ケモホモ短編

@Y

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社長のおごり自販機

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「はあ、なんすかソレ?」
 昼休み、コンビニで買ったソーセージを挟んだ惣菜パンを囓っていると、はす向かいに座っていた先輩から声が掛かった。
「飯村お前、社内報見てねえのかよ。今朝の朝礼でもいってただろ」
 もう師走というのもあってそんなもの悠長に眺めている暇なんてなかったのだ。今日だって朝からお客さんと打ち合わせがあったし、昼からもまた打ち合わせ。状況次第では夕方にもまたやるかもしれない。昔はウェブ会議なんてなかったから、週に一度、客先に出向いて面直でやるのが普通だったし、社内の会議にしたってまず会議室をおさえるところから始めなければいけなかった。それがどうだ、確かに便利にはなった。パソコンの画面を共有しながら会話できるし、録画してあとから見直すこともできる。でも、思い立ったらいつだって開催できてしまうぶん、節操なく打ち合わせを詰め込まれてしまうのが実情だ。
「食堂に置いてあるんだってさ。あとで行ってみようぜ」
 どうぞご勝手に。飲み物はもう買ってきてあるし、なにより議事録をまとめたり次の打ち合わせに備えてアジェンダも用意しないといけない。こんな雑用じみたことなんて、だれか後輩にでも丸投げしてしまえばいいのだが、いないんだよなあ、うちのチームに後輩が。ぼくの下にいるのはみんな協力会社のひとばっかりで、それもいい歳のおじさまばかり。まあ、お願いすればやってくれるとは思うけれど、あれこれ説明して、出てきた成果物を確認して、場合によっては手直しをする手間を考えるくらいなら、もう自分でやってしまった方が手っ取り早いし気楽なのだ。そうやって、自ら仕事を抱え込んでしまうのは悪手ではあるのだが、やめられないんだなこれが。
「今日はちょっとバタバタしてるので。そういえば吉田くん暇そうでしたよ」
 そういってヘッドセットを装着してみせると、先輩は肩をすくめて苦笑いをした。同僚を生け贄に差し出したことに一抹の申し訳なさを感じながらも、外界からの音を遮断されたことへの心地よさが湧き上がってくる。ひとと話すことが嫌いって程ではないにしろ、ひとりでいるほうがずっと気楽だ。そもそも、ひとりで黙々とできるような仕事をしたくてこの業界に入ったのに、こんなにもコミュニケーション能力を求められるとは思っていなかった。とんだ誤算。だって、プログラマーとかSEの世間的なイメージからすると、一日中パソコンの前でカタカタやってると思うじゃん。
 まあ、それをいうと他の仕事だってそうだろう。テレビや漫画、街中で見かけるものはあくまでも一端。いいところしか見せない。たとえば戦闘機のパイロットなんて空軍でエリート中のエリート、映画なんかでも最新鋭の格好良い機体にのってドッグファイトで敵をバンバンやっつけるスーパーヒーローだけれど、果たしてそんなに良いモノだろうか。スクランブルがあれば昼夜問わず駆けつけて、狭っ苦しい座席で全身の血が偏るくらいの重力加速度を受け、ほんの少しでも操縦ミスがあれば命の危機に直面する。いつ呼び出されるかもわからないから気軽にお酒も飲めないし、飛んでいる最中にお腹が痛くなっても「ちょっとトイレ」って訳にもいかない。厳しい試験や訓練を乗り越えて、ようやくイーグルドライバーになったとしても身体検査や適性に問題があれば容赦なく降ろされてしまう。そりゃあぼくだって男だから憧れはある。地上一万メートルから見下ろす光景がどんなものかってのは気になる。けど、おそらく二、三回も体験すればお腹いっぱいになるだろう。そうそう、この間ネットのニュースで読んだんだけど、スクランブル発進って年間にどれぐらいあるか。「うーん、訓練抜きだと年に四、五回くらい?」なんて思っていたが、昨年度はなんと七百二十五回だそうだ。それも、ここ最近で最も少ないらしい。まあそんな辛い仕事だからこそ、社会的地位も高く誰からも尊敬される〝憧れ〟であるようにみせないといけないのだ。
 尤もぼくはどう転んだって平凡なサラリーマンだから、これはある種のひがみかもしれないな。酸っぱいブドウってヤツ。ああ、もしぼくがパイロットだったら、いや、医者でも弁護士でも、ベンチャー企業の社長でもいいけど、そんなのになれたとしたら彼氏ができただろうか。それともやっぱり顔が良くないと無理なのかな。このまま出会いもなく寂しく孤独死なんてしたくない。何かを得たいのであれば、口を開けて待っているだけじゃダメなのはわかるけど、ゲイバーはおろか出会い系サイトですら敷居が高すぎる。空からイケメンが振ってこないかなあ。いやこの際贅沢はなし。優しくて笑顔が可愛ければ。できれば趣味が合って、甘えん坊で、それから、その、エッチなことに興味津々だったりしたら。

「んな都合のいいハナシ、ある訳ないんだよなあ」
 遠方から来ているひとは終電が気になるくらいの頃合い。ひとり、ふたりと退社していき、それに伴ってフロアの照明が落とされていく。モニタと睨めっこしたまま「おつかれさま」と生返事をしてから、ふと辺りを見渡せばここに残っているのはもはやぼくひとりだった。がらんとした薄暗いフロアのなかで、スポットライトのようにぼくのいる島だけが照らし出されている。こんな光景、前にもどこかでみたな。そうだ、小学生のとき……苦手な野菜が食べられずに、放課後まで居残りさせられたっけ。出されたものは残さず食べることは礼儀にしろ、今日日そんなことさせたら問題になりそうだ。
 そんな仕様もないフラッシュバックに襲われて、やる気も集中力も切れてしまう。もう帰ってしまいたいところだが、あともう少しだけやって、月曜の自分のために貯金を作っておきたい。机の上に並べられたコーヒーとエナジードリンクの空き缶。どう足掻いたところであと三十分はかかるだろうから、コーヒーでも買いに行こうか。
 気分転換もかねて外のコンビニまで、と考えていたところに、昼間の先輩の話を思い出した。なんだっけ、おごり自販機とかいうヤツ。曰く、誰かふたりで社員証をかざせばタダで飲み物がもらえるらしい。一服する時間を一緒に過ごして雑談することで、社員同士のコミュニケーションを活性化させる効果があるとか。いかにもお偉方が考えそうなアイデアだ。社長のおごりなんて銘打ってはいるが、どのみち経費で支払っているんだろうし。そもそもこんな時間じゃ一緒にかざしてくれる相手もいるはずがない。まあ、普通にお金払っても買えるみたいだし、外は寒いから上着を羽織るのも億劫だしな。
 ものぐさな自分に言い訳をしながら食堂兼休憩室に足を運ぶと先客がいた。獣人だ。おそらくはオオカミの。どこの部署だろうか。
 相手もこちらに気がついたらしく、お互いに視線が合う。蛍光灯に反射した金色の眼。どことなく感じた気恥ずかしさと、目をそらす口実も兼ねて黙礼。見た目はちょっと若そうだが、自分より年上の可能性もあるし、もしかすると役職も上かもしれない。
 とっとと適当なものを買って退散してしまおう。なのに。
「あ、あ、あのっ」
 求めよ、さらば与えられん。
「こ、コレ、なんか導入されたみたいなんですけど、試してみます?」
 我ながらきょどりすぎだろ。
「そっ、そう、そうですね! タダですし、ものは試し、みたいな?」
 目を泳がせてパントマイムを披露するオオカミに、ちょっとした親近感。
「えと、ココとソッチに社員証かざして……おっ、光った!」
「ほんとだ! あっ、先に選んじゃってください」
 まんまとこの自販機の策略にはめられた感はあるが、悪い気はしない。

「えー、第二開発部の飯村です」
 テーブルに向かい合ってしばしの沈黙の後、まずは自己紹介をしてみせる。なんだか面接みたいだな。
「総務の月見野です」
 以上。話が続かない。こういうときにスラスラと話題を出せたらいいんだけれど。
「月見野さん、は……」
「よ、呼び捨てで大丈夫ですよ」
 気をつかってくれているのだろうが、初対面で呼び捨ては流石になあ。
「えー、月見野くんのところは、い、忙しい、のかな?」
 忙しいから残業してるんだって。我ながら馬鹿みたいな質問だ。
「はっ、はい、今日中に終わらせないといけないのが残ってて……」
 なんとか話をつながねば。せめてコーヒーを飲み終わるまでは。
「へ、へえ。総務だったら、アレか、この時期だと年末調整とかあるしね」
「そっ、そう、ですね」
