ケモホモ短編

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SNSの可愛い動物アイコンには気をつけろ!

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 あまりにも月並みではあるが、駅の改札というのは情緒にあふれている。
 今風に表現するならばエモいってヤツ。出会い、別れ、旅立ち、それらを象徴するゲートなのだ。切符を持った者だけが立ち入りを許される場所。まあ、実際のところは入場券なんてものがあるから電車に乗らずとも中には入れてしまうのだけど。
 二十分ばかし前に出てきた改札の前へと舞い戻り、目の前のホームに停まっている特急列車を眺める。地図でしか見たことのない行き先。ちょうど夕暮れ時というのも相まって、大きな荷物を抱えて乗車する人々に少し感傷的になってしまう。オマケにそこは0番線ときたものだから、昔流行ったファンタジー映画を思い出して不思議な気分だ。
『着きました!』
 手首を叩くわずかな振動と共に、正方形のディスプレイに映るメッセージ。所謂スマートウォッチ。これまで腕時計には正確な時間を表示するという役割以外を期待していなかったのだが、こういうガジェットに興味がなかったわけではないし、新しいオモチャを買ってみるかと清水の舞台から飛び降りてみるとこれが案外実用的なのだ。
『ぼくは全身黒づくめの格好です』
 とっさに浮かんだ探偵モノの犯人役を、ぶんぶんと頭を振って追い出してからぐるりと辺りを見渡してみる。視力、あんまり良くないんだよなあ。そうだ、向こうからもぼくを発見できるようにこちらの容姿も伝えないといけないな。ええと、自分の格好は……いつだったか会社の後輩に「休みの日のお父さんみたいですね」なんて言われたことがある。〝ダサい〟というのを何重にもオブラートに包んだ表現。
『こちらはダサい水色のシャツです』
 そういうとこだぞ。いちいち卑屈にならなくてもいいんだってば。端的に色だけ伝えればいいのに余計なことを。こんなんだから友達少ないんだぞ、オレ。
 ともあれ、これでお互いの容姿に関する情報の交換はできた。程なくして顔を合わせることになる。この瞬間はいつも緊張する。いつもといっても指折り数える程しかないけれど。別にこれから面接試験をするでもなし、相手の顔こそ知らないものの、その性格や趣味だってある程度はわかっているつもりだ。あくまで、SNSを通じてだけれども。いやいや全くなにを考えているんだぼくは。今日の目的は——
 いた。目が合った。近づいてくる。間違いない。ええと、コレって。いや聞いてないって。ああ、でも。
「どうも、こんばんは」
 何よりまずは挨拶。ヒトとしての基本だ。どもってなかったかな。

 当たり障りのない会話を紡ぎながら目的地へと歩みを進める。店の名前も場所も知らない。初めて訪れる街。人混みに紛れて見失わないように細心の注意を払う必要がある。
 事の発端は今日の昼間、彼にDMを送ったのが始まりだ。彼とはSNS上で仲良くしてもらっていて、お互いに住んでいる場所もそれなりには近い。共通した趣味もあって、いつだったかその話で盛り上がったときに「今度飲みにいきましょう!」なんて話をしたのだ。ぼくだって年齢だけはいい大人なのだから、社交辞令を知らないわけではない。今度飲みに、今度遊びに、そういったものを額面通りに受け取ると恥をかくこともある。
