ケモホモ短編

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親戚のオオカミおじさんに成長したトコロを見せつけちゃう話

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「はいはーい、ちょおっと待ってくださいよ……って、タカアキくんか!? いやあ、おっきくなったなぁ!」
 アパートの扉が開かれると現れたのは、ランニングシャツにステテコ姿という極めてだらしのない格好。ぼくを出迎えたそのヒト、いやオオカミは、ぼくの親戚のおじさんだ。
  長い夏休みの中でどうにか退屈を紛らわそうと、適当な言い訳で両親を丸め込んで一週間ばかりのこの小旅行を勝ち取ったというわけだ。ぼくの住んでいる街から新幹線と在来線を乗り継ぎ、おまけにバスに揺られること小一時間といったところ。まあ田舎には違いないのだが、テレビゲームにでてくるようなのどかな田園風景……ではない。生活には困らない程度には整備された地方の街、いや町。特段の珍しさも目新しさも持ち合わせていないこの場所に来た理由はただ一つ。
「まあその辺適当に座って。飲み物どんなのが好きかわからないから何本か見繕ってきたけど」
 手品師のようにして差し出された中から真ん中のをチョイスする。それにしても中年男性の一人暮らしってこんなにも片付かないものだろうか。他人のことを偉そうにいえたものではないが、ちょっと散らかっているなんてレベルを超越している。掃除のし甲斐がありそうだ。
「これ、母さんから。あとインスタントばっかり食べたら身体に悪いわよって」
 へいへい。苦虫を噛みつぶしたような顔で耳を伏せる姿に思わず吹き出してしまった。ぼくがまだ小さい頃、法事なんかで集まるたびに口酸っぱく説教されていたから聞き飽きていることだろう。最近はそういった集まりにはめっきり参加しなくなってしまったけれど。
「それじゃまあ、遠いところからおつかれさま」
 さすがに真っ昼間からビールを飲むのは遠慮したのか、ぼくと同じ炭酸ジュースでのささやかな乾杯。
 肉食獣の名残のある精悍な顔立ちはあの頃から変わらない。いやちょっと丸くなったような。人柄(この場合はオオカミ柄というべきだろうか? いや獣人だから人には違いないか)は顔に出るというとおり、しみじみとぼくを眺めるその二つの金色は優しさをたたえている。そして丸くなったのはそれだけではない。
「おじさん、太った?」
 記憶を呼び覚ます限りでは、テレビの中でみる他のオオカミと同様に無駄なく引き締まった身体、見方によっては痩せすぎているくらいだったのに。それが今はどうだ。シャツの中には収まりきらなくなった下っ腹が顔をのぞかせている。夏仕様とはいえ全身を余すところなく覆っている被毛のぶんをさっ引いたとしても、明らかな中年太り、ビールっ腹。
「うっ、みんな三十過ぎたらこうなるんだよ、はは……」
 贅肉をさすりながらの引きつった笑い。母さんのいうとおりインスタントばっかり食べてるからじゃないのか。
「そんなことよりもタカアキくん、ホントに大きくなったなあ。いま身長何センチあるの?」
 これ以上自分に不利な話題はしたくないのか、久々にあった親戚が子供に向かって言いがちな台詞のトップを飾る言葉。これでもう二回目。子供の成長は早いから、小学生の頃しか知らない相手がいまの自分をみたらそう口に出してしまうのは理解できるけど。

 自らの恋愛対象が男性、その中でもとりわけ獣人、いや包み隠さずいうならばオオカミの獣人、つまりこの親戚のオオカミおじさんだと気がついたのはいつだったろうか。