 どことなく歯切れの悪さ。コーヒーはあと半分。このまま話をおしまいにしてしまって無言でやり過ごす選択肢もあるだろう。ただ、自分でもたちの悪い性分なのだが、誰とも話したくないとか孤独が良いみたいに言っておきながら、反面で誰かと話したくて仕方がないのだ。このオオカミは、月見野くんは、彼のことをなにも知らないぶん話しやすいと思えてしまうのかもしれない。
「アレって控除の計算とか面倒だよね、ウチも電子申請にして自動で計算できるようにしたらいいのに。いやあ、自分の書くだけで精一杯なのに、ひとのをチェックするなんて骨が折れるでしょ? 今日はみんな残ってるの?」
 謎の計算式で引いたり割ったりするの、地味にややこしいんだよな。
「あー……はは、ぼくだけ居残りです」
 苦笑い。話題を変えたほうが無難か。最近寒くなったねとか、趣味の話に切り替えるべきか。でもいきなりプライベートに踏み込むのは不躾か。
「なんというか、その、ぼくは」
 体格的にはぼくよりも大きいはずなのに、身をかがめて上目遣い。
「シュレッダーとか、しているだけなので……」
 媚びるような愛想笑いに、言わんとすることを察してしまった。
 雇用機会を均等にするだとか、差別をなくして平等にだとか、そういった宣言がいかに上っ面だけかってことだ。ぼくの部署には獣人がいないから目の当たりにすることがなかった。学校の教科書とかテレビのコマーシャルでクローズアップされるのは〝社会で活躍する獣人〟ばかりだから。監視の目が届かないこんな中小企業では、そんな程度にしか扱われないのだ。
「せっかくの金曜日だし、ふたりでチャッと終わらせちゃおうか」
 同情とか正義感とか、そんな大層なものじゃない。気まぐれで手を差し伸べるのが一番たちが悪いんだろうけど、自分の席に戻って仕事をする気分でもないし、暇つぶしにでもなればそれでいい。それにただなんとなく、このオオカミともう少しだけ話をしたかった。

「す、すみません。こんな時間まで……終電とか大丈夫ですか?」
 固辞するオオカミを言いくるめて手伝ってはみたものの、それはまあ大変な量だった。ひとりでやってたら何時までかかってたんだ。
「うーん、まあ、歩いても帰れる距離だから。月見野くんこそ大丈夫なの?」
 会社から家が近いってのは、メリットも大きいけど、際限なく残業してしまうデメリットでもある。
「はい、その辺のネカフェにでも泊まるので大丈夫です!」
 いや大丈夫じゃないでしょ。どうするか、あまりしつこいのも嫌がられるだろうし、かえって気をつかわせてしまうことになるんだろうけど。
「よっ、よ、よかったら、ウチ、泊まってく?」
 自分の人生の中で、こんな台詞を口に出すことがあろうとは。
「いっ、いやいや! そんな悪いです! ホントに大丈夫ですので!」
 ぼくの希望的観測かもしれないが、嫌がられている訳ではなさそうだ。
「わかった言い方を変える。手伝ってあげた報酬に、ぼくと晩酌してくれない?」
 むず痒そうな唸り声と、控えめに振られる尻尾。
 ぼくは完全に舞い上がっていた。
 半ば強引に相手を従わせているだけなのに、いい気になってコンビニでお酒とツマミをかご一杯に買い込んで、ともすれば鼻歌でも歌いながらスキップしてしまいそうなくらいに。自分がこれまで得られなかったものを取り戻そうと、通帳の負債を帳消しにしようと躍起になっていた。
「か、かんぱいっ。おつかれさまですっ」
 まずはシャワーで汗を流すことも考えたが、やっぱりビールが先でしょ。
 幸いにして月見野くんもお酒はイケるクチで、座布団の上で堅苦しく正座をしながら遠慮気味に飲んでいる。恐縮してしまう気持ちはわかるけど、もっとリラックスしてほしい。せっかくの晩酌なのに、接待みたいな飲み方はしたくない。
「まあまあ足崩してよ。なんでも遠慮せず食べちゃって。あ、そうだ。ベッドも使ってね」
 アルコールが胃から染み渡るにつれて饒舌になっていくのを感じる。
「い、いえ、その、毛とか」
 上着も脱がずに小さくなっていたのはそのせいか。
「モフモフで暖かそうだよね、触ってみてもいい?」
 あとでハラスメントだと訴えられないか言い終わってから心配になる。
「えっ、え? い、いや、そそ、その」
 正直なところ、下心しかない。
 男が好きなんだ。それでいて、気心の知れた相手を前にしている。
 純粋に獣人の身体に興味があるし、あわよくばそういうコトをしてみたい。