 だから、お誘いのメッセージを送るのにも散々迷ったのだ。一行書いては消し、送信ボタンを押すのにも相当に時間をかけた。もしやんわりと断られたり、なんなら既読がつかなかったりしたら、ちょっとショックを受けそうだ。無論、今こうして此処にいるのは彼の快諾の結果なのだが。いやまてよ、本当に快諾なのか? 向こうだって大人なのだから、無碍に断るのは悪いと思ってこの話を受けてくれただけかもしれない。ぼくだけが勝手に盛り上がって、気をつかわせてしまっただけだったとしたら。土曜日の夜という貴重な時間を、ぼくの我が儘に付き合わせてしまっていいのだろうか。何処で飲もうとなったときに、呼びつけるのも悪いかと思って「ご近所で行きつけのお店があれば」なんて言ってみたものの、それって相手に店探しから予約まで押しつけただけじゃないか。
「二名で予約していた斉藤です」
 SNS上で見慣れた名前でも、もちろんぼくの名字でもない。彼のハンドルネームは九ノ瀬。現実に居たらちょっと珍しいなと思うものの、居酒屋の予約に使うぶんには違和感もないはずだ。本名を知ったからといってどうってことないのだけれど、彼の秘密を少しだけ覗いたような背徳と喜び。一方的なのはフェアじゃないから、名刺でも持ってくれば良かったと馬鹿げたことを考えていた。
「それじゃあ、かんぱーい!」
 いや、あくまでもネット上を主体とした交友関係なのだ。本名や職業なんてどうだっていいだろう。珍しい職業だったりしたら興味はそそられるけれど、それはあくまでオマケみたいなものだ。ぼくも、彼も、仮想人格として対峙している。
「いやあ、革ジャンが似合う男らしいひとっていいですよねえ」
 何杯目かのビールの後、彼は出身地の銘柄だという日本酒をグイッとあおってからぼくに話しかけた。
 それについてはSNS上でも何度もお互いに妄想を吐き散らしたし、ぼくだってその通りだと思う。ガヤガヤと盛り上がった店内では他の誰かに聞かれるわけでもない。問題はそこじゃない。いやなんというか、これはツッコミ待ちなのかと思ってしまう。
 だって、だって。
 目の前にいるアナタ、オオカミじゃん!
 席に座るなり脱いでしまったけど、真っ黒な革ジャン着てさ。Born To Be Wildを体現してたよ!
 いや嬉しいよ。もちろん嬉しい。だって、ぼくオオカミ好きだから。そう、ちょうど今みたいに上機嫌でお酒を飲んで、口元からチラッと覗く犬歯がツボにはまるんだって話をこの間したし。
 目の前のオオカミ、つまりは九ノ瀬さんがSNSで使っているアイコンは可愛らしい草食獣。普段の発言内容も相まってぼくの(勝手な)イメージでは、真面目で奥ゆかしい、けれどもちょっぴりエッチなひとだと思っていた。まあ現に実際会ってみた限りではそのイメージ通りなんだけどね、見た目以外は。
 まあ、この辺りはセンシティブな問題だ。アイコンなんてのは自分のお気に入りであったり、こうありたいという願望の姿でもあるから。事実ぼくだってアイコンはオオカミだし、むしろ非難されるとしたらそんなことを考えてしまうぼくの方なのだ。オオカミが可愛い草食獣のアイコンを使ったところで何ら咎められるものではない。見た目がどうあったとしても、種族自認や性自認はひとそれぞれだから。そして九ノ瀬さんがオオカミだというのをさっ引いたとしても、彼と話すのは楽しい。
「……そうだ、このあとカラオケいきましょうよ。って、もうこんな時間!?」
 飲むのが好きって言っていた彼のペースに付き合ったのと、浮かれていたのもあってかうっすらとした頭痛と共に血の気が引いていく感覚。ヤバい飲み過ぎた。朦朧とした意識の中でかろうじて認識できた二つの単語。ああそうだ、カラオケ行きたいって発言したんだった。覚えてくれていたんだ。もう一つの言葉は時間。ええと終電、何時だっけ。飲み始めたのが七時くらいだったから、今は……今は、え? もう十二時前!?