 親戚のおじさんというものは往々にして子供から好かれるものだ。盆や正月だけに現れて、たっぷりの小遣いやオモチャを与えてくれるし、両親のように小うるさく宿題をしろなんていわない。サンタクロースかはたまた神様みたいな存在なのだ。それなりに物事の分別がつくようになったいまでは、親が子供を叱るのは多大なる愛情からくるものだと理解できる。親戚のおじさんは育児の責任を負う必要がないからイイトコロだけをみせられるのだ。
 ともかく、ぼくもご多分に漏れずそういった理由からおじさんに好意を抱いていたのだと思う、はじめのうちは。小学生の低学年の時分には好きな女の子がいた。どんなところが好きだったのかはもう覚えてもいない。ただそれが普通というヤツで、あるべき姿だと信じて疑わなかった。「きっと自分のような人間は、こういった女の子を好きになるべきなのだ」そんな俯瞰的な、RPGの主人公を操作するような気持ちだったのだ。
 それが思春期というやつを迎えて、性的なモノを意識するようになってから、それまで徐々に募っていた違和感を強く意識するようになった。平たくいってしまえば立たなかったのだ。クラスメイトに見せられた秘蔵の無修正写真。露わになった女体に対して、秘密のベールをのぞき見たことに対して、多少の興奮は抱いたもののそれ自体には性的な欲求はもてなかった。それでも相手に対する気遣いみたいなもので「すごくエッチだね」なんて生返事はしたのだが。
 まるで自分だけが、価値観の異なる惑星に飛ばされたような気分だった。その異文化に馴染むために、おっぱいが大きくて腰がくびれていて、テレビでみる芸能人の誰かに似ている顔は「エロい」のだと学習した。そうやって話を合わせてぼくもこの星の住人なのだと主張をしないと、きっと恐ろしいことになると予感したから。
 むろん、ぼくだってエッチな動画やサイトを見なかったわけじゃない。一日に四、五回ばかりオナニーをすることだってある。じゃあ何をオカズにしていたかというと、初めは女性が男性のちんちんを口に含む、つまりはフェラチオの動画だった。一時期本気で性的不能なのではないかと頭を悩ませていたぼくをいたく興奮させたのは、フェラチオ動画に写るモザイク越しの男性器だった。自身にも付いているソレがどうしようもなくいやらしく見えて、何度も何度もお世話になった。
 性にかける情熱というのは凄まじいもので、それから間もなくゲイサイトにたどり着いたぼくは、同級生たちが女性にかけるのと同じくらいの熱量をもって男性の身体に熱中した。自分はゲイなのだ、間違いなく。そう悟ったとき、不安や葛藤よりも先にあったのは安堵と納得。少数派民族であることには変わりはないが、世界の理から外れた孤独な存在ではなかったのだ。
 そして幾分か遅咲きの性への目覚めにあたり、ぼくの性癖を形作る根幹となったのはあのフェラチオだった。性器を、ちんちんを口に含むという背徳。性器同士や、あるいは性器と排泄器との交合よりも、いっそうの特異さをもっている。普段会話や食事をするための場所でちんちんを慰めるのだから。その味や感触を舌で確かめて、さらには匂いも嗅いで、最後には子供をつくるための遺伝情報をゴクリと飲み干してしまう。こんなエロスがあるだろうか。
 そんな土台に建立された欲望の塊はごくシンプルなもので、これまたとある動画にあったもの。おじさんのようなオオカミ(うり二つだと思っていたが、改めていま見てみると毛色も顔立ちも体型も全然違う)にちんちんを見せつけると、それをおいしいおいしいといって食べてくれる。内容としてはいたってありきたりなモノだけど、普段街中ではほとんど見かけないオオカミの姿が、記憶の中のおじさんと混じり合ってえもいわれぬ感情を巻き起こす。オオカミにちんちんを見て欲しい、舐めて欲しい。そんな欲望がぼくを突き動かしてここまで連れてきたんだ。もちろん、当然、絶対に成就するはずもないのだけれども。

「お風呂沸かしてあるから、先に入っちゃって」
