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五歳編
三話 予習と復習 (響)
しおりを挟むシャワーを浴びて汗を流した響は灰色の和服に着替えると、急いで自室に戻った。室内は大理石の壁と床が一面に広がり、高級感のある洋室となっているが、勉強机とベッドがあるだけの殺風景な部屋だった。年相応の玩具や漫画などは見当たらない。
机の上に設置された本棚には分厚い教科書がずっしりと並び、各教科ごとに纏めたノートが机の上に散らかっていた。響は急いで机の上を整理すると、勉強の準備を始めた。さすがに三歳から始めているだけはあって、疲れた様子は感じられない。
少しでも休憩してしまうと、二人の兄姉にどんどん離されていく。今は一分、一秒でも無駄にはできないのだ。時間は限られている。有効に使わなければならない。勉強の準備を終えると、自室の扉を丁寧にノックする音が鳴り響いた。
「どうぞ、お入り下さい」
「失礼致します。お勉強の準備はできましたか?」
室内に入ってきたのは源十郎だった。源十郎もシャワーを浴びたのか、シャンプーの香りが仄かに香っていた。響が勉強している内容は、一般教養科目、経営学、医学、兵法、帝王学、魔術の理論など多岐に渡る。やることは沢山あるのだ。
忙しい時は一日に十四時間以上も勉強に費やすこともある。風祭家の教育は武術だけではなく、勉強や魔術にも力を入れている。稽古や鍛錬の合間に勉強をすることは大変な作業だが、慣れてしまえば問題はない。気付けば習慣となっていた。
残念ながら勉強でも二人の兄姉に後れを取っているのが現状だった。誠一と紅葉は既に大学入試レベルの問題を簡単に解き明かしてしまうほどに勉強が進んでいた。負けず嫌いの響は勉強で後れを取ることだけは良しとしなかった。
「ええ、できました」
「では、早速ですが勉強に入りましょう」
「はい」
「今日は魔術から始めましょう」
「分かりました。」
響は魔術の教科書を取り出すと、ページを捲った。一般教養科目、経営学、兵法、帝王学を優先的に勉強しているために、魔術と医学の勉強は遅れていた。一日は二十四時間と限られている。勉強できる範囲にも限界があった。
だが、時間が足りないと言い訳をしていたら家族から見捨てられる。寝る間も惜しんで勉強を行いなさいと言われるのは目に見えていた。スパルタにも思えるが、響の将来のことを考えてのことでもある。厳しくもあり、愛情も感じる。
「では、昨日の勉強した内容がきちんと理解できているのか、おさらいから始めましょう」
「はい。どこから説明すれば良いですか?」
「魔術の基礎からお願い致します」
「分かりました。まずは魔術の系統の種類から説明します。魔術の系統は全部で五種類あります。どのような分類になるかというと、強化系、操作系、具現化系、放出系、特異体質の五種類に分かれます。そして、五種類の中で自身が最も得意とする系統が適正魔術となります。不適正魔術は扱うことができません」
人は全ての系統の魔術を扱うことはできない。五種類の系統の中で自身が最も得意とする系統が適正魔術に該当し、それ以外の系統は不適正魔術に当たる。しかし、稀に二種類、三種類、四種類の系統を操ることができる魔術師もいる。
例えば適正魔術が強化系だった場合、鍛錬次第では操作系の魔術も扱えるようになる。だが、適正魔術が操作系の魔術師には劣ってしまう。例え、どんなに鍛錬を積み重ねても不適正魔術を百パーセント使い熟すことは不可能なのだ。
それは絶対の摂理であり、曲げることのできない法則でもある。人間にはそれぞれ利き腕や利き足というものがあるように、魔術にも適正と不適正が存在する。予習も復習も済ませているために、この手のことは直ぐに脳裏に思い浮かんだ。
「その通りです。きちんと復習できていますね。では、それぞれの系統の特徴を述べて下さい」
「はい。まずは強化系ですね。強化系の人は肉体を強化したり、自身が選んだ武器を強化することができます。特に接近戦での効力を発揮する傾向にあります。次は操作系ですね。操作系は他人の精神に干渉し、他者を自在に操ることができます」
「ええ、良く学習できています。残りの系統の特徴も答えて下さい」
「はい。具現化系の人は自分のイメージした武器や道具を、氣の性質を変化させることで再現できます。条件次第では人の手で作られた武器や道具よりも優れた物を再現できます。再現できる物は武器や道具だけとは限りません」
「そうです。放出系の特徴も続けて述べて下さい」
「はい、放出系の人は氣の性質を変化させたエネルギーを自在に放出することができます。例えば、炎や雷といったエネルギーが代表的ですね。」
「ええ、その通りです。放出系の方が扱う属性の種類と特徴を述べて下さい。」
「まずは特徴から述べます。放出系の人は一人一つの属性を生まれつき持っています。生まれつき具わった属性を先天性属性と言います。また厳しい修練で新たな属性を身に付けることも可能で、後天的に身に付けた属性は後天性属性と言います」
響は勉強した内容を忘れないために、一日に三回も教わったことをノートに書き写していた。予習と復習は当たり前のこと。さらに自分で問題用紙を作ったり、間違えた問題は覚えるまで何度でも書き写した。響は一呼吸すると、再び答えていった。
「先天性属性と後天性属性の異なる部分は扱える能力の幅です。先天性属性は能力を百パーセント使い熟せるのに対して、後天性属性は百パーセント使い熟すことができません。何故かというと、本来は人が扱える属性は一つと決まっているからです」
「ええ、後天性属性を身に付ける方は稀です。少しだけ補足しますと、先天性属性と後天性属性は全く異なる属性になるために、扱い方や要領が異なるのです。だからこそ後天性属性は扱いにくく、覚えづらいのです。では、次は属性を述べて下さい」
「はい、次は属性の種類ですね。今、現在で判明している属性は炎、水、氷、風、光、雷、土、岩、草、木、影が代表的な属性です。稀に重力など希少な属性もあり、未だに解明されていない属性もあります」
「その通りです。最後は特異体質ですね。特徴を述べて下さい」
「はい、特異体質ですね。特異体質については未だに分かっていることが少ないのが現状です。ただ、特異体質は二種類のタイプに分かれます。どのような種類に分かれるかというと、陽性反応を示す特異体質と陰性反応を示す特異体質です」
現在、人間の用いる知識で分かっていることは陽性反応を示す特異体質のことだけだった。陽性の特異体質の者が持つ能力は全ての系統を平等に扱えるというもの。つまり不適正魔術が存在しないのだ。陽性の特異体質の人間はメリットが大きい。
その上、希少価値が高く、重宝されているのが現状だ。その反面、陰性の特異体質は強化系、操作系、具現化系、放出系の魔術を扱うことができない。そこまでは研究が進んでいる。だが、それ以上の研究は進んでいないのだ。
よって、陰性の特異体質の者は無能者と呼称されているのが現状だった。無能者とは魔術の適性が全くない者と、陰性の特異体質の者のことを指す。前者も後者も差別の対象になっており、忌み嫌われている。
「良くできました。文句の付けようがありません」
「源十郎さんのお蔭です。ありがとうございます」
「いいえ、響様の努力の証です。ご謙遜なさらないで下さい」
「源十郎さん、一つだけ質問しても良いですか?」
「ええ、何です?」
「僕はどの系統に属しているのでしょうか?」
「そうですね。そろそろ響様の系統を調べてみるのも良いかもしれませんね」
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