 これだからホモは。誰彼構わずヤリたいって思っているんだろう? そんな自嘲が頭の奥で聞こえてくる。今日知り合ったばかりの相手で、向こうがお仲間かどうかもわからない。そもそも、そういうコトはちゃんとしたプロセスを踏んでから至るべきで、一足飛びにエッチなことをするなんて……って、いやいや、待て待て。別に性的なことを要求しようってんじゃない。ちょっと手とか触ってみようってだけじゃないか。飛躍しすぎだろ。
「……どっ、どうぞっ」
 幾分かの葛藤の末に差し出された頭。これには流石に面食らってしまう。いや嬉しいよ、嬉しい。想像以上だったから。普通手かと思うじゃん。いやあ、これはこれは。
 モサッという音が聞こえてきそうな感触と共に、指先が毛の中に吸い込まれる。想像よりは少し固めだけれど、じんわりと伝わってくる体温。なで回したい気持ちをおさえつつ、ゆっくりと毛並みをなぞっていくと三角の耳がせわしなく跳ね回る。
「えへへ……」
 にぱっとはにかんだ口元から覗く犬歯に、遠慮や理性は欠片も残さず吹き飛んでしまう。
「い、いやじゃない? その、こうやって触られるの」
「飯村さんになら、その、う、嬉しい、です」
 落ち着け、落ち着け。こんな幸運、一生に一度しかないぞ。下手なことをいって台無しにするなよ。

「ふう……そうだ、お風呂、先に入っちゃっていいよ」
 その後も軽いボディタッチというかセクハラを繰り返し、上機嫌なままお酒もツマミもすっかり平らげてしまった。
 明日は休みとはいえ、流石にそろそろ寝る支度もしなければ。
「そんな。飯村さんからどうぞ。家主より先に入るのはちょっと」
 家主とお客とどちらが優先されるべきか、またここで押し問答をするのも不毛だろう。とっとと入ってしまおう。そう思った矢先、本当に、本当に馬鹿みたいな考えが浮かんでくる。
「あー、その、ウチさ、ユニットバスだから、いつもここで脱いでるんだよね。濡れちゃうと困るから」
 言い訳がましいぞ。
「そ、そうなんですね」
 だから、これは仕方のないことなんだ。普通のこと。やましい気持ちなんて一切ない。
「男の裸なんて見たくなかったら、その、テレビとかつけててね」
 これ以上は変なこと言うなよ。
「そっ、そそ、それ、か、もしよかったら、み、みる?」
 いやいや無いわ。ドン引きされるに決まっているだろう。仮に、百歩譲って彼がこっち側だったとしても、モノがついていれば誰だって良い訳じゃない。好みだってあるだろう。オオカミの獣人なんだから恋愛対象だってオオカミに決まっている。さあ、冗談にするなら今だぞ。お酒の席の冗談。馬鹿みたいな話、な。
「みっ、見ます……見せてください」
 喉からひゅっと音が出た。そんなに脅迫めいた言い方だっただろうか。ぼくの機嫌を損ねたら申し訳ないと思ったのだろうか。
「う、うん」
 自分で言い出しておきながら、緊張で意識が白みつつある。指先の神経が断ち切られてしまったかのようにぎこちない。客観的にみれば、男同士、銭湯で脱ぐのと変わらないはずなのに。自ら望んでこのストリップショーを始めておきながら、逃げ出してしまいたいとすら考えてしまう。
「えと、その、お、大きい、ですね」
 男はこういうとき不利だよな。いくらすました顔をしてみせたって、股間の膨らみで一目瞭然だから。イヤラシイ気持ちになっていますってのを何よりも雄弁に語っている。パンツのゴムに手をかけたまま、顔から火が出ながらも、わざとらしく見せつけてしまう。
「ちょ、ちょっと溜まってて、その、さすがに、みたくないでしょ?」
 本当にそう思っているのであれば、背中を向けてとっとと脱いでしまえば良いのだ。
「ひとの、こんなになったのは、はじめてというか、みっ、みたい、です」
 気をつかっているだろうとか、考えるのはヤメだ。いくらこんな状況とはいえ、分別の付いた大人なのだ。自分の発言には責任を持ってもらおうじゃないか。
「みて……その、ちっ、ちん、ちん」
 もったいぶりたい気持ちと、はやる気持ち。これは夢なんじゃないか。はっと目を覚ますと、会社の机の上に座っていたりして。
「すっ、すご……お、おおきい、し……先が、濡れてます」
 鼓動がうるさいくらいに耳に響く。先走りを垂らしたあられもない姿を見られてしまっている。
「匂いとか、汗臭くない、かな?」
