茶は?」
レナードが、カップに僅かに残る薬草茶を見つめる。
なんだ、そうだったのか。
腑に落ちた私は、すっきりしたような、重たいような気持ちで胸がいっぱいになった。
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