9 / 9
09 エレミア・パールと虹の騎士
しおりを挟む
「ねえねえエレミア、治癒院のマルチェロ先生を知ってる? あの人、優しくて柔和で、とっても紳士なの!」
「お会いしたことはないですが、素敵な方なのですね」
「ええ。何より、治癒院に行けば必ず会えるっていうのが良いわ! 騎士様は、会いにいかないと会えないもの」
薬草茶を片手に、ミナは今日も楽しそうに喋っている。レナードの次はどこぞの伯爵家の次男、その次は喫茶店の店員、何人目か忘れたが、今は治癒院の先生にご執心らしい。
彼女の恋の話はいつも相手への尊敬の念と憧れでいっぱいで、聞いていると明るい気持ちになる。
「エレミアだって、虹の騎士様になかなか会えなくて辛いでしょ? 酷いわよねえ、恋人が出来た途端、魔獣討伐隊に行っちゃうなんて」
「元々彼は、そちらにいた方なんだそうです。調子が悪くて、警備隊に配属されたらしくて……」
「エレミアが心配じゃないのかしら!」
ぷりぷり怒りながら薬草茶をぐいぐい飲む姿も、毎度のことながら可愛らしい。私は新しくお茶を淹れながら、カウンターの端に目をやる。ランタンの中にちらちら燃える炎は、レナードが置いて行ったものだ。
魔獣討伐隊は、この地を守る騎士の花形。風魔法だけでなく、火魔法、水魔法……あらゆる魔法に適性があるから「虹の騎士様」と呼ばれている彼が、全身の疲労感から解放されたら、途端に戻ってしまったのは無理もない話だ。
「エレミアがいいならいいけどね。さて、マルチェロ先生のところへ行って、それから仕事してくるわ! またね、エレミア」
「はい、またぜひ」
軽やかに手を振って出て行くミナの、ワンピースの裾がふわりと揺れる。扉から吹き込む風はからりと暑い。気付けば、緑盛る季節が訪れていた。
この時期になると、日はずいぶん長い。段々と傾いていく光に合わせてのんびり作業をしていると、いつの間にか夜になってしまう。
カラン、と音が鳴る。
「エレミアさん、ただいま」
「ああ、レナードさん。お久しぶりです」
「久しぶりになっちゃったよ。もう少し早く戻る予定だったんだけどなあ」
カウンター向かいの席にレナードが座ると、脚が気だるい感じがする。でも、それだけだ。
「お怪我がないようで何よりです」
「エレミアさんに痛い思いはさせられないからね」
魔獣討伐という危険な任務においては、怪我もよくあること。傷の治りを良くする薬草を用意しておいた引き出しを、そっと押して閉じた。
「元気そうだね。今日も、君の顔が見られて嬉しいよ」
「私もです」
その言葉に、嘘はない。嘘をつかなくていい、ということに、毎回嬉しい気持ちになる。
紙袋から取り出した料理を、分け合って食べる。いつもの穏やかな時間が、今日も流れていく。
「……討伐隊に入って、ひとつ良いことがあってさ」
内緒話をするように、レナードが囁いた。
「警備隊よりも報酬が断然に良いんだ。前に配属されていた時の分も合わせたら、そろそろ家が買える。……そうしたら、その家に一緒に住んでくれないかな」
「……いいんですか? 私なんかが」
「もちろん。俺には君しかいないよ」
ぽわ、と胸に温かなものが広がる。綻ぶ気持ちが顔にも表れて、頬が緩むのがわかる。気持ちを隠さなくていいって、なんて自然で、幸せなんだろうか。
「嬉しい、です」
「良かった」
朗らかな笑顔は、いつものレナードのもの。この表情をこれからもずっと見られるなんて、幸せで堪らない。
レナードの伸ばした指先が、私の指に触れる。どちらからともなく、きゅ、と握り合った。
「お会いしたことはないですが、素敵な方なのですね」
「ええ。何より、治癒院に行けば必ず会えるっていうのが良いわ! 騎士様は、会いにいかないと会えないもの」
薬草茶を片手に、ミナは今日も楽しそうに喋っている。レナードの次はどこぞの伯爵家の次男、その次は喫茶店の店員、何人目か忘れたが、今は治癒院の先生にご執心らしい。
彼女の恋の話はいつも相手への尊敬の念と憧れでいっぱいで、聞いていると明るい気持ちになる。
「エレミアだって、虹の騎士様になかなか会えなくて辛いでしょ? 酷いわよねえ、恋人が出来た途端、魔獣討伐隊に行っちゃうなんて」
「元々彼は、そちらにいた方なんだそうです。調子が悪くて、警備隊に配属されたらしくて……」
「エレミアが心配じゃないのかしら!」
ぷりぷり怒りながら薬草茶をぐいぐい飲む姿も、毎度のことながら可愛らしい。私は新しくお茶を淹れながら、カウンターの端に目をやる。ランタンの中にちらちら燃える炎は、レナードが置いて行ったものだ。
魔獣討伐隊は、この地を守る騎士の花形。風魔法だけでなく、火魔法、水魔法……あらゆる魔法に適性があるから「虹の騎士様」と呼ばれている彼が、全身の疲労感から解放されたら、途端に戻ってしまったのは無理もない話だ。
「エレミアがいいならいいけどね。さて、マルチェロ先生のところへ行って、それから仕事してくるわ! またね、エレミア」
「はい、またぜひ」
軽やかに手を振って出て行くミナの、ワンピースの裾がふわりと揺れる。扉から吹き込む風はからりと暑い。気付けば、緑盛る季節が訪れていた。
この時期になると、日はずいぶん長い。段々と傾いていく光に合わせてのんびり作業をしていると、いつの間にか夜になってしまう。
カラン、と音が鳴る。
「エレミアさん、ただいま」
「ああ、レナードさん。お久しぶりです」
「久しぶりになっちゃったよ。もう少し早く戻る予定だったんだけどなあ」
カウンター向かいの席にレナードが座ると、脚が気だるい感じがする。でも、それだけだ。
「お怪我がないようで何よりです」
「エレミアさんに痛い思いはさせられないからね」
魔獣討伐という危険な任務においては、怪我もよくあること。傷の治りを良くする薬草を用意しておいた引き出しを、そっと押して閉じた。
「元気そうだね。今日も、君の顔が見られて嬉しいよ」
「私もです」
その言葉に、嘘はない。嘘をつかなくていい、ということに、毎回嬉しい気持ちになる。
紙袋から取り出した料理を、分け合って食べる。いつもの穏やかな時間が、今日も流れていく。
「……討伐隊に入って、ひとつ良いことがあってさ」
内緒話をするように、レナードが囁いた。
「警備隊よりも報酬が断然に良いんだ。前に配属されていた時の分も合わせたら、そろそろ家が買える。……そうしたら、その家に一緒に住んでくれないかな」
「……いいんですか? 私なんかが」
「もちろん。俺には君しかいないよ」
ぽわ、と胸に温かなものが広がる。綻ぶ気持ちが顔にも表れて、頬が緩むのがわかる。気持ちを隠さなくていいって、なんて自然で、幸せなんだろうか。
「嬉しい、です」
「良かった」
朗らかな笑顔は、いつものレナードのもの。この表情をこれからもずっと見られるなんて、幸せで堪らない。
レナードの伸ばした指先が、私の指に触れる。どちらからともなく、きゅ、と握り合った。
2
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
溺愛王子の甘すぎる花嫁~悪役令嬢を追放したら、毎日が新婚初夜になりました~
紅葉山参
恋愛
侯爵令嬢リーシャは、婚約者である第一王子ビヨンド様との結婚を心から待ち望んでいた。けれど、その幸福な未来を妬む者もいた。それが、リーシャの控えめな立場を馬鹿にし、王子を我が物にしようと画策した悪役令嬢ユーリーだった。
ある夜会で、ユーリーはビヨンド様の気を引こうと、リーシャを罠にかける。しかし、あなたの王子は、そんなつまらない小細工に騙されるほど愚かではなかった。愛するリーシャを信じ、王子はユーリーを即座に糾弾し、国外追放という厳しい処分を下す。
邪魔者が消え去った後、リーシャとビヨンド様の甘美な新婚生活が始まる。彼は、人前では厳格な王子として振る舞うけれど、私と二人きりになると、とろけるような甘さでリーシャを愛し尽くしてくれるの。
「私の可愛い妻よ、きみなしの人生なんて考えられない」
そう囁くビヨンド様に、私リーシャもまた、心も身体も預けてしまう。これは、障害が取り除かれたことで、むしろ加速度的に深まる、世界一甘くて幸せな夫婦の溺愛物語。新婚の王子妃として、私は彼の、そして王国の「最愛」として、毎日を幸福に満たされて生きていきます。
『婚約破棄された聖女リリアナの庭には、ちょっと変わった来訪者しか来ません。』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
王都から少し離れた小高い丘の上。
そこには、聖女リリアナの庭と呼ばれる不思議な場所がある。
──けれど、誰もがたどり着けるわけではない。
恋するルミナ五歳、夢みるルーナ三歳。
ふたりはリリアナの庭で、今日もやさしい魔法を育てています。
この庭に来られるのは、心がちょっぴりさびしい人だけ。
まほうに傷ついた王子さま、眠ることでしか気持ちを伝えられない子、
そして──ほんとうは泣きたかった小さな精霊たち。
お姉ちゃんのルミナは、花を咲かせる明るい音楽のまほうつかい。
ちょっとだけ背伸びして、だいすきな人に恋をしています。
妹のルーナは、ねむねむ魔法で、夢の中を旅するやさしい子。
ときどき、だれかの心のなかで、静かに花を咲かせます。
ふたりのまほうは、まだ小さくて、でもあたたかい。
「だいすきって気持ちは、
きっと一番すてきなまほうなの──!」
風がふくたびに、花がひらき、恋がそっと実る。
これは、リリアナの庭で育つ、
小さなまほうつかいたちの恋と夢の物語です。
婚約破棄ブームに乗ってみた結果、婚約者様が本性を現しました
ラム猫
恋愛
『最新のトレンドは、婚約破棄!
フィアンセに婚約破棄を提示して、相手の反応で本心を知ってみましょう。これにより、仲が深まったと答えたカップルは大勢います!
※結果がどうなろうと、我々は責任を負いません』
……という特設ページを親友から見せられたエレアノールは、なかなか距離の縮まらない婚約者が自分のことをどう思っているのかを知るためにも、この流行に乗ってみることにした。
彼が他の女性と仲良くしているところを目撃した今、彼と婚約破棄して身を引くのが正しいのかもしれないと、そう思いながら。
しかし実際に婚約破棄を提示してみると、彼は豹変して……!?
※『小説家になろう』様、『カクヨム』様にも投稿しています
傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。
石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。
そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。
新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。
初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は、別サイトにも投稿しております。
表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
冷徹侯爵の契約妻ですが、ざまぁの準備はできています
鍛高譚
恋愛
政略結婚――それは逃れられぬ宿命。
伯爵令嬢ルシアーナは、冷徹と名高いクロウフォード侯爵ヴィクトルのもとへ“白い結婚”として嫁ぐことになる。
愛のない契約、形式だけの夫婦生活。
それで十分だと、彼女は思っていた。
しかし、侯爵家には裏社会〈黒狼〉との因縁という深い闇が潜んでいた。
襲撃、脅迫、謀略――次々と迫る危機の中で、
ルシアーナは自分がただの“飾り”で終わることを拒む。
「この結婚をわたしの“負け”で終わらせませんわ」
財務の才と冷静な洞察を武器に、彼女は黒狼との攻防に踏み込み、
やがて侯爵をも驚かせる一手を放つ。
契約から始まった関係は、いつしか互いの未来を揺るがすものへ――。
白い結婚の裏で繰り広げられる、
“ざまぁ”と逆転のラブストーリー、いま開幕。
下賜されまして ~戦場の餓鬼と呼ばれた軍人との甘い日々~
イシュタル
恋愛
王宮から突然嫁がされた18歳の少女・ソフィアは、冷たい風の吹く屋敷へと降り立つ。迎えたのは、無愛想で人嫌いな騎士爵グラッド・エルグレイム。金貨の袋を渡され「好きにしろ」と言われた彼女は、侍女も使用人もいない屋敷で孤独な生活を始める。
王宮での優雅な日々とは一転、自分の髪を切り、服を整え、料理を学びながら、ソフィアは少しずつ「夫人」としての自立を模索していく。だが、辻馬車での盗難事件や料理の失敗、そして過労による倒れ込みなど、試練は次々と彼女を襲う。
そんな中、無口なグラッドの態度にも少しずつ変化が現れ始める。謝罪とも言えない金貨の袋、静かな気遣い、そして彼女の倒れた姿に見せた焦り。距離のあった二人の間に、わずかな波紋が広がっていく。
これは、王宮の寵姫から孤独な夫人へと変わる少女が、自らの手で居場所を築いていく物語。冷たい屋敷に灯る、静かな希望の光。
⚠️本作はAIとの共同製作です。
「お前を愛するつもりはない」な仮面の騎士様と結婚しました~でも白い結婚のはずなのに溺愛してきます!~
卯月ミント
恋愛
「お前を愛するつもりはない」
絵を描くのが趣味の侯爵令嬢ソールーナは、仮面の英雄騎士リュクレスと結婚した。
だが初夜で「お前を愛するつもりはない」なんて言われてしまい……。
ソールーナだって好きでもないのにした結婚である。二人はお互いカタチだけの夫婦となろう、とその夜は取り決めたのだが。
なのに「キスしないと出られない部屋」に閉じ込められて!?
「目を閉じてくれるか?」「えっ?」「仮面とるから……」
書き溜めがある内は、1日1~話更新します
それ以降の更新は、ある程度書き溜めてからの投稿となります
*仮面の俺様ナルシスト騎士×絵描き熱中令嬢の溺愛ラブコメです。
*ゆるふわ異世界ファンタジー設定です。
*コメディ強めです。
*hotランキング14位行きました!お読みいただき&お気に入り登録していただきまして、本当にありがとうございます!
せっかくですもの、特別な一日を過ごしましょう。いっそ愛を失ってしまえば、女性は誰よりも優しくなれるのですよ。ご存知ありませんでしたか、閣下?
石河 翠
恋愛
夫と折り合いが悪く、嫁ぎ先で冷遇されたあげく離婚することになったイヴ。
彼女はせっかくだからと、屋敷で夫と過ごす最後の日を特別な一日にすることに決める。何かにつけてぶつかりあっていたが、最後くらいは夫の望み通りに振る舞ってみることにしたのだ。
夫の愛人のことを軽蔑していたが、男の操縦方法については学ぶところがあったのだと気がつく彼女。
一方、突然彼女を好ましく感じ始めた夫は、離婚届の提出を取り止めるよう提案するが……。
愛することを止めたがゆえに、夫のわがままにも優しく接することができるようになった妻と、そんな妻の気持ちを最後まで理解できなかった愚かな夫のお話。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID25290252)をお借りしております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる