ケモホモ短編

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栗の花の匂いしません?

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 昼休みのはじまりを告げる電子音が鳴り響き、ようやく時計の存在に気がついた。
 ただでさえ忙しいこの時期にくわえて課員のほとんどがテレワークをしていることもあって、数少ない出社組には何かと雑用が押し付けられて、忙しさに拍車をかけているのだ。
「昼飯、買ってきますね」
 机に突っ伏したままの課長の耳がピクリと動く。
 僕でさえ積まれた業務に目を回しているのだ。管理職ともなると、自分の仕事をこなすだけではなく部下の面倒も見ないといけないし、よくわからない経営会議なんかにも駆り出されて、いったいいつ自分の仕事をしているのだろうかと思うくらいだ。
 オオカミという種族柄か、課長は連日のように終電ギリギリまで働いて、オマケに昼休みでもご飯を食べながらパソコンの画面と睨めっこしているくらいにはタフだ。そんな彼も今日はさすがに疲労を隠せないのか、仕事よりも、食欲よりも、小一時間ばかりの睡眠のほうを選択したらしい。
 手早く食べられそうな惣菜パンとエナジードリンク。絶対に身体に悪いよな。エナドリって元気の前借りをしているだけで、疲労を帳消しにする訳でも、活力を補給する訳でもないのだと何かで読んだことがある。無から有をつくり出すことはできない。等価交換の法則。ああ、確かそんな漫画があったっけ。

 うげ。また面倒な用事が増えた。
 まもなく昼休みが終わりを告げようとしている中、溜まりに溜まった未読メールを捌いていると厄介なお使いの依頼を見つけてしまう。今日会社にいる若手が僕くらいだからってのはわかるけど、こんなの僕がやることなのかなぁ。それに『単納期で申し訳ないけど』って、それ言い訳にすらなってねえからな!
「あの、課長」
 今度はぺったりと伏せられたまま微動だにしない耳。
 ああ、これはガッツリ寝ていらっしゃる。そんなに疲れているんだな。
「課長?」
 僕のものよりは幾分かは豪華で、それでいて書類の山積みになった机へ向かって歩みを進める。
 一歩、また一歩と近づくたびに、それに比例して罪悪感が大きくなっていく。でもどうしようもないのだ。このミッションは僕一人では達成はできないし、辺りを見渡しても他に頼れそうなひとはいないから。
「あのお」
 貴重な貴重なひとときを邪魔する声に、眉間に皺を寄せて牙を剥き出したオオカミの唸り声。間近で見ると迫力満点だ。
「課長、大神課長」
 呼びかけても曖昧な反応しか得られない故に、ついにはその耳元へと肉薄し、ささやきかけたその時。
「んおっ!? あっ……!」
 盛大に机を打ち鳴らして顔を上げ、夢うつつのまま辺りを見渡す。悪いことをしたなと思いながらも、なんだかコミカルな姿に笑いが漏れそうになってしまう。
「なっ、ななっ、なんだっ!? 築城か」
 寝ぼけていたオオカミがようやく僕の存在に気がついたらしい。
「すみません課長、大変恐縮なんですが……サーバールームの方で作業が必要になりまして」
「い、いまかっ!?」
 睨みつける眼光。
「はい、至急対応してほしいとのことでして……」
 その言葉に忌々しげに苦虫を噛み潰す。いつもなら、厄介な頼み事や相談を持ちかけても、どんなに忙しくても、その顔に似合わず優しい笑顔を見せてくれるというのに。
 ただでさえ寝起きで苛立っているところに仕様もない用事なのだから、彼の怒りももっともだ。そりゃあ僕だってできればこんなこと頼みたくはない。けれども、サーバールームに立ち入るためのセキュリティ・カードは彼を含め数名の管理者しか持っておらず、また軽微な作業一つするにも立ち合いが必要なのだ。
「すみません、あの、期限を伸ばしてもらうようにお願いしてみます」