 豪勢な夕飯、といっても店屋物だけど。若いからいっぱい食べられるだろうとわんこそばのように次々と出された料理にさすがにもうお腹いっぱいだ。腹をさすりながら消化を促していると、おじさんからそんな声がかかった。
 頭の中で練りに練ったプランを実行するときがきた。お風呂なら堂々と裸になれる。だけど、一人で入っちゃ意味がない。
「よかったら、おじさんも一緒に入りませんか?」
 完璧だ。この歳で一緒にお風呂なんていうのも少し不自然かもしれないが、久々に会った親戚の子だぞ? 断れるはずもないだろう。それに家主を差し置いて一番風呂をいただくなんて厚かましいにもほどがある。
「いやいや、うちのお風呂は狭いからさすがに二人は無理だよ」
 スポンジを手に食器を洗いながらオオカミは笑ってみせた。ぼくはまだ成人していないとはいえ、体格だけでいえば大人と遜色ない。まあこうなることもすでに予測済み。ならばプランB発動だ。
「お背中、流させてください!」
 ほらどうだ、見込んだとおり尻尾が小刻みに震えている。一緒にお酒を飲むのはまだ無理にしろ、親子ぐらいに年齢が離れた相手からこんなことをいわれて嬉しくないはずがない。洗い物する手は止まって口元は緩みはじめ、チラリと白い牙をのぞかせる。
「そっ、そうか? じゃあお願いしようかな」
 完璧なコトの運びに自画自賛してしまう。ぼくは天才なんじゃないだろうか。あるいはおじさんがチョロいだけともいえるかも。ともあれ作戦の第一弾は成功だ。
「これ洗っちゃうから、先に入ってて」
 むう。脱衣所で見せつけるつもりだったが仕方ない。このアパートの小さな脱衣所では大の大人が二人も入るのは無理がある。肌の熱気を感じられそうなぐらいの距離感でお互いに全裸になるのはさぞかし興奮しただろうに。でも浴室内もなかなかの狭さだ。ちょっと身体を動かせば触れ合ってしまいそう。ここでならあんなコトやこんなコトだってできちゃうのだ。
 あわよくば着替えている最中におじさんが入ってきて「キャー! エッチ!」なんてマンガみたいな展開も期待して、たっぷりの時間をかけて一枚また一枚と、観客のいないストリップショーを開催してみたのだが待てど暮らせどやってこない。いいさ。一週間もあるのだからチャンスはまた訪れるさ。
「おまちどお~さまっ」
 身体を洗い終えて湯船につかり、のぼせてしまうなんて失態を犯さないように時々上がったりしながら待ちぼうけているとのんきな声が聞こえてきた。お酒の一滴だって飲んでいないというのに鼻歌でも混じっているんじゃないかと思うような声。
 そして振り向いた先には全裸のおじさんが立っていた。中年の雄オオカミの身体。ちょっと、いや結構なポッチャリ具合。顔の隈取りのような模様や、尻尾のストライプを思わせる茶色や灰色の毛と違って、身体の内側とくに腹回りのほうはやわらかなクリーム色の毛に覆われている。たっぷりの脂肪が乗った腹のふもとには、ふさふさの毛に隠れてはいるものの人間とは構造の異なる性器、鞘に納められたちんちんと、マリモみたいな金玉。あの動画の中のオオカミがフラッシュバックして心臓を鷲づかみにされたようだ。
「もう。あんまりジロジロ見ないの」
 昼間に話した下っ腹のことか、あるいは。口ではぼくを咎めたもののさして気にする様子もなく、風呂桶に腰掛けて軽くシャワーで身体を濡らしてからこちらにウインク。ああそうだった。
「お背中流しますね」
 両手いっぱいにボディーソープをつけてから手ぐしを作って背中をなで回すと、指の間を通り抜ける長い毛の感触が心地よい。軽く掻くように動かすと小さなあえぎ声。これだけ毛量があると自分で洗うのも、乾かすのも骨が折れることだろう。浴室の中にはシャコシャコと白い泡が立つ音と、それが弾けて石鹸とオオカミの混じり合った匂いだけが充満していた。こうしていると父がまだ存命だったころを思い出す。もう記憶もずいぶんとおぼろげになってしまったし、こんなに毛むくじゃらではなかったけれど。