「ああー、すみません。終電もう間に合わないですよね」
 申し訳なさそうに両耳をヘニャリと垂らしたオオカミを見て、次に発する言葉はもう決まっていた。
「いきましょう! カラオケ」
 歌いながら寝ちゃうかもしれないけど。

 夜風にあたったのも功を奏してか、途中で寝るとか吐くとかいった粗相は免れた。
 歌いたかった曲も歌えたし、九ノ瀬さんの歌声も、あと我が儘をいって生の遠吠えだってきかせてもらえた。ちょっと困った顔していたけれど。
「そ、そろそろ、寝ましょうか」
 自らその言葉を口にするのは後ろめたかった。
 でも、ぼく自身もさながら、さすがに九ノ瀬さんを朝まで付き合わせるわけにもいかない。学生のノリならともかく、徹夜なんてしたら日曜日を寝ただけで終わらせかねないし。
「ぼくは、その辺のホテルでも探して泊まりますね」
 これが今生の別れでもなし、また機会があるさ。彼が良ければ、だけど。
 最近のカラオケは受付のみならずお会計まで無人で行えるんだな、なんて感心しながら通りに出るとひんやりとした空気が頬を撫でた。スマホで地図アプリを開き、事前に見繕っておいたホテルへのルートを確認する。
「じゃあ、今日は本当にありがとうございました。おやすみなさい」
 九ノ瀬さんとは反対方向に歩き出すと、足の裏から伝わる地面の堅さが鼓動のように頭蓋骨を揺らした。
 ヤバい、気持ち悪い。やっぱり飲み過ぎた。脳みそが乱気流に揺られてグルグルと回転し始める。まずいぞ、真っ直ぐ歩けそうにない。いったんしゃがむか? なんなら横になりたい。寒くなってきたとはいえ冬場じゃないからこのまま寝てしまっても耐えられるだろうか。
「ちょ、ちょっと。大丈夫ですか? 宿まで送りますよ」
 ああ、戻ってきてくれたんだ。自分が情けない。迷惑なんてかけたくないのに。
 オオカミと、革の匂い。じんわりと伝わる体温。罪悪感と下心が攪拌されていく。
 甘えたい。でもこれ以上甘えるわけにも。葛藤するフリをしながらも預ける体重は増えていく。ズルいヤツ。九ノ瀬さんはただ純粋に善意でこうしてくれているというのに、それをダシにして、身体を密着させて欲望を満たしているのだ。

「ええ、っとお?」
 視界のなかをいっぱいに占めるオオカミの顔。うっかり寝てしまっていたか?
 それじゃあこの状況は一体なんだ。身体の各地からてんでバラバラに送られてきた情報を中央司令室で分析する。まず三半規管によると横たわった体勢になっているらしい。次に背中。呼吸のたびにスプリングが体重を受け止めてギッと鳴く。この情報からだけでも、ベッドの上だというのは容易に想像できた。
 ただ、そんなことなんて些細なことなのだ。これまでに感じたことのない膨大な量の電気信号が、オオカミという存在をこれでもかと主張している。つまり、なんていうか、馬乗りになっているんだ。九ノ瀬さんが。それも、ええと、おそらく二人とも下着しか履いていない状態で。
 いや、これだけでエッチなことだと決めつけるのは早計というものだ。ほら、酔っ払いを介抱するときには上着とかは脱がせるっていうし。万一、吐いちゃったりしたときにダメージを軽減する意味合いと、服による締め付けをなくすための措置なのだ。それが二人共にほぼ全裸みたいな格好になる理由には足らないけれど。
 ぼくが目を覚ましたことにはとっくの昔に気づいているはずなのに、これといった言葉も発することなく近づいてくる顔。部屋の明かりがタペタムで反射され、満月のように輝く二つの瞳。ほんのりとお酒の匂いが混じる吐息。この状況を客観的に分析するにつけて、彼の毛皮と触れ合っている表皮がピリピリと熱を帯びていく。
 もちろん嫌ではない。いやもっと明け透けにいうと、歓迎すべき事態だ。今日だって彼がオオカミだと知ってから、頭の中で少しくらいはそういうコトを妄想したし。お互いに成人していて、ゲイで、合意があれば一片の問題もない。願わくば、行きずりの関係ではなく恋人としてこの体温を感じたかったけれど。
 ぶにゅ。
 ぼくの考えをよそに接近を続けていた黒い鼻先が軽い衝撃を伴ってくっついた。
 思ったよりも乾燥している。どちらからともなく軽く擦りつけると、花粉症にかかってしまったかのようなむず痒さ。生い茂った体毛から抜け出たものを吸い込んだからではない。外部からもたらされる物理的な刺激ではなくて、内面から沸き起こる感情がぼくの胸の内をくすぐっているのだ。
 この甘ったるい空気はとてつもない充足感を与える一方で、拍子抜けしてしまった側面もある。上目遣いに顔色をうかがう彼。その風体では何一つ、遠慮も恐れもいらないはずだ。無理矢理にでも押さえつけて、その野生の滾りをぶつけてもいいのに。たとえガブッと首元を囓られたとしても(もちろん動脈なんかに致命的な損傷を与える場合は除くが)文句なんてないさ。だって、オオカミだぞ。森林の狩人であり、雪原の王たる風格をもっている。
 そこまで考えてから、はたと頭の中にあのアイコンが浮かんだ。
 ああ、そうか。そういうことか。オオカミだから、強そうだから、良いことばかりとは限らないもんな。「オオカミだから」「オオカミのくせに」そんな言葉で彼は縛られてきたのかもしれない。ぼくの勝手な想像かもしれないが、でも、見た目がどうあれ、全てではないにしろ、あのSNS上での彼の人格は彼自身を構成する不可欠な要素なのだ。
「あっ……」
 男はわかりやすいよな。いくらポーカーフェイスを決め込んでも顔が赤くなったり、獣人の場合だと耳や尻尾で感情が筒抜けになってしまうのと同じで、男が性的な興奮を催しているかどうかは簡単にわかってしまう。
 パンツの布地越しに堅い熱がぶつかり合う。鼻先のみならず股間の先端同士でも、親愛と、求愛と、欲望を表明する。次第に呼吸は加速して、吐息を食んではもどかしげに腰をくねらせる。
 シュッ……にちゃっ……。
「うんっ……あっ」
 しみ出した我慢汁が潤滑剤となって水音を立てた。
 このままゆるゆると溶かされて果ててしまいたい。そう考える頭の片隅に、このままじゃパンツを洗濯しないといけなくなってしまうという事実と、もっと刺激が欲しいという欲望が垂れ落ちてきた。オオカミの目も、何かを乞うている。ナニかなんて当然わかりきっている。
 クチで、その、シて欲しい。言葉に出すのも恥ずかしくて、オオカミの頭に手を伸ばし、毛並みの感触を堪能しながらも軽く股間に向けて押して、浅ましい思いを打ち明ける。
 名残惜しげに一擦りしてからゴムのような鼻が離れていき、慎重に後ずさりをしてはち切れそうなテントの前へ。
 すん……くんっ……。
 意識的なモノなのか、無意識なのか。ピトリと触れ合った鼻から吸気の音。来る前に念入りにシャワーを浴びてきたので大丈夫だとは思うが、匂ったりしないだろうか。パンツの中に違法薬物を持ち込んでいないか空港で検査されているかのような居心地の悪さ。思わず腰を突き上げて催促をしてしまう。
 我に返ったオオカミは、先走りに光る鼻先をベロリと舐めてからパンツのゴムへと手を伸ばしたのだった。
 しまった。そんなオオカミの様子がつぶさに観察できる程度にはこの部屋は明るい。電気、消してもらえばよかった。なにを今更ってトコロではあるが、恥ずかしいものは恥ずかしいんだ。
 そんな焦りをよそに、オオカミの目の前に飛び出したぼくのちんぽ。そんなにマジマジと見ないでくれよ。ぼくが目をつぶってしまえば良いだけではあるのだが、それはそれでどこか納得がいかない。
 ぴちゃっ……れちゃ……ちゅっ。
 噴火口に溜まった液体がすくい取られていく。居酒屋で舌鼓を打っていたあの口が、舌が、滲み出た欲望を飲み干していく。
「わっ!? あ! ちょ、ちょっ!」
 てっきり、表面を舐め取ったあとは半開きになった口吻の中へと格納されるのだと思っていた。法律で手順が決まっているわけではないが、セオリーというか、そうするのが順当なところだろう。