 そんなことできるはずはないのだけれど。それこそ課長が掛け合うのなら別として、僕みたいな一介の社員ごときが逆らえるはずもない。でも、どうせ嫌われるのなら。大神課長に嫌われるよりは、よその部署に恨まれた方がまだマシだ。
 社会人になって、もういい歳をした大人のはずなのに、日頃から尊敬している相手からあからさまな憎悪を向けられて、惨めったらしくも視界が潤んできてしまう。バカ。子供じゃないんだぞ。泣いてどうなる。
「はあ……すまん。築城に当たっても仕方ないな。だが、その、あー、なんだ。そう、腹、腹の具合が悪くてな。入口でちょっと待っていてくれ!」
 なるほど。腹痛を我慢していたのならあの険しい顔にも合点がいく。それにしてもどこか挙動不審だけど、よっぽど切迫した状況なのだろう。これ以上引き止める理由もない。
 慌ててトイレへと駆け込むオオカミを尻目に、僕はサーバールームへと向かったのであった。

「うう、さむっ」
 全力で稼働し続ける冷房。上着を羽織ってもなお肌を刺す冷たさ。
 課長のように全身もっふもふな毛に覆われているならともかく、僕みたいな人間にとっては五分とていたくない。ただ機械を安定的に冷却することを目的に作られた施設だから、人間の快適性なんて二の次なのだ。
「とっとと終わらせちまうぞ」
 出すものを出したからか、平静を取り戻した顔。エアコンの風がその毛先をたなびかせている。
 どことなくのイメージだけど、オオカミには寒いトコロがよく似合う。雪山だったり針葉樹林であったり。もちろん獣人の彼らは南国にだって沢山住んでいるし、何よりもこの場所の冷たさは電気によりもたらされたものだから情緒もへったくれもないけれど。
「じゃあ、ここの奥の配線さわるので、モニタのほう確認お願いします」
 盛りソバのようにこんがらがったケーブル。ABO式の血液型別性格診断なんて信じちゃあいないけれど、きっとA型の仕業ではないはずだ。
 立ったままの彼の足元に潜り込むようにして手を伸ばす。それにしても。なんだろうか。どことなく湧き上がる違和感。
「もうすっかり初夏ってかんじですよねえ」
 ファンの低い音だけが聞こえる室内。決して悠長におしゃべりがしたいわけではないが、単にケーブルを繋ぎ変えて終わりではなく、装置を立ち上げ直したりするのに待ち時間が発生する。その間、ずっと無言でいるのにも耐えられなくなって、半ば無理矢理に駆り出させた罪悪感も手伝ってかそんなことを口走っていた。
「お、おお、そうだな。年が明けたと思ったらあっという間だったな」
 一月は行く、二月は逃げる、三月は去る。そして四月も年度始めでバタバタとして、その忙しさを引きずったまま五月に突入した。
「こんな場所でも季節を感じられるんですね」
 訝しげな相槌。イヌ科は鼻がいいというから、課長の方が真っ先に気付くと思っていたのだがそうではないらしい。先程の違和感の正体。空調管理された密室とはいえ、幾分かは外気が混入しているということだろうか。それとも知らぬ間に衣服に付いていたのだろうか。
「いやあ、栗の花の匂いしません?」
 決していい匂いではないかもしれないが、この時期を象徴するものの一つだ。
「あっ、な、え、ええと。そっ、そそ、そうかっ!?」
 てっきり「そういえばそうだなあ」なんてのんびりした返事が聞こえてくると思っていたのに、どうしてかこんなに酷く狼狽した声なのだろうか。別に変なコトは言ってないと思うんだけど……
「どこから匂ってるんでしょうね? ダクトの近くかな」
 再起動中を示すランプが点滅しているのを見届けてから、辺りをクンクンと嗅いでその発生源をたどる。気流で濃淡の波が激しく揺れ動くが、案外近いところにありそうだ。
「おっ、おいっ! そんなことしてないで――」
 もう頭の中では警察犬か麻薬探知犬になったつもり。意地でも見つけ出してやる。
 目を瞑って全ての神経を嗅覚に集中させる。脳というものはとても環境への適応力が高いらしい。例えば目に障害を負った場合、それを補うために聴覚や嗅覚が常人以上に発達するのだ。だから僕もこうして自ら視覚からの情報を遮断することで、一時的にではあるものの残された感覚を研ぎ澄ませて……どのくらいの効果があるかはわからないけど。
