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08 エレミア・パールの告白
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「マリオテッサの蕾です。魔力過多症には、よく効くんです」
「魔力過多症?」
「ご存知ありませんか?」
きょとんとするレナードに、思わず首を傾げてしまう。魔力過多症は、親から譲り受ける体質だ。彼がそうなら、彼の血筋にも同様の症状を持った人がいるはずなのだが。
「……聞いたことがないな」
「そうですか」
何か、聞けない理由があるのかもしれない。知らなかったのなら、今まで、マリオテッサの蕾に出会わなかったのも納得といえば納得である。
「エレミアさんは、どうしてこのお茶を?」
どうしよう、と一瞬の葛藤が胸を掠めた。素知らぬふりをするか、本当のことを言うか。胸の奥がちくりと痛む。これ以上嘘をつき続けても、どうにもならない。
「……私自身が、魔力過多症なので。それを飲むと、余計な魔力が放出されるらしくて、体が楽になるんです」
「なるほど……。俺は、魔力が過多な状態になっていたのか」
「断言はできませんが、恐らく」
「……いや。心当たりはある」
レナードは、神妙な顔つきをしている。
「どのくらいの頻度で飲めばいいのかな」
「私は1日に1度、飲んでいます。体質や日々消費する魔力量によるので、怠さが出てきたら飲むようにすると、ちょうど良い回数がわかってくるかと」
「そうか。……とりあえず、明日来た時にも飲んでいいかな」
「それは……もちろん、です」
このまま返したら、レナードが困ったことになる。薬師として、きちんと説明しなければならない。
「ただひとつ、問題があって。魔力が抜けた分、他から補おうとするのか分かりませんが、近くの人と共鳴してしまうんです。具体的に言うと、その人の抱えている痛みを分け合ってしまう、という……」
「分け合う?」
「はい。膝の痛い人が近くにいたら、自分の膝が痛くなります。頭が痛い人が近くにいたら、頭が痛くなります。その分、その人の体は楽になるのですが」
「全身が疲労している人が近くにいたら?」
「同じことです」
レナードの緑の瞳と、見つめ合う形になる。言ってしまった、と思った。彼が「楽になる」と思ってくれていたことの真実を、伝えてしまった。
「……なるほど。それでか……」
聡明な彼は、この説明だけで理解したらしい。今までの誤解も、きっと解けただろう。私と彼は「相性が良い」のでも何でもなく、ただ、本当に「近くにいたら楽」なだけだったのだ。
打ち明けたら、胸の奥はすっきりした。やはり嘘を吐くのは、性に合わなかったのだ。
「すみません、隠していて。私と一緒にいると楽だというのは、つまり、本当に楽だったんです」
「俺のだるさを、君が引き受けてくれていたんだね」
「そういうことです。ですから別に、相性が良いとか、一緒にいて落ち着くというのは、誤解なんです」
「それは、どうかな」
レナードはぴんと来ていない様子だ。ここまで話したら、わかってもらいたい。私は、言葉に力を込める。
「私の近くにいれば、誰でも、楽になるんです。レナードさんの言葉が嬉しくて、つい言えずにいましたが……相性なんて、関係ないんです」
「なるほどね」
レナードが俯く。ああ、失望されてしまった。私は肩が重くなったように感じた。これは、私の気落ちが感じさせるものだ。
「ごめんなさい、ずっと隠していて」
「俺の言葉が嬉しかったって、具体的には?」
「え……」
頭に浮かぶのは、彼のかけてくれた言葉の数々。「つい考えてしまう」「こんな気持ちになったのは初めて」「一緒にいて落ち着く」……思い返すと、頬が熱くなる。
「……改めて口に出すのは、恥ずかしいです」
「『一緒にいて落ち着く』っていうのは、嬉しかった?」
「はい」
「『君に出会えて良かった』っていうのは?」
「それも、嬉しかったです」
「それが嬉しいってことは、俺は自惚れてもいいのかな」
カウンターに肘をつくレナードは、今も穏やかに微笑んでいる。その頬が、薄らと赤かった。
「確かに君と一緒にいると楽だったけれど、それは別に、体だけのことではないよ」
「ですが、体の不調は、心の不調に繋がるので」
「俺が自分の気持ちを、そこまで整理できない人間に見える?」
見えない。私は首を左右に振った。
「なら、俺の気持ちを受け止めてくれることを期待したいな。明日も来ても良い?」
「……はい」
「この薬草茶はよく効いたけど、それはそれとして、君に会いに来るんだよ」
頷く私は、首筋まで熱かった。
何だか夢見心地で、事実だとは思えない。レナードが出て行った後も、ふわふわした気分が続いていた。
「魔力過多症?」
「ご存知ありませんか?」
きょとんとするレナードに、思わず首を傾げてしまう。魔力過多症は、親から譲り受ける体質だ。彼がそうなら、彼の血筋にも同様の症状を持った人がいるはずなのだが。
「……聞いたことがないな」
「そうですか」
何か、聞けない理由があるのかもしれない。知らなかったのなら、今まで、マリオテッサの蕾に出会わなかったのも納得といえば納得である。
「エレミアさんは、どうしてこのお茶を?」
どうしよう、と一瞬の葛藤が胸を掠めた。素知らぬふりをするか、本当のことを言うか。胸の奥がちくりと痛む。これ以上嘘をつき続けても、どうにもならない。
「……私自身が、魔力過多症なので。それを飲むと、余計な魔力が放出されるらしくて、体が楽になるんです」
「なるほど……。俺は、魔力が過多な状態になっていたのか」
「断言はできませんが、恐らく」
「……いや。心当たりはある」
レナードは、神妙な顔つきをしている。
「どのくらいの頻度で飲めばいいのかな」
「私は1日に1度、飲んでいます。体質や日々消費する魔力量によるので、怠さが出てきたら飲むようにすると、ちょうど良い回数がわかってくるかと」
「そうか。……とりあえず、明日来た時にも飲んでいいかな」
「それは……もちろん、です」
このまま返したら、レナードが困ったことになる。薬師として、きちんと説明しなければならない。
「ただひとつ、問題があって。魔力が抜けた分、他から補おうとするのか分かりませんが、近くの人と共鳴してしまうんです。具体的に言うと、その人の抱えている痛みを分け合ってしまう、という……」
「分け合う?」
「はい。膝の痛い人が近くにいたら、自分の膝が痛くなります。頭が痛い人が近くにいたら、頭が痛くなります。その分、その人の体は楽になるのですが」
「全身が疲労している人が近くにいたら?」
「同じことです」
レナードの緑の瞳と、見つめ合う形になる。言ってしまった、と思った。彼が「楽になる」と思ってくれていたことの真実を、伝えてしまった。
「……なるほど。それでか……」
聡明な彼は、この説明だけで理解したらしい。今までの誤解も、きっと解けただろう。私と彼は「相性が良い」のでも何でもなく、ただ、本当に「近くにいたら楽」なだけだったのだ。
打ち明けたら、胸の奥はすっきりした。やはり嘘を吐くのは、性に合わなかったのだ。
「すみません、隠していて。私と一緒にいると楽だというのは、つまり、本当に楽だったんです」
「俺のだるさを、君が引き受けてくれていたんだね」
「そういうことです。ですから別に、相性が良いとか、一緒にいて落ち着くというのは、誤解なんです」
「それは、どうかな」
レナードはぴんと来ていない様子だ。ここまで話したら、わかってもらいたい。私は、言葉に力を込める。
「私の近くにいれば、誰でも、楽になるんです。レナードさんの言葉が嬉しくて、つい言えずにいましたが……相性なんて、関係ないんです」
「なるほどね」
レナードが俯く。ああ、失望されてしまった。私は肩が重くなったように感じた。これは、私の気落ちが感じさせるものだ。
「ごめんなさい、ずっと隠していて」
「俺の言葉が嬉しかったって、具体的には?」
「え……」
頭に浮かぶのは、彼のかけてくれた言葉の数々。「つい考えてしまう」「こんな気持ちになったのは初めて」「一緒にいて落ち着く」……思い返すと、頬が熱くなる。
「……改めて口に出すのは、恥ずかしいです」
「『一緒にいて落ち着く』っていうのは、嬉しかった?」
「はい」
「『君に出会えて良かった』っていうのは?」
「それも、嬉しかったです」
「それが嬉しいってことは、俺は自惚れてもいいのかな」
カウンターに肘をつくレナードは、今も穏やかに微笑んでいる。その頬が、薄らと赤かった。
「確かに君と一緒にいると楽だったけれど、それは別に、体だけのことではないよ」
「ですが、体の不調は、心の不調に繋がるので」
「俺が自分の気持ちを、そこまで整理できない人間に見える?」
見えない。私は首を左右に振った。
「なら、俺の気持ちを受け止めてくれることを期待したいな。明日も来ても良い?」
「……はい」
「この薬草茶はよく効いたけど、それはそれとして、君に会いに来るんだよ」
頷く私は、首筋まで熱かった。
何だか夢見心地で、事実だとは思えない。レナードが出て行った後も、ふわふわした気分が続いていた。
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