 だが、一体なにを思ったのか、人差し指と親指で亀頭をつまみ、グッと押し下げて尿道口を開いたのだ。自分自身でも殆ど見ることのない、ちんぽの奥底。そんな場所をしばし眺め、それから尖らせた舌先が伸びてくる。
「あっ、あっ!? さきっちょ、ダメっ!!」
 ちんぽの中にオオカミが入ってしまっている。触ったことすらない内側への刺激は、痛みに似た鋭さをもって背筋を突き刺した。頭の中のヒューズが焼き切れてバカみたいな嬌声が漏れる。ダメだ、いきそう。いや、下手したら失禁しかねない。暴力的な刺激に耐えきれず、腰を引いても逃げることは叶わないとなれば、前に突き進むのみ。
 ぐぶぶっ……じゅぶ。
 オオカミの口吻を両手で包み込んでブリッジみたいに背筋を目一杯つかって根元までちんぽを押し込む。
「すごっ、きもちいいっ! ああ……あついぃ……」
 ぐぼっ、じゅっぽ、じゅこっぬぶっ。
 口内の泡立つ音と、目を白黒させるオオカミ。一抹の申し訳なさは感じるが、とてももう自分の意思では止められそうにない。
 ぬぽっぬぽ、じゅぼっ、ぶぷっ。
「いきそ、もういきそう……」
 大きな三角の耳は、小さなうめきを聞き漏らさなかった。
 されるがままに使われていたオオカミも、なんとか呼吸のペースを取り戻したらしい。ダラリと口内で佇んでいた舌に明確な意思が宿る。長い口吻を出ては入り、往復を繰り返すちんぽのリズムに合わせて舌がうねり迎え撃つ。未だに亀頭から押し出され続ける先走りを舐め取り、裏筋をなぞる。そして決定打となったのは、狙い澄まして獲物に飛びかかる蛇のごとく尿道口へと突き刺さった舌先。
 びゅっ! びゅ、びゅーっ、びゅるっ。
 口の中に射精してしまっている。オオカミの、九ノ瀬さんのあの口の中で、はち切れんばかりに勃起したぼくのちんぽが精液を吐き出しているのだ。ああ、なんということだ。九ノ瀬さんは、キスよりも、手をつなぐよりも前に、ぼくのちんぽの匂いを、味を、精液を喰らってしまったのだ。
「の、のん、で……」
 酔いも興奮も覚めつつあるなかで、たまらずぼくは懇願する。
 飲んだところで毒ではない。ひとによって多少お腹を壊してしまうこともあるようだが、飲めなくはない。それでも、この生殖のための遺伝物質の塊はおいしくはないはずだ。だから、とっとと洗面台にいって吐き出してしまうのがベターではある。それでも——
 ごくっ、ごく、んくっ。
 射精に引けを取らない、いやそれ以上の多幸感。尿道に溜まっていた精液がビュッと飛び出した。
「こ、九ノ瀬さん、のも……食べさせて」
 尻尾は正直だ。

 翌朝、文字通り精も根も尽き果てて泥のように眠っていたところを、チェックアウトを催促する電話で起こされた。
 優雅にシャワーを浴びて、コーヒーを飲んで、窓から喧噪を見下ろす余裕なんてとてもない。顔も洗わず二人して慌てて服を着て飛び出すと、すでに高く昇った太陽が目を突き刺した。
「あー、あの、ぼく、そこの駅で乗って帰りますね」
 気まずさからいち早く逃げ出したかった。これがなんでもないお泊まりだったら、喫茶店でモーニングでも嗜んでいたところだったのだけど。
 振り向きもせず駅へ向かい、丁度ホームに滑り込んできた列車へと飛び乗った。
 もう、会ってもらえないだろうか。それとも、向こうからすれば単なる遊び、よくあるコトだろうか。いや無理矢理誘ったのはぼくの方でもあるし、嫌われたとしても仕方がないよな。
 シャツの襟首から昨夜の匂いが立ちこめてくる。
 なにはともあれ、まずは謝っておくか。ひととしてのマナーってやつだからな。
 スマートフォンを取り出そうとした刹那、手首をノックされる。映っているのは、あのアイコン。
『もしよかったら、また——』
 返す言葉はもう決まっている。
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