1 / 48
タマネギの話
しおりを挟む
「あいよ、唐揚げ定食ね」
お昼のかき入れ時の慌ただしさの中、産業用ロボット顔負けの俊敏さをもってオーダーが厨房の中へと伝達されていく。
なんせサラリーマンの昼は短い。小一時間ばかしの僅かな休憩の中で店の選定を済ませてメニューを決め、それを腹にかき込んで十三時の鐘が鳴る頃には自席についていないといけない。そうなると必然的に馴染みの店、いつものメニューというのが決まってくるのだが、毎日同じメニューというのも芸が無い。限られた選択肢の中から、なるたけ飽きが来ないように、日々その時の気分や体調に合わせて最適なものを選ぶのだ。
今日は幸いにも午後イチからの打ち合わせも無いので、十三時を少しばかり過ぎたとしても多少の嫌味を言われるくらいでお咎めも無いだろうと高を括って普段は来ないこの店まで冒険に来たという訳だ。
初めての店に入る場合にはもちろんリスクが伴う。のんびりした店だと注文した品が出てくるまでに三十分以上かかるというのもざらだし、それでいて味も期待外れだったりした日には午後の仕事にも差し障ってしまう。でもこの店はほぼに近いくらいに混んでいてメニューの品数もそれほど多くはない。こういう店は回転率がいいのだ。たとえ行列が出来ていたとしても、それを昼食どきに捌き切れるだけの器量があるから我々も並ぶのだ。
かくして、この四人掛けのテーブルに見知らぬ戦友達と相席をしながら腹を鳴らしながら、今か今かと注文の品が運ばれて来るのを待つことと相成った。
丁度僕の目の前に座っているオオカミが、他のテーブルに運ばれていく料理をきょろきょろと目で追いながら、溢れ返る期待と空腹感を抑えようとスマホを開いて何かを眺めて見ては、厨房から料理が運ばれて来る匂いを察してすぐさま胸ポケットにそれをしまい込むと姿勢を正してお出迎えの準備をする。しかしまたしてもそれは空振りに終わり、ぺったりと両耳を寝かせて肩を落とすのだった。
本人はいたって真剣なのだろうが、繰り返されるその寸劇に思わず吹き出してしまいそうになる。オオカミの顔は正直なところ年齢はおろかパッと見では性別さえも見分けがつかない。かろうじてその皺ひとつない新品同様のスーツと腕にはめられた堅牢さが売りのアウトドア向けの腕時計から、まだ社会人になったばかりの若者であることをうかがわせた。
「はいお待たせしました! かき揚げ定食ね」
香ばしい匂いをたてる大きな黄金色のかき揚げ。迂闊に頬張ったら火傷してしまいそうだ。かぶり付いた時に口の中に広がる野菜の甘味に、小海老がアクセントを添えて絶妙なハーモニーを生み出すのだ。想像しただけでまた腹の虫が鳴いた。よし、明日のメニューは決まりだな。
そんな妄想を一通り廻らせてみた後になっても何故か当のオオカミは箸をつけることもせず、料理が運ばれて来る前と同様に店員を目で追い続けている。近くを通るたびに声を掛けようと小さく声をあげるものの、慌ただしい店内の喧騒の中ではそれは掻き消されてしまい気付かれることは無かった。
「唐揚げ定食お待ち!」
そうこうしているうちに僕のもとへと待ち焦がれていた唐揚げ定食が運ばれてくる。その瞬間、視線が交錯した。どこか恨みがましげなそれは僕に見返されていることに気が付くとハッとしてすぐ逸らされる。ははあ、なるほどな……きっとこのオオカミ、注文を間違えられたに違いない。唐揚げと言ったつもりがかき揚げに聞こえたかなにかだろう。それならばさっさと店員を呼んでそう伝えればいいのに。
まあ、いずれにせよ僕の知ったことではない。これが知り合いだったり、そうでなくとも小学生の子供だったりしたら店員を呼び止めて、注文が間違えているんだと伝えてあげただろう。でも見ず知らずの相手な上に、若いとは言え立派な社会人だ。そりゃあ多少なりとも同情はするが、このくらいは自分でどうにかするべきだ。
味噌汁を一口すすってから、程よく揚げられたそれを齧ると衣が小気味よい音を立てて砕け、じゅわりと肉汁が口内に広がってゆく。うん、やはり見立て通り美味い。頭の中の名店リストに加えておかなければな。
「やっぱりタマネギ入ってる……」
向かいから聞こえてきた蚊のなく様な声に顔を上げると、オオカミが箸でかき揚げを真っ二つに割ってその中身を検分し、結果を知ってがっくりと肩を落としていた。
タマネギ。そう言えばイヌはタマネギが苦手なんだっけ。学生の頃に授業で習った内容を思い出す。確か、タマネギに含まれるなんとかって成分が原因で貧血を起こすらしい。でもそれは原種の頃の話で、進化の過程でそれらへの耐性は獲得したから、今となってアレルギー体質でもなければたとえタマネギを食べたところでどうってことはない。まあそれでも遺伝子に刻み込まれているのかイヌ科の彼等は今でもネギの類を好まない者が多い……らしい。教科書の受け売りだけど。
いずれにしろ、オオカミの事情など僕の知ったことではない。ここは動物園では無いのだから短い昼休みをそんな観察に費やしている暇は無い。とっとと食べて午後からの仕事に備えなければ。
口内に広がるコッテリとした油の海を千切りのキャベツで中和しながら、時々味噌汁を啜って塩分を補給する。胃酸で溶け出してしまいそうだった腹が膨らんでいくにつけて多幸感が毛細血管にまで行き渡る。このようなささやかな喜びを糧にすれば、嫌なことだって乗り切れるんだ。