 ああしまった、センチメンタルな思い出に浸っている場合じゃないぞ。当初の目的を思い出せ。おおかた泡立った背中から、脇腹を経由して……
「こーらっ、前は自分で洗ったからいいのっ!」
 くすぐったさをこらえた声。触ってみたかったんだけどな、お腹もちんちんも。
「ほい、じゃあ交代ね」
 お互いに前も洗いっこするのであればそれに任せてイロイロと楽しめたのだろうが、おじさんにはいやらしい気持ちなんてこれっぽっちも存在しない。銭湯に入るくらいの気軽さで、男同士の裸の付き合いをしているだけなのだ。まあ、普通はそうだよな。ぼくがおじさんに対して色目をつかっていると知ったらどんな顔をするだろう。気持ち悪いと罵られるだろうか、こんなことは間違えていると諭されるのだろうか。最悪作戦に失敗してしまったとしても、嫌われてしまったとしても、毎日顔を合わせるような間柄ではないという打算はある。だけど、このおじさんの家での残りの一週間は会話もなく気まずい思いをしたまま過ごす羽目になるかもしれないし、なんなら一週間という期限を待たずに追い返されてしまうかもしれない。いまならまだ、久々に会った親戚の子供というだけで済ませられるじゃないか。裸だって見ることができたんだし十分だろう。あわよくばラッキースケベぐらいなコトはまだ待っているかもしれないし。

「あの、おじさん」
 身体を洗い流し、あとは交代交代に湯船につかるか、無理して二人で入ってみるか。いや二人で入ったら間違いなくお湯がなくなってしまうだろうけど。ともかくそんな一段落ついたときを見計らって、思い切って声をかけてみる。
「そ、そ、その。相談というか」
「うん? どうしたの? いってごらん」
 密室の中で、心もほぐれてきた頃にする相談といえば、大抵は恋バナとかだろうか。はたまた進路の相談とか、実は虐められているとか、ともかく気軽には言い出し辛い話題。まあ、これから相談しようとする内容も、とても簡単には口に出せないけれど。
「ち、ちんちん、みてほしい」
 ピチャン。どこかからか垂れた水滴が床を打った。
「あ、いや、その。カタチとか変じゃないかなって。病気とかだったら怖いけど、その、父さんもいないから、こういうの他に誰にも相談できなくて……おじさんしか……」
 父のことまで持ち出して良心に訴えかけるなんて、我ながら卑怯な切り出し方だとは思う。
「ううん。おじさん、人間の身体はあんまりよくわからないんだけどな。知り合いにお医者さんがいるから——」
「おじさんじゃないと恥ずかしいから!」
 おじさん相手でも恥ずかしいけれど。
「わ、わかったわかった。じゃあ、見せてごらん?」
 緊張のせいか油の切れたブリキのロボットみたいに膝がギリギリと音を立てる。あれほど待ち焦がれていたというのに、胸の内からムズムズとした緊張が湧き上がってきて逃げ出したくなってしまう。
 風呂桶から立ち上がり、滑って転んでしまわないように硬直したまま回れ右。お座りをするような格好のおじさんととうとう対峙する。オオカミの顔の、目の前にはぼくのちんちんが遮るものもなくさらけ出されている。何百回と繰り返されてきた妄想の中では、それだけで痛いくらいに勃起して、ともすれば射精だってしかねない光景。だが現実とは無情なもの。欲望の塊は力なく垂れているだけ。
「ちんちんも大きくなったね……」
 ただ一言。何気なく呟かれた一言。小さい頃のぼくしか知らないおじさんからすれば、性的に成熟したぼくの身体を見ればそうなるのは道理だ。特段の意味は持ち合わせていないだろう。
「わ、わっ……もっと大きくなってきた」
 だけどその一言をきっかけにして、本来果たすべき使命を思い出したのだ。みるみるうちに血液がなだれ込んで海綿体野中を充満させていく。性的興奮による勃起のプロセスを、オオカミの二つの瞳がつぶさにとらえている。感嘆の声が犬歯の隙間から漏れると、つられてビクビクと脈打つぼくのちんちん。
「すごい……大きくて立派なちんちんだよ」
 誇張抜きに、これまでの人生の中で最高の賛辞だった。おじさんが、オオカミが、ぼくのちんちんを見ている。ただその事実だけでも気が狂ってしまいそうなのに。
「変じゃないですかね、そそ、その、先っぽのカタチとか」
 ヘソに当たりそうなほど直角になっていたちんちんを手で掴み、亀頭の先端を見せつけるように差し出す。皆既日食のような金色で縁取られた黒点が、尿道口を目標に定めて移動した。催眠術にかけられたような寄り目。ゴムのような鼻先に、細長い口元に突き出されたちんちん。この絵面だけを切り取って見たならば、あの動画と同じ構図。オオカミに対してフェラチオの催促。
「エッチな形だね。これは女泣かせなちんちんだ」
 ニヤリと口元が歪んだ。刹那、激しい嫉妬と怒りが旋風となって頭の中を暴れ回る。普通、普通は、ちんちんは女性に対して使いモノだから、おじさんの言葉は間違えちゃいない。昨今の世間の価値観からいうに「女泣かせ」というのは差別的な表現にあたるし、もし政治家なんかがそんなことを口走れば辞職に追い込まれるだろう。
 いやそんなことがいいたいんじゃなくて。
「男にちんちんみられて立っちゃうなんて、変態ですよね」
 このままこの夢のような時間を終わらせてなるものか。「心配ないよ大丈夫! さあ湯船につかろうか!」なんて切り上げられてしまったら、二度とこんな機会は巡ってこない。
「はは、若いから、元気な証拠だよ。おじさんにも元気を分けて欲しいくらいだなあ」
 おじさんの股間に視線を落とすと、すっぽりと鞘に格納されたままのちんちん。心なしか先端に赤い突起が出ているようにも思えるが、勃起しているうちには入らないだろう、きっと。
「あっ、あの! もっと、ちんちん……おじさんにみてもらいたい……」
 それまでヘラヘラとしていたおじさんの耳がピクリと動いた。焦るあまりの愚行。本音。やめろ、冗談では済ませられなくなってしまうぞ。
「ずっと、おじさんにみて欲しいって、思って……ぼ、ぼく、男が」
 カミングアウトをしながらも、ちんちんを握る手は小刻みに動かされる。明確な自慰行為。オナニー。端からみるとなんとも滑稽だろうな。
「お、おじさんっ! ち、ちんちん、みて……っ! たっ、食べてほしい!」
 グチュグチュと音を立てて先走りが泡立つ。おじさんは神妙な顔つきで沈黙を守っている。嫌悪感で溢れたその喉から罵倒が吐き出される前に、もう、やぶれかぶれだ。オナニーをみせつけながら腰を突き出して、先走りでホイップクリームのように白くなった亀頭を鼻先に押しつける。真っ黒な鼻へのトッピング。そこまでされてもオオカミは微動だにしなかった。
「……もうあがるね」
 沈黙を破ったオオカミは立ち上がるなり、有無を言わせず浴室を出て行ってしまう。それは、どんな言葉よりも強烈な拒絶だった。

 気まずい。
 あれから会話もないままに布団が敷かれた。「明日の朝一番で出て行け!」そう怒鳴られる前に謝罪をするべきだ。
「おじさんはさ」
 後れをとったことに後悔をしながら、申し訳なさにギュッと目をつぶる。
「一度寝付いたら、朝まで目が覚めないんだ」
 予想外の言葉に疑問符が浮かんでくる。
「だっ、だから、寝ている間になにかされても、気づかない、かも」
「え、それって」
 おやすみ。ぼくの疑問を遮って電気を消すなり布団の中に潜り込んでしまった。
 常夜灯のオレンジの光の下で頭をフル回転させる。これは、つまり、つまり。考えろ、考えろ! 推理小説を読んでいるときだってここまで考え込まない。知恵熱が出てしまいそうだ。ああそうだ、知恵熱っていうのは俗に「難しいコトを考えすぎて発熱する」と思われがちだけど、実はそうじゃない。知恵熱の本来の意味は、子供に知恵が付きだしてきたくらいの時期、つまり生後半年から一年ぐらいにみられる、主にヒトヘルペスウイルス6型や7型による突発性発疹にともなう発熱のことなのだ。前者のほうは精神的なストレスによる発熱で——
「お、おじさん」
 呼びかけてみたところで、予告通り反応はみられない。こちらに頭を向けたまま寝息を立てるオオカミ。
 彼の言葉を反芻し、それが都合の良すぎる解釈ではないかと検算し、過去の記録を検め、未来予測をしてみせる。つまり、そういうことだよな。いいんだよな。おじさんからすすんでしてくれる望みはなくなったが、その代わりに「使う」ことは許されたのだ。
「あついから、脱ごうかな」
 言い訳をしながら、ズボンを下ろす。一度は萎えたものの、芯にはさきほどの熱がまだこもっている。
 おじさんの枕元で膝立ちになり、静かな寝息を繰り返すその顔の前にちんちんをもっていく。
「ちんちん、みて……」
 当然こたえは帰ってこない。だけどぼくの頭は都合の良い幻覚をみせはじめる。たとえ目をつぶっていたとしても、そのまぶたの裏にある金色のあの瞳がぼくのちんちんに釘付けになっている。
「おじさん……おじさん……っ!」
 はち切れそうなちんちんを擦りあげ、みせつける。すぐさま先走りがあふれ出し水音が室内に響き渡り、異様な陶酔をもたらす。恐る恐る、もう止まれない下り坂を転げ落ちながら、オオカミのマズルにちんちんを押しつけた。細やかな産毛がチクチクと裏筋を刺激する。
 しだいに遠慮も吹き飛んで、次から次へとあふれ出てくる蜜を、下手くそにリップクリームを塗るように口元に染み込ませていく。薄明かりのなかでも濡れそぼった毛が変色しているのがみてとれる。
「たべて、ちんちん食べて……」
 いまだ堅く閉じられたままの口へと懇願する。そしてふとした拍子にめくれ上がった上唇と歯の間に亀頭が滑り込んだ。まるでちんちんで歯磨きをしているような格好。柔らかい唇の中で、裏筋で歯列をなぞっていく。唾液か先走りかわからない粘性の液体が混ざり合う音。
 じゅぽっ。
「ああっ!?」
 そのまま唇の中で果ててしまおうとしていたとき、突如として天国への門が開いた。
「すごっ……いい……ちんちん、あついぃ……」
 ぬぽっ、ぬぽっ。
 おじさんの、オオカミの口の中にすっぽりとちんちんが根元まで飲み込まれている。とうとう、とうとう叶ったのだ。あの動画のフェラチオが。ぼくはいま、オオカミにちんちんを食べられている。
 くぽ、じゅぷっ、ぬこぶぽっ。
「あっ、あ、ちんちん食べられてる……きもちい……」
 こぷっ、ちゅこっ、ちゅっちゅっ。
 想像したよりも何倍も、何百倍もの熱量がちんちんにまとわりつく。ぼくを出迎えてくれたときのあの笑顔をつくった口に、夕食を頬張っていたあの口の中に、ぼくのちんちんが入ってしまっている。
「おじさんっ、ちんちんおいしい!? あああっ……おじさんのお口がちんちん食べてるっ!」
 返事はない。でも脳内ではあの動画オオカミがおじさんの姿となっていってくれるのだ。
『んぶっ、はあっ……ちんちんたべてるよ、エッチなちんちんおいしいよ』
 じゅこっじゅこっ、にゅこぬこにゅっにゅっ。
「いくっ、いく! お口のなかでいっちゃう!」
 頭を押さえつけてがむしゃらに腰を振って温もりを貪り喰らう。尿道を駆け上がる射精感に、死んでもいいとすら思った。
 びゅーっ! びゅっ、びゅ! びゅぷっ、びゅ。
 絶頂。吐精。口内射精。ちんちんの輪郭が溶け去ってしまい、このオオカミのマズル全体が自分のちんちんになったかのような錯覚。体感にして一分以上はあっただろうか。身体はすっかり汗だくになってしまった。
「ごほっ、げほ!」
 むせ返る声をきいて桃源郷から引き戻される。放たれた多量の精液で、このオオカミは溺れかかっているのだ。
 ぼくはいまだに硬度を保っているちんちんを慎重に引き抜いて、それから、オオカミの口を握って上に向けた。
