忘却の彼方

ひろろみ

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五歳編

九話 召喚 (響)

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 「はは、そうですよね。変なことを言ってすみません」

 「ふふ。いえ、お気になさらずに。響さんが紅葉さんに逆らえないことは既に存じております。あの……話しの流れを変えてしまって申し訳ないのですが、精霊の存在を信じますか?」

 「精霊ですか?」

 「ええ」

 「……僕は信じていません。非現実的な生き物だと思っています」

 「そうですか。では、響さんをびっくりさせることができそうです」

 「どういう意味ですか?」

 「それは見てからのお楽しみです」

 美玲は悪戯っ子のように微笑むと、ベッドから立ち上がった。部屋の中心に移動し、瞼を閉じた。何を行っているのか理解できなかったが、すぐに異変を察知した。美玲の身体の周囲が光り輝き、溢れんばかりの氣が美玲の身体を覆い尽くした。

 「これは……」

 「卯の守護精霊よ、契約の名のもとに今ここに姿を現し賜え」

 次の瞬間、部屋の四隅と中心に複雑な幾何学模様が浮かび上がった。幾何学模様は複雑に絡み合い、輝きが増していった。まるで神が降臨するような神秘な体験だった。網膜を刺激するような眩しさに、響は思わず腕で視界を覆った。

 「契約したばかりで我を呼び出すとはいい度胸だな。美玲」

 「卯月、ごめんなさい。でも紹介したい人がいて……」

 眩い輝きが収まると、響は視界を覆っていた腕を下ろした。辺りを見渡すと、そこには肉体を持たない兎が宙に浮かんでいた。淡い光の集合体とでも表現するべきか、光の集合体が兎の形を象っているのだ。響は驚愕せざるを得なかった。

 僅か五歳で完璧に氣を制御下に置いていることでさえも驚きだが、精霊の存在を目の当たりにした響は愕然とした。今までの自身の常識を、いとも簡単に覆した。十二支家に伝わる守護精霊は言い伝えに過ぎないと思っていた。

 子、丑、寅、卯、辰、巳、午、未、申、酉、戌、亥。十二支家の当主はそれぞれの精霊を信仰していると噂程度の話しならば聞いたことがあった。だが、現実離れした空想的な話しだと聞き流していた。まさか実際に存在するとは思わなかった。

 「……」

 響は思考が完全に停止し、唖然と固まっていた。今まで精霊の存在を信じていなかった響はどのような反応を示せば良いのか分からずに、言葉を失っていた。硬直したまま瞬きすることすらも忘れ、精霊を凝視していた。

 「そんな……実在するなんて……あり得ない」

 「ふふっ、成功です。響さんを驚かすことができました」

 「……」

 「響さん、ご紹介します。私と契約した精霊の卯月です」

 「あ……初めまして。本当に精霊なのですか?」

 「如何にも。我は花菱家の選ばれた者のみに力を与える精霊である」

 響の率直な疑問に精霊の卯月が答えた。見た目は可愛らしい兎なのだが、威厳を感じさせる仕草と言動だった。長い年月を過ごしてきたと思わせる貫禄があり、そのギャップにどう対応すれば良いのか困惑する。老年の男性と話している気分だった。

 それよりも響は疑問を感じていた。もし、目の前の兎が本物の精霊だとするならば継承するのは長女もしくは長男でなくてはならない筈だ。花菱家には長女の華凜がいる。本来であれば美玲が精霊との契約を継承することは不可能な筈なのだ。 

 「ふふっ……実は私の家では精霊は次女もしくは次男が受け継ぐ決まりなのです。なので姉が家督を継ぎ、私が精霊を継ぐことになっています。それが花菱家に代々から伝わる伝統らしいです。それに卯月は護衛の役割も果たしています」

 「……え?」

 響が疑問に感じていたことを美玲が躊躇うことなく答えていったが、直ぐに違和感に気付いた。響は疑問に思っていたことを言葉にしていない。まるで心の中を見透かされたような違和感を感じ、無意識のうちに後退った。

 「その通りです。実は精霊と契約した者は精霊の能力を一つだけ使えるようになります。私の場合は他人の思考や心を読むことができます」

 「す……凄いですね……」

 響は警戒せざるを得なかった。美玲にだけは心を読まれたくなかったのだ。今までの思考も読まれていたのであろうか。だとしたら響のプライベートだけでなく、響の悩みや美玲に対する思いまで筒抜けということになる。緊張と不安が響を襲った。
 
 「ふふっ、大丈夫ですよ。意識しないと思考や心は読めません」

 「そうですか……」

 躊躇いがちに返事をする響は喜んで良いのか複雑な心境になった。精霊の力の一部を贈与された美玲の能力が優れていることは理解できたが、あまり多用して欲しくない魔術である。でなければ美玲との関係にも影響を及ぼしそうだ。
 
 「ふふっ……もう心を読まないので許して下さい」

 「……はい。でも凄い能力ですね」 

  警戒していた響だったが、すぐに気を取り直した。なんせ三カ月ぶりの再会なのだ。せっかくの再会を気まずい雰囲気で終わらせたくなかった。それに両親が仕事で忙しいこともあり、美玲と一緒にいられる時間も限られている。

 ならば今を大切にして思いっきり楽しみたいと思った。魔術を扱えない響にとって、美玲の能力はとても新鮮で刺激的であった。美玲の影響を受け、自分も早く魔術を扱えるようにならないかと切に願った。

 魔術に関しては全く自信がなく、努力家である響でさえも憂鬱な気分にさせられる。魔術の鍛錬を始めてから二年の月日が経過しても成果を上げることができないのだ。自然と魔術に対してネガティブな感情を抱くようになっていた。

 「響とやら。お主は魔術が扱えないのか?」

 「はい。何故だか分かりませんが、扱えません」

 「なるほどな。どれ、我にお主の魔術を見せてくれないかのう?こう見えても我は、それなりの時を生きてきた。今まで様々な人間を見て来たのだ。優秀な人間だけでなく、魔術を扱えない人間も見て来た。少しは力になれるかもしれんぞ」

 卯月の申し出は響にとっても願ってもないチャンスだった。精霊の卯月に魔術を扱えない理由を調べて貰えれば、もしかしたら今の非力な自分を変えることができるかもしれない。響にとって卯月の存在は希望の光だった。

 「本当ですかっ!?卯月さんとの出会いに感謝します」

 「大袈裟な奴じゃな。どれ、我が見てやろう。魔術を発動してみなさい」

 「あっ、はい」

 響は源十郎に教わったことを思い出していた。魔術を発動させるには体内を循環する氣を制御下に置かなければならない。氣を自在に操作することが全ての魔術の基礎であり、鍛錬にも繋がる。今まで失敗続きだったために成功する自信はなかった。

 それでも卯月に指南して貰えることが嬉しかった。精霊の卯月と出会い、響は何かが変わった気がした。もしかしたら魔術を使えるようになるかもしれない。希望に満ちていた。響は体内に意識を傾け、一生懸命に氣を練るように身体を力ませた。
 
 しかし、いくら時間を掛けても何も変化は起きなかった。やはり自分には才能がないのであろうか。ネガティブな思考が脳裏を駆け巡るが、簡単に諦める訳にはいかなかった。卯月に魔術を指南して貰える機会など滅多にない。貴重な体験である。

 「響とやら。それではいくらやっても無駄だ。お主は氣がなんなのか理解出来てない。ただ、身体に力を入れているだけに過ぎないではないか」

 「……氣とは、どのように解釈すれば良いのですか?」

 「言葉で説明するよりも実際に体験して学んだ方が良いであろう。今から我がお主の身体に氣を流し込み、体内を巡る経絡を強制的に開く。響、お主は氣の流れを感じるだけで良い。身体の力を抜いて、リラックスしなさい」

 「経絡を強制的に開いて危険はないのですか?」

 「人間が行う場合はリスクが伴うが、我は精霊だ。我に不可能はない」

 「……分かりました。宜しくお願い致します」
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