それにしても……気になる。所詮は他人事だと高を括ってはみたものの、顔を上げるたびに否が応でも視界に入ってくる。恐る恐るかき揚げを口に運んでは、大きな口に似合わず僅かに齧り取って決死の覚悟といった形相で、えずくのをこらえながらタマネギの混じったそれを飲み下していく。それはそれはとてもじゃないが楽しい食事とはかけ離れた光景に、僕の中に二つの感情が芽生えてきた。
一つめは、折角の美味しいご飯を楽しみたいのにそれをこの辛気臭い顔で台無しにされたことへの怒りだ。いくら苦手だからといって砂を噛むような、拷問を受けた捕虜のようにしょぼくれた顔を見せられるなんてたまったもんじゃない。そりゃあ僕にだって苦手な食べ物ぐらいあるから気持ちはわからなくもない。小学生の頃、どうしてもグリンピースが食べられなくて放課後まで居残りさせられて、それでも食べきれずに給食センターまで泣きながら返しに行った苦い思い出が蘇ってくる。けれど、もうここは小学校じゃないんだ。嫌なら残したって誰にも咎められない。多少は罪悪感だって感じるだろうが、無理をして完食する義務なんて無いんだから。
そしてもう一つはというと……
「あの、もしよかったらオカズ交換しません?」
まん丸に見開かれた目はどことなく空に浮かぶ満月を思い起こさせた。
注文が来る前の期待に満ち溢れた様子をあれだけ見せられたんだ、同情の一つだってしたくなる。何より彼は注文を間違えられた被害者でもある。そんなのさっさと店員に伝えればいいじゃないかと思う反面で、僕だって同じ立場になったらきっと言い出せずに我慢して食べることを選んでしまうだろう。今やあれほどピンピンとしていた耳もヒゲも、そして正面からはよく見えないものの尻尾も、萎れた風船みたいにへにゃへにゃになってしまっていることだろう。
「えっ……いや、あの……」
「ここのかき揚げ、食べてみたくてね」
オオカミの瞳の奥で期待の光がきらりと灯ったのを僕は見逃さなかった。それでもまだこの遠慮深いオオカミは上目遣いに僕の顔を覗き込みながら困惑している。
「で、でも、食べさしですし……」
そうは言いながらも、もはや完全に唐揚げに釘付けになっている様子に思わず笑ってしまいそうになる。僕だってここまで言った手前、はいそうですかと引き下がるのも格好がつかない。そわそわと僕の顔と唐揚げとを見比べるオオカミをよそに、半ば強引に皿を取り替えっこしてやる。もちろん抵抗なんてあるはずもない。
「じゃあ、いただきます」
まだ四分の三ほど残っているかき揚げに向かって手を合わせると、続いてオオカミも慌てて手を合わせる。それから大きく口を開けて頬張ると、うん美味い。主人の許しを得た犬のごとくバリバリと咀嚼する音が聞こえて来る。初対面の相手だというのに、なんだか一緒に食事をしているような不思議な感覚。こういうのも悪くないな。すっかり張りを取り戻してくるくると動く耳を眺めながら、束の間の昼食を楽しんだ。
「ごちそうさま!」
そうこうしているうちに時計を見るともういい時間。悠長に食べている余裕もない。急いで残りを口の中に放り込んで味噌汁とお茶で流し込むともう一度手を合わせる。そして何か言いたげなオオカミをよそに店を飛び出したのだった。
その週の土曜日。
家にこもってじっとしているのも別段苦にはならないものの、丁度新型のスマートフォンが発売されたのもあって偵察と気晴らしがてら電気街へと繰り出すことにした。
一通りウインドウショッピングも終えた頃には陽もとっぷり暮れていて、人もまばらになった大通りを色とりどりの光が照らしていた。この辺りもすっかり変わったなあ……なんてついついジジくさいことを考えてしまう。昔は立ち並んでいた電子部品の店も、やがてパソコンショップへと変わり、それもあっという間にアニメショップへ。そして今街頭にいるのは……。
「いかがですかあ~、ご主人さまあ~」
なんとも間の抜けた猫なで声。通りを百メートル歩く間に何人から声を掛けられたことか。この手の連中は正直好きになれない。まだ飲屋街のキャッチの方がマシというくらいのしつこさでなんとか店に引っ張り込もうと躍起になっている。全部が全部ボッタクリの店って訳ではないにしろ、こんな呼び込みにホイホイついて行ったらどうなったものかわかったもんじゃない。おまけに最近はメイドカフェの繁盛に味をしめたのか、ハロウィンパーティーの会場かってくらいに男女種別問わず奇抜な格好をして立ち並んでいる。
声を掛けられるのにもうんざりとして、大通りを一本裏に入ると先ほどの喧騒が嘘だったかのように途端に静かになった。街灯も少なく薄暗い路地は不気味だ。所々に怪しい人影が見えて、それがどことなくドキュメンタリー番組でやっていた麻薬の取引現場を彷彿とさせて背筋を冷んやりとさせる。
「ボクたちと一緒に遊んでください、わんわんっ!」
正面にイヌ科の獣人の二人組がどこか芝居染みた動きで客引きをしていた。こういう手合いが一番嫌いだ。偏見というか差別的な考えなのだろうが、自分の種族を安売りして人間に媚びを売るなんて最低の行為だろう。種族は違えども彼らだって理性のない動物じゃないんだ。それをわざわざすすんで自らを貶めるようなことをして……。
「あっ! あ、あのっ!」