 ぶにっ
「えっ?」
 鼻先に触れた柔らかな温もり。
 目を開いた先にあったのは一面の黒。鼻を刺す匂いの中には獣臭も多分に混じっている。
「ばっ、バカ! どど、どこに鼻つけてるんだ!」
 栗の花の匂いは精液のそれと酷似している。なんでもスペルミンというド直球なネーミングの化学物質が含まれているらしく、そのために精液の匂いを揶揄して栗の花の匂いだと広く言われるようになった。もっとも、最近の研究ではその定説も覆されて……って、いや、そうじゃない。そういうことでなくて。
「コレ……課長の精液の、匂いですよね?」
 股間に栗の花が咲いているのなら話は別だが。

 あわあわと弁解をしようと口を開こうとしては閉じるオオカミをよそに、僕の頭はフル回転していた。
 まず大前提として、これは精液の匂いだ。それもかなり濃いやつ。
 昨日オナニーしてそのままパンツを履き替えていないとかいうレベルじゃない。今日出されたものだと考えるのが妥当だろう。そして今朝オナニーをしたと仮定する。普通ならパンツぐらいは履き替えるだろうし、なんならシャワーは浴びるだろう。夢中になるあまり時間を忘れて家を出る時間ギリギリになったという線も否定できないが、今朝は幸いなことに朝一の打ち合わせはなかった。もちろん真面目な課長のことだ、遅刻しそうだったから急いで飛び出した可能性もあるだろう。だが、課長は管理職なのだ。管理職は三六協定の対象外だから時間による縛りを受けない。部下がいる手前、遅刻をするのは示しがつかないからというのもあるだろうが、たかが五分や十分、それなりの言い訳を作って遅れてくるぐらいはどうってことないはずだ。
 となると、消去法的に考えられるのは昼間だが……課長は朝からずっと部屋にいて、唯一席を外したのがあのトイレにいった時ぐらい。まさか、あのシチュエーションで急にオナニーがしたくなったとは到底考えられない。
「……もしかして、さっき……夢精したんですか?」
 カミナリのように硬直した尻尾が全てを物語っていた。
 ああ、なんということだろうか。僕は込み上げてくるこの感情を抑え込む術を知らない。
 神に誓って、嫌悪感なんてあるはずもない。
 課長は日々、僕のために、いや僕たちのために粉骨砕身してくれている。部下の面倒を見るのはもちろんのこと、困ったことがあれば部長や社長にも掛け合ってくれて、客先を相手にするときは率先して矢面に立ってくれる。いわゆる中間管理職として板挟みにあいながら、毎日毎日誰よりも遅く会社に残っている。
 だから、寝る暇も抜く暇もこれっぽっちもなくて、ついにはあの僅かな昼寝の時間に夢精してしまったのだ。
「課長、大神課長……」
 ズボンには薄っすらとシミの跡が残っている。染み出すくらいに大量に出たのだろう。
 僕が急かしてここに連れてこなければ、上手くすれば誰にもバレずに一日を終えることができたかもしれないのに。待たせている僕を気遣って、慌ててトイレに駆け込んで、洗うこともできずにティッシュで拭いたんだろう。
「やめっ、か、嗅ぐなっ!」
 言い知れぬ愛おしさ。鼻を押し付けて胸いっぱいにその香りを吸い込んだ。
「ごめんなさい、ぼくのせいで」
 こんな恥ずかしい目にあうことになって。
「ったく……大丈夫だから、な?」
 そう言って大きな手が頭に乗せられた。お前のせいだからな! そんなふうに怒鳴られても当然だというのに。
 嬉しさと、申し訳なさと、自分への苛立ちと、そして先ほどから鼻腔を刺激し続ける雄オオカミの香りが感情を掻き乱す。
「おっ、大神課長っ!」
 居ても立っても居られなくなって、立ち上がり、戸惑う彼の制止も振り切って僕はベルトを外し一気にズボンを下ろした。
「大神課長の、ちんぽとザーメンの匂いで勃起しちゃいました!」
 まんまるに見開かれた目。こんなの正気の沙汰じゃない。
 頭のおかしいヤツだと思われるだろう。でも、大神課長だけに恥をかかせるわけにはいかない。僕の浅ましい、みっともない姿を見てもらいたい。
「おっ、おまっ! なっ、ちょっ」
 馬鹿なことをするなと、気持ち悪いと罵られても構わない。
「おれだって、こっ、こんなんだからっ、な……」
 張り合うように脱がれたズボン。ちんぽはすっかり鞘の中に収まってはいるものの、股間周りの毛は精液が固まってガビガビになっている。一層濃いオオカミの匂いに劣情が加速していく。

 お互いに下半身を丸出しにして対峙するあまりに滑稽な光景。
 二十二度の冷気も忘れてしまうほどに身体は火照っている。
「全然おさまらないな……その、築城の」
 目のやり場に困ったという素振りながらも、チラチラと僕のちんぽを覗き見る。
 少し冷静になれば萎えると思ったのだが、この倒錯的な状況にますます興奮する一方だ。
「も、もっと、ちんぽ見て欲しい、です……」
 恥をかくという名目のもと、僕は己の欲求を満たそうとしている。
「いいのか? じゃ、じゃあ見るぞ」
 満更でもない様子のオオカミが足元にしゃがみ込んだ。勃起したちんぽとオオカミの頭が一つのフレームの中に収まる。意外にも違和感はなかった。
「人間の、その、ちんぽは……形も全然違うんだな……」
 僕に負けじと猥語を口にして、ちんぽが脈打つとそれに合わせて二つの金環が上下する。
 ただ単純に、他種族だから、物珍しいという理由だけなのだろうか。希望的観測かもしれない。こんな馬鹿な真似に無理をして付き合ってくれているだけだと考えるのが妥当。いいのだろうか、甘えてしまっても。
「匂いも、違いますかね?」
 一歩前へ進んでみる。もし少しでも空気の異変を感じた場合は冗談にして笑い飛ばしてしまおう。
「そうだな。その、えっ、エッチな匂いがするぞ」
 クンクンと鼻を鳴らし、上目遣いに僕を見る表情はぎこちない。
 グルメリポーターが味の感想を述べるとき、本当に美味しければありのままに発言するのだが、口に合わなかった場合はスポンサーがいる手前マズいとは言えない。そんなケースでは「個性的だ」とか「好きな人は好きだとおもう」なんて表現するらしい。
 大神課長の発した言葉の真意はどこにあるのだろう。一般的な常識に照らし合わせて考えると、パンツの中で蒸されて先走りを垂らし続けているちんぽの匂いを好む者は、極々一部のそういうフェチをもった者くらいだろう。臭い、そう言い表すのが普通だ。けれどもそれを言われる側はどうだろう。もちろん被虐願望を持っているならば最高のご褒美に違いないが、臭いと顔をしかめられると多少なりとも傷ついてしまう。
 言い得て妙だな。こんな状況下でも適切な言葉を選べるのだから。
「あっ、か、課長っ……も、もっと!」
 じれったい隙間に業を煮やして事故を装い腰を突き出してみる。
 にゅるりとした感触。真っ黒な鼻がニスを塗ったみたいに光沢をたたえる。
 ぴちゃっ、ちゅにゅっ、にちゃ……
 赤く腫れ上がった亀頭を擦り付けられて当惑の色を見せながらも決して拒絶はしない。こんな傍若無人にもされるがままで、いやむしろ――
「ちんぽ、でてきちゃってますよ?」
 どんなに取り繕った言葉よりもこのオオカミの感情を物語る肉体的な変化。
 鞘の中に身を隠していたちんぽが、ちろりと舌を出すようにその尖った先端をあらわした。
 嬉しい。こんなに嬉しいことがあるだろうか。僕で、僕のちんぽで性的な興奮を感じてくれているのだから。
「なあ。コレ、出しちまわねぇと収まりがつかないよなあ?」
 僕の言葉をゆるりとスルーして、うわ言のようにつぶやいた。
「でも、飛び散ったりしたら、困るよな?」
 自分自身に言い聞かせるように。
「い、いいぞ。使っても。その……」
 口を軽く開き、下顎を指でトントンと叩いてみせた。
 つまり、この中に出せと。口で処理をしろと。
「おおがみ、かちょうっ……」
 本当は今すぐにでも長い口吻の中に全てを仕舞い込みたい。けれどもここまでしておいて、ただ事務的に、オオカミの口をオナホールに見立てて自慰をするだけなんてあんまりだ。
 半開きの口の、上から下からツララのように生える白い牙。その鍾乳洞へ、どこにも触れぬように亀頭を侵入させる。生暖かい吐息。海外でワニの口に手を入れるショーで、うっかりどこかに触れてしまって噛まれるという事故があったのを思い出した。先走りの一滴でも垂れようものならパクリと喰らいつかれてしまうに違いない。
「その、ええと、ち、ちんぽをっ」
 ベロリと舌なめずりをしてから。
「エッチなちんぽ、食べちゃうな?」
 がぷっ
 声を出す暇もなく根本まで覆い隠されてしまう。
 待ち望んだ瞬間。課長が、オオカミが、僕のちんぽを食べている。僕は昼飯を食べ損ねて飢えたオオカミの餌食となったのだ。
 ぐぶっ、じゅぽっ
 噛みつかれたら簡単に穴が開いてしまいそうなほどにギラついていた牙も、手品で消えてしまったかのようにその存在を微塵も感じられない。弾力を持った柔らかな口内壁がちんぽを余すところなく包み込んで溶かしてしまいそうだ。
 じゅぶぶっ、ちゅぼっ、ぐじゅっぬりゅ
 マーカーのように一本の黒い筋が走るマズルの中を、赤黒いちんぽが出たり入ったり。カリ首に泡立った唾液がまとわりついて、気化熱によりひんやりとした心地よさをもたらす。
「す、すごっ、あつい……」
 冷房が効いていなければ、身体中が煮えたぎってしまっていたに違いない。
「あっ、ああっ、ち、ちんぽおいしいですかっ?」
 そんなわけないだろう。わかりきっているのに。本来なら食べ物を味わうための器官に男性器を入れているのだから。
「んはっ、ああ、おいしいぞ……雄の、立派な雄のちんぽの味だ」
 じゅぽ、ぬこぬこちゅっちゅるっ
 ピストンの速度が増すにつれて金玉はすっかり上がり、溜まりに溜まった精液を交尾相手に送り届けようと急ピッチで射出準備が行われる。
「いく、いくいくっ、雄ちんぽ、食べられていっちゃう!」
 尿道を駆け上る精液をいち早く察知したオオカミは、これまで以上にちんぽを咥え、鼻先を僕の腹の肉に押し付けてギュッと目をつぶった。万が一にも溢すようなことがあってはいけないから。
 びゅくっ、びゅーっびゅっ、びゅぷっ、ぴゅ
 苦しげなうめき声に混じりながらも喉を鳴らす音。
 空腹で胃酸の溢れたオオカミの胃の中へ送り込まれていく。役割を果たせなかった精子も、この中で綺麗さっぱり分解されて栄養にされてしまうのだろう。オオカミの肉か、血か、もしかしたら毛の一本くらいはこのタンパク質から作られるかもしれない。
 やがて静かに目を開けたオオカミの目尻は、表情筋に力を込めすぎたせいなのか、はたまた違った理由からかしっとりと濡れそぼっていた。
「……大神課長」
 けれど、僕にはこのオオカミの心の内を知る術があった。
「大神課長のちんぽもエッチになっちゃってるから……食べても、いいですよね?」
 返事の代わりにぴょこんと耳が跳ねた。

「すみません。もう終電の時間過ぎちゃいましたよね」
 あれから結局もう一回ずつお互いに食べあって、ようやく昂りが収まった頃にはいい時間になっていた。二人して顔面蒼白になりながら仕事に戻ったものの、時計の針は元には戻らない。
「あー、そうだな。タクるかホテルにするか……よし、俺も終わったから戸締りの準備してくれ」
 なかったことには、したくない。
「あの、もしよかったら」
 自らの手で、進めることはできる。きっと。
「ウチは歩いて帰れる距離なんで、と、泊まっていきません?」
 その方が安上がりだから。朝ギリギリまで寝ていられるから。そんな言い訳はいくつか浮かんだけれど。
「うーん。また昼間みたいなことになっても困るからなぁ」
 ですよね。そう笑おうとした刹那。
「だから、さ。その、定期的に、いや毎日、ちんぽ食べ合うってのは……どうかな?」
 そっぽを向いたオオカミの尻尾が風を切っていた。
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