 ごくっ……ごくっ……ごく。
 有無を言わせない、強制的な飲精。それでも、それでも、とてつもない愛おしさが湧いてきたのだ。
「おじさん……おじさん、大好き……」
 ひどく身勝手な言葉だった。

 それからというもの、翌朝も、次の日も、そのまた次の日もおじさんは何事もなかったかのように振る舞っていた。
 日中は近くの観光名所やショッピングモールなんかに連れ出してくれて、あのころとなんら変わりない「親戚のおじさん」だった。ぼくがあの件について触れようとしてもかわされてしまうし、お風呂だってもう一緒には入ってくれなかった。
 ただ、夜になると、あの宣言通り一度寝付いたおじさんが起きることはなかった。ぼくはそれをいいことにおじさんの口を使い、精液を飲ませ、自分勝手な言葉を吐き散らした。もちろん気づいていないはずはない。だって、行為のあとぼくが眠ってしまう頃合いを見計らって布団から抜け出すのをみてしまったのだ。だからといってどうすることもできなかった。一度は、おじさんに飲ませたあと、今度はぼくがおじさんのちんちんをと思ったのだが、そんな気配を察するなり彼は寝返りをうってしまい、それっきりハエトリグサのように頑なに動かなかった。つまり、ぼくが許されたのはオオカミの口を使うということだけなのだ。
「あの、おじさん」
 いよいよ最終日が明日に迫った日の夕食。わざわざ自分から禁忌に触れるなんて馬鹿げている。一夏のアバンチュールということにしてしまえば、また来年もここに来ることができるかもしれない。
「ぼく、おじさんのことが」
 それまで和やかだった食卓が静まりかえる。優しかった目が、いまは冷酷に愚か者を見据えている。
「……まず、おじさんはホモじゃない」
 心臓を貫かれたようだった。
「もちろん、タカアキくんがどんな趣味をもっていたとしても、それを言いふらしたりはしないさ」
 趣味? 趣味ってなんだよ。遊びのつもりで、軽い気持ちでこうなったわけじゃないのに。
「きみぐらいの年の頃にはさ、エッチなことで頭がいっぱいになって、同姓の先輩に恋をしちゃうなんて勘違いをしちゃうんだよ。いやあ、おじさんも昔は——」
 思春期の、突如として増えたテストステロンが引き起こしたまやかし。
「それによく考えてごらん。こんな中年のオオカミなんかと付き合ってどうするの? 結婚もできないし子供もつくれない。オマケに先に死んじゃうし」
 その言葉の一つ一つが、幻想を打ち砕いて消し飛ばしてしまう。
「タカアキくんのお母さん…………あとは、お父さんも。きっときみがお嫁さんをもらって孫の顔をみせにくるのを楽しみにしてるから。もちろんぼくも楽しみにしてる」
 なにひとつ反論ができなかった。
 その夜、ぼくは怒りと悔しさでグチャグチャになった感情を、何度も何度もその口の中に叩き付けた。青臭いガキのままの自分をここに置き去りにして、大人になるために。


 あれから何年経っただろうか。
 呼び鈴を鳴らすと、扉の奥からはいつか聞いた声。
 腕の中の小さな命に微笑みかけてから目を閉じた。家を出るときに想像していたよりも、自分でもビックリするくらいに心の中は穏やかだ。いままで順風満帆ではなかった。きっとこれからもそうだ。
 でも、うまくやれるさ。どんな障害があったとしても、笑顔で乗り切ってやる。後悔はしていない。
「はいはーい…………っ!? え……タカアキ、くん?」
 片膝をついて腕に抱えていたそれを差し出すと、すっかり面食らってしまうオオカミ。
「あー……えっと、あの? はあ…………まったく。わかったわかった、降参! おじさんの負け!」
 真っ赤なバラの花束の向こうで、同じくらいに赤面したオオカミが両手を挙げていた。
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