できるだけ視界に入れないようにして足早に立ち去ろうとしていたのに、どこかで聞き覚えのある声に呼び止められて反射的に振り向いてしまう。
「……あ。かき揚げ……」
そう呼ぶと照れ臭そうに人懐っこい笑顔がかえってきた。逆光気味の輪郭の中で二つの、あの満月が爛々としていて、百万年前に遺伝子に刻まれた恐怖が少しだけ顔を覗かせた。
「あれ~? おニイさん、コタくんの知り合い?」
「いや、あの」
「いっぱいサービスするから寄ってっよ!」
こんな誘い、とっとと振り切って逃げ出してしまえばよかったんだ。それなのに、それなのにどうしてか、このコタと呼ばれたオオカミの目に射すくめられてしまった僕は手を引かれるがままに裏路地の方へと連れられていく。
これもそういうサービスの一環なのか、コタはぎこちない動作で僕に身体を密着させて腕を組んで歩く。その顔はあの時と同じように申し訳なさそうだった。途中で逃げ出してしまおうか、財布の中には幾ら入っていたかと頭の中でぐるぐると考えていた諸々も、歩くにつれて服越しに伝わって来る温もりにバターのように溶けて流れてしまった。
そうしてたどり着いた雑居ビルの一室。入り口に『会員制』と書かれたプレートが一枚貼ってあるだけの、超怪しい店。絶対マトモな店じゃない。ズボンのポケットに手を入れてスマホを確かめる。いざとなったらすぐに通報できるように構えておく。
店の扉を開けた瞬間、甘ったるい匂いと大音量で響くクラブミュージック。迷路のようにパーティションで区切られた店内。ああ、だいたい察しがついてしまった。
「えっ、えっと、システムのご説明をさせていただきますわん……ワンセット五十分で、お飲物はウイスキー、ブランデー、焼酎が飲み放題で、ビールは別料金に……」
区切られた一角の一つに案内され、席に着くなりたどたどしい説明が始まった。
「お飲み物は……あ、あっ……、ご、ごめんなさい……」
椅子に腰掛けながら、説明もよそに一体どうしたものかと腕を組んで考えていると、それを別の意味にとったのか慌てて謝罪を始めた。
「ちっ、違うんです……このあいだのお礼をしたくて……お代はもちろんいりませんから……」
こんな所に強引に連れてこられて、恩を仇で返されたという気持ちも正直あった。怒鳴りつけてしまおうかとも思った。それなのに。
「ウイスキー、ロックで」
どうにもこの顔を見ると、不思議とそんな気も起きなくなってしまうのだ。
「……っ! は、はいっ! すぐにお持ちしますっ!」
コタがウイスキーを持って来るまでの間、タバコに火をつけて目を閉じる。下手すれば難聴になりそうな雑音の合間に聞こえる艶かしい吐息。胸の奥に生まれたざわつきを煙と一緒に吐き出した。
「おまたせしました……わん」
取ってつけたような口調に吹き出してしまいそうになりながら目を開けると、そこにはトレイを片手に、もう片方の手には赤い首輪から伸びるリードを手に持ったコタがいた。おまけにほぼ全裸と言って過言では無い貧相な腰布が巻かれただけの格好。ウイスキーを僕に手渡すと、僕の足元に跪いてリードを差し出した。
ああ、これがこの店のコンセプトって訳か。獣人をこんな風にペット、いや奴隷のようにして欲望のはけ口にする下衆な商売。そしてそれを自らすすんで受け入れて、尊厳も、種族の誇りすらも自分で踏みにじる行為に怒りがこみ上げてくる。
「何もしなくていいから」
とはいえ、需要も供給もあってこういう商売が成り立っているのだ。どんな事情があるのかは知る由がないが、彼もこれで金を得て生活をするためにしていることだ。ここで僕が彼を攻め立てることは、風俗嬢に説教を垂れるスケベ親父ぐらいに馬鹿らしいことなのだ。だから、これでいい。馬鹿な客とでも、チョロい客とでも笑うがいいさ。
「ぼっ、ぼくじゃ、ダメですか?」
「いや、そういうことじゃなくてね」
変な所でやる気ださなくていいから。何もしなくてラッキーぐらいに思っておけよ。
「だったら他の女の子っぽい子もいるので……」
「だから違うって!」
もう、なんでわからないんだよ。
「おっ、オオカミは、嫌い、ですか?」
とうとう目を潤ませて泣き出す始末。これが演技だったらなかなかに才能あるぞ。
「はあ……わかった、わかりました。もう好きにしてくれ……」
即座にニパッと輝く顔に心がムズムズする。なんだろうな、この場の空気に飲まれてしまっているのかもしれない。
「あの時、本当に嬉しかったんです」
コタはそう言いながら僕の股間に鼻を寄せて、ズボン越しにクンクンと匂いを嗅いでみせた。
「今日一日ずっと蒸れてたから臭いでしょ?」
気恥ずかしさを紛らわせるためにそう言ってみても、コタは首を横に振って更にぐいぐいと鼻先を押し付けた。
「大好きなご主人様の匂い……」
所詮は客を喜ばせるためのリップサービスだとわかっていても、さざ波のように股間に押し寄せる刺激と、倒錯的な空間に興奮が加速して急速に海綿体に血液が充満していく。なんだ、あれだけ何のかんのと御託を並べて置いて、結局ヤることはヤるのかよ、心の中から聞こえてくる皮肉に苦笑いをしながら、どうせなら楽しんでしまえと悪魔の声。
「コタ」
その名を呼ぶと耳がピクリと跳ねる。手を伸ばして頭を撫でかけたところで思いとどまって、手のひらを見せつけるようにしながら顎の下をそっと触った。
「えへへ、優しいんですね」
