ケモホモ短編

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選挙前になるとかかってくる電話

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 今日、ぼくは友達を一人失うことになる。

「よう、ひさしぶり」
 待ち合わせの喫茶店で見つけたその後ろ姿は、記憶の中よりも一段と大きくなってはいたもののあの頃の面影を残している。オオカミのくせに猫背気味で、ピンと立った両耳の間にある癖っ毛。
「おお波多野! ひさしぶりだなあ!」
 振り向いたその顔も、きっと卒業アルバムと見比べたならばすっかり大人びてしまっているのだろうが、あれだけの時間が経っても、戌井の顔なんだと頭で考えるよりも前に直感的に理解をすることができた。
 ぼくと戌井とは高校の頃の同級生で、まあざっくばらんにいえば、改めていうのもちょっと照れくさいけれど友達ってヤツだ。いや、だったというべきか。
 ゲームでいうところのモブキャラみたいな存在。もしクラスの同窓会があったら十中八九「えーと、誰だっけ?」なんて、名前も覚えられていないような影の薄いヤツ。そんなぼくとつるんでくれた数少ない相手が戌井だった。
「んでさ、駅前のゲーセンも去年でつぶれちゃったみたいで。あー散々通ったよなあ」
 ホットコーヒーも平熱になって、ミルクの脂分がカップの端にへばりついている。
 高校を卒業してから十年以上が経って、人も、街並みも、じわりじわりと変容をとげてしまった。ぼくたちはタイムマシンに乗って見てきた〝現在〟という未来を、あの頃に戻って報告し合ったかと思うと、今度は大人のフリをしてみせてあの頃とやらを懐かしんでみたりもする。
 もっとも、話題に上がるのはもっぱら高校時代のことばかり。卒業してそのまま就職したぼくと違って、戌井は進学のために上京したのだ。テレビの中でしか聞いたことのない地名に、ゼミやサークルといった華々しいキャンパスライフ。無論それらに興味がないわけではない。異世界から帰還した彼の冒険譚には心躍らされた。
 だから、それまで喜々として話していた戌井が耳をペタンと折りたたんで、話題を昔話へと切り替えてしまったことに一抹の申し訳なさを感じてしまう。気をつかわせてしまった。つまらなさそうな顔に見えたのだろうか。
 学生の時分ならともかく、大人になってからの会話ってのは本当に難しい。あの頃みたいに対等な——いや、そう思い込んでいただけなのだが——立場ではないのだから。医者や弁護士、はたまた起業をして成功をおさめた者と、日雇いのアルバイトで食いつなぐ者と、決して超えられない大きな溝ができてしまったから。なにも戌井が自慢げに東京での生活を喋っていたとか、ぼくが嫉妬にまみれていたとか、そういうのではない。ぼくだって、山あり谷あり紆余曲折あったけれど、いまはそれなりに生活できている。
 ともかく、大人の会話においては、懐事情、政治的思想、宗教、結婚や子供といった話題は迂闊にださないのがマナーってもんだ。それぞれ、いろんな事情があるからな。
「……なあ、波多野。ちょっと話は変わるんだけどさ」
 オオカミの目が、獲物を見定めるそれに変わった。
 ああ、やっぱりか。楽しい時間はおしまい。
 卒業後、半年ぐらいはそれなりの頻度でメッセージのやり取りもしていたが、それぞれの新生活の中で自然消滅のかたちで連絡が途絶えてから十年ほど。そんな相手に突然コンタクトを取るなんて、ろくでもない理由しかないだろう。
 この手の話はネットでも見たことがある。そういえば先日、投票券が届いていた。間違いない。戌井が次に発する言葉は「なんとか党って知ってる?」あたりだろう。その政党と候補者がいかに素晴らしいかを褒めそやして、是非とも投票してくれとお願いするヤツ。なんなら投票日には一緒に投票会場まで行こうなんていうかもしれない。
 悲しいかな、かつての友人にとってぼくは、ただの〝一票〟でしかなくなってしまった。
「実は、その、お願いがあって」
 長い鼻先を近づけて、そっと耳打ちをする。
 あるいは、マルチの勧誘とか、お金の無心かもしれない。いずれにしろもう友達ではいられなくなる。
「ち、ちんちん、みせて」
 学校からの帰り道、くだらない話に花を咲かせていたなあ、なんて走馬灯のような思い出に浸っていると耳に飛び込んできた言葉。
「はあっ!? ちんちん!?」
 一瞬にして静寂に包まれる店内。怪訝そうに眉をひそめるウエイター。誰もがぼくたちに注目している。
「わっ、バカ……声がでけぇよ。とと、とりあえず、詳しい話はするから、店出ようぜ」
 いや、バカはお前だろ。

