ケモホモ短編

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毒を食らわば皿まで

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「いやあ、結構飲みましたね」
 初めはどうなることかと心配していたが、アルコールの力は偉大だった。お互いに人が変わったように打って変わって饒舌になり、飲み放題の二時間が瞬く間に過ぎてしまった。一説によると、アルコールは人を変えるのではなく本性を明らかにするとのことだから、被っていたネコが取り払われただけとも言える。まあともかくお通夜にならなくてよかった。
「そうだねえ、次、どうしようか?」
 ネオンの下で毛皮を七色に変化させるオオカミが、鼻歌混じりの上機嫌さで犬歯を覗かせる。また適当な居酒屋にでも入って飲み直すでもいいし、このまま今日は解散してしまうのも名残惜しくはあるものの選択肢としてはアリだろう。その気になればいつだって会える距離だから、何がなんでも今日のうちにやりたいコトをしないという訳でもないのだ。
「メッセージでいっていた件って……」
 昼過ぎに初顔合わせをしてから実に七時間。ようやく酔った勢いに任せて口にすることができた。もしこのオオカミが少しでも怪訝な様子を見せるのであれば「冗談ですよ」とすぐさま撤回できるように準備をして。
 ネット上でのオオカミさんはああいうキャラだけど、実際に喋ってみた限りではごくごく普通に一般常識を持ち合わせたマトモなひとだ。だから、僕が勝手にあの発言を間に受けているだけだとすればひどく滑稽にうつるだろう。
「いい、よ?」
 空気が白けてしまう前にネタとして昇華しようとした矢先、思わぬ返事、いや待ち望んでいた言葉が鼓膜を震わせる。そしてその一言を発したきりそっぽを向いて鼻の先を掻く姿に、えもいわれぬ感情が頭の中に渦巻いた。

 言葉数も少ないままにふたりして彷徨き、たまたま目に入ってきたビデオボックスへと入った。お互いの部屋番号をメッセージで交換し、オオカミさんの部屋へと合流した。
「部屋の中に手洗い器までついているなんて便利ですよね」
 昔に訪れた時にはウエットティッシュが備え付けられているくらいで、ローションでベトベトになった手やアソコを拭き取るのに難儀したものだ。
「おっ、このPCけっこうハイスペック――」
「ねえ」
 たっぷり三回は深呼吸してからドアノブをひねったはずなのに、覚悟を決めてきたはずなのに、いざ戦場に立たされると足がすくんでしまう。緊張を誤魔化すようにまくし立てているとオオカミさんが口を開いた。
「見せ合い、しよっか」
 神妙な顔に思わず心臓がバクンと鳴った。そうだ、オオカミさんだって緊張しているんだ。僕だっていつまでもモタモタせずに応えなければならない。
 静まり返った防音個室の中には、布の擦れる音と幾許かの金属音。大袈裟な空調の風が太ももの毛をくすぐってにわかに鳥肌が立つ。
 パンツのゴムに指をかけたところでオオカミさんと目が合った。
 互いに無言のまま、いや言葉なんて野暮なものはいらない。示し合わせたように同調した動きで、知恵の実で得た理性をいとも容易くずり下ろした。
「えっ」
 どちらからともなく声が漏れた。
 いや、確かに本人の口からサイズについての言及はなかった。僕が勝手に想像を膨らませて期待して巨根だという幻想を抱いていただけに過ぎない。事実、ネット上の動画でみるオオカミ獣人のちんぽは軒並み大きかったし、オオカミさんがアップしている自撮りでは接写というのもあってか、僕のモノよりも一回りか二回りはあるのだと思って羨望の眼差しで見ていたのだ。
「あー、あの、なんていうか」
 何かを待ち侘びるような顔。葛藤、緊張、興奮。いいよな、いいんだよな。
「結構、小さいっすね」
 オオカミの身体が小さく震えた。よかった。万が一でもオオカミさんを傷つけてしまわないか心配していたのだが、彼の興奮の推進剤となってくれたようだ。
「ごっ、ごめんね、小さくてっ!」
 言葉とは裏腹に誇示するように腰を突き出して、己のちんぽ――短小ちんぽといって差し支えないだろう――をこれでもかと見せびらかした。
「フォロワーのひと達が知ったらどう思うでしょうねえ?」
 SNS上で彼が人気を博している理由はもちろんエロ目的が大前提ではあるが、その中でも特に人間よりも大きい(と思われている)ちんぽが売りなのだ。それ以外でも全身フサフサな獣人の身体に惹かれたり、大量のエロ投稿の中に紛れてひっそりと呟かれるごく素朴な彼の日常に興味を持つ者も一定数はいるにはいるはずだけど。僕みたいに。
「キミのは随分と立派だよね……ヒトの大きくなったのって、生で見たの初めてかも…………」
 僕の渾身の煽りをふんわりとスルーしたオオカミさんの視線は、股間のとある一点にロックされている。てっきりこういうコトを他の誰かともヤリまくっているのかと思っていたのに意外だった。そして彼の口からでた幾つかの単語が僕の心を掻き乱し、かあっと頭に血の気が上る。自然と僕も、彼のいうところの立派なモノを突き出し、名刺交換でもするかのように相対した。
「並べてみたらもっと違いがわかるかも」
 忍び足で近づいていくと、鼻息が体毛をくすぐる。オオカミの匂い。跳ね回る心臓の音や、その体温すらも伝わってしまいそうな距離。なんていったっけな、確かゴルディロックスゾーンだったかな。これ以上近づいてしまうとその熱量で何もかも焼き尽くされてしまう。
「すっ、すごいっ……」
 列車の入線を思わせる滑らかな進入。その長さや太さだけでなく色合いや造形の仔細な違いすらも、こうして横並びにすることで如実に浮かび上がる。
 ふと思い立ってテーブルの上に置いてあったスマートフォンに手を伸ばした。この光景を記憶の中だけに閉じ込めてしまうのは些か勿体無い。ノブレス・オブリージュなんて崇高なものではない。ロックが解除できるかが心配だったが、惚けて舌をしまい忘れたオオカミの顔に画面を向けるといとも簡単にホーム画面があらわれる。
「記念写真、とりましょうね?」
 ただ、自慢したかったのだ。あの人気者のオオカミさんと二人きりで会っているにとどまらず、こんなコトまでしてしまっている。おまけにオオカミさんは、僕のちんぽに、初めて見る人間の勃起にすっかり目を奪われてしまっているのだから。
「あっ、ちょっ、ちょっとっ!!」
 シャッター音を鳴らしている間もこれといったリアクションをとることなく、ただふすふすと鼻を鳴らしていた彼に、撮れたばかりの写真を見せつけてやると酷く慌てた声をあげた。それもそうだろう、だって、これはSNSの投稿画面なのだ。
「ダメだって、さすがに、ダメだからあ……ッ!」
 お構いなしに青色の釦をタップする。『フォロワーさんとオフ会中です♪』なんてメッセージと共に公開された二本のちんぽ。最悪は投稿削除だって可能だ。しかし、数万もいる彼のフォロワーが見逃すはずなんて――
「え……うそ…………そんな……」
 僕が今まで体験したことのない通知音の嵐。
 はくはくと息を噛みながら茫然自失の彼をよそに、軽快な電子音とバイブレーションは止まらない。大量のいいねが付き、瞬く間に拡散され、そして卑猥な罵倒の言葉で埋め尽くされた返信が滝のように流れていく。
「うっわ、超バズってますよ」
 電気通信回線を通じて、アクセス制御機能を持つ電子計算機にアクセスし、他人の識別符号を入力し、アクセス制御機能を作動させて、本来制限されている機能を利用可能な状態にする行為。
 不正アクセス禁止法とやらに書かれている一文だ。そうでなくとも許されざる行い。この情報社会では、たった一つの投稿で人生が狂ってしまうことだってある。相手が相手なら首根っこを掴まれて八つ裂きにされたって文句は言えない。
「ど、どうしよう……バレちゃった……」
 けれども目の前のオオカミは激昂して唸りをあげるどころか、その身体とは不釣り合いに小さなちんぽから先走りを床に垂らした。もしかしたらいつも、己に向けた破壊願望を抱えながら自撮りをしていたのだろうか。
『騙していたお詫びに人間ちんぽにご奉仕しろよ、短小オオカミ!』
 その発言を見せ、目だけでオオカミに問いかける。二つの金色が言葉以上にその願望を物語っていた。

「ええと……たっ、短小、オオカミでごめんなさい……いまから、このっ、大きいちんぽにご奉仕しちゃいます」
 まさか、ライブ配信とは。
 緊張の面持ちでピースサインを作って僕のちんぽとツーショットをとり、それからスマートフォンをバトンタッチする。心なしかその指は震えていたが、手振れ補正が有効であれば全く気付かれないはずだ。
 この小さな空間には僕たちしか存在しないというのに、レンズの向こう側には数え切れない程の視聴者がいてふたりの痴態を覗きみている。これまで想像もしていなかった倒錯的な状況に軽く目眩すら覚えて、興奮よりもどちらかというと緊張の方が強く、やおらちんぽが萎えかけた。
「ああっ、ホントに大きくて……立派な雄のちんぽ」
 表情を崩してうっとりと吐き出された言葉が、体表を電気となって走り抜けた。
「こんなの見せられたら服従したくなっちゃうう……はぁっ、すんすんっ……オオカミなのにい……」
 亀頭に鼻を寄せてその匂いを肺の中へと存分に取り込んでから、熱い吐息を漏らした。
 芝居がかった仕草。上っ面の台詞。なんだか初めから仕組まれていたとすら思えてしまう。僕はこのオオカミを飼い慣らしたつもりでいたけれど、なんのことはない。僕自身もこのオオカミの手のひらの上で転がされているだけ、彼の演出のためだけの舞台装置に過ぎないのだ。
 モブキャラ。マクガフィン。僕じゃなくったって、彼よりもちんぽが大きければ、言い換えれば並みのサイズであるならば誰でもよかったのだ。上目遣いに媚びる目は僕ではなく、その先にいる数多の存在に向けられている。配信終了の釦を押して、手の中の忌々しいコイツを壁に叩きつけて、オオカミさんを、このオオカミを僕だけのモノにしたい。僕だけを見て欲しい。独り占めしたい。
「あっ! もっ、もうっ! そんなに押し付けられたらあっ……はあっ……」
 結局のところ僕は、極限まで自らの存在を透明へと近づけて『彼ら』の代弁者になることを選んだ。むしろ、そうするより道はなかった。僕だけを見て欲しいだなんて言い出せなかった。対等な立場、いやむしろ優位なように思えても、そんなものは錯覚にしかすぎない。
 漏れ出しそうな息を噛み殺して、余計なノイズが入らないように、乾燥しかかった真っ黒な鼻に我慢汁を塗りたくって潤していく。触覚から得られる快楽はごくごく僅かではあるが、主には視覚から、そして聴覚から得られる背徳は相当なものだ。ピチャピチャと粘液質な音を響かせながら、半開きになったオオカミの口内へぶち込みたい気持ちをぐっと堪えて焦らし続ける。
「ちんぽ……エッチな雄ちんぽ、食べてもいい?」
 オオカミの威厳も何もかもかなぐり捨てて、己の小さなちんぽをトロトロに濡らして、前脚を招き猫のごとく動かし、ちんぽを食べさせて貰おうと、機嫌を取ろうと必死に媚びる。なんとも惨めなものだ。オオカミの顔の良し悪しは正直なところよくわからないが、きっと繁華街に繰り出せば黙っていても声を掛けられるくらいにはモテるだろうに。
 そんな僕の心の声がそのまま漏れ出たかのように、いやそれ以上にもっと下劣で醜悪な、とうてい口に出すのも憚られるようなコメントが次々に送られてくる。これを見せれば、読み上げてやれば、狂おしいくらいに尻尾を振ってのたうち回るに違いない。
「はふっ、んむっ……ちゅっ……おいひいっ……」
 それなのに僕はただ無言のまま腰を突き出して、オオカミの唇、その黒いゴムパッキンみたいな縁に我慢汁を擦り込んだ。食虫植物のごとくちんぽを絡め取ろうと蠢めくマズルと格闘を続ける。オオカミとの時間を独占したい、楽しみたいという気持ちが抑え切れない。それに、だ。視聴者だっていつまでもダラダラと前戯を続けるのは望んじゃいないはずだ。スマートフォンだったり、パソコンだったりと視聴環境は違えども皆一様にオナニーをしながら、今か今かと抜きどころが訪れるのを待っているはずだから。
「……いいよね? もうガマンできないから、食べちゃうね?」
 上目遣いにカメラを見つめてから、大きな口がすっぽりとちんぽを覆い隠した。

 ぐぷっ……じゅぶぶっ、ちゅぼっ
「んっ、くちのなか、ちんぽでいっぱいになってるう……」
 ぬめついた舌がとぐろを巻くようにちんぽに絡みつき、ケモノ臭さと唾液の匂いが熱気となって立ち込める。声を漏らしてしまわぬように歯を食いしばり、足の指にぎゅっと力を込めた。
 にゅぽっ、ぬぼ、くぷっちゅぐ
 ちんぽが内頬肉をかき分けながらマズルの奥深くまですっかり飲み込まれたかと思うと、今度は上顎の肉ヒダがかえしのようにカリ首を甘く引っ掻きながら吐き出されていく。腰が引けてしまう。ピンボケしてしまわないようにフォーカスを維持し続ける手も、意識とは無関係に小刻みに震え始める。自分ではしっかりと耐えているつもりなのに、次々に流れてくるコメントの中には淫乱オオカミを罵倒するものだけでなく、僕に向けられたモノもちらほらと見受けられた。
「えへへ……きもちいい? おくちの中でビクビクッてして、エッチな肉汁が……んぶっ!?」
 気持ちに余裕がでてきたのか、どこか見下したような口ぶりに苛立ちを覚えたのは僕だけではなかった。
『短小オオカミが調子に乗るなよ』
 僕の心情が文字となって現れたのか、あるいはその文字がそのまま僕の思考にすり替わったのか。いずれにせよ同じことだ。空いているほうの手でペッタリと寝ていた耳を乱暴に掴んで引き寄せる。陰毛をくすぐる灼熱の鼻息で焦がされてしまわないように通風口を下腹の肉で塞いでやった。
「んむっ……ガッ……ガボッ!」
 背徳が鳩尾の辺りから広がって心臓を絞る。呼吸の術を絶たれたオオカミは目を白黒させて、ごく僅かな隙間から酸素を取り込もうとあがき、舌で口内を占領するちんぽを押しのけようと躍起になった。しかしそんな努力も虚しく、動けば動くほどにちんぽは奥へと突き刺さり、その長い口吻をもってしても納め切ることは叶わない。
『いい気味だ』
『ちんぽで窒息しろ!』
 下劣なコメントの後押しがなければ――
 ぶぽっ、ごぷ、ごぶ
 いや違う。アルコールと同じなのだ。理性で取り繕っていた本性が露わになったに過ぎない。
 哀れっぽい鳴き声がいよいよ迫真めいて、オオカミが狂ったように暴れ回るとちんぽに与えられる刺激は比例して、爆発的に大きくなっていく。ああダメだ、もう我慢できない。このオオカミの中に欲望を吐き散らして、僕の匂いを、味を、遺伝子を、存在を、何もかもひっくるめてマーキングしたい。
 びゅーっ、びゅびゅっ、びゅるっ、ぴゅ
 オオカミのマズルと一体となったちんぽから、精液を飲み下す蠕動が、むせ返る横隔膜の振動が、逆流する迸りがつぶさに伝えられてくる。
 ちんぽはいつまでも脈動を繰り返し、射精が終わったのか、或いは空撃ちしているだけなのかの区別すらつかない。ずっとこうしていたい。理性が息を吹き返してもなお、ちんぽをくすぐる粘膜が心地よくて、このまま二回目だって突入してしまえそうだ。
 そんな桃源郷を浮遊している僕とは別の意味で天国に片足を突っ込んだオオカミ。まずい、調子に乗り過ぎた。
 ただ、ここまでしておいてぶつ切りで終了させてしまうのは彼の努力を無駄にしてしまうことになる。だから、配信の締めとして、白目を剥いて自らの短小ちんぽと鼻から精液を垂らしているオオカミを一分ばかし舐めるように写してから終了釦をタップした。

「ええと、あの、なんといいますか」
「……新記録」
 いたたまれない空気の中で、オオカミはスマートフォンを眺めながらそう呟いた。
 視聴者数か、いいね数か、投げ銭の数なのかは定かではないが、先程の配信のことだろう。今まではせいぜいオナニーをしているくらいだったから、絡みともなると段違いってことか。って、いや、いやいや。
「幻滅した? 初体験すらもフォロワー稼ぎの道具にするなんて、ってね」
 ショータイムは終わった。悲しむことなんてなにもない。よかったじゃないか、運のいい出演者になれたんだから。家に帰ったらアーカイブを保存して、それをオカズにして何度だって抜けるだろうし、明日か、来週か、そのうち今度は別のゲストとの絡みを画面越しに拝むことだってできるだろう。
「あのっ!」
 ただの火遊びを本気にしてバカなヤツ。そう笑われるだろうか。
 一回ヤっただけで懐かれても困ると呆れられるだろうか。
 ここまできたら、もういっそのこと――
「アシスタントって、募集していませんかっ!?」
 茫然自失。瞠目結舌。鳩が豆鉄砲を食ったような顔。

「こんばんは、オオカミです。今日もライブに来てくれてありがとうございます」
 画面に映されるいつもの顔。
「今日も、大好きな彼氏の……大きいちんぽで虐められちゃいます」
 カメラの死角でお互いの手をぎゅっと握った。
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