確か何かの雑誌だったかネットの記事だったかで、頭を上から撫でられるのは威圧感を感じさせるからよくないというのを読んだことがある。そんな些細な気遣いが嬉しかったのか、コタは僕の手のひらにくしくしと頬を擦り付け、遠慮気味に指先を舐めた。湿った吐息の熱量が身体を伝ってズボンを押し上げる。
「ごしゅじんさまあ……」
懇願の眼差しがねっとりと絡みつく。正直なところ、もう一刻だって我慢できない。はやる手で金属音を立てながら忌々しい布切れを取り去って醜い欲望を眼前にさらけ出す。
「わっ、すご……おっきい……」
羞恥心と自尊心を同時に刺激されて、ビクンと脈打った。こんな所で、こんな格好で、オオカミの目の前に勃起したちんぽを突きつけている。真っ黒な鼻先がにわかに近づいてちんぽとキスをすると、それだけで射精してしまいそうな電撃が背中を走り、尿道口に我慢汁の球を作った。
「大きくてエッチなちんちん……くんくんっ」
うっとりとちんぽを見上げ、赤い舌をはみ出させて感嘆の声を漏らす。コタの股間の布地はこんもりと押し上げられて、収まりきらなくなった赤い唐辛子のような先端部がのぞいている。
「コタ、コタぁ……」
恥も外聞も無く、腰を突き出して処理をねだるようにちんぽをコタの口元へと何度も押し付ける。
「ご主人様のちんちん、食べてもいい?」
馬鹿みたいに何度も頷くと、ぱっくりと開けられた大きな口がちんぽに迫って来る。早く、早くっ! その頭を掴んですぐにでも押し付けてしまいたい。
ちゅっ、ちゅうっ……
長いマズルで器用にも亀頭をついばんで、しとどに溢れた先走りをすすっていく。
「ああ、ちんちんおいしい……」
ちゅぷ、ぐぶっ……ぶ……
火傷しそうな体温。粘液をまとった肉壁を押し広げながら、ちんぽが半分ほど口内へと姿を消した。呼吸の僅かな振動ですらその中で何百倍にも増幅されて、思考回路がショートしそうな程の電撃が脳みそを突き抜ける。オオカミの上目遣い。得意げでいて不安に満ちた顔。
「コタ、気持ちいいよ……」
そう言って耳の裏を指先で掻いてやると、パタパタと尻尾が振られた。
ずずっ、ちゅぶぶっ
ちんぽが根本まで全部マズルの中に飲み込まれてしまう。舌が触手のように蠢き、うがいをしているような音を立てながら亀頭から裏筋、雁首を撫で回す。
れちゅっ、ちゅぴっ……ぬぶ、ぶぽっ
「あっ、あ……だめ、いっちゃう」
指数関数的に増加する快楽。睾丸のあたりがムズムズとして射精が迫っていることを知らせる。まずい、このままじゃ出てしまう。そう思ってコタの頭を引き離……せない。
にゅるっ、ぬぽっぬっぽ
「こっ、コタっ! やめっ、離し」
そんな懇願も虚しく、むしろどんどんと動きが激しさを増していく。
じゅぼっ、ぐっぷぐっぷ
「あ、ああっ!!」
精一杯力を込めて押してみてもコタの身体はビクともしない。マズルはタコの吸盤のようにちんぽに吸い付いて離れない。オオカミに口でイかされてしまう。口内射精してしまう。
「いくっ……」
びゅーっ!
なすすべもなく、精液がコタの喉奥目掛けて放たれる。
びゅっ、びゅ……ごくっ
ちんぽが射精の律動を繰り返した後、口腔内に溜まったザーメンを飲み下す音。己から放たれた欲望の塊が、コタの体内へと染み込んでいく。
ごくっ……びゅ……ごく、こくっ
急速に醒めていく興奮の中にあっても、えも言われぬ感情が溢れ出して来て、コタの頭をわしゃわしゃと撫で回す。
やがて、ビクビクともう精液の出ない空打ちを何度か続けてから、すっかりちんぽが体積を失う頃になってようやく、ちゅぽっと音を立ててちんぽがマズルから引き抜かれた。
「ぷはっ……ご主人様のちんちんミルク、ごちそうさまでした」
そう言って、萎えたちんぽを労うようにキスをする。そんな商売がかった台詞に、胸の奥が少しだけチクリと痛んだ気がした。
それから、僕は放心状態のまま気がつくと家に帰り着いていた。キツネにつままれたような、夢でもみている気分だ。
それでもパンツからほんのりと立ち上ってくるコタの唾液の匂い。紛れもない口淫の証拠。目を閉じてコタの姿を想像する。またむらむらと勃起をし始めたちんぽをしごき、コタの口内へとまた射精をした。
眠気が押し寄せて頭がとろけてきた頃に、スマホがぶるりと震えてメッセージの着信を知らせる。
『今日はありがとうございました、よかったらまた来てくださいね!』
ご丁寧に、どことなく本人に似たキャラクタのスタンプまでついてきた。しばらくどうしようか考えてから、指先を何度か動かしたのちにスマホを放り投げて目を閉じる。
「馬鹿かよ、俺。」
風俗嬢に入れ込んで何百万も貢いだり、アイドルの握手券欲しさにCDを箱買いするような連中を心底軽蔑していたというのに、これじゃあ同じ穴の狢じゃないか。それでも、それなのに、頭の中に唐揚げを頬張るコタの姿が浮かんでどうしようもなかった。
「いやあ、さすがはウチのエースだわ。また常連客ゲットだね」
「……おつかれさまでした」
つれないねえ、そう苦笑いする相手をよそにオオカミは身支度を整えると足早に出て行く。ネオンで煌々と照らされた空には星なんて見えなかった。
「人間は、嫌いだ」
お昼のかき入れ時の慌ただしさの中、産業用ロボット顔負けの俊敏さをもってオーダーが厨房の中へと伝達されていく。
なんせサラリーマンの昼は短い。小一時間ばかしの僅かな休憩の中で店の選定を済ませてメニューを決め、それを腹にかき込んで十三時の鐘が鳴る頃には自席についていないといけない。そうなると必然的に馴染みの店、いつものメニューというのが決まってくるのだが、毎日同じメニューというのも芸が無い。限られた選択肢の中から、なるたけ飽きが来ないように、日々その時の気分や体調に合わせて最適なものを選ぶのだ。
今日は幸いにも午後イチからの打ち合わせも無いので、十三時を少しばかり過ぎたとしても多少の嫌味を言われるくらいでお咎めも無いだろうと高を括って普段は来ないこの店まで冒険に来たという訳だ。
初めての店に入る場合にはもちろんリスクが伴う。のんびりした店だと注文した品が出てくるまでに三十分以上かかるというのもざらだし、それでいて味も期待外れだったりした日には午後の仕事にも差し障ってしまう。でもこの店はほぼに近いくらいに混んでいてメニューの品数もそれほど多くはない。こういう店は回転率がいいのだ。たとえ行列が出来ていたとしても、それを昼食どきに捌き切れるだけの器量があるから我々も並ぶのだ。
かくして、この四人掛けのテーブルに見知らぬ戦友達と相席をしながら腹を鳴らしながら、今か今かと注文の品が運ばれて来るのを待つことと相成った。
丁度僕の目の前に座っているオオカミが、他のテーブルに運ばれていく料理をきょろきょろと目で追いながら、溢れ返る期待と空腹感を抑えようとスマホを開いて何かを眺めて見ては、厨房から料理が運ばれて来る匂いを察してすぐさま胸ポケットにそれをしまい込むと姿勢を正してお出迎えの準備をする。しかしまたしてもそれは空振りに終わり、ぺったりと両耳を寝かせて肩を落とすのだった。
本人はいたって真剣なのだろうが、繰り返されるその寸劇に思わず吹き出してしまいそうになる。オオカミの顔は正直なところ年齢はおろかパッと見では性別さえも見分けがつかない。かろうじてその皺ひとつない新品同様のスーツと腕にはめられた堅牢さが売りのアウトドア向けの腕時計から、まだ社会人になったばかりの若者であることをうかがわせた。
「はいお待たせしました! かき揚げ定食ね」
香ばしい匂いをたてる大きな黄金色のかき揚げ。迂闊に頬張ったら火傷してしまいそうだ。かぶり付いた時に口の中に広がる野菜の甘味に、小海老がアクセントを添えて絶妙なハーモニーを生み出すのだ。想像しただけでまた腹の虫が鳴いた。よし、明日のメニューは決まりだな。
そんな妄想を一通り廻らせてみた後になっても何故か当のオオカミは箸をつけることもせず、料理が運ばれて来る前と同様に店員を目で追い続けている。近くを通るたびに声を掛けようと小さく声をあげるものの、慌ただしい店内の喧騒の中ではそれは掻き消されてしまい気付かれることは無かった。
「唐揚げ定食お待ち!」
そうこうしているうちに僕のもとへと待ち焦がれていた唐揚げ定食が運ばれてくる。その瞬間、視線が交錯した。どこか恨みがましげなそれは僕に見返されていることに気が付くとハッとしてすぐ逸らされる。ははあ、なるほどな……きっとこのオオカミ、注文を間違えられたに違いない。唐揚げと言ったつもりがかき揚げに聞こえたかなにかだろう。それならばさっさと店員を呼んでそう伝えればいいのに。
まあ、いずれにせよ僕の知ったことではない。これが知り合いだったり、そうでなくとも小学生の子供だったりしたら店員を呼び止めて、注文が間違えているんだと伝えてあげただろう。でも見ず知らずの相手な上に、若いとは言え立派な社会人だ。そりゃあ多少なりとも同情はするが、このくらいは自分でどうにかするべきだ。
味噌汁を一口すすってから、程よく揚げられたそれを齧ると衣が小気味よい音を立てて砕け、じゅわりと肉汁が口内に広がってゆく。うん、やはり見立て通り美味い。頭の中の名店リストに加えておかなければな。
「やっぱりタマネギ入ってる……」
向かいから聞こえてきた蚊のなく様な声に顔を上げると、オオカミが箸でかき揚げを真っ二つに割ってその中身を検分し、結果を知ってがっくりと肩を落としていた。
タマネギ。そう言えばイヌはタマネギが苦手なんだっけ。学生の頃に授業で習った内容を思い出す。確か、タマネギに含まれるなんとかって成分が原因で貧血を起こすらしい。でもそれは原種の頃の話で、進化の過程でそれらへの耐性は獲得したから、今となってアレルギー体質でもなければたとえタマネギを食べたところでどうってことはない。まあそれでも遺伝子に刻み込まれているのかイヌ科の彼等は今でもネギの類を好まない者が多い……らしい。教科書の受け売りだけど。
いずれにしろ、オオカミの事情など僕の知ったことではない。ここは動物園では無いのだから短い昼休みをそんな観察に費やしている暇は無い。とっとと食べて午後からの仕事に備えなければ。
口内に広がるコッテリとした油の海を千切りのキャベツで中和しながら、時々味噌汁を啜って塩分を補給する。胃酸で溶け出してしまいそうだった腹が膨らんでいくにつけて多幸感が毛細血管にまで行き渡る。このようなささやかな喜びを糧にすれば、嫌なことだって乗り切れるんだ。
それにしても……気になる。所詮は他人事だと高を括ってはみたものの、顔を上げるたびに否が応でも視界に入ってくる。恐る恐るかき揚げを口に運んでは、大きな口に似合わず僅かに齧り取って決死の覚悟といった形相で、えずくのをこらえながらタマネギの混じったそれを飲み下していく。それはそれはとてもじゃないが楽しい食事とはかけ離れた光景に、僕の中に二つの感情が芽生えてきた。
一つめは、折角の美味しいご飯を楽しみたいのにそれをこの辛気臭い顔で台無しにされたことへの怒りだ。いくら苦手だからといって砂を噛むような、拷問を受けた捕虜のようにしょぼくれた顔を見せられるなんてたまったもんじゃない。そりゃあ僕にだって苦手な食べ物ぐらいあるから気持ちはわからなくもない。小学生の頃、どうしてもグリンピースが食べられなくて放課後まで居残りさせられて、それでも食べきれずに給食センターまで泣きながら返しに行った苦い思い出が蘇ってくる。けれど、もうここは小学校じゃないんだ。嫌なら残したって誰にも咎められない。多少は罪悪感だって感じるだろうが、無理をして完食する義務なんて無いんだから。
そしてもう一つはというと……
「あの、もしよかったらオカズ交換しません?」
まん丸に見開かれた目はどことなく空に浮かぶ満月を思い起こさせた。
注文が来る前の期待に満ち溢れた様子をあれだけ見せられたんだ、同情の一つだってしたくなる。何より彼は注文を間違えられた被害者でもある。そんなのさっさと店員に伝えればいいじゃないかと思う反面で、僕だって同じ立場になったらきっと言い出せずに我慢して食べることを選んでしまうだろう。今やあれほどピンピンとしていた耳もヒゲも、そして正面からはよく見えないものの尻尾も、萎れた風船みたいにへにゃへにゃになってしまっていることだろう。
「えっ……いや、あの……」
「ここのかき揚げ、食べてみたくてね」
オオカミの瞳の奥で期待の光がきらりと灯ったのを僕は見逃さなかった。それでもまだこの遠慮深いオオカミは上目遣いに僕の顔を覗き込みながら困惑している。
「で、でも、食べさしですし……」
そうは言いながらも、もはや完全に唐揚げに釘付けになっている様子に思わず笑ってしまいそうになる。僕だってここまで言った手前、はいそうですかと引き下がるのも格好がつかない。そわそわと僕の顔と唐揚げとを見比べるオオカミをよそに、半ば強引に皿を取り替えっこしてやる。もちろん抵抗なんてあるはずもない。
「じゃあ、いただきます」
まだ四分の三ほど残っているかき揚げに向かって手を合わせると、続いてオオカミも慌てて手を合わせる。それから大きく口を開けて頬張ると、うん美味い。主人の許しを得た犬のごとくバリバリと咀嚼する音が聞こえて来る。初対面の相手だというのに、なんだか一緒に食事をしているような不思議な感覚。こういうのも悪くないな。すっかり張りを取り戻してくるくると動く耳を眺めながら、束の間の昼食を楽しんだ。
「ごちそうさま!」
そうこうしているうちに時計を見るともういい時間。悠長に食べている余裕もない。急いで残りを口の中に放り込んで味噌汁とお茶で流し込むともう一度手を合わせる。そして何か言いたげなオオカミをよそに店を飛び出したのだった。
その週の土曜日。
家にこもってじっとしているのも別段苦にはならないものの、丁度新型のスマートフォンが発売されたのもあって偵察と気晴らしがてら電気街へと繰り出すことにした。
一通りウインドウショッピングも終えた頃には陽もとっぷり暮れていて、人もまばらになった大通りを色とりどりの光が照らしていた。この辺りもすっかり変わったなあ……なんてついついジジくさいことを考えてしまう。昔は立ち並んでいた電子部品の店も、やがてパソコンショップへと変わり、それもあっという間にアニメショップへ。そして今街頭にいるのは……。
「いかがですかあ~、ご主人さまあ~」
なんとも間の抜けた猫なで声。通りを百メートル歩く間に何人から声を掛けられたことか。この手の連中は正直好きになれない。まだ飲屋街のキャッチの方がマシというくらいのしつこさでなんとか店に引っ張り込もうと躍起になっている。全部が全部ボッタクリの店って訳ではないにしろ、こんな呼び込みにホイホイついて行ったらどうなったものかわかったもんじゃない。おまけに最近はメイドカフェの繁盛に味をしめたのか、ハロウィンパーティーの会場かってくらいに男女種別問わず奇抜な格好をして立ち並んでいる。
声を掛けられるのにもうんざりとして、大通りを一本裏に入ると先ほどの喧騒が嘘だったかのように途端に静かになった。街灯も少なく薄暗い路地は不気味だ。所々に怪しい人影が見えて、それがどことなくドキュメンタリー番組でやっていた麻薬の取引現場を彷彿とさせて背筋を冷んやりとさせる。
「ボクたちと一緒に遊んでください、わんわんっ!」
正面にイヌ科の獣人の二人組がどこか芝居染みた動きで客引きをしていた。こういう手合いが一番嫌いだ。偏見というか差別的な考えなのだろうが、自分の種族を安売りして人間に媚びを売るなんて最低の行為だろう。種族は違えども彼らだって理性のない動物じゃないんだ。それをわざわざすすんで自らを貶めるようなことをして……。
「あっ! あ、あのっ!」
できるだけ視界に入れないようにして足早に立ち去ろうとしていたのに、どこかで聞き覚えのある声に呼び止められて反射的に振り向いてしまう。
「……あ。かき揚げ……」
そう呼ぶと照れ臭そうに人懐っこい笑顔がかえってきた。逆光気味の輪郭の中で二つの、あの満月が爛々としていて、百万年前に遺伝子に刻まれた恐怖が少しだけ顔を覗かせた。