 嗅いで欲しい。座布団に座ったまま見るだけじゃなくて、こっちに来て、足下で、目の前で。そりゃあ、決していい匂いでは無いだろうが。鼻息も荒く四つん這いでにじり寄ってくるオオカミ。
「くんっ……なんというか、えと、え、エッチな匂い、です」
 少し、ほんの少しでも腰を突き出せば、この真っ黒な鼻先を湿らせてしまうことができる。
「その、ですね、もっ、もし、よかったら、なんですけど」
 予定調和。誰がどう見ても、これからどうすべきかは明白だ。言いよどむ下顎が、ガチガチと犬歯を鳴らす。
「たっ、食べて、ちんちん」
 月見野くんに皆まで言わせるのはあんまりだし、ぼくにも一応は先輩というか男としての矜持みたいなものがある。
「いただき、ます」
 ちゅっ。ちゅぷっ。
 先に断りを入れてから、ついばむような口づけ。
 イヌ科の長い舌が、今にも垂れ落ちそうな先走りをすくい取っていく。
 れるっ、ぴちゃっ。
 気持ちよさともどかしさが半々。これがアダルト動画だったならば、いきなり根元まで咥え込んで卑猥な音を響かせるのだろうが、先ほどの月見野くんの発言からするに、これがはじめてなのだろう。ぺったりと水平に伏せられた耳を掴んで腰を突き立てたいのはやまやまなのだが、それはあんまりだ。
「月見野くん、ちんちんおいしい?」
 おっかなびっくりで舌を動しながらも、決して離そうとはしない姿に心がざわつく。
「んちゅっ……は、はいっ……飯村さんの……ちんちん。おいしい、です」
 名前を呼ばれただけで、うっかり射精してしまったのかと思うくらいに先走りが吹き出した。
「いいこだね」
 額の上に手をのせると口角が緩んで目が細められる。
 ぐぶぶっ……。
「あっ!? あっ、ああ、すごっ」
 ぐぽっ……ちゅぶっ、ちゅくっ。
 男同士、生殺しにされる辛さは百も承知なのだろう。オオカミの長く突き出た口吻の中にちんちんが入っていく。神経が密集している部分だから幾分かは過大評価もあるかもしれないが、お湯の中に浸けられたと思うほどの熱量。下手をすれば低温やけどの可能性もありそうだ。
 文字通りオオカミに食べられている。ちんちんの先端が飴のように溶かされてオオカミの身体と一つになり、どちらともつかない息づかいが部屋の中に響く。
 じゅくっ、ぬちゃっ、ぐぶっ。
 口内を往復する異物の扱いにも慣れが生じ、搾乳機のリズミカルさでちんちんが吸い上げられる。人間のように口を窄めることが難しい構造からか、白く泡立った唾液と先走りの混合液が、下顎を伝ってポタポタとフローリングに垂れていく。
「ああ……やば、い…………いきそうっ……」
 陰嚢から突き上げる疼きが強くなり、射精が秒読み段階に入った。オオカミの眼がぼくを見上げる。このまま続けると、口内に射精してしまう。それは流石にと思うのであれば止めてもらってもいい。シュレッダーを手伝ってあげたことなんて、お釣りどころじゃないくらいに返してもらっているから。
 月見野くんはちんちんを咥えたまま、へらりとはにかんでみせた。
「いくっ……んっ! はあっ、あっ!」
 びゅぷっ。びゅーっ! びゅるっ、ぴゅっ。
 吐精の脈動と、それを飲み下す喉の動きがリンクする。最大限まで高まった欲望が急速に降下していき、空気の抜けた風船のようにちんちんが萎んでいく。
 未だに咥えたまま、尿道に残る精液を舌の動きで押し出そうとするオオカミ。淫欲にまみれたこの場に似つかわしくない感情が湧いてくる。可愛い。愛おしい。
「ぷはっ……はあ……はあ…………ご、ごちそう、さまでした」
 抱きしめて背中をさすりたい。これでもかというくらいに頭を撫でたい。でも、その前に。
「つぎは、ぼくに食べさせて、ね?」
 スーツのズボンには大きな染み。あとで洗濯しないとな。クリーニングに出したほうがいいだろうか。

「なあ飯村、自販機行こうぜ。タダだったら飲まなきゃ損だしな」
 もしかしたら、先輩なりにぼくのことを気にかけてくれているのかな。このひとの場合は単に仕事をサボりたいだけかもしれないけれど。
「すみません、ぼく」
 はいはい、今日も忙しいんでしょ。そう言いたげな顔。
「先約があるので」
 目を丸くした先輩の顔は傑作だった。
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