「それで、戌井さん。じーっくり納得のいくようにご説明願えませんかねえ?」
 ビジネスホテルの一室。戌井の勢いに流されてきてしまった。一体なにがどうなってやがる。
「あー、あの、オレ、男が好きというか、お前が好きというか……」
 まてまて一気に畳みかけるな。情報量が多い。小出しに、段階的にいってくれ。
「戌井おまえ、コレだったの? マジかあ……え、普通に男の格好してるけど、女装とかするの? いやその前に聞きたいことが山ほど——」
 右手の甲を左頬に当ててオカマのポーズ。さっきまでしゃべり方も普通だったけど、本性を現したらオネエ口調になったりするんだろうか。変な勧誘じゃなくてよかったと思う反面で、受けるショックはこっちのが大きい。
「ははは。やっぱ普通はそう思うよな」
 困ったように鼻をかく戌井の表情をみて、ここはもう学校じゃないんだと思い出した。ぼくたちは大人なんだ。
「気に障ったのならごめん。LGBTなんとか……ってやつだっけ? 正直、よくわからなくて」
 本当にそういう存在についてはよくわからない。最近はテレビでそっち系の芸人が出ていたり、映画や漫画なんかでもそういうキャラは居たりするが、本物と出くわしたことはないのだ。ただわかるのは、戌井がこの告白を冗談でしているわけではないということと、ぼくの無神経さが彼を傷つけてしまったということ。
「やっぱ波多野は優しいな」
 どこがだよ。
「高校の頃から、ずっと好きだったんだ」
 もし当時そのことを知らされたとしたらと考えると、背筋が凍り付いた。
 きっと今以上の無神経さで、お尻を隠すジェスチャーをしてみせたり、誰をオカズにしただとか、ぼくで何回抜いたのかなんてことを聞いていただろうし、面白おかしく誰かに言いふらしてしまっていたかもしれない。
「で、でもさ、おっぱい大きいのが好きとかいってなかったっけ?」
 一緒にエロ動画で盛り上がったこともあるし、どのアニメの美少女キャラが好きだとか話をしたこともあったはずだ。
「なかなかの演技だったろ? 俳優になればよかったかもな」
 カラカラと笑ってみせるオオカミに、ぼくは頭をぶん殴られた気分だった。
 戌井の気持ちの本当のところはわからない。彼にとってはそんなに深刻なことではなかったかもしれない。けれど、こんなこと当事者でもないのに考えるのはおこがましいんだろうけど、自分の存在を偽り続け、誰にも打ち明けられずに過ごすことがどんなにか苦しかっただろうか。
「ごめん」
 なにに対してだ。
「なんで波多野が謝るんだよ。まあそんなわけだからさ、ちんちんみせて?」
 いや、いやいやいや。どんなわけだよ。ちょっとシリアスな空気だったのにいきなりひっくり返さないで。
「これで諦められるとおもうから、な?」
 感情の洪水で頭の中はグチャグチャだ。別にとって食われるわけじゃない。戌井とはこれからも友達でいたい。みせるだけなら、それで喜んでくれるならとも思う。ただなんだか、上手く嵌められた気がしなくもない。
「いいけど、そっちもみせろよ」
 一方的にぼくだけみられるのは癪だからな。

 パンツ一丁になって向き合う人間とオオカミ。なんとも滑稽な光景だろう。
「コレは、違うからな。変な空気にあてられたというか、溜まってたからというか」
 お互い股間にはテントが張られている。矢継ぎ早な鼻息に合わせて律動する先端。
 戌井がこうなるのは仕方ないだろう。性的な対象とほぼ全裸の状態で対峙し、これから局部をみせ合おうというのだから。それに対してぼくはなぜこうなってしまったのか。別に戌井の身体に興奮しているわけじゃない。弁解したように、溜まっていたとか雰囲気にあてられたというのもある。でもそれよりも、口が裂けてもいえないけれど、ぼくを、ぼくの身体をみて、布きれの中にある男性器を想像して勃起させている戌井に対して、嫌悪感なんかよりも、むず痒い喜びを感じてしまうのだ。ぼくのちんちんをみたくて仕方がない様子に、あらぬ感情さえ湧き出てくる。グラビアアイドルが進んで水着になりたがる理由はこういうところかもしれない。
「先っぽのほうスケベ汁染みてるぞ」
 このバカオオカミ!
 恥ずかしさのあまり紅潮した頬がヒリヒリと痛む。
「いいから、とっとと脱ぐぞ!」
 パンツのゴムに手をかけて深呼吸。緊張に揺れる金色の瞳と視線が交錯する。
 別に銭湯で裸になるのと同じだろう。水泳の授業やトイレでだって、それとなしにお互いのモノをみたことがあるし。だから、だから、ちんちんをみられるくらいどうってことないさ。痛いくらいに勃起したちんちんを、我慢汁に濡れた先っぽをみせるくらい。そして戌井のちんちんを、ぼくをみて堅くなったちんちんを——
「いち、にの、さんっ!」
 してやられた。
 意識の外からかけられたカウントダウン。理性で押しとどめる間もなく、腕の筋肉がパンツをズリ下ろしてしまう。
 みてしまった。戌井のちんちん。真っ赤に腫れ上がってガチガチになっている。先ほどぼくのことをバカにしておいて、自分だって床に垂れそうなくらい出てるじゃないか。男性器、ペニス、陰茎、ちんぽ。ただ、サイズで競うわけではないし、大きいからといって偉いわけでもないが、わりと小ぶりなソレはちんちんと表現するのが最も適していると感じた。この大きなオオカミが、頭の中をエッチなことでいっぱいにして、身の丈に合わない小さなちんちんを一生懸命に勃起させている。
「でかっ……」
 そうだった、自分のもみられているんだった。
 平均的なサイズや、どのくらいから巨根というのかは定かではないが、謙遜でなく決して大きいというほどのサイズではないはずだ。けれども戌井が漏らした言葉とその驚嘆とも羨望ともつかぬ眼差しが、雄としての優越感をジクジクと刺激する。
「そ、そうかな?」
 すぐにでもまたパンツをはいて「もうおしまい! 満足したでしょ」といおうと思っていたのに、得意げに腰を少し突き出してしまう始末。我ながら単純でバカだな。
「もっ、もも、もっと近くで、みてもいい?」
 返事も待たずにオオカミはしゃがみ込んだ。視界にはオオカミとちんちん。恥ずかしい。倒錯的な光景に軽く目眩すらしてしまう。さすがに、やめさせるべきか。でも、戌井だって喜んでくれているし。
「ふ、ふつうくらいの大きさだと思うけど、ほらっ」
 賞賛の言葉と眼差しが欲しくて調子に乗ったぼくは、根元をつまむと垂直に持ち上げて、裏筋からタマまで余すところなくみせつける。糸につるした五円玉を追うように誘導される瞳孔。床に膝をついて四つん這いになっている戌井のちんちんがみえないのは少しばかり残念ではあるが。
「おっきい……大人のちんちん…………くんっ……ああっ、エッチな匂い……」
「わっ、ばっ、バカっ! 嗅ぐなよっ!!」
 慌てて頭を押しのけようとするも、蕩けた表情とは裏腹にビクともしない。
「波多野ぉ……やっぱりすきだぁ……」
 ムードもへったくれもない二度目の告白。フンフンと鼻息で亀頭を湿らせながら、甘ったるい鼻声をならす。
 さっき諦めるとかなんとかいっていたから、ちんちんをみてぼくへの思いを断ち切るつもりだったのだろう。健気なんだか欲望に忠実なんだか。こんな間抜けな格好で、おまけにちんちんに向かって愛を囁かれるだなんて、冷静に考えれば笑ってしまうような光景だけど。
「おしえろ、よな?」
 片耳が眉とともにピコッと持ち上がってこちらを訝しげに見上げる。
「男同士の付き合いかたとか、しらないから……おしえろよな?」
 腰を突き出して、真っ黒な鼻に亀頭をピトリとくっつける。
 イヌ科は、たしかマズルキスとかいったか、鼻先同士をくっつけることで親愛の情を示すのだとか。驚きの表情を隠せないまま、それでも言葉の意図を理解したのかグリグリと濡れた鼻が亀頭を擦る。ちんちんへの誓いのキス。
 ちゅっ。すぴ……ちゅちゅっ、ちゅぶぶっ。
「おあっ!? なっ、ま、まって!」
 制止の声など届くはずもなく、ぬるりとした熱に包まれる。
 恥ずかしい話、右手や大人のオモチャしか体験したことのないぼくにとって、はじめてのフェラ。それだけでも刺激の余り背筋にゾクゾクと鳥肌が立ってしまうのに、ぼくのちんちんを咥えているのは戌井なのだ。せり出した口吻にちんちんが出たり入ったりを繰り返して、そのたびに軽く射精してしまったかのような感覚が押し寄せる。
 ぐぶっ、ぬぽっ、れちゅっ、ちゅぽ。
「っはあ……おっきいちんちん……波多野のちんちん……」
 うっとりと漏らしてから、また根元までちんちんを飲み込んでしまう。ピンピンと突き出したヒゲと、筆のように柔らかい頬の毛が内股をくすぐり、不随意に身体が跳ねる。ちんちんが戌井の口内でバターのように溶かされていく。
「ああっ、いぬいぃ……ちんちん、おいしい?」
「んっく。おいしい……くちの中、ちんちんの味でいっぱいになってるぞ……」
 じゅぼっ、ぬぶっ、にゅっぽにゅぷっ。
 唾液と先走りが攪拌され、その熱気が鼻先に生臭さを伝えてくる。搾乳機のごとく行われるピストン運動。その中で蠢く舌先がカリ首に溜まった汚れをこそぎ落とし、さらには尿道口をほじくり返す。
 口内炎ができたとき、実際にはそれほどでもない大きさでもとてつもなく巨大に思えてしまう。つまりはそれぐらいに神経が張り巡らされた場所なのだが、そこで性的な快感を得られるとは聞いたことがない。ぼくが知らないだけで、世の中にはそういう特殊能力に目覚めたひとも居るのかもしれないが、おそらく戌井のこの表情を作っているのは思い人、つまりはぼくのちんちんにその身で奉仕できることへの精神的な悦びが大きいのだろう。
 告白したその場でちんちんを咥えるなんて、貞操観念が低いと嘲られるかもしれない。床の中で男が口にする「愛してる」なんて嘘っぱちだといわれるかもしれない。所詮はホルモンだか雄の本能だかが作り出した幻影なのかもしれない。でも、ずっと本心を隠し通して、十年もぼくのことを忘れられなかった戌井が、どれほどの勇気をもって電話をかけてきたのだろうか。
 さっき、一応は付き合うことを承諾した。男同士での恋愛がどういったものかもしらないクセに。軽はずみに、勢いに流されたことは否定しない。戌井を受け止められるだけの度量が自分にあるだろうか。思い出の中で美化されていただけで、一ヶ月も経ってみれば「なんだ、たいしたことなかったな」って飽きられてしまうだろうか。
「戌井……」
 呼びかけたぼくの声に呼応して、ちんちんに与えられる刺激が増大する。ちがう、そうじゃない。「もっと激しくしてくれよ」って意味で声をかけたわけじゃない。二の句を継ごうとしても、頭の中が真っ白になってしまう。
「あっ、ま、まって、離し……ほんとに、いっちゃうからっ! あっ、ああっ!」
 びゅびゅーっ! びゅっ、びゅぷ。ごくっ。びゅーっ……ごく。びゅっ……ぴゅっ。
 破局噴火。次々と吐き出される精液。オオカミの、戌井の中で、口内射精をしてしまった。
 いくらなんでも精液を飲むなんて一部の特殊性癖だと思っていたのに、戌井は喉を鳴らしてそれを飲み下していく。ああ、なんということだ! 戌井、きみはそんなにもぼくのことを。

 口内のちんちんが萎えるのも待たず、ズルリと引き抜くなりオオカミに飛びかかった。
 突然の出来事に尻餅をつき、見開かれた目には疑問符がこれでもかというくらいに浮かんでいる。ぼくはその大きな身体の、股間の中で懸命に雄を主張する小さなちんちんに鼻を寄せる。たしかに、エッチな匂いだ。
「戌井」
 叱られた仔犬みたいな顔。
「はじめてだから、おしえてくれよ、な?」
 せわしなく揺れる尻尾が、カーペットと擦れてバチバチと静電気を起こしていた。

 今日、ぼくは友達を一人失った。
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