「あれ~? おニイさん、コタくんの知り合い?」
「いや、あの」
「いっぱいサービスするから寄ってっよ!」
こんな誘い、とっとと振り切って逃げ出してしまえばよかったんだ。それなのに、それなのにどうしてか、このコタと呼ばれたオオカミの目に射すくめられてしまった僕は手を引かれるがままに裏路地の方へと連れられていく。
これもそういうサービスの一環なのか、コタはぎこちない動作で僕に身体を密着させて腕を組んで歩く。その顔はあの時と同じように申し訳なさそうだった。途中で逃げ出してしまおうか、財布の中には幾ら入っていたかと頭の中でぐるぐると考えていた諸々も、歩くにつれて服越しに伝わって来る温もりにバターのように溶けて流れてしまった。
そうしてたどり着いた雑居ビルの一室。入り口に『会員制』と書かれたプレートが一枚貼ってあるだけの、超怪しい店。絶対マトモな店じゃない。ズボンのポケットに手を入れてスマホを確かめる。いざとなったらすぐに通報できるように構えておく。
店の扉を開けた瞬間、甘ったるい匂いと大音量で響くクラブミュージック。迷路のようにパーティションで区切られた店内。ああ、だいたい察しがついてしまった。
「えっ、えっと、システムのご説明をさせていただきますわん……ワンセット五十分で、お飲物はウイスキー、ブランデー、焼酎が飲み放題で、ビールは別料金に……」
区切られた一角の一つに案内され、席に着くなりたどたどしい説明が始まった。
「お飲み物は……あ、あっ……、ご、ごめんなさい……」
椅子に腰掛けながら、説明もよそに一体どうしたものかと腕を組んで考えていると、それを別の意味にとったのか慌てて謝罪を始めた。
「ちっ、違うんです……このあいだのお礼をしたくて……お代はもちろんいりませんから……」
こんな所に強引に連れてこられて、恩を仇で返されたという気持ちも正直あった。怒鳴りつけてしまおうかとも思った。それなのに。
「ウイスキー、ロックで」
どうにもこの顔を見ると、不思議とそんな気も起きなくなってしまうのだ。
「……っ! は、はいっ! すぐにお持ちしますっ!」
コタがウイスキーを持って来るまでの間、タバコに火をつけて目を閉じる。下手すれば難聴になりそうな雑音の合間に聞こえる艶かしい吐息。胸の奥に生まれたざわつきを煙と一緒に吐き出した。
「おまたせしました……わん」
取ってつけたような口調に吹き出してしまいそうになりながら目を開けると、そこにはトレイを片手に、もう片方の手には赤い首輪から伸びるリードを手に持ったコタがいた。おまけにほぼ全裸と言って過言では無い貧相な腰布が巻かれただけの格好。ウイスキーを僕に手渡すと、僕の足元に跪いてリードを差し出した。
ああ、これがこの店のコンセプトって訳か。獣人をこんな風にペット、いや奴隷のようにして欲望のはけ口にする下衆な商売。そしてそれを自らすすんで受け入れて、尊厳も、種族の誇りすらも自分で踏みにじる行為に怒りがこみ上げてくる。
「何もしなくていいから」
とはいえ、需要も供給もあってこういう商売が成り立っているのだ。どんな事情があるのかは知る由がないが、彼もこれで金を得て生活をするためにしていることだ。ここで僕が彼を攻め立てることは、風俗嬢に説教を垂れるスケベ親父ぐらいに馬鹿らしいことなのだ。だから、これでいい。馬鹿な客とでも、チョロい客とでも笑うがいいさ。
「ぼっ、ぼくじゃ、ダメですか?」
「いや、そういうことじゃなくてね」
変な所でやる気ださなくていいから。何もしなくてラッキーぐらいに思っておけよ。
「だったら他の女の子っぽい子もいるので……」
「だから違うって!」
もう、なんでわからないんだよ。
「おっ、オオカミは、嫌い、ですか?」
とうとう目を潤ませて泣き出す始末。これが演技だったらなかなかに才能あるぞ。
「はあ……わかった、わかりました。もう好きにしてくれ……」
即座にニパッと輝く顔に心がムズムズする。なんだろうな、この場の空気に飲まれてしまっているのかもしれない。
「あの時、本当に嬉しかったんです」
コタはそう言いながら僕の股間に鼻を寄せて、ズボン越しにクンクンと匂いを嗅いでみせた。
「今日一日ずっと蒸れてたから臭いでしょ?」
気恥ずかしさを紛らわせるためにそう言ってみても、コタは首を横に振って更にぐいぐいと鼻先を押し付けた。
「大好きなご主人様の匂い……」
所詮は客を喜ばせるためのリップサービスだとわかっていても、さざ波のように股間に押し寄せる刺激と、倒錯的な空間に興奮が加速して急速に海綿体に血液が充満していく。なんだ、あれだけ何のかんのと御託を並べて置いて、結局ヤることはヤるのかよ、心の中から聞こえてくる皮肉に苦笑いをしながら、どうせなら楽しんでしまえと悪魔の声。
「コタ」
その名を呼ぶと耳がピクリと跳ねる。手を伸ばして頭を撫でかけたところで思いとどまって、手のひらを見せつけるようにしながら顎の下をそっと触った。
「えへへ、優しいんですね」
確か何かの雑誌だったかネットの記事だったかで、頭を上から撫でられるのは威圧感を感じさせるからよくないというのを読んだことがある。そんな些細な気遣いが嬉しかったのか、コタは僕の手のひらにくしくしと頬を擦り付け、遠慮気味に指先を舐めた。湿った吐息の熱量が身体を伝ってズボンを押し上げる。
「ごしゅじんさまあ……」
懇願の眼差しがねっとりと絡みつく。正直なところ、もう一刻だって我慢できない。はやる手で金属音を立てながら忌々しい布切れを取り去って醜い欲望を眼前にさらけ出す。
「わっ、すご……おっきい……」
羞恥心と自尊心を同時に刺激されて、ビクンと脈打った。こんな所で、こんな格好で、オオカミの目の前に勃起したちんぽを突きつけている。真っ黒な鼻先がにわかに近づいてちんぽとキスをすると、それだけで射精してしまいそうな電撃が背中を走り、尿道口に我慢汁の球を作った。
「大きくてエッチなちんちん……くんくんっ」
うっとりとちんぽを見上げ、赤い舌をはみ出させて感嘆の声を漏らす。コタの股間の布地はこんもりと押し上げられて、収まりきらなくなった赤い唐辛子のような先端部がのぞいている。
「コタ、コタぁ……」
恥も外聞も無く、腰を突き出して処理をねだるようにちんぽをコタの口元へと何度も押し付ける。
「ご主人様のちんちん、食べてもいい?」
馬鹿みたいに何度も頷くと、ぱっくりと開けられた大きな口がちんぽに迫って来る。早く、早くっ! その頭を掴んですぐにでも押し付けてしまいたい。
ちゅっ、ちゅうっ……
長いマズルで器用にも亀頭をついばんで、しとどに溢れた先走りをすすっていく。
「ああ、ちんちんおいしい……」
ちゅぷ、ぐぶっ……ぶ……
火傷しそうな体温。粘液をまとった肉壁を押し広げながら、ちんぽが半分ほど口内へと姿を消した。呼吸の僅かな振動ですらその中で何百倍にも増幅されて、思考回路がショートしそうな程の電撃が脳みそを突き抜ける。オオカミの上目遣い。得意げでいて不安に満ちた顔。
「コタ、気持ちいいよ……」
そう言って耳の裏を指先で掻いてやると、パタパタと尻尾が振られた。
ずずっ、ちゅぶぶっ
ちんぽが根本まで全部マズルの中に飲み込まれてしまう。舌が触手のように蠢き、うがいをしているような音を立てながら亀頭から裏筋、雁首を撫で回す。
れちゅっ、ちゅぴっ……ぬぶ、ぶぽっ
「あっ、あ……だめ、いっちゃう」
指数関数的に増加する快楽。睾丸のあたりがムズムズとして射精が迫っていることを知らせる。まずい、このままじゃ出てしまう。そう思ってコタの頭を引き離……せない。
にゅるっ、ぬぽっぬっぽ
「こっ、コタっ! やめっ、離し」
そんな懇願も虚しく、むしろどんどんと動きが激しさを増していく。
じゅぼっ、ぐっぷぐっぷ
「あ、ああっ!!」
精一杯力を込めて押してみてもコタの身体はビクともしない。マズルはタコの吸盤のようにちんぽに吸い付いて離れない。オオカミに口でイかされてしまう。口内射精してしまう。
「いくっ……」
びゅーっ!
なすすべもなく、精液がコタの喉奥目掛けて放たれる。
びゅっ、びゅ……ごくっ
ちんぽが射精の律動を繰り返した後、口腔内に溜まったザーメンを飲み下す音。己から放たれた欲望の塊が、コタの体内へと染み込んでいく。
ごくっ……びゅ……ごく、こくっ
急速に醒めていく興奮の中にあっても、えも言われぬ感情が溢れ出して来て、コタの頭をわしゃわしゃと撫で回す。
やがて、ビクビクともう精液の出ない空打ちを何度か続けてから、すっかりちんぽが体積を失う頃になってようやく、ちゅぽっと音を立ててちんぽがマズルから引き抜かれた。
「ぷはっ……ご主人様のちんちんミルク、ごちそうさまでした」
そう言って、萎えたちんぽを労うようにキスをする。そんな商売がかった台詞に、胸の奥が少しだけチクリと痛んだ気がした。
それから、僕は放心状態のまま気がつくと家に帰り着いていた。キツネにつままれたような、夢でもみている気分だ。
それでもパンツからほんのりと立ち上ってくるコタの唾液の匂い。紛れもない口淫の証拠。目を閉じてコタの姿を想像する。またむらむらと勃起をし始めたちんぽをしごき、コタの口内へとまた射精をした。
眠気が押し寄せて頭がとろけてきた頃に、スマホがぶるりと震えてメッセージの着信を知らせる。
『今日はありがとうございました、よかったらまた来てくださいね!』
ご丁寧に、どことなく本人に似たキャラクタのスタンプまでついてきた。しばらくどうしようか考えてから、指先を何度か動かしたのちにスマホを放り投げて目を閉じる。
「馬鹿かよ、俺。」
風俗嬢に入れ込んで何百万も貢いだり、アイドルの握手券欲しさにCDを箱買いするような連中を心底軽蔑していたというのに、これじゃあ同じ穴の狢じゃないか。それでも、それなのに、頭の中に唐揚げを頬張るコタの姿が浮かんでどうしようもなかった。
「いやあ、さすがはウチのエースだわ。また常連客ゲットだね」
「……おつかれさまでした」
つれないねえ、そう苦笑いする相手をよそにオオカミは身支度を整えると足早に出て行く。ネオンで煌々と照らされた空には星なんて見えなかった。
「人間は、嫌いだ」
1
あなたにおすすめの小説
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
見ぃつけた。
茉莉花 香乃
BL
小学生の時、意地悪されて転校した。高校一年生の途中までは穏やかな生活だったのに、全寮制の学校に転入しなければならなくなった。そこで、出会ったのは…
他サイトにも公開しています
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる