上 下
8 / 9

08 エレミア・パールの告白

しおりを挟む
「マリオテッサの蕾です。魔力過多症には、よく効くんです」
「魔力過多症?」
「ご存知ありませんか?」

 きょとんとするレナードに、思わず首を傾げてしまう。魔力過多症は、親から譲り受ける体質だ。彼がそうなら、彼の血筋にも同様の症状を持った人がいるはずなのだが。

「……聞いたことがないな」
「そうですか」

 何か、聞けない理由があるのかもしれない。知らなかったのなら、今まで、マリオテッサの蕾に出会わなかったのも納得といえば納得である。

「エレミアさんは、どうしてこのお茶を?」

 どうしよう、と一瞬の葛藤が胸を掠めた。素知らぬふりをするか、本当のことを言うか。胸の奥がちくりと痛む。これ以上嘘をつき続けても、どうにもならない。

「……私自身が、魔力過多症なので。それを飲むと、余計な魔力が放出されるらしくて、体が楽になるんです」
「なるほど……。俺は、魔力が過多な状態になっていたのか」
「断言はできませんが、恐らく」
「……いや。心当たりはある」

 レナードは、神妙な顔つきをしている。

「どのくらいの頻度で飲めばいいのかな」
「私は1日に1度、飲んでいます。体質や日々消費する魔力量によるので、怠さが出てきたら飲むようにすると、ちょうど良い回数がわかってくるかと」
「そうか。……とりあえず、明日来た時にも飲んでいいかな」
「それは……もちろん、です」

 このまま返したら、レナードが困ったことになる。薬師として、きちんと説明しなければならない。

「ただひとつ、問題があって。魔力が抜けた分、他から補おうとするのか分かりませんが、近くの人と共鳴してしまうんです。具体的に言うと、その人の抱えている痛みを分け合ってしまう、という……」
「分け合う?」
「はい。膝の痛い人が近くにいたら、自分の膝が痛くなります。頭が痛い人が近くにいたら、頭が痛くなります。その分、その人の体は楽になるのですが」
「全身が疲労している人が近くにいたら?」
「同じことです」

 レナードの緑の瞳と、見つめ合う形になる。言ってしまった、と思った。彼が「楽になる」と思ってくれていたことの真実を、伝えてしまった。

「……なるほど。それでか……」

 聡明な彼は、この説明だけで理解したらしい。今までの誤解も、きっと解けただろう。私と彼は「相性が良い」のでも何でもなく、ただ、本当に「近くにいたら楽」なだけだったのだ。
 打ち明けたら、胸の奥はすっきりした。やはり嘘を吐くのは、性に合わなかったのだ。

「すみません、隠していて。私と一緒にいると楽だというのは、つまり、本当に楽だったんです」
「俺のだるさを、君が引き受けてくれていたんだね」
「そういうことです。ですから別に、相性が良いとか、一緒にいて落ち着くというのは、誤解なんです」
「それは、どうかな」

 レナードはぴんと来ていない様子だ。ここまで話したら、わかってもらいたい。私は、言葉に力を込める。

「私の近くにいれば、誰でも、楽になるんです。レナードさんの言葉が嬉しくて、つい言えずにいましたが……相性なんて、関係ないんです」
「なるほどね」

 レナードが俯く。ああ、失望されてしまった。私は肩が重くなったように感じた。これは、私の気落ちが感じさせるものだ。

「ごめんなさい、ずっと隠していて」
「俺の言葉が嬉しかったって、具体的には?」
「え……」

 頭に浮かぶのは、彼のかけてくれた言葉の数々。「つい考えてしまう」「こんな気持ちになったのは初めて」「一緒にいて落ち着く」……思い返すと、頬が熱くなる。

「……改めて口に出すのは、恥ずかしいです」
「『一緒にいて落ち着く』っていうのは、嬉しかった?」
「はい」
「『君に出会えて良かった』っていうのは?」
「それも、嬉しかったです」
「それが嬉しいってことは、俺は自惚れてもいいのかな」

 カウンターに肘をつくレナードは、今も穏やかに微笑んでいる。その頬が、薄らと赤かった。

「確かに君と一緒にいると楽だったけれど、それは別に、体だけのことではないよ」
「ですが、体の不調は、心の不調に繋がるので」
「俺が自分の気持ちを、そこまで整理できない人間に見える?」

 見えない。私は首を左右に振った。

「なら、俺の気持ちを受け止めてくれることを期待したいな。明日も来ても良い?」
「……はい」
「この薬草茶はよく効いたけど、それはそれとして、君に会いに来るんだよ」

 頷く私は、首筋まで熱かった。
 何だか夢見心地で、事実だとは思えない。レナードが出て行った後も、ふわふわした気分が続いていた。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

友人の恋が難儀すぎる話

BL / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:20

悪魔憑きと盲目青年

ホラー / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:3

不撓不屈

現代文学 / 連載中 24h.ポイント:2,385pt お気に入り:1

桜の散る世界

青春 / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:1

妖精のいたずら

恋愛 / 完結 24h.ポイント:2,350pt お気に入り:393

祭囃子と森の動物たち

ライト文芸 / 完結 24h.ポイント:369pt お気に入り:1

Ai

ライト文芸 / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

【完結】その約束は果たされる事はなく

恋愛 / 完結 24h.ポイント:198pt お気に入り:397

ほろ甘さに恋する気持ちをのせて――

恋愛 / 完結 24h.ポイント:589pt お気に入り